三年前、私の両親は殺された。
刺殺。殺したのは、近くの高等学校に通っている青年。
その青年は両親が刺殺されてから数時間後に自宅で首を吊って自殺している。
だが、青年が履いていた靴とリビングに残っていた足跡、青年が家の周囲を彷徨いているのを目撃した人、その他諸々の状況証拠が青年が犯人であることを裏付けていた。
私と雅は、その事件の第一発見者だ。
両親との思い出はとうの昔に薄れ、消えていってしまった。しかし、その時の光景だけは、目に焼き付いて離れない。
現場であるリビングで、二人は寄り添うようにして倒れていた。
血が止めなく流れ、白いカーペットが紅色に染まっていく。
数時間前までちょっとした冗談を言い合っていた二人が、そんなことになるなんて微塵も思っていなかった私は、その場に崩れることしか出来なかった。――私と雅が二人を見つけた時、二人はまだ生きていたというのに。
私よりも数十倍早く我に帰った雅が助けを求め、ややあって救急車が到着。だが、病院に辿り着く前に二人は息を引き取った。
私と雅は、突然両親を失ったのだ。
私は、両親が死ぬのとほぼ同時に気を失った。両親が死んだ、という事実を受け入れられなかったのだ。
二日ほど経ってようやく目覚めた私に雅以外からの厭忌の視線が集中した。
私が眠っている間に、私が早く通報しなかったことが原因で両親が死んだ、という噂が広がり、ソレを周囲の大人達が信じたのだ。
その時、私は思い知った。
大勢の人間が信じたのモノが『真実』になる。――例えそれがどれだけ間違っていたとしても。
私は必死に訴えた。そんな現場を見つけてすぐに助けを呼ぶことなど不可能だ、と。
だが、それに耳を貸す人はおらず、私の主張はただの言い訳にしかならなかった。
誰が何と言おうとも『真実』は、私のせいで両親は死んだと
無力な私は『真実』を変えるような革命を起こすことは出来ず、やがて私の居場所はこの世界から消えた。
叔父の家に預けられた私と雅だったが、その扱いは雲泥の差だった。
雅は事件の『被害者』で、私は両親を見殺しにした『親殺し』。本来味方であるはずの親族でさえ、『真実』に囚われていたのだ。
――私の味方は誰もいない。
――私の話なんて誰も聞いていない。
私は塞ぎこむようになり、周囲はそれを言い訳を諦めた、と受け取った。
私自身が『真実』に飲み込まれ、『親殺し』であることを認めてしまったのだ。
物置のような部屋に閉じこもり、
――もし、私がすぐに助けを呼んでいれば。
何度もそう考え、考えてもどうにもならない
じわじわと、致命的に私の心を『絶望』が蝕んでいく。
そんな日々が一ヶ月ほど続いたある日、偶然にも叔父の家族が家にいない時になって、雅は私が引き篭もっていた部屋に入ってきた。
一ヶ月間、一度も顔を合わせなかったせいか雅の顔に違和感を感じた。
『何か』を耐え続け、そのせいでやつれてしまったような、そんな気がしたのだ。
「……どうしたの? 私に何か用?」
――『親殺し』の私に。
皮肉を込めた私の返答に、雅は分かりやすく狼狽し、俯いた。
その様子を一瞥してから、私は部屋の隅に小さく蹲った。
何年も一緒にいたのだ。どうすれば雅が困るか、どうすれば私に関わらなくなるか、ぐらいは予想できる。――できる、と思っていた。
私の予想を裏切るように、ソレから雅は必要以上に私に関わるようになった。
それまで叔母が運んでいた私の食事も雅が運び、暇な時は特に何をするでもなく部屋に入ってくるようになった。
その度に、私は雅を突き放した。
雅の行動を、その時の私は『同情』されているとしか思えなかったのだ。
何日も、何日も、私が知っていた雅なら一週間あれば諦めているはずなのに、雅は一日も欠かすことなく私の部屋に通い続けた。
――一ヶ月間。
それが雅が私の部屋に通い続けた日数であり、私が堪えきれなくなった日数だ。
「……どうして、雅はここに来るの? 私はお父さんとお母さんを見殺しにしたのに。学校も転校することになったし、どうせ学校でも何か言われてるんでしょ? 全部、全部私のせいなのに」
怒鳴る気力さえ『絶望』に持って行かれた私は、独り言のようにそう呟くことしか出来なかった。
私はそれが精一杯だった。全てを諦め、何もかもから抗うことを止めた私には。
「だったら、僕も一緒だよ。……えっと、僕も、もっと早く救急車呼べたら、お父さんもお母さんも助かった。だから、僕も、……えっと、その……」
雅は必死に言葉を探す。視線をあちこちに移動させ、しばらくの沈黙が訪れる。
「――|みんなが姉さんを責めるなら、姉さんは僕を責めればいい。僕が全部受け止めるから」
どこか不安気に、だが、私から一切目線を話さず、雅は言った。
「――これからはずっと、僕が守ってあげるから」
雅が言ったのは、無茶苦茶な屁理屈だ。
馬鹿正直で、純粋で、一途だったはずの雅が初めて言った屁理屈。どこからでも論破出来る子供のような屁理屈。
――そんな屁理屈を言った雅が。
そして。
――そんな屁理屈に心を動かされた私自身が。
おかしくてたまらなかった。
今考えてみても雅の言葉の『何』がそこまで面白かったのかはよく分からない。理由も分からないくせに、私は二ヶ月ぶりに心の底から笑った。
突然笑い出した私に雅は戸惑い、恐らく大いに混乱したのだろう。
気が触れたとでも思ったのか、雅は私の方をがっちりと掴み前後に大きく揺さぶった。そんな雅の挙動も面白くて――いや、それ以外のどんなくだらないことでも、連鎖反応のように笑いに繋がった。
驚いた。――いや、呆れたという方が正しいのかもしれない。
理不尽で、どうにもならない、そして致命的な『絶望』を経験したというのに、私はこんなにも笑えた。
そんな自分の図太さにも気付かず、「誰も私のことを分かってくれない」だの「自分は皆とは違う」だのと言って、『悲劇のヒロイン』に酔いしれていたのだ。
私は言い訳をしていたのだ。
「これは言い訳ではなく、本当のことなんだ」と必死に
もし、この世界が私を中心に回っているのだとすれば、必死にソレを訴えるべきなのだろう。 ――だが、違う。
この世界の中心には誰もいない。いないからこそ、自らが中心だと誰もが思い込む。
自分中心だと思い込んだ人々が心の僅かな隙間からその他の人々を見下して――どんな人間よりも自分が優れている、という優越感を必死に作り出す。
その優越感こそが、この世界を回すエネルギーなのだ。
そんな世界で
この世界は無茶苦茶だ。
この世界は
そんな世界で
数分かけて何とか落ち着いた私の脳は、そんな思考で埋め尽くされた。
それは他人からみれば、『諦めた』などと言われるモノだ。
だが、私は『立ち直った』と
『立ち直った』私はそれまでの出来事の全てを冷静に見つめ直すことが出来た。
それこそ、他人事のように考えることが出来た。
最初に考えたのは、私が何を間違えたのか。
――両親を発見してからすぐに助けを呼ばなかったこと。
――それを理解しようとしない人間に「普通は無理だ」と訴えたこと。
――塞ぎこんだこと。
――『真実』などに飲み込まれたこと。
――現状を変えようとしなかったこと。
では逆に、何が正しかったのか。答えは一つ。
――何も正しくない。
世界が私を『親殺し』として認識した瞬間、私の行動は全て間違いに変わった。
どれだけ正しくても、どれだけ正当なモノでも、
私一人が行動したところで、その行動は間違いにしかならない。
だから私は雅を頼った。私一人だけではなく、雅と――事件の『被害者』と行動すれば、正しくはないかもしれないが、間違いではなくなるのではないか、と。
何日もかけて私は雅に自分の想いを分かりやすく、一つ一つを噛み砕いて説明した。
雅を利用するのではなく、雅と共に行動する。その為には絶対に必要な『行程』だった。
雅の考えを徹底的に尊重し、自分の意思を曲げる。そうして、雅に一切の不満を残さず、それでいて、間違ってはいない行動を作り出した。
何度も、何度も、気が遠くなるほどそれを繰り返し、まず最初に叔父の家から脱出をした。
二人暮らしをする。叔父はそれをあっさりと承諾した。
『親殺し』である私を、さっさと追い出したかったのだろう。
おかげで、二人暮らしをするには十分過ぎる今の家が手に入った。
その後も、雅と幾度となく『行程』を繰り返した。
両親を失ってから一年が経つ頃にはソレが当たり前になり、二年目にはソレをしなければ何も出来ないようになっていた。
私は雅の意思を尊重することに存在意義を見出し、その意義に依存してしまっていたのだ。
本末転倒だった。だが、ソレに気付いた時にはどうすることも出来ないほど、依存が深刻化していた。
――もう、戻れないのだろう。
私はそう覚悟し、それを受け入れた。
だが、それが徐々に変わりつつある。
理由は、突如現れた『柊姫有紀』という存在。
私は有紀の『母親』として行動していく内に、雅の意思を尊重する以外にも自分の存在意義を見つけていた。
雅に対する『依存』が徐々に、そして確実に薄れていっているのだ。
それがどんな『結果』を齎すかは分からない。
だが、その『結果』はまもなく、もうすぐ訪れるような気がしている。
何の根拠もない、ただの勘だ。
三年前のあの日、嫌な予感がして早く帰ってきた時と全く同じ、
相変わらずグダグダな感じが否めないのがむず痒いところですが、鋭意努力中です。
現時点で、起承転結の承の終わりぐらいです。
次は雅視点。