――どうして、こんなことになったのだろう。
確か、きっかけは些細なことだったと思う。
月の光に白い息が反射して、肌寒い夜の中に仄かな温かみを感じさせてくれる。
いつもなら綺麗だと思えるようなソレも、今はあてつけのように感じてしまい、苛立ちの原因にしかならなかった。
「…………」
「…………」
無言のまま、時間と家までの距離を浪費していく。
私と弟は今まで一度も喧嘩をしたことがなかった。
いや、違う。――喧嘩なんて出来なかった。
三年前のとある出来事によって、私は全てのことから逃げた。逃げざるを得なかった。
学校に行かず、誰とも話さず、周囲の人間を恨み、憎み、嫌い、そして拒絶した。
人の心の闇を目の当たりにした私は人を信用出来なくなっていた。
弟は、そんな私を不器用ながらに立ち直らせ、一ヶ月ぶりに笑わせてくれた。
その後、二人で暮らし始めてからも、弟は『異常』と言っていいほど私を庇ってくれた。
過剰に、逸脱した、度を越した……――それらの言葉では言い表せないほど、弟は私の為に様々なことをしてくれた。
どうしてそこまでするのかと私が尋ねると、弟は「姉さんが僕の姉さんだから」と答えになっているような、なっていないような、そんな答えを自然な笑顔と共に即答した。
弟は天才だ。――天才で、非力だ。
『才能』とも『呪い』とも言えるモノを持ちながら、それを使う術を知らず、周囲に流され続けた。
『才能』と羨望されることもあれば、『呪い』と忌み嫌われることもあった。
どれだけ馬鹿にされても、どれだけ傷付いても、私を守ることだけは絶対に止めようとしなかった。
弟は天才で、純粋で、非力で――ひたすらに、それこそ『異常』なまでに一途だった。
一途に私なんかを守り続けようとしている。
私を守る為に――私を守る為
――そんな『
――そもそも
喧嘩の原因になるあらゆる要素を、弟は持たなかった。
そんな私達が、初めて喧嘩をした。
――なんとかしないと。
もし、このまま関係が悪化したら――関係を断ち切られたら私は生きていけなくなる。
弟と初めて喧嘩したことよりも、そんな
苛立ちが原因で冷静になれなかったのか、それとも、元々
弟は「守ってくれる」存在であり、自分は「守られる」存在だ、と私は認識している。
お互いの役割に依存し、依存され、それを生きる意味として私達は生きている。――少なくとも私はそうだ。
何か別の存在に依存して、新たに生きる意味を見出すことも考えられるが、今の私が弟以外の人間を信用するとは思えないし、したいとも思わない。
私にとって弟はそれほど大きな依存対象であり、心の支えだった。
「あ、あのさ、その……」
何とか会話を繋げようとあれこれ考える。いつもなら、くだらない話題が馬鹿みたいに出てくるのだが、こういう時に限って何も浮かばない。
「……何、姉さん」
それに痺れを切らしたのか、弟はむすっとした態度で小さく尋ねてきた。
弟の不貞腐れたような表情を初めて見たこともあり、頭の中が更に真っ白になっていく。
「だ、だからさ……、えっと……」
今まで生きてきた中で最速の思考速度でいま出来る最大のこと考える。だが、白くなった思考は濃さを増していくだけで、時間の無駄にしかならなかった。
「……何もないなら、帰ろうよ」
「違うの!」
これ以上は考えても無駄だなと直感的に悟った私は、思考を放棄して自分の想いに全てを任せた。
先に進もうとする弟の行く手を阻んで、何とか立ち止まらせる。
その時の私には、それが精一杯だった。
――だからなのだろう。
そこが横断歩道だったことにも、暴走した自動車が迫っていることにも、私は全く気付くことが出来なかった。
いつもは、しっかりとストーリーを決めて小説を書いているのですが、今回は登場人物のバックストーリーだけを決めて、書いています。……知りませんよねすいません。――とにかく悲劇になるのか喜劇になるのか、僕も全然わかりません。なので、見てくれた方が思わず物語の中に引き込まれてしまうような話を書くことだけを念頭に書いていきます。