本当に、姉さんはすごい。姉さんが考えていることなんて、僕には分からないや。
「……ッ、雅!! よかった、出てきたんだね」
起きると同時に、僕を見てほっとする姉さん。
「あ、うん。……えっと、その、姉さん」
「何?」
いつもと変わらない、姉さんの声。少し安心出来る。
「ごめん、姉さん。……僕、嘘吐いてた。それも、最悪な嘘を」
今までの『白井雅』を捨てる。もう、元々の自分は分からなくなっているけど、それでも姉さんには伝わるはずだ。いつもと違う、ということぐらい。
「…………」
「『姉さんが早く通報しなかったから、お父さんとお母さんは死んだ』。これ、全部、僕のせいなんだ。僕が、姉さんが眠ってる間に、そんなことを言ってたんだ。それをみんなが信じて、それで……。その後に僕が正直に話せば、姉さんが今みたいになることはなかったのに……、僕は嘘を吐いて、姉さんを騙して――」
――姉さんを裏切った。
その言葉を、姉さんが遮った。
「知ってたよ。ソレの原因が雅だったことぐらい」
「……え?」
「……一ヶ月間もあったんだよ? どうしてこうなったのか、ぐらい考えるよ」
姉さんは、『白井雅』と接するように、優しく丁寧に言ってくれた。
「でもっ!」
「事件に関係の無い人がそんなこと言っても、普通は噂ぐらいで終わる。事件に関係のある人が言うからあんなに信じた。そう考えると――雅しかいないの」
「じゃあ、なんでなの!! なんで、言わなかったの!? 僕のせいなのに、こんなことが無かったら、姉さんだって普通に暮らせてたかもしれないのに!!」
僕を責めればよかったんだ。僕に本当のことを話させれば、それで全部解決したのに。
「しないよ。責めるっていうのは、間違いを強く指摘すること。だから、私は責めない」
「間違ってるッ!! 僕は全部姉さんのせいにした!! 僕だって同じだったのに、なのに、僕は……ッ!!」
「やっぱり、私の弟だね。そうやって、全部自分のせいにしたくなる。そうしないと気が済まない。私もそう……なのは、知ってるよね」
「違う、本当なんだ。全部、僕のせいなんだ!」
「でも、私は――雅が責めて欲しい相手は、違うって言ってるよ? 雅はどっちを信じるの? どっちが正解なんだろうね?」
まるで問題を出題するかのように、姉さんは尋ねる。
「それは……」
「正解は『どちらも不正解かつ正解』。だって、私は私が正しいと確信しているし、雅は雅が正しいと確信してる。意見が対立してる時点で間違い。だけど、私の中では私の意見が、雅の中では雅の意見が正しいでしょ?」
「……そんなの、屁理屈だ。僕が全部悪いじゃないか。姉さんが悪いって言ったのも、正直に話さなかったのも、姉さんを騙し続けたのも、全部、僕がやったんだよ!! なのに、僕は悪くないっていうの!?」
「悪くないよ。常識なんていう
一呼吸だけ置いて、姉さんは明瞭に告げる。
「どっちもどっち。私も悪いし、雅も悪い」
姉さんは表情を崩さず、見慣れた綺麗な笑みを見せる。
「それに、過去のことなんて気にしてたら先に進めないよ? 雅もまだまだ先あるんだから、さっさと前向かないと」
「そんなこと出来ない! 僕は姉さんの未来を潰したんだ!! なのに、そんなの放っておいて、独りだけ先に進むなんて、僕には無理だ!」
多分、それが僕の一番の本心だったのだろう。
僕があんなことを言わなかったから、姉さんは僕と同じように学校行って、普通に過ごせたのだから。
そんな未来を、姉さんが本来辿るべき未来を潰したまま、のうのうと生きるなんて、そんなの卑怯だ。卑怯で、最低だ。
だから、姉さんが行った言葉は、僕の想定を超え過ぎたモノだった。
――「いや、全然、全く、微塵も、一切、――潰れてないけど?」
「……え?」
「あーあ、これはもうちょっと内緒にしたかったんだけどなぁ。まぁ、いいや。どうせ雅が高校に進学したら分かることだし」
頭を掻きながら、姉さんはぶつぶつと呟く。何がどうなったのか、僕は理解が出来なかった。
「姉さん? 何を言ってるの……?」
「簡潔に言うなら。――私、高校は雅と同じ所を受験することにしたから」
「……ごめん、姉さん。もう一回言って」
「私、高校は雅と同じ所を受験することにしたから」
一字一句違わず、全く同じ口調で姉さんは告げる。
「えっと……?」
意味は理解出来た。だけど、その本質が理解出来ない。意味を理解した分、混乱が酷くなっていく。
「私が青春時代を家に引き篭もって過ごすとでも思ってたの? そもそも考えてみなさいよ、引き篭もるんだったら勉強なんて放り出してネトゲ一日中やってるっての」
「……え、やってたんじゃないの?」
「だったらなんで私は雅の宿題手伝えてるのよ。私はちょっと問題見て答えが分かるような天才じゃないんだから。――っていうか、そんな風に思ってたの!?」
「だって、学校行くときも帰ってきた時もずっとネットゲームしてたから……」
ゲームのBGMを大音量で流して「やった、レベルアップ!!」などと言っていたのは間違いじゃないはずだ。
「放置してたら勝手に経験値溜まるから点けっぱなしにしてるだけだよ。実際は雅のワーク何回もやってたの」
そういえば、姉さんは『置き勉』を絶対に許さなかった。つまり、自分で勉強する為に僕に持って帰らしていたのか。
確かに時々、教科書やワークの位置が変わっていたりしていた。
「で、でも、出席日数とか、受験にあるんじゃないの……?」
「雅の中学校は、小中高一貫校で、高校には何もなしで進学だから知らないだろうけど、雅の高校に入るには全教科五十点以上、つまり半分点数取れさえすれば入れるの」
「で、でも、お金はどうするの……?」
私立なのだから、物凄く高いはずだ。そんなお金、姉さんが持ってる訳が。
「卒業生、または在校生に親類がいれば、ちょっと優遇してくれるし、叔父に『私が行かないと自分も学校に行かない、と雅がゴネてまして……』って言ったら、気前よく全額出してくれるらしいし」
「今、さらっと僕のせいにしたよね!?」
「何のことやら。さぁ、これで雅が気にすることはなくなったよね?」
「……あ」
今更になって気付く。僕が抱いていた不安が消えていることに。
嘘を吐いていることがバレたら姉さんはどうなるのだろう?
――何も変わらず、いつものように接してくれた。
三年前の、僕が原因で姉さんを傷付けたのがバレたら?
――バレていた。でも、僕を責めなった。
姉さんの未来を潰した責任をどうやってとればいいのだろう?
――取る必要なんてなかった。だって潰れてないのだから。
「本当に、姉さんは凄いよ……」
力が抜ける。三年間ずっと、ずっと考えて、気を張り続けたのが、抜けた。
「あはは……。あぁ……、何でこうなったんだろう。全部、全部、僕の早合点かぁ……」
「……でも、緊張したな……。なんか、雰囲気が変わってるから『邪悪なる堕天使ミカエルの生まれ変わりとは我のことであるッ!!』とか言うんじゃないかと思ってたよ……」
「発想が極端すぎるからね!?」
「うん。でもよかったよ。私に好かれようとしてくれてたんだね。そんなことしなくても、私は雅のことはずっと好きなんだから。大切な
あぁ、まだ不安は――問題はあった。いや、増えた。
「……うん」
全ての不安が消えて、僕は本来の白井雅に戻れた。戻れたからこそ、ある感情が強くなっていく。
どうしようもないぐらいに強くて、そして絶対に叶わない『恋』が。
「……まぁ、これからもよろしくね雅。正真正銘、本物の雅」
「うん! よろしく!」
――また、別の弟を演じなければならないのだろうか。
そんな問題が、僕を再び不安で埋め尽くしていった。
「あーあ、つまんない。もうちょっと崩れるかなぁ、と思ったけど、全然じゃん」
壁の向こうで僕らの会話を聞いていた有紀が、そんなことを言っていたことにも気付かずに。
今回は文字数少なめです。
次回からは有紀視点です。