失敗した。
ううん、失敗したのかどうかは分からないけど、ボクの思い通りには行かなかった。
廊下の角に隠れている僕には気付いておらず、さっきの呟きも聞こえていなかったようだ。
「んぅ……、次は何しようかな」
お母さんを横取りしようとする雅兄ちゃんを懲らしめてあげようかなと思ったけど、逆にお母さんと雅兄ちゃんの絆は更に深まった。
雅兄ちゃんが隠していたこと全てをバラしてみたのだけど、やっぱりお母さんが全部解決してしまった。
「……でも、嘘の臭いはするんだよなぁ」
嘘の臭い。目が見えていた頃から、ボクはそんな臭いがあることを知っていた。
嘘は嫌な臭いだ。気持ち悪くて、吐きたくなる。
「……雅兄ちゃんはまだ、お母さんに何か嘘を吐いてる」
だけど、この前のみたいに、はっきりと分かる嘘の臭いじゃない。お母さんに似た匂いの中に、少しだけ混ざっているみたいな、そんな感じだ。
「何の嘘を吐いているんだろう……?」
少しだけ考える。
「まぁ、いいか」
今のボクには分からない気がして、それで終わり。まだまだボクには出来ることがたくさんある。――ないといけない。
お父さんが言っていた。
ボクは悪い子だって。
悪い子には悪い事しか起こらないって。
だけど、そんなの嘘だ。お母さんが死んだ、なんていう大嘘を吐いたお父さんだし、それにいいことも沢山あったんだから。
お母さんに出会えて、今まででは考えられないぐらいの優しさを貰った。
それに、雅兄ちゃんにも出会えた。頭が良くて、色々な勝負をしてくれた。目が見えないなんて気にしないで、普通に接してくれた。
優しくて、とても落ち着ける『家族』になれた。
――あれ?
ボクは自分の違和感に気付いた。いや、少し違う。
『何か』がおかしいことには気付いたけど、それが何なのか分かっていない。
間違っているような気がする。気がするだけで、間違ってないかもしれない。
自分がやってることの意味が、自分で分かっていない感じだ。
「うっ……」
それが不気味に思えて、気持ちが悪くて、気分が悪くなる。
ボクは何をしているのだろう。ボクは何がしたいんだろう。
訳がわからなくなって、胸が締め付けられていく。
「助けて……、お母さん……ッ」
声を振り絞って、そう叫ぶ。だけど、それはちゃんと声に出せなかったらしく、廊下に響きすらしない。
自分が立っているのか、倒れているのかさえ分からなくなり、全身の力が抜けて行く。
――そこで、僕の意識は途切れた。
冷たい物が額に触れる。勢いよく起き上がろうとしたけど、力が抜けてしまう。
「無理しないで、有紀」
ボクの体を支えながら雅兄ちゃんはそう言った。支えてくれるまで、雅兄ちゃんがいることに気付けなかった。
「…………」
「ほら、無理しないで。有紀は風邪ひいてるんだよ。さっき体温計ったけど三十八度だった。結構高いから、もうちょっと眠っておいた方がいいよ」
もう、頭の悪いフリをする必要がない雅兄ちゃんの言葉は、どこかお母さんに似ている。 だからなのだろう。言われるがまま、ベッドに横になって、天井を見つめる。
「どう、して?」
話すことがしんどい。一言一言に体力を使ってしまう。
「恩返し、かな」
雅兄ちゃんの言ったことは、あまり理解が出来なかった。
「ボク、恩なん、て作って、ない」
「まぁ、そうだよね。むしろ反対の仇、かな。うん、有紀は仇を作って
「く、れた?」
「よく恩を仇で返す、なんて言うけど、だったら逆もあるよね。――仇を恩で返す、みたいな?」
そんなこと、絶対に損だ。すう意味も必要もない。
「まぁ、冗談はこのぐらいにして。――でも、仇だと思ってることが、実際は恩だったり、なんてね」
「……仇が、恩……?」
「あ、交代の時間だ。それじゃあね」
わざとらしく、話を中断させる。離れていく足音は、落ち着いた大人しい音だった。
結局、雅兄ちゃんが何を言いたいのか分からなかった。
「有紀、大丈夫――じゃ、なさそうだね」
雅兄ちゃんの言ったことを考える前にお母さんの声が聞こえた。交代の時間というのは本当らしい。
「……うん」
まだ動けそうにない。何となく、考えることにも疲れてきた。
「ごめんね有紀、気付けなくて」
お母さんは頭をぽん、ぽん、と優しく、撫でるように触れる。少し力が入っていて、悲しそうな顔をしているのが分かる。
「ううん、ボクも、分から、なかった、から」
お母さんを悲しませたくなくて、意味のない言い訳をしてしまう。
「そっか。……明日になっても、まだ熱が引かなかったら病院行こうね」
「病院、……嫌い」
――特に、明とか言う奴。
最初は他の人と一緒で、はっきりと言えばそれで終わったのに、最後の方は言ってることもやってることも無茶苦茶だった。
ボクの予想を全部超えてくる。面倒くさくて、嫌いだ。
「じゃあ、さっさと治さないとね。雅はまだ宿題残ってるし、今日は私がずっと見守ってあげるから、安心して眠ってていいよ」
そう言ってお母さんはボクの手を握ってくれた。それだけで、体が楽になった気がする。 お母さんは本当に凄いや。
「……うん」
ボクはそれしか言えなくて、だからほんの少しだけ強く手を握り返した。
うっつら、うっつら、としていく意識の中で、なんとなくボクは少しだけ、本当に笑えたような気がした。
――ボクみたいな『悪い子』でも、やっぱり、お母さんは優しくしてくれるんだ。
久しぶりの投稿です。前回投稿した短編(?)の後で、なんとなく満足してて手を付けてませんでした。実質、今回のは一週間ぐらいで作りました。この後、どうなるんでしょうか。知らないですよね。はい、僕も知らないです。