Co-dependence   作:不皿雨鮮

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Actor thinks three years ago

 思考が停止する。考えれない。考えたくない。

「……雅、どういうことなの」

 姉さんの声が漏れる。少なくとも、僕がいつもと違うことに姉さんが気付いている。

「ち、違ッ……」

 頭が真っ白になる。どうすればいいのか分からず、視線を右往左往させてしまう。

「――どうしたの、雅兄ちゃん? お母さんに吐いている嘘、話してくれるんでしょ?」

 止めを刺すように、有紀は小さく笑う。僕には有紀の笑顔が歪に見えた。

「……ッ」

 遅れて、有紀の言葉が僕の逃げ道を塞いだことを自覚した。

もう、どうすることも出来ない。

「……雅。本当、なの?」

 戸惑ったように、姉さんが尋ねる。有紀の言葉を信用しようとする気持ちと、僕を信じようとする気持ちが戦っている。

有紀の方が優勢なのは、姉さんの小さく『絶望』しかけている目を見れば分かる。

「雅、お願い。――答えて」

 それでも僕を信じようとしてくれている。ここで僕が「違うよ」と言えば、もしかしたら姉さんは信じてくれるかもしれない。

「…………」

 思考が、ゆっくりと回転し始める。

落ち着け、と何度も言い聞かす。冷静に、ここで失敗すれば全てが終わる。

それだけは絶対にしてはいけない。――姉さんを悲しませてはいけない。

 なのに。

「雅、答えてよ!」

「……ッ!」

 なのに、僕は逃げ出してしまった。最悪の選択肢を、僕は選んでしまった。

姉さんを突き飛ばし、自分の部屋に入り、鍵を閉める。

そこまでしてから、僕は自分の過ちに気付いた。

「……どうして」

 力が抜ける。扉を背にして、そのまま座り込む。

「どうして、こんなことに」

 声が掠れる。声を出す力さえ無くなっていた。

「どうして、こんなことになったの……」

 涙が零れる。僕はそれを拭うことすら出来ず、虚空を見つめていた。

 もう、どのくらいの時間が経ったのだろう。外は僕の気持ちを代弁するように暗闇に包まれていて、月の光さえ部屋の中に入ってこない。

 忘れたい。今までと同じように、姉さんと話したい、遊びたい、宿題を手伝ってもらいたい、頭を撫でてもらいたい、――笑ってほしい。

 忘れられない。僕を見る姉さんの表情も、震えた声も、――涙も。

「……もう、いいや」

 僕と姉さんの関係は終わった。

お父さんとお母さんが殺されたあの時から、僕は姉さんを騙し続けたのだから。

 あの時、唯一心を開いてくれた姉さんを、騙していたのだから。

もう、どうにもならない。もう、どうすることも出来ない。

――本当にそうか?

 思考のどこかで、僕はそう考えていた。

 本当に終わったのだろうか。何か、方法はないのだろうか。

 無駄な足掻きなのは分かっている。それでも、僕は姉さんに笑って欲しい。姉さんの笑顔は――とても素敵だから。

 考える。――ボクが持つ記憶の全てを探りながら。

それまで思い出したくもなかった三年前のあの日から、一つの漏れもなく僕は全てを思い出していった。

 

 あの日は、いつもより早く家に帰っていた。姉さんは笑っていたけど、どこか落ち着きがなくて、少しピリピリしていた。

虫の知らせ、だったのだろう。なんとなく嫌な予感がする。

 そんな姉さんを見て、その頃の僕は「姉さん、今日はどうしたのかな」と暢気に思うだけだった。

 でも、家に近くなるほど姉さんの緊張が繋いでいる手から伝わってきて、僕も緊張していた。

 家に帰ってもお父さんとお母さんの声がせず、僕と姉さんは自然と顔を見合わせていた。

 嫌な臭いが部屋に漂っていた。何かがある。

流石の僕でも、何かがおかしいことに気付いた。自然と繋いでいた手を強く握る。

 ゆっくりと、見えない何かに怯えるように、お父さんとお母さんを探した。

お父さんとお母さんはすぐに見つかった。

リビングで、大きな血だまりを作りながら倒れていたのだ。。

 最初、僕は何が起きたのか分からなかった。

 お父さんとお母さんが、死ぬ。そのことを理解出来ず、僕と姉さんはその場に立ち尽くしていた。

 姉さんがその場に崩れ落ちる。僕が見ている物を、姉さんが見ている。混乱している中で、かなりの時間をかけて僕はそれを理解した。――これは現実だと、理解した。

 まだお父さんとお母さんが生きていることに気付いたのはその時だった。小さく、お父さんの手が動いたのだ。

「……お父さんッ!! お母さんッ!!」

 声を振り絞った。

「誰か……ッ、助けて!!」

 僕はそう叫んだ。混乱していて、どうして叫んだのかは今となってもよく分からない。

何とかしないと。そう思って、僕は叫んだ。

 幸い、お世話になっていた近所の人が駆けつけてくれて、すぐに救急車を呼んでくれた。

 救急車には僕と姉さんの二人で乗り込んで、病院に着く前に両親の死を看取った。

「……申し訳ありません」

 救急隊員のそんな声が、現実から逃げようとする僕を引き戻した。

「……お父さん、お母さん。嘘、こんなの、嘘だ……」

 隣にいた僕にしか聞こえないような声で姉さんは呟き、気を失った。

 病院に着くと、丁度同じタイミングで着いていた叔父さんが色々な手続きをしてくれた。

 おかげで僕は姉さんのところにずっといることが出来た。

 お父さんもお母さんもいなくなって、姉さんも目覚めない。そんな状況で僕はおかしくなっていた。

「……姉さんのせいだ。姉さんが、早く救急車を呼んでいたら」

 そんなことをずっと、ずっと呟いていた。何もせず、僕は壊れたように何度も、何度も呟いていた。

 被害者――僕が言ったソレは、何も知らない人には事実としか思いようがない。

 姉さんが目覚めるまでの二日という期間は、姉さんに弁明の機会さえ許さなかった。

「どうして、なの。私が、何かしたの……?」

 姉さんが早く通報しなかったせいでお父さんとお母さんが死んだという噂が。

――姉さんが二人を殺した。

 そんな噂が広がっていたのだ。

 間違いなく、それは僕が原因だ。

 後の祭り、とはまさしくこのことなのだろう。

 幾度となく姉さんは訴えた。

訴えて、一蹴される。そんな生活が続いた。

じわじわと弱っていく姉さんを僕は見ていられなかった。

僕が原因なのに、僕は姉さんから逃げていた。

 叔父さんの家に預けられても、僕は姉さんと関わろうとしなかった。

 怖かった。僕のせいで、姉さんが塞ぎこむようになった。

 だから、僕は姉さんが怒っていると思っていた。僕に怒って、だから一度も外に出ないのだと、思っていた。

 一ヶ月間、僕は考えた。どうすれば、姉さんは元に戻ってくれるのか。

 僕が、姉さんを塞ぎ込ませた。だから、僕が姉さんを元に戻さなければならない。

叔父さん達に気付かれないように、必死に隠しながら。

 今考えてみれば、僕が言えばよかっただけの話だ。

 姉さんは悪くない。僕が間違っていた、と。

 それが一番簡単で、一番早く問題が解決した方法だ。

 僕は睡眠時間を削って考えたが、その時の僕は何も思い浮かばなかった。

 それでも、何とかしないといけない。時間が経てば経つほど、取り返しが付かなくなる。

 だから僕は、何も思いつかないまま、姉さんの部屋に行った。

一度も電気を点けることなく、姉さんはその部屋に篭っていた。

部屋の空気が重く、姉さんの心に底知れない闇を感じた。

「どうしたの? 私に何か用?」

 姉さんの声に、悲しみと怒りが混ざっていた。全てを諦めたような悲しみと、僕だけ何も言われないことへの怒りが。

 何も言えずに、僕は下を向くことしか出来なかった

 それでも僕は、諦められなかった。

どうしても、姉さんを元に戻したかった。笑って欲しかった。

何日も、何日も、姉さんの部屋に通い続け、その度に姉さんの言葉が僕を抉った。

 一ヶ月間通い続けて、ようやく姉さんは僕に本音を零してくれた。

「……どうして、雅はここに来るの? 私はお父さんとお母さんを見殺しにしたのに。学校も転校することになったし、どうせ学校でも何か言われてるんでしょ? 全部、全部私のせいなのに」

自分は両親を殺した。全部自分のせいだ。だから、普通の人とは接してはいけない。

 姉さんはそう自分に言い聞かせているように思えた。

「だったら、僕も一緒だよ。……えっと、僕も、もっと早く救急車呼べたら、お父さんもお母さんも助かった。だから、僕も、……えっと、その……」

 そこまで言って僕は気付いた。どの口が言うのだ、と。

 もともと、こうなったのは僕のせいなのに。僕があんなことを言わなければ、何も起こらなかったのに。

「――|みんなが姉さんを責めるなら、姉さんは僕を責めればいい。僕が全部受け止めるから」

 全ての原因である僕を責めればいい。

 ――そうしてほしい。

 今まで姉さんを責めて人の分だけ、僕を責めればいい。

 僕はそれを全部受け止める。受け止めて、姉さんが元に戻るなら、姉さんが笑ってくれるなら、それぐらい僕は平気だ。

「――これからはずっと、僕が守ってあげるから」

 ずっと、ずっと、僕は姉さんの笑顔を守るから。どんなことをしてでも。嘘を吐き続けることになっても。

 

 扉を優しくノックされ、僕の意識は今に引き戻された。

「……ッ!!」

 僕は出来なかった。――姉さんの笑顔を守れなかった。

 やっぱり、無理だったんだ。姉さんに嘘を吐くなんて。

「雅」

 姉さんの声が扉越しに聞こえる。決して責めない優しい声。

あの時も、今も、姉さんは僕を決して責めようとしない。

 姉さんは優しい。でも、今はそれが辛い。

「……私、信じてるからね」

 静かに声を抑えて、姉さんは告げる。

 それだけ言って、物音がしなくなった。恐らく、姉さんは扉の前にいる。

 僕が自ら話してくれるのを、姉さんは待ってくれている。

「………ごめん、なさい、姉さん。まだ、話せ、ないよ……」

 声を振り絞る。涙が溢れてくる。

「……そう」

「……ごめん、なさい。……ごめ、んなさ、い。……本当に、ごめんな、さい」

 何回も、何回も、僕は扉越しに「ごめんなさい」と言い続けた。




受験が終わって開放感に包まれた状態です。ふわっふわっしてます。
次回は一週間以内に投稿出来るはずです。
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