奇怪な少女と探偵録   作:イーストプリースト

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『第ニ話:太陽は誰も逃がさない2』

 幽波紋(スタンド)とは。

 生命力の作り出す(ヴィジョン)であり、千差万別の姿を持ち、各々の精神的才能に従った特殊能力を持つ存在である。

 おおよそ人型の姿を取る者が多く、本体を守り守護する働きをするものが多い。

 しかし、個人の心の才能が実体化した存在である故に例外もまた多い代物である。

 そして、スタンドを見ることができるのは――スタンド使いだけである。

 

 

 机の上に突っ伏した状態のまま固定された千原が誰かの足音が近づいてくるのを感じる。

 その足音の主は迷った様子もなく、客間を抜け、所長室へと歩を進める。

 千原は無理矢理、首を動かし、視線を扉へと向ける。

 現れたのは先ほどの警官――安重であった。

「……さっき忠告したよな? 忠告をきちんと聞いていれば、俺が手を煩わせることも無かったのによぉ」

「キャラ変わりすぎだろ、おい」

 先ほどの人が好さそうな笑みはどこへやら、にやにやと厭味ったらしい笑みを浮かべた安重に苦々しい声をあげる千原。

「おい、このスタンドはお前のスタンドか? お前がこの現象を引き起こしてるのか?」

 千原が質問をすると、いらだたし気に安重は眉をひそめた。

「お前、状況わかってるのか? 質問ができる立場じゃないだろ、俺が質問をするんだ。

 俺が用があるのは、お前がいまへばりついてるアタッシュケースとその中身だ」

「何の話だ? 俺には心当たりがさっぱりないね」

「誤魔化してるんじゃないぞ。俺のスタンド、太陽は誰も逃がさない(ブライター・ザ・サン)はあらゆる縁にとりつき、その重力を増幅するスタンド」

「重力?」

「物と物、人と人、物と人にはそれぞれ引き合う重力としかいえない縁があるんだ。俺のスタンドはそれに憑りつき、増幅する。

 そのスタンド能力を利用して、俺たちの研究所から盗まれた実験体を追ってきたってわけさ。

 そして、それは今、俺の目の前にある」

 千原の前の前に立っている海月のような触手を頭上から生やしたスタンドは、どうやら安重のスタンドのようだ。

 それを知った千原は安堵の息を吐いた。

「……なるほど、あの子の有様はお前たちがやったんだな?」

「秘密を知ってしまったな。ならば、お前は絶対に殺害しなければならない。権蔵さまに秘密を知った者は皆、消せと命令されてるからな。

……ま、どっちにしろ消してしまうつもりだったがな」

「そうか……」

 安重がいぶかしむ。

 怪現象やスタンドに驚かず、スタンドも見えていることから、千原(こいつ)もスタンド使いであることは予想がつく。

 しかし、それでもこの落ち着き用は何なのだろうか。

 既に太陽は誰も逃がさない(ブライター・ザ・サン)の術中にはまっており、動く事すらままらないないはずだ。

 それとも、自らのスタンド能力にそれほど自信があるのだろうか、と安重は喉をならした。

「なら、俺のスタンドで死ね――――疾走疾駆(ナンブ)ッッ!!」

 千原の後ろに(スタンドビジョン)があらわれる。

 それは狼男であった。

 焦げ茶色の狼の皮を被った男性のビジョン。

 それは目前の太陽は誰も逃がさない(ブライター・ザ・サン)を殴りつける。

「――!? こいつッ」

 太陽は誰も逃がさない(ブライター・ザ・サン)は反応すらできない。

 のろのろと腕をあげて防御をしようとしたがまったく間に合っていない。

 その間に、無数の拳が太陽は誰も逃がさない(ブライター・ザ・サン)へと突き刺さっていく。

 しかし――

「……遠隔自動操縦型か!」

 遠隔自動操縦型スタンド。

 通常、スタンドはスタンド使い本体から離れるほどパワーが落ち、スタンドが届く有効な射程距離が決まっている。

 しかし、遠隔自動操縦型のスタンドは本体からいくら離れようとも破壊力が落ちることがなく、射程距離も長い。

 くわえて、スタンドからフィードバックするダメージもない。

 反面、一定の条件を満たした時にしか力を発揮せず、スタンドが何をしているのか本体も把握することができない。

 そう考えると、太陽は誰も逃がさない(ブライター・ザ・サン)は縁を辿って、大まかな位置を知ることはできるようだが、その詳しい内容を安重は知ることができなかったのだろう。

 そして、遠隔自動操縦型スタンドの一番の利点である本体は安全圏からスタンドだけを先行させるのをかなぐり捨てて現れた理由は――――

「ははは、ありがとうよぉ。どうやってお前との縁に繋ごうか考えていたんだ。しかし、その手間も省けたってもんだぜ」

 太陽は誰も逃がさない(ブライター・ザ・サン)がアタッシュケースの上から消えて、千原の上、まるで背後霊のように現れた。

 どうやら、“縁”とやらが繋がれたため、アタッシュケースから千原へと憑りつきなおしたのだろう。

 それを見た安重はアタッシュケースを掠め取り、距離を取る。

 疾走疾駆(ナンブ)が拳を振り回すが間一髪のところでかわされた。

 恰幅の良い体型の割に以外に素早い。

 やはり、アタッシュケースの回収のために現れたのか、と千原は下唇を噛む。

 所長室から脱出されなければ、攻撃は届く。

 疾走疾駆(ナンブ)が吠え、一瞬、身を屈め、鋭い爪を伸ばして安重へと飛び掛かる。

「無駄だ」

 途端、重いものがのしかかったかのような感覚が千原を襲う。

「机が……のしかかってくる!?」

 突っ伏した机がより強い圧力を持って、千原へと迫ってくる。

 下に突っ伏している机が自らの方へと迫ってくる、という奇妙な圧迫感。

 疾走疾駆(ナンブ)すら、机に縫い伏せられ、ぐるるると唸っている。

「俺のスタンドは全ての重力を強化する。それはスタンドすらも例外ではない。

 じゃあな、そこで押しつぶされて死んでしまえ」

 みしりみしりと部屋全体が軋み始める。

 椅子が千原に押し付けられ、机との間に挟まれる形となり、千原を苛んでいく。

 飛んできた小物を疾走疾駆(ナンブ)が腕を交差して防いでいく。

「―――― 」

「は?」

 足早に立ち去ろうとした安重であったが、千原の言葉に立ち止まる。

 何かを言ったようだが、聞き取ることは出来なかった。

「なぁ、自営業ってどれだけ大変ってわかるか? 

 自分で仕事を見つけてよ、自分で採算をとって、その上で倒れても誰も助けちゃくれないから健康管理をしっかりした上で、税金処理の計算まで自分でしないといけないんだ。

 ……かなり大変なんだぜ?」

「……だからなんなんだ。それが嫌なら企業に勤めておけばいいだろうが。

 強いものに巻かれて生きていけばいいんだから、そのほうが楽だろ?

 わざわざ独立して苦労する理由なんてないだろうが」

「誰かに使われるだけの人生なんてごめんだね。

 んで、何が言いたかったかとつーと、この事務所を開くのがくっそ大変だったって話しだよ。

 だから、できればこの手は使いたくなかったんだが、もう覚悟を決めた。――お前の負けだ、間抜け野郎」

 疾走疾駆(ナンブ)が床に手をつけた瞬間、大きな破砕音が生じ、所長室の床に罅が入り、砕け散った。

「うぉぉぉぉっ!?」

 安重と千原が落下する。

「どうやら、お前のスタンドはお前は重力の例外のようだが――――」

 破砕された瓦礫が落下し、宙でそれら全てが千原へと殺到する。

 その間に挟まれた安重たちも巻き込んで。

「全ての瓦礫の縁の強弱まで操れるかな?」

 下にテナントが入っていない。

 必要だったのは、自らの事務所を破壊しないといけない覚悟だ。

 安重が重力に引かれが瓦礫に巻き込まれ、千原の方向へと落下していく。

 その眼前には疾走疾駆(ナンブ)の姿があった。

 疾走疾駆(ナンブ)は大きく吠えると、安重に対して連続して拳を叩き込む。

「やれやれ、忠告しておくぜ。受け身はしっかりとれよ」

 ラッシュついでにアタッシュケースを取り戻した千原が片手の平でしっかりと床を叩き受け身を取る。

 安重は背中から落下し、かはっ、と蛙が潰されたような声を漏らしたかと思うと動かなくなった。

「はぁ、それにしても……これ、保険きくのかなぁ……」

 瓦礫と共に私物や所長室に置いてあった机や書類が散らばる惨状を見て、千原は肩を落としてため息をつくのだった。

 

 

 


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