Co-dependence   作:不皿雨鮮

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They become family

 正の字が二十個に一の字が一個。それは、この一週間で行われた雅と有紀の戦いの後である。

 具体的に言うならば、百対一で雅の圧勝。どこからか持ってきたホワイトボードに書かれたそれを見て、私は二つの意味で大きく溜息を吐いた。

 一つ目は、この一週間で百一回も勝負をしたな、という驚きの意味。

 そして、もう一つは。

「雅、大人気なさ過ぎ」

 隣のベッドで拗ねて丸くなっている有紀を横目に見ながら、そう呟く。

「僕はまだ子供だもん!」

 雅は胸を張ってそう言い切った。

――全く、誰に似たのだろう。

屁理屈ばっかりで、大人気が無くて……――

「そっか、明さんのせいか」

「明らかにお前の影響だからな」

 横からすぐにツッコミが入る。責任転嫁をする時点で既に露見している訳だが、そこはあえて触れないでおく。

「……? 何の話?」

 基本、主語と述語を明確にしていないと理解出来ない雅が、小首を傾げる。

「なんでもないよ。ただ、明さんのせいで雅がダメな子になってるなって思っただけ」

 言い終わると同時に、雅は明さんから距離を取る。予想通り、雅もこちら側に来てくれた。

「ダメな子になりたくないな……」

 雅の目には確かな敵意が宿る。有紀は拗ねて一切関わってこない為、戦力外。今、この場において明さんの味方はいないことになる。

「理不尽過ぎるだろ……」

 周囲を見回してから、明さんは頭を抱えて小さく呻く。最近は何かとこういう場面が多くなってきた。

「ごめんね、雅。今の嘘だから」

「え、嘘なの?」

 このまま放って置くと信じ込む危険性があるので、早めにネタばらしをしておく。

私の言葉は雅にとって絶対的なものらしいのだ。

「ったく、なんでこんな奴らに有紀を任せようと思ったんだ、俺は……」

「ふぇ? 誰か呼んだ?」

 名前を呼ばれた有紀が、少し間抜けな声でこちらの方を向く。まだ拗ねているらしく、膨れっ面のままである。

「まぁな。……有紀、楽しいか?」

「楽しい。……でも、明は嫌い」

 私や有紀の時とは違う、はっきりとした悪意。

一触即発とも言える空気が病室に訪れる。少し前の明さんなら、ここで押し黙ってしまっていたのだが――。

「ははっ、だろうな。……っと、ラッキーなことに仕事の時間だ。邪魔者は消えさせてもらうな」

「仕事って、抜け出してきた癖して、よくもしゃあしゃあと……」

 呆れ返るようなことを言ってのけるようになっていた。

 一週間を過ぎた日から、明さんは急に吹っ切れたように有紀に接するようになっていた。

 ――吹っ切れた。

本当にそういう表現しか思いつかない。まるで自分の背負っていた何かから解放されたかのような、そんな感じだ。

「明さん、変わったね」

 雅も同じように思っているようだ。少し不思議そうな顔をして、明さんがいなくなった方を眺めていた。

 有紀も小さく頷いていた。嫌いなのは事実だが、前よりはマシだと言いたいのだろう。

 確かに前よりもイライラしないので、今の明さんの方がいい。

「――忘れてたが、退院した後も有紀のことよろしくな。お前が引き取って育てろよ『お母さん』」

 不意に、いつもの特徴的な足音を消してまで現れ、そんなことを告げる。

 最初、明さんが何を言っているか理解できなかった。

「……はぁっ!?」

 数十秒掛かってようやく意味を理解出来た私は、そんな声を吐き出す。

 それと同時に明さんが『吹っ切れた』理由を理解した。

簡単に言えば、私に押し付けたのだ。

 確かに、有紀は明さんの元で暮らすよりも私と一緒に暮らす方がいいのだろう。

 有紀は完全に心を開いているし、雅という友達も出来た。勉強ならインターネットなどを利用すれば教えれるはずだ。有紀を育てるには十分過ぎる環境なことは確かだ。

 だが、それでいいのだろうか。

 有紀が完全に心を開いているのは私を母親だと誤解しているからであり、雅と今のような関係を築いているのも、『母親の弟』だからだ。

 有紀の『母親が生きている』という幻想を都合良く利用してまで、有紀を引き取るなんていうことが、許されるのだろうか。――それ以前に、有紀を騙し続けることに私は耐え切れるのだろうか。

 それに、長い間騙し続けて、バレたらどうするのだ。

 有紀は確実に私を嫌うだろう。憎むだろう。騙す期間と、恨みや憎しみの度合いは比例している。それに、耐え切れるのだろうか。そんな危険を背負ったまま、有紀と自然に暮らせていけるのだろうか。

 結局は自分のリスクに過ぎない。自分が耐えきれるかどうかの、小さな問題だ。

「有紀! これからも毎日遊べるんだって!」

「本当ッ!? やったぁっ!」

「……まぁ、どうにかなるか」

 二人を見ていると、そんな気持ちになる。自分の中の小さな問題で、この二人に迷惑を掛けてはいけない。この二人は、私とは全く違うのだから。

「これから、忙しくなりそうだなぁ……」

 恐らく、今までとは全く違う日々が始まる。

面倒臭いことが馬鹿みたいにある、私が少し苦手な日々が。

 でも、――今までよりも、ずっと楽しい日々だと思う。

「これからも一緒だね、お母さん!」

「姉さん、家に帰ったら宿題手伝ってね」

 二人共、こうして私を頼ってくれている。頼ってくれるなら、私も答える必要がある。

 ――それが今の私に出来ることだから。

 

 それから二日後、私と有紀は退院し、約二週間ぶりの我が家への帰還を果たした。

「有紀、着いたよ」

 すぅすぅと寝息を立てている有紀の頬を突付くが、少しぐずるだけで起きようとしない。

「お、重い……」

 有紀をおんぶしている雅が、呻くように呟く。有紀は私と同じくらい雅にも懐き始めている。

今回も有紀自身が「雅兄ちゃん、おんぶ……」と有紀がせがんだ為に、雅がおんぶしている。

 少し、ほんの少しだけ、本当に少しだけ、雅に嫉妬していたりする。

 私達が住んでいる家は、一階建ての小さな家だ。周囲の家は二階建てばかりで小さく感じるが、家の中は意外と広い。

玄関からほんの少しの廊下を歩くと、リビングがある。その奥にある扉を開けて右側が私の部屋、左側が雅の部屋だ。

 とりあえず、自分の部屋を確認する。

 ベッドが少し乱れているが、それ以外に変わった点はない。ベッドも、どうせ何かの拍子でそうなっただけだろう

「……うわ、流石に掃除しないとダメだなぁ」

 電気を点けて、思わず一言。

 いつもこの部屋に篭って、スナック菓子を食べながらネトゲしたり、カップラーメンを啜りながら面白そうな動画を探したりと、不摂生な生活をしているせいでゴミが散乱している。

「片付け、しますか」

 正直、片付けやら掃除やらは苦手だ。

 部屋の乱れは心の乱れ、などと言うが、部屋が汚くても落ち着いた生活は出来るし、そもそも部屋を見ただけで心の内が露見してたまるか。

 そんな思考回路からか「別に掃除なんて……」とどこかで思っているらしく、一年ほど前にはこの世に存在する意味を見出すことができない『黒いアレ』が出てきて、雅と共に発狂した経験もある。

 開封済みのスナック菓子は全て傷んでしまっているので迷わずゴミ袋の中に放り込む。 置きっぱなしの上に、開けっ放しのコーラからは、変な臭いがしたので黙ってキャップで蓋をする。

 入院する少し前に片付けしていたこともあり、個人的には十分広くなったと感じたところで一時中断。時間はあまりかかっておらず、だいたい十分ぐらいだ。

 雅や有紀の様子が気になり、部屋を出る。有紀はリビングのソファでいつものように丸くなって眠っており、雅は疲労困憊の様子でソファ近くの床に倒れこんでいる。

「お疲れ様」

 膝ぐらいの高さしかないテーブルの上にオレンジジュースを注いだコップを置いて、私は床にあぐらをかいて座る。

 ソファは有紀に占領されているし、いつもご飯を食べるところには椅子もあるが、どうもこっちのほうが落ち着く。

 根っからの日本人、という訳ではなく前の家が和式の家だったからだろう。

「ありがと、姉さん」

 オレンジジュースを飲み干して、雅はふぅ、と一息ついた。

「これから、姉さんと、僕と、有紀との三人ぐらしかぁ……」

 自分を納得させるように雅は呟いて、天井を見上げる。

「……怖いなぁ」

 それは恐らく、声に出すつもりはなかったのだろう。呼吸をするのと同じように、自然と本音が漏れ出してしまったのだと思う。

「……何が怖いの?」

「最近ね、有紀に姉さんを取られるかも、って思っちゃうんだ。有紀はそんなことしない、って分かってるのに。……それでも、怖いんだ」

 そんなことを思っていたのか。――そんなことを思えるようになったのか。私は素直に驚いた。

 私にとって雅はいつまでも甘えん坊で、それでいてどこか頼りがいのある弟だ。

 だから、雅がそんな風に思っているとは思いもしなかった。当然だが、私の知らないところで雅はゆっくりと、確実に成長しているのだ。

 それは素直に嬉しい。嬉しいが、私の知っている雅じゃなくなるようで、漠然とした不安も過ってしまう。

「大丈夫。私にとっては、雅も有紀も大切な『家族』だから。お父さんとお母さんみたいにはなれないけど、それでも『家族』を傷付けるようなことはしないよ」

 私がやれることは少ない。だから、そのやれることぐらいは――『家族』を大切にすることぐらいは出来ないといけない。

 雅を抱きしめて、頭を優しく撫でる。

「……ありがと、姉さん。……大好き」

 雅は少し顔を赤らめながら、そう言った。

「私も、大好きだよ、雅」

 私も、雅が大好きだ。今まで、様々なことを共に経験して来た、私の大切な弟。

 そんな弟を嫌う姉がどこにいる。

 

 両親の死すら共に受け入れて来た、大切な、大切な弟を、嫌う姉がどこにいる。




なんで、僕は受験勉強しないといけないこの時期に小説書いてるんでしょうね。

今、思い付きで書いた別の小説もあって、イロイロと落ち着いたら投稿しようと思っています。
えぇっと、一応、今年の四月まではハーメルンには来ない(多分)と思います。

一応、今回は伏線的な流れです。
次回は、引き篭もる原因になった「とある出来事」を!
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