今回は短くなりました。
風太郎の冤罪が証明されたことで、彼と総介は、部屋を出てエレベーターに乗ろうとしていた。二人は一様に疲れた表情でエレベーターが登ってくるのを待つ。総介の方は比較的マシだが、風太郎の方は事件の当事者であるため、より疲れが濃く見える。加えて、三人の赤点候補のうち2人に勉強を教え、冤罪を晴らすために奔走もしたので、元気でいられるわけもなかった。
すると、風太郎のスマホから着信音が鳴り響く。それを取り出して、画面をしばらく見ると、彼は口元がわずかに微笑んだ。それを見た総介が、思わず呟いてしまう。
「…………そんな顔すんだな」
「え?」
どうやら風太郎にも聞こえてたようだ。
「いや、いつもワリー目つきしてっからよ、そんな優しい顔すんだなって」
「余計なお世話だ。お前だって二乃に死んだ魚の目って言われてるじゃないか」
「だから言ったろ?いざという時きらめくって」
「いやどんな時だよ」
「キレイなねーちゃんのスカートが風でめくれたときさ」
「三玖に言おうか?」
「やめろ殴んぞテメー」
そんな冗談を飛ばしながら、2人はエレベーターへと乗り、一階のエントランスへと下降する。
「………なぁ」
エレベーターの中で、風太郎が口を開く。
「………あいつら、これでいいのかな……」
「…………」
総介は彼の問いに口を動かさずに聞く。
「人の家に過度な干渉するのはよくないってわかってるけど……やっぱ家庭教師やってく上で……どうなんだろうなって……」
すると、黙っていた総介が風太郎に顔を向けずに口を開く。
「三玖が言ってただろ?『任せてほしい』、『あとで話はする』ってよ。姉妹の彼女にそう言われたら、そうするしかねーよ」
「………まあ、そりゃ……」
「あの五人には、五人の事情がある。上杉には上杉の、俺には俺の、それぞれ他が入る余地のねーもんがな。今回の五人のがそれだ。三玖がああ言ってたのも、俺達じゃあどうにも出来ねー部分なんだろうよ。思考か本能か、あの子はそれが分かってて、俺達に言ったんだと思うぜ。
まぁ所詮は家庭教師と生徒だ。基本はビジネスライクな関係でいればいいし、相手が懐を俺らに開けてくれれば、挨拶でもして入って行きゃいい。今の俺らには、あの五人だけのVIPルームに入るにゃ、ポイント不足だってことだ。せめて会員証でも作れるぐれぇな関係じゃねーとな」
総介の長い話に、風太郎は思わずこう口をこぼしてしまう。
「浅倉……お前本当に同級生だよな?」
「留年してるって言いてぇのか?喧嘩売ってんのか?じゃあ喧嘩するか?ん?」
総介は青筋を立てて、風太郎の前で握り拳を作る。風太郎は慌てて否定する。
「そうじゃなくて!その、ドライというか、大人だなぁって……」
総介は拳を下ろし、再びドアの方に向き直る。
「………俺が大人だったら、あの野郎はオッサンだろうな……」
「は?」
「何でもねぇよ。クソムカつく連れを思い出してただけだ」
総介がどっかの銀髪王子様の話をした直後に、エレベーターは一階に到着。そのままエントランスの出口へと向かい、オートロックの扉を開けて通過した。そしてそこには、
「あ」
ドアの横で体育座りをする二乃がいた。
「「…………」」
「………!!」
二乃は開いたドアを見るとすぐさま立ち上がり、中に入ろうとするが、無情にもドアは、彼女が通過する前に閉じてしまった。
「…………」
入らなかったことにガクッとうなだれてしまう二乃。
「チッ………使えないわね」
遂には2人に八つ当たりする始末。どうやら彼女は鍵も持たずに出てきたようだ。
(それで、中の4人に開けてもらうのもバツが悪いということか………四葉なら開けてくれそうなんだがな、寝てたし……)
(変なプライド持ちやがって……まぁどうでもいいが……)
風太郎、総介はそれぞれに思いながら二乃を見る。彼女はその視線に気づいたようで、鋭い目をして睨み返す。
「何見てんのよ。あんたらの顔なんて見たくもないわ」
「………」
「あそ」
総介だけ短く答えながら、二人は歩き始めた。しかし……
(…………)
風太郎は何を思ったのか、踵を返して二乃の元へ歩き始めた。
「………おい、上杉」
総介の呼ぶ声にも耳を貸さず、風太郎は二乃から少し離れた隣にドカッとあぐらをかいて座った。
「………な、何してんの?」
「どうしても解けない問題があってな。解いてから帰らないとスッキリしないんだ」
そう言って風太郎はポケットから暗記カードを取り出して 見始める。
「……………」
その様子を見て総介は眉間に皺を寄せる。
「浅倉、先帰っててくれ。俺はこれ見てから帰るから」
「………………」
風太郎の言葉を聞き、しかめっ面をしたまま、総介は歩き出す。
エントランスの入り口まで。
「………何よ、あんたまで」
「……………」
総介は何も答えず、二乃の目の前で止まり、鞄かから『週間少年ジャンプ』を取り出して読み始める。
「………俺の顔なんか見たくないっつったよな、お前?」
「………ええ、言ったわよ。それが何?」
「そりゃ残念だ。俺はテメーみてーな奴が悔しさで泣きそうになってる面を見るのが大好きでね」
何より、と言葉をつないで総介はジャンプを少し顔から下ろし、目元を出して二乃を見下ろす。
「泣きっ面を肴に読むジャンプは、格別面白いんだなこれが」
「………アンタってほんっっと性格悪いわね」
「……テメーほどじゃねーよ」
「………わかんないわ」
二乃は体育座りのまま、総介を睨みつける。
「………なんでアンタみたいな奴に、三玖が懐いてるのか………バカみたい……」
「…………」
「………嫌い」
「…………」
「嫌いよ。アンタも、上杉も、みんなも……バカばっかりで、嫌い……」
「………姉妹のこともか?」
ここで、風太郎が口を開いて話に入る。
「それは嘘だろ」
「……!!嘘じゃない!」
顔を上げて否定するが、仄かに二乃の顔が赤くなってきている。
「あんたらみたいな得体の知れない男を招き入れるなんてどうかしてるわ………私たちの」
「『五人の家に、あいつらの入る余地なんてない』」
「!!」
「…………」
風太郎が、誰かの台詞を復唱するかのようにしゃべる。恐らく二乃が言ったことだろう。
「そうお前は言ったよな」
「…………」
「浅倉が言ってたよな。俺らに暴言吐くのも、姉妹を守るためだって。俺たちのヘイト、まぁつまり恨みを自分へ向けさせるためだって」
「………もういい、黙って」
「姉妹のことが嫌い。やっぱり逆だろ、どう見ても。俺達を罵るのも、薬を盛るのも、追い出そうとするのも」
「……………」
「五人の姉妹が大好きだからなんじゃないのか」
「………っ!」
「だから異分子の俺たちが気に入らないんだ」
「…………」
「…………」
風太郎の話に、二乃と総介は黙ったままだ。しかし二乃は、下を向きつつも顔を真っ赤にさせている。一方の総介はジャンプを顔の近くで読んでいるため、表情が全く窺い知れない。しばらく経ったところで、二乃が口を開いた。
「………何それ」
「?」
「見当違いも甚だしいわ。
人のことわかった気になっちゃって。
そんなのありえないわ
キモ」
「………二乃……」
「………何よ……悪い?」
二乃が赤くなった顔を上げて聞いてくる。
「いや、わかるぞ、その気持ち。俺も妹がいてな」
「そうよ!」
風太郎の話を、二乃は何か納得したかのように遮った。
「私、悪くないよね」
「え?」
「バカみたい。なんで私が落ち込まなきゃいけないの?」
「………」
「やっぱ決めた」
二乃は立ち上がり、風太郎の方へと体を向けた。
「私は、あんたらを認めない
たとえそれで、あの子たちに嫌われようとも」
「………うっ」
「…………」
そう風太郎に宣言すると、二乃は次に総介の方に体を向けた。
「それからアンタにも言うわ
アンタに三玖は絶対に渡さない
あの子がどんなに私を恨もうともね」
「……………」
どうやら風太郎は、余計なことをしてしまったようだ。二乃に勉強とは別の決意をさせてしまったようだ。それを理解した彼は顔を青くしてしまう。総介は未だジャンプを読みながら顔を隠したまま。と、その時、エントランスのドアが開いた。中から現れたのは………
「二乃、いつまでそこにいるの?早くおいで」
「み、三玖……」
「あ、ソースケ!ちょうどよかった。あのね、明日のことなんだけど…………ソースケ?」
三玖が待ちかねたのか、上から降りてきて二乃を迎えにきたようだ。彼女は総介をがいると知ると、声を弾ませて話しかけようとしたが、先程と様子の違う彼を見て少し困惑する。
「三玖!帰るわよ!」
そんな三玖を、二乃は強引に抱えてドアを通過する。
「でも、まだ話が……」
「いいから」
「………」
三玖を無理やり連れて行き、最後は舌を出して「べーっ!」という顔をした二乃を最後に、ドアは閉まった。
「…………」
残されたのは、風太郎と総介だけとなった。
(………はぁ、また厳しくなりそうだな……)
ため息をつきながら肩を落とす風太郎。
(これだから過度な干渉は嫌なんだ)
「………すまん浅倉、お前にも迷惑をかけてしまって…………
浅倉?」
名前を呼びかけても、彼は動かない。そういえば、彼は先程三玖が来たというのに、全く反応を示さなかった。いつもなら周りを忘れて2人だけの世界に入るはずなのに……と、風太郎が考えていると、彼は片手で持っていたジャンプを下ろし、顔を露わにする。だが……
「………!!!!!!!!!!」
露わになった彼の顔、正しくは目を見て、風太郎は腰を抜かしてしまった。尻を地面へと打ち、手をついて総介を見上げる。
総介の表情は、今までのやる気の無い表情とは比べ物にならないほどに違っていた。目は、まるでゴミクズを見るような絶対零度の視線、能面のような無表情、人のものとは思えないほどの無機質な顔。そしてその視線は、風太郎が心の底から恐怖を覚えるほど、暗く、冷たく、深い闇が漂っていると錯覚するほどに塗り潰された瞳から、真っ直ぐ彼へと向いていた。そしてお面のような顔にある口が、ゆっくりと動き始めた。
「あんなので何かできると思ったか
思い上がってんじゃねーぞ
下手くそ」
その言葉を最後に、総介はジャンプを鞄へとしまい、一人帰路へとつきはじめた。風太郎はそれを姿が見えなくなるまで見続けることしかできなかった。
暗くなりつつある空だけが、風太郎をただただ見下ろすだけだった。
後日談。
〜放課後、屋上にて〜
「すまんな。この前の助っ人の件。ほれ、ゴリバのチョコ詰め合わせだ」
「問題ありません。皆いい人でしたし、自分も上手くできたので。チョコ、ありがとうございます」
しばらく経ったある日、総介と大門寺家の侍女、渡辺アイナは屋上で話をしていた。先日、二乃の邪魔で四葉の代わりにバスケ部へと助っ人に向かったのは彼女である。
彼女は身体能力も高く、校内では有名人だったため、快く歓迎された。しかもその活躍っぷりに、バスケ部に正式に勧誘されたほどだったが、侍女としての仕事もあるので、バイトがあるからという名目で、あくまで部員の怪我が治るまでと丁寧に断りをいれたのは別の話。
「…………そうですか。二乃がそう言って……」
「ああ、あの時あの女が邪魔してきたおかげで、みんなバラバラになっちまうところだったが、お前がいてくれたおかげで四葉はなんとかいさせることができた。ありがとな」
「いえ、私の方こそ、二乃に向き合ってもらって、ありがとうございます」
「………………」
「総介さん?」
総介は屋上の柵に腕をかけながら、遠くを見つめる。
「………アイツ、こう言ってた。『みんな嫌い』だと……」
「…………」
「………姉妹を守ろうとするあまり、何も見えなくなっちまって、守ろうとしたものすら失いそうになってた」
「!………それは」
「ああ。あの頃のどっかの誰かにそっくりじゃねーか」
総介は空を見上げて、何かを思い出すかのように言葉にしていく。
「大好きなもん守りたくて
守りたかったもん目の前で失って
全部が嫌になって
周りを全部壊そうとした
まるで俺を見てるようだったよ
アホなことをしていた悪ガキみてーにな」
「…………大変失礼かもしれませんが、あの人のことは、どうしようも無いと思います。総介さんも、当時はまだ………」
「わーってるよ。それについては一応区切りはつけた。じゃなきゃ今ここでこうしちゃいねーよ」
「………二乃は、どうするのでしょうか?」
「………同じ轍は踏ませねーさ。もうたくさんだ。失うのも、失うとこを見るのも……」
「………本当に、よろしくおねがいします」
アイナは頭を深く下げた。
「………助っ人の件、アイツには内緒にしとくな。アイツとの関係が壊れるのは嫌だろ?」
「はい。ありがとうございます」
「礼を言うんじゃねーよ。元はと言えば俺が持ち込んだ厄介事だ。そのセリフは俺が言うべきだっての」
そう話を終えた総介に、アイナは尋ねた。
「………総介さん。まだ、戻って来られないのですか?」
「………ああ。言ったろ。少なくとも1年は休むって。俺も海斗も、しばらくは戻るつもりはねー。学生生活を謳歌するさ」
「………『
「………裏の世界に表たぁ滑稽だねぇ。それでも、お前たちがいるだろう。お前とヤツや、あの人達がいれば、大門寺は安泰だからな。頼んだぜ、『
「………久方ぶりですね。貴方が私をその名で呼ぶのは」
「そだっけか?………ま、もうちょい頼むわ」
「………わかりました。『父』にもそう伝えておきます」
「ああ。………あ、これから三玖と本買いに行く約束してたんだった!やべ。じゃあ先行くわ!」
「………わかりました。お気をつけて……」
そう言って総介は屋上の出口へと向かって走っていった。
「………鬼の子、『
貴方は、鬼を失くして人となり、愛を知り、何を果たさんとしているのですか………その先には、一体何が待っているのですか………」
秋の空は、移ろいやすい。すでに空は、紅くなりはじめ、雲もそれに重なるように色を変え始めている。
アイナは柵にもたれながら、誰もいなくなった屋上で一人静かに呟くのだった。
彼らは一体何者なのか………
今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!
次回は花火大会編です。