「はいこれ」
みんなから逃げ出すのに必死でがむしゃらに走ってから、ルチルに教えて貰った特徴と一致している宝石と出会った。彼がシンシャだと分かって、もう約束した事すら覚えてない約束をしどろもどろになりながらも如何にか誤魔化そうとすれば、彼は僕の考えなど見通しらしく相手にされず去って行かれた後、仕方なく戻ろうと歩いていた僕の前に現れた唯一の後輩が何かを差し出してきた。
紙、なのはわかる。一枚だけだけれど、読めという事なのだろう。報告書の確認だろうか?それにしては一枚だけというのが気がかりだ。
「…………何これ」
「何って、皆さんの事、放り出した先輩に変わって俺が内容を聞いて纏めたものです」
……はい?
いや僕、こんな事頼んでないんだけど。
「俺が勝手にしました。皆さんの顔を覚えたかったし」
「そう……」
読み進めるとみんなの名前とその横には僕への用事が書かれていた。成る程、それで追いかけていたのかという納得と、殆どが私情である事で苦笑が漏れる。
「いやー皆さん、先輩のこと大好きですよね。俺の事なんか眼中にありませんでしたよ」
そう言って笑うホワイトはどこか拗ねているようにも見えた。こう話していると忘れがちだけれど、ホワイトサファイアは生まれてから数ヶ月しか経っていない。そんな時の宝石なんて言葉を覚束ないながらも覚えられたぐらいだ。僕なんて他の宝石よりも言葉の習得が遅かったし、たった数週間でマスターした彼は周りから見て天才に見える。僕としては理由を知っているけれど……それはここでは関係ないし。
世間知らずなところや、こうやって他の先輩に構われてない事に拗ねる姿は何というか……子供っぽいんだ。中身は大人なのにさ。
「まぁいいですけど、こうして先輩を捕まえられる理由を得ましたし」
そっぽを向く彼。一日だけだけれど、垣間見た彼の記憶からすればこの言動は些か変に見える。と言っても、冬の間ずっとこの調子だったんだが。
僕はそんな彼の態度に苦笑して、歩き出す。
「……でも、これからはあまり会えませんねー。フォス先輩の新たな仕事はどうなるかわかりませんけど、俺は先輩の仕事を引き継ぐので」
多分。
聞こえてるぞーと内心で呟きながら、そうだねと相槌を打った。冬を越す前に先生から貰った仕事は結局僕の性に合わなくて放り投げてしまった。貰ったペンは下手くそな絵の材料に、そんな絵が描かれた紙とボードは何処かへ消えた。あぁこれ、みんなに知れたらなんて言われるか……。こんな事先生は知らないだろうし、有耶無耶にしたまま冬に突入した。もう覚えてないと良いけれど。
「取り敢えず戻りましょう、先輩。月人が現れたら大変ですし、一応武器だけでも」
「そういや、部屋に置きっぱなしだわ」
「俺もです」
アンタークが使っていた武器、刀という形ではないからか、大きくて鞘もないのだけどスピードが減った僕にはちょうど良い。威力も大きいし、何より当たる範囲が大きい。
ただ、大体一撃で倒れる月人には威力なんて関係ないからそこは欠点かな。冬用だから仕方ないのかも知れない。
そういえば、武器といえばだ。
「オブシディアンが君用の武器作りたいから呼んでくれって言ってたような……」
追いかける時にたまに思い出したように言うから本当に言っていたのか覚えていない。逃げるのに必死で、彼らの声へ耳を傾ける余裕はなかった。ただ、ひたすらに改造と呟いていたのは覚えてる。
「オブシディアンさんって黒髪の?」
「黒髪ったらあと二人ぐらいいるけど、追いかけられてる僕を見てたならわかるだろ?武器振り回してた奴だよ」
「あぁ!あの武器マニアっぽいの!」
凄い覚えられ方してるぞ、オブシディアン。これ聞いたら怒るかもしれないけど安心してくれ、事実だ。
「あとレッドベリルの所にもな」
「何でです?」
何でって……その服誰のだと思ってんだよ。
「ホワイトが今着てるの、僕のお下がりだろ?新しく君用に作りたがってると思うし……」
多分、僕のも。
合金を取り込んだ事によって身長が伸びた事に腹を立てていたレッドベリルを思い出し、げんなりする。彼の服への情熱は宝石随一だ。そもそもそうでなければ全員分の冬服と夏服を作ろうとは思わないし、できないと言える。彼がいるからこそ、僕らは服を着替えるという習慣がある。彼が生まれるまではどうだったかわからないけど、考えたくもないな。
「俺はこのままの方が良いんですけどね。夏服はちょっとひらひらしてて、嫌というか……なんというか」
あぁいうのが嫌いなのか。宝石は皆、与えられた服をそのまま着る。なんだかな、服に対しての感性がないというか……好みがないというか。レッドベリルが作るからこそ、彼の好きなようにしてるというか。あぁいや、好みはあるか。冬を越す時に着る服はレッドベリルの好みだし、それを気に入ったりする宝石もいる。僕は寝るだけなのにあそこまでこだわらなくても良いんじゃないか、なんて思うタイプなんだけど嫌いってわけじゃない。多分他の宝石たちも、嫌いな服なんてものないんじゃないだろうか。
「ま、早急には必要ないんですし!先輩もこの先そのままですよね」
「多分ね。レッドベリルがどれだけ早く服を作るかどうかになるけど、当分はこれだよ」
「なら尚更ですね。前じゃそうじゃなかったかも知れないですけど、今じゃこの服は先輩とのお揃いですから」
何より、先輩を見つけやすい利点があります!なんて宣うこの後輩はなんなのだろうか。嫌な服を着ない理由に僕を使っているのか、それとも本当に僕とお揃いだからまだ新しい服はいらないと思っているのか……どちらにしろ、僕の頭はまだお花畑であるらしい。
「痛った!?なんで殴ったんです!?」
「なんとなく」
「なんとなく!?」
その言葉が嬉しい、なんて思ってしまうなんて。
「なんとなくで俺の頭殴ります!?普通!」
「殴っちゃったんだから、仕方ないだろ」
「ちょっと欠けたの気づいてません!?」
「気づいてません」
でも、なんだろうな。
彼との時間が楽しくて、彼の言葉が嬉しくて、こうして時間が過ぎていくのを幸せだと思ってしまうのが少しだけ怖い。
良い奴、良い奴なんだってわかってる。昔の僕に似ていたって、もう嫌悪感は抱かない。彼は彼だ……八つ当たりなんて先輩らしくもない。
でも……でもさ。
「(ねぇ、アンターク)」
幸せの中にいたら、君の事…………忘れてしまいそうでとても怖いや。
けど。
「フォス先輩?」
「……なんでもない」
首をかしげる彼の髪の色が君に似ているのが、不幸中の幸い……かな。
アンタークチサイト。
僕の…………僕を変えた宝石。
まだ君を忘れないでいれる。
「あぁ、いたいた」
フォス先輩と別れた後武器を取りに部屋へ戻り、何をしようか迷いながらも部屋を出てぶらぶらと歩き廻っていると声をかけられた。
振り返ると緑色の髪と青と白に分かれた髪を持つ宝石達。確か名前は、ジェードとユークレース。
「ん?俺に用ですかね?」
「これからの事を言おうと思ってな。私はジェード。こっちが」
「ユークレースって言うの。よろしくね、えーと……」
がくりと脱力する。名前を覚えられてないらしい。今日会ったばかりだし仕方がないとは言え、ちょっと寂しいな。
「ホワイトサファイア。ホワイトと呼んでください」
「サファイア……そっか。君、サファイアなんだね」
「えぇ、まぁ」
そっかぁと呟くユークレースに首を傾げる。まぁサファイアというより、コランダムっていうサファイアとかルビーの原石のような物なんだけど、それはそれ。名前としてはサファイアなので間違っていない。
「イエローとは会った?」
イエロー。カラーの名前からして俺と同じようなタイプ。つまりは他にも同じ宝石がいるけど色で区別されている奴ね。覚えた名前の中でイエローと付くのはひとりだけ。
「イエローダイヤモンドさんの事で?」
こくりとユークレースが頷いた。
「先生除いての最年長でね、今年で何歳だったかな?」
「確か……三五九七……いや八だったか?」
「凄いよねぇ、僕なんてまだ今年で二一七四だよ?」
いやそんな途方も無い数字出されても。フォス先輩の三〇〇歳っていうのも途方も無い数字なのに。元人間からすれば悠久の時だ。三千なんていう時を過ごしてながら、精神が壊れていないのは単に自身が宝石だという固定概念があるからだろうな。俺だって宝石だけど元人間だから、そんな時間を過ごしていたら可笑しくなりそうだ。とくに頭が。
「彼、昔組んでいたサファイアと、歳が近いっていうパパラチアと仲良かったから、きっとホワイトも仲良くなれると思って」
ん?サファイアとパパラチア??また新しい名前だ。最初にフォス先輩を追いかけていた中には居なかったはずだけど。
首を傾げた俺に気がついたのか、ユークレースがサファイアというのはねと話し始める。
「イエローと組んでた宝石なの」
「……月人に連れて行かれた、と聞いている。パパラチアサファイアは生まれたときからの体質で今は眠っている」
「眠ってる?」
「うん、ルチルがずっと見てるけど」
「ユーク」
「えー、でも隠すことじゃなくない?」
まぁ何方もサファイアで何方もイエローダイヤモンドと関わりがあった事はわかった。成る程な、それで会ったかどうかを聞いてきたのか。というかパパラチアってどっかで聞いたような……?
「はぁ……パパラチアの体質を治そうとしているのがルチルだ。彼の為にインクルージョンが気にいるだろう鉱石を探しては試してるんだ。私達はそういったことに疎いからな……自分を修復するのにはわけないんだが」
「もしルチルに会うなら、気をつけて。君はサファイアだから、身体、取られちゃうかも」
「えっ、困る」
それは困る。記憶している部分が少ないだろうと取られたとしても、そこには前世の記憶があるかもしれない。俺の破片を修復に使ったフォス先輩は、死ぬ直前の俺の記憶を見た。俺は当然覚えていないのだが。
知らないうちに知らない記憶を見られる可能性があるというのは危険だ。この世界において俺の知識というのは不穏分子には変わりない。何事も波風は立てたくないもの、できれば穏やかに過ごしたい。
まぁ、そんなのはフォス先輩の後輩でいると決めた時点で到底無理な話だが。
「ルチルに会うのが嫌なのはわかるが……糊や白粉があるのはあそこだけだし、性格はさておき腕は良い。ホワイトも何かあったら彼を頼ると良いぞ」
「ふふ、サファイアは硬いから何かあるなんてこと、あまりないかもねぇ」
「それはそれ、これはこれ、だ。それよりも」
探していた理由だが、とジェードは脱線した話を元に戻した。イエロー、パパラチア云々は俺がサファイアだからという理由で話し出したのであって、探していた理由じゃないからな。改めて、なんだろうかと首を傾げる。
「ホワイトは何か仕事を任されてたりするか?」
……というと?
「ジェードはねぇ、議長なの。みんなのまとめ役。仕事の割り振りや、みんなからの報告をまとめて先生に伝えたりするんだよ」
「まぁ、そういうことだ。今しているのは巡回の日程決め。今まで視察組に組まれていなかったフォスやホワイトの参加を検討している」
「うーん、と言ってもお試しでは?俺は仕事はまだないですけど、だからと言っていきなりお邪魔させていただくには実力もないですし、何年も培ってきたチームワークが崩れるかもしれませんし」
訳:やりたくありません。
いやだって何年と言わず、何百年も続いてきたチームにいきなり新人ぶっ込んだら、そりゃお荷物になるしかないでしょうよ。こちとら経験値雑魚の稚魚ちゃんだぞ。いきなり鮫の前に放り出されて、さぁ他の魚と力を合わせて撃退しようなんて言われても何もできないに決まっている。
いや、まぁ?物語的要素を考えれば、今後何か戦闘になる事も視野に入れて方が良いし、そう言ったら経験値は貯めた方が良い。けどそれとこれとは別だ。初戦闘でスライムを相手にしようとして、うっかり中ボスなんて出て来たなら死んでしまうに決まっている。おぉ勇者よ、死んでしまうとは情けない。“ふっかつのじゅもん”なんてこの世にはないのだ。
「その通りだ。なので、基本的に現在のチーム分けの一つにゲストとして入ってもらう事にする。戦闘には参加しない、所謂ホワイトの言う“お試し”。ホワイトは硬度と靭性が高いから加わって欲しいのだが、肌に合わないのなら止めるという手もあるぞ」
「だから最初の数日だけ、参加してくれないかな?先生にはもう話してあるし、許可も貰ってる。後はホワイトがどうしたいかだけだよ」
「(……oh)」
アーーーーーーーー!退路が塞がれてる!!最強のカード、“先生の許可済み”を切り出されては俺は防ぎようがないではないか!基本的に上の立場の人には従うタイプなんでな!俺が嫌だと思えば、しないけどさ!やりませんと遠回しに言いつつ、ちょっと気になるけどなと思ってた俺が折れる言葉をこの宝石は!
「わか、りました。数日間のお試しなら」
剣とか、からっきしだけどな!
ほぼヤケクソ気味に視線を外に移しながら、是を返すとジェードは一つ頷いてから笑ってくれた。隣にいたユークレースも和かに微笑む。
「ありがとう、ホワイト。明日の朝礼でチーム分けは発表するから、必ず来てくれ」
「また明日ね、ホワイト」
「はい、また明日」
本当の用事はこれだけだったらしい。話は終えたとばかりに彼らは踵を翻して歩き出す。長い廊下の中、靴の音がコツコツと響いた。
手に持ったバインダーを見ながら、あーだこーだ話す彼らを見届けた後、彼らと反対方向に歩き出す。
「にしても巡回かぁ」
戦える奴、全員で手分けして見張るんだろうなぁ。月人の行動理由は不明だし、出現する場所もバラバラだ。雪雲で空が覆われた冬と違い、春から秋は雨の日以外は外に出て巡察するのだろう。律儀だなと思いつつ、外を見る。今日も晴れやかな空だな。
「(誰と組むことになるんだろうか)」
初めての宝石もいるんだろうなと考え込んでは、一つのことに気がついた。
「…………朝礼って何時からだ?」
明日の朝礼の時間を聞いてないことだ。
非常にマズイ。
12巻発売おめでとうございます……まだ読んでません。
因みにこの小説、不定期なので宝石達の如く気長にお待ちください。具体的には一回忘れて数年後に思い出すぐらいで。