この第三章では、注目のイベント『林間学校編』が待っています。
ここで、事前予告です。この『林間学校編』、めちゃくちゃハッチャけます。ボケまくります。ギャグしまくります!
と、その前に、総介と三玖のイチャイチャラブラブチュッチュパートが3話ほど続きますので、そちらをご覧ください。
30.恋愛成就がゴールにあらず、これスタートなり
とある週末の金曜日。学校を終え、放課後になって数時間ほど経ち、日も段々と傾いてきた頃。
その少女は、両手で旅行にでも持っていくような藍色の大きなボストンバッグを持ちながらも、軽やかな足取りで目的の場所へと向かっていた。しかし、決して軽いわけでは無い。むしろ重いくらいだ。それでも、少女の足がスキップしそうなほど軽く見えるのは、これからの事に想いを馳せているが故だろう。
右眼が隠れるほどの長い赤色の前髪、首元にかけてある青いヘッドホン、眠たげで半開きでもどこか嬉しそうな目元、桜色の整った形をした口は、口角が上がっている。
その少女、『
今日は、三玖にとっても、その待ち人にとっても、特別な日。
「……ソースケ!」
目的地であるブランコと滑り台と砂場しかない小さな公園に着いた三玖は、すぐにその待ち人を見つけ、彼の座るベンチへと駆け寄っていった。
その男は、ベンチに座りながらスマホをいじっていたが、三玖の声がした途端に顔を上げて、彼女の方へと向いた。
黒く無造作で、目が隠れるほどの前髪に、黒縁眼鏡の奥には、普段はやる気の無い『死んだ魚の目』と言われるような目元は、今はとても穏やかな眼差しで、少女を見つめ、立ち上がる。いつも着ている黒いパーカーに、紺色のズボンという出で立ちと、細身だが、周りと比べて比較的高い身長。その風貌から、一見暗い印象を受ける。
「三玖」
しかしそんな見た目に反して、男は、とても優しく、労わるような口調で、彼女を呼び迎える。
彼こそ、中野三玖の初恋の人にして、両想いで結ばれた恋人である『
2人はほんの数ヶ月前まで、出会うことの無い赤の他人だったが、今ではれっきとしたカップルである。
「ごめんね。荷物を入れて行こうとしたら、みんなに止められて色々聞かれちゃって……」
「三玖が謝るようなことじゃ無いよ。遅れるメールもしてくれたんだから、それに合わせて動くこともできたし、大丈夫だよ。
にしてもあいつら……」
総介は右手で頭をかきながら、はぁ、と呆れたようなため息をついた。彼の言う『あいつら』とはもちろん、三玖を除いた五つ子の姉妹達のことだ。
三玖がこの公園に来る前に、総介は彼女から、『みんなにも一応伝えてから来る。もしかしたら、遅れちゃうかもしれない』という旨の連絡をもらい、おそらく100%止められるだろうなと確信していた。特に、自分を疎ましく思っている次女の二乃は、今日のことを知ると何が何でも三玖を行かせまいと妨害してくるだろう。というのも、今回はただ放課後に総介とデートをするわけでは無いからだ。
なぜなら今日三玖は、恋人の総介の家に泊まることになっているのだから。
彼女がそうする理由は、少し前に行われた中間試験に関係する。
この試験の1週間前に、総介と三玖は、『三玖が全教科赤点を回避できたら、総介の家に泊まる』との約束をしたのだ。何故こんな約束をしたのかというと、総介と三玖は、約束をする直前に、互いの想いを告白し合い、晴れて恋人同士となった。ようやく結ばれた2人は、時間も忘れてチュッチュチュッチュとキスをしている最中に、三玖が総介とチョメチョメするのを許して行為を誘うのだが、周りに姉妹と、家庭教師の上杉風太郎が寝ている状況、ちゃんとした避妊具を両者持ち合わせていないということから、その場は断念し、総介が上記の提案をし、三玖もそれを飲んで約束を交わした。
その結果、三玖は見事に全教科赤点を回避し、総介の家に泊まる権利を得たのだった。
その後、色々と
こうして、2人は今日のお泊りの日を迎えることができたのだが、三玖の方で一つ問題が生じた。
それが、三玖の姉妹たちへの説明だ。この部分が、彼女の最大の障害として立ちはだかったのだ……
………………………………
約一時間程前
学校から帰宅し、自室で荷造りを終えた三玖は、その大きめのボストンバックを手に持ち、部屋を後にしようとしていた。しかし、ドアノブに手をかけ、部屋を出る直前に気がついた。
今日自分が、まだ姉妹の誰にも総介の家に泊まりに行くことを告げていないことに。
彼女はどうしようと少し悩んだが、リビングにいる誰か1人に伝えておけば、あとはどうにかなるだろうと結論づけて、改めてドアノブに手をかけた。せめてリビングにいるのが一花か四葉あたりであって欲しいと願いながら、階段を降りた。しかし、
「あれ三玖、どこかにお出かけ?」
「何そのカバン?アンタ旅行でも行くの?」
「ホントだ。でもこんな時間に?」
「……怪しいです……まさか、全国の美味しいものを食べるグルメ旅行に行くのでは!?」
全員いた。1人おかしな末っ子が含まれてたけど。
見事に4人とも、リビングでテレビを見たり、お菓子を食べたり、トランプをしたりとくつろいでいた。言葉を失ってしまいそうになるが、仕方ない。もうこうなったら、強硬突破するしかないと、三玖は決めた。
「……ソースケの家に行ってくる。あと、泊まりだから、晩御飯はいらない」
「分かったわ。迷惑かけないようにしなさいよ………
って待たんかいいいいいい!!!!!」
絵に描いたようなノリツッコミが、リビングの全体へと響いた。とんでもない形相で驚く二乃だが、彼女だけでなく、他の3人も目を見開いて、口を大きく開けて驚きの表情を浮かべていた。
「アンタちょ、ええ!?泊まりって…………えぇぇ!!?アイツの家って………ちょっまっ……えぇぇぇ!!!!?」
「そ、そういうのは、流石に予想外だったなぁ……」
「あ、浅倉さんの家に泊まりに!?み、三玖1人で!?」
「……まさか、浅倉君の家に、美味しいものを食べに行くグルメ旅行ですか!?」
四者四様の驚きを見せるが、五月はどこか頭でも打ったのだろうか?三玖は姉として彼女の頭が心配になってしまう。
まあ五月の行く末は別の姉妹に任せるとして、皆には軽く説明して納得してもらうしかない。総介を待たせているのだから、時間をかけるわけにはいかない。
「ソースケと約束した。私が赤点を一つもとらなかったら、家に泊めてくれるって。だから、約束を守ってもらう」
「い、いくら恋人同士でも、いきなりお泊まりは……」
さすがの一花も、妹のまさかの発言に難色を示す。彼女は姉妹の中でも、三玖と総介の仲を応援している1人だ。総介なら、三玖を任せられると、心の中では彼に信頼を置いてはいるが、さすがにいきなり彼氏の家にお泊まりという、妹の斜め上の発言には驚きを隠せなかったし、長女として色々と心配になってしまうものだ。
「む、向こうのご両親からは許可はとっているのですか?」
と、ここで『食べ物の国の夢(なんだそれ)』から戻ってきた五月が三玖に尋ねた。五月は、2人の仲というよりも、男女の付き合いというものに抵抗があり、2人のイチャイチャっぷりも、破廉恥だと良くは思っていない。
「ほとんど一人暮らしの状態って言ってた。だから今日も多分いないと思う……」
「いや、余計ヤバイじゃないの!!」
三玖の言葉に、誰よりも早く二乃が反応した。彼女こそ、2人の仲をよく思っていない姉妹の筆頭であり、隙あらば別れさせようと考えているめんどくさい女なのである。
「て、ことは、つまり……三玖と浅倉さんの2人きりで泊まりってこと!?」
ここで、ことの真相に行きついた四葉が、驚きのあまり頭のリボンがピョコピョコと動きまくる。彼女は基本アホの子だが、恋愛沙汰には敏感で頭が回る方であり、今回もその恋愛脳を駆使して、答えにすぐさまたどり着いた。そしてその先にも……とはいえ、四葉も一花と同じく、三玖と総介の仲を応援しているので、そうなった2人を見てみたいという下心もあるのだが……
「はぁ!?2人きりで!?三玖、アンタそんなところに行くつもりなの!?」
更に、今明かされる衝撃の真実ゥ!を知った二乃が、三玖にものすごい形相で迫ってくる。三玖も、これ以上この次女を刺激させまいと、二乃の追求をいなそうとする。
「………二乃には関係ない」
「いや関係無いとかそんな話じゃ無いでしょ!2人きりでお泊まりとか、アンタ何考えてんの!?ナニされるか分かんないのよ!?絶対襲いかかってくるわよアイツ!」
「お、襲いかかる………ふ、不潔です!ケダモノです!!破廉恥ですぅ!!」
二乃の言っていることの意味を、数秒かかって理解した五月も、顔を真っ赤にさせて叫ぶ。いいよいよ状況がカオスになってきた。
「み、三玖、さすがに2人きりはまずいんじゃ……」
「う、うん。もしかしたらってことも……日帰りじゃダメなの?」
一花と四葉も、2人きりでのお泊まりが何を意味するのか理解しているので、一応は三玖を止めに入る。2人も、何だかんだで彼女が心配なのだろう。
しかし、今の三玖にとっては、それは余計なお世話に過ぎなかった。もう総介との待ち合わせの時間も迫ってきていることなので、彼女は他の姉妹にトドメを刺すことにし、頬を赤く染めながらも、とんでもない爆弾発言をした。
「………2人きりじゃないと……ダメ……
だって………私、ソースケに………お…お……襲われに、行くから……」
その発言に、姉妹は言葉を失った。三玖以外の時が、止まった瞬間である。
彼女の言動に、4人の姉妹が目を点にして、口をぽかーんと開けて、時が止まったその隙を三玖は見逃さずに、急いで玄関に向かい、エレベーターまで走り出した。
「………あ!ち、ちょっと三玖!待ちなさいよ!!」
二乃をはじめとした姉妹も、ようやく我に返ったが、気づいた時にはすでに遅し。彼女は靴を履いて、エレベーターの前にいた。彼女にとって幸いだったのは、エレベーターが自分のいるフロアに停まっていたことだろう。そのおかげで、すぐに乗ることができ、猛ダッシュで追ってくる四葉を振り切ることに成功したのだ。
こうして、姉妹という強敵から精神を削られながらも何とか逃れた三玖は、一安心して総介の待つ公園へと向かったのだった。
………………………………
そんなわけで、遅れながらも総介の待つ公園へとたどり着いた三玖。よく見ると、肩で息をしているし、汗も少し流している。そして両手は、重いカバンを持っているせいか、腕がプルプルと震えている。
それを見た総介は、即座に三玖の持つカバンに手を伸ばし、取手を掴んだ
「あ……」
「重たいでしょ?家まで持つよ」
思わず手を離してしまった三玖だが、すぐに総介の手を掴んで止める。
「い、いい。持てるから……」
「腕、プルプルって震えてたよ。それにここまで軽く走ってきたんでしょ。いいから、これぐらい大丈夫だよ」
それに、と総介は三玖の手を優しく離して、バッグを軽々と右肩の後ろまで持っていき、右の手で持ち肩で支える形をとりながら言葉を続ける。
「余計なお世話ってのは、野暮な男の特権だからね。これぐらいはさせてくれなきゃ、君の恋人として顔が立たないよ」
その言葉に三玖は、いつも総介に頼るしかない申し訳なさを感じると共に、どこまでも自分を気遣ってくれる彼の優しさに、胸の内がキュンっと締め付けられてしまう。
いつもはやる気のないだらけた雰囲気を持つ総介だが、こと三玖に関しては、こうも態度がガラリと変わる。普段は決して八方美人では無い、むしろ他人に対してドライな対応をする彼が、自分だけを特別だと思ってくれていることは、三玖にとって言葉にできる表現が見つからないほど嬉しいことだった。
特に、姉妹が三玖に変装して総介の前に姿を見せた時、彼は数秒とかからずに本物の三玖を見つけ、他の姉妹なぞ知ったことかと言った時は、皆には申し訳ないが、涙が出るほどの喜びが溢れ出てきたのだ。
彼に会うまで、幾度となく五つ子の見分けがつかずに、間違えてきた人はごまんといた。もともと一卵性で、容姿も服装も昔は同じだったので、間違えられることには彼女たちも慣れていたし、もはや当たり前のことだとも思っていた。現に、風太郎は変装した五月に騙されてしまったし、一花と二乃が変装した時も軽くパニックになる程見分けがつかなかった。
ところが、総介は……この世で一番大好きな人は、自分だけをあっさりと見つけることができた。この止め処なく溢れ出てくる歓喜をどう言い表せようか。もう目の前にいる大好きな恋人に言えることはひとつだけしかない……
「………ありがとう、ソースケ」
自分だけに向けてくれる総介の優しさに、三玖は目を潤ませながら顔を赤くしてお礼を言った。その様子を見た総介はというと……
「………すんげぇかわいい」
「え……?」
「あ……」
今まで心の中で思うだけだったのだが、あまりの可愛さに声に出してしまっていた。
思えば、初めて出会った時も、抹茶ソーダをあげて礼を言われた。その時と同じような表情だった。彼は、三玖の今のような姿をみて一目惚れをしたのだった。
総介のこぼれた言葉を聞いた三玖は、ますます顔が赤くなってしまう。
「か、かわいいなんて……そんなこと……ないのに……」
顔をうつむかせて、モジモジとしてしまう三玖。総介も、思わず言葉にしてしまった自分が恥ずかしくなってしまい、赤くなった顔を左手で抑えて隠す。
てか、なんだこのバカップル。爆撃してやろうか?
とろっとろの甘い空間がしばらく流れたところで、総介が口を開いた。
「……じゃあ、行こうか」
「う、うん」
このまま立ち尽くしても埒があかないと判断して、2人は公園を離れて、総介の家へと向かうことにした。公園を出る際に、並んで歩いていた2人はどちらともなく、自然と開いた方の手を伸ばして、指を絡めて貝殻のように手を繋いだ。優しく、でもがっしりと繋ぎ合った手を、お互いに顔を真っ赤っかにしながらも、総介の家へと到着するまでは、両者ともに決して離そうとはしなかったそうな………
よし、総介は爆発してしまえ。
………………………………
2人が歩き始めて10分程が経ち、総介はある場所で足を止めた。
「着いたよ」
そう言った総介と、彼の視線の先を追うように見上げる2人の先には、白い10階建のマンションがあった。何か特徴があるわけではない、若干クリーム色寄りの白の外壁に、部屋の窓とベランダがあるL字型のマンションである。
「ソースケもマンションに?」
「うん、ここの9階にね」
会話を交わしながら、2人は中へと入り、一旦手を離してオートロックの鍵を開けて、鍵をしまうと再び手を繋いで中へと入る。三玖の住んでいる『PENTAGON』と比べたら、そう広くはないものの、綺麗に清掃されているのか、塵ひとつとて落ちていない。エントランスの奥にある二台の内1つのエレベーターに乗り、9階へと登っていく。エレベーターが上がっていく中でも、2人は繋いだ手を離そうとはしなかった。9階に到着し、廊下を歩いて、総介の苗字である『浅倉』の名札がついた901号室へと到着する。そこで漸く、2人は手を離し、総介は扉の鍵を回して、ドアを引いて開ける。
「どうぞ、先に入って」
「う、うん。お邪魔します……」
「いらっしゃい、三玖」
そう言った総介は、三玖が通過するまでドアを開けたまま家へと招き入れた。玄関へと入り、互いに靴を脱ぎ、総介が三玖を部屋の奥へと案内する。
「とりあえず、リビングに行こう。ソファあるし、しばらくそこで休んでていいよ」
「う、うん」
「んで、ここが洗面所と風呂で、ここの奥にあるのがトイレだから。遠慮なく使っていいよ」
「わかった……」
玄関に入って直ぐ左手にある洗面所と浴室から、少し廊下に進んだ先にあるトイレを指差して、位置を教える。
三玖の返事を聞いて、総介は歩を進めて、廊下の奥にあるスライド式のドアを開け、リビングへと入っていった。
総介の家のリビングは至ってシンプルだった。入って右手にはL字タイプの黒いソファとテーブル、正面には台に乗った家庭用の大型テレビ。左を見ると、奥行きのあるキッチンに、正面は外から見れるようになっており、そこには木製の四脚の椅子とテーブルが。おそらくここで食事をしているのだろうか……
三玖は人生で初めて同級生の男子の、それも恋人の家の中に入って、心臓の鼓動が少し早くなっていき、辺りをキョロキョロと見回してしまっていた。
「カバン、ここに置いとくね。立ったままもなんだから、適当な場所に、座ってて。俺、ご飯の準備してくるから」
「う、うん。ありがとう」
黒いソファにボストンバッグを置いた総介は、そのままキッチンへと向かい、夕飯の準備を始めようとした。思えば、もうすぐ夕飯の時間だった。テレビの上の壁に付いている白黒の針時計を見ながら、三玖は言われるがままに、総介が置いた自分のバッグの横にちょこんと腰掛けて、辺りを見渡す。
特に何かあるという訳では無いが、彼女の視線はある場所で止まる。その先には、テレビの右に小物を入れる横長の木製のラックがあり、その中にはいくつか写真立てが入っていた。
(……ソースケの、小さい時の写真?)
三玖が、その写真を注視しようとしたその時……
「ほい」
「ひゃっ⁈」
頬に冷たい感触が当たった。いきなりのことで驚いてしまい、何事かと思いそちらを振り向くと、総介が手に持った缶ジュースを三玖の頬に当てていた。どうやら、冷蔵庫から取り出したもののようだ。と、ここでジュースへと目を向けると、
「あ……」
彼の手には、三玖がよく飲んでいる『抹茶ソーダ』が握られていた。
「少しの間待たせてしまうからね。その間はテレビでも見ながら、暇でもつぶしててくれればいいよ」
三玖は総介の手にある『抹茶ソーダ』を受け取る。きっと彼が、自分のために昨日より前から用意してくれていたのだろう。こんな小さなことでも、三玖は彼の全く無駄の無い気遣いに大きな感謝の念が湧いてくる。
「……ありがとう」
「どういたしまして。じゃ、俺飯作ってくるね」
「うん……」
そう言葉を交わして、総介は再びキッチンへと歩いていった。三玖は何か手伝おうと思ったが、初めて来る家で勝手が分からないことと、もし言ったとしても『客人なんだからゆっくりしてていいよ』と遠慮されそうなので、そのままゆっくりと待つことにした。
外の日も随分と傾き、空も赤く染まって夜の訪れを迎える。初めて2人きりで過ごす夜は、雲一つと無い夜空となるのだろう。東側の空が、それを暗示するかのように、いくつかの星が見え始めていた。
………………………………
「お待たせ。これで全部だよ」
「………こ、これ、全部作ったの?」
あれから一時間ほど経ち、総介が出来た料理をキッチンの前にあるテーブルへと並べていき、全てが出揃った。三玖はテーブルに並んだ夕食を見て、そして美味しそうな匂いに驚愕してしまった。どれも見た目が、旅館で出てきそうな程に上品な出来映えなのである。
本日のメニューは、和食が好きそうな三玖に合わせて、魚料理を中心とした献立となっていた。
・御飯
・ワカメ、豆腐、ねぎの味噌汁
・ほうれん草のおひたし
・だし巻き玉子
・ノドグロの塩焼き
・ノドグロの刺身
これ、全て総介の手作りである。
「さっ、料理が冷めないうちに食べよう。特にこのノドグロ、めっちゃ美味しそうだし」
「の、ノドグロ……」
ノドグロと言えば、知る人ぞ知る高級魚である。なぜかのようなものが総介の家にあるのかというと、話は1日前に遡る。
夕方、総介の家に宅配が届いた。差出人は総介の幼馴染の超大金持ちの息子のイケメン『
その中身はというと、新鮮なノドグロが2匹丸ごと入っていた。添えられていた手紙を読むと、どうやら総介と三玖の結ばれた記念として贈ったようだ。しかし、総介は直ぐにこう思った。
『捌いたヤツを贈って来いやボケ』と………
どうせなら、手間暇かけずに料理したかったので、完成品を贈ってきて欲しかったと愚痴ったのである。しかもこんな高え魚贈ってきやがって。捌き方分かんねぇよ。今度会った時に『神経締め』してやろうかあのヤロー、とも考えていた。浅倉総介とは、三玖以外の人間には本当に血も涙もない外道な男なのである。
ブツブツとここにいない幼馴染に文句を言いながらも、仕方なくスマホでノドグロを捌いている様子の動画を検索して、それを見ながら見よう見まねで捌き、身はペーパーとラップで包んで熟成させ、頭や中骨のアラは冷凍庫へと放り込んだのだった。
「それじゃ、いただきます」
「……い、いただきます」
2人とも、テーブルに向かい合って座り、手を合わせて食事の挨拶をしてから、料理に箸を持っていった。
「……んま!なんじゃこの魚!!?」
「お、おいしい……!」
2人とも、まずはノドグロの塩焼きを選び口へと運んで咀嚼し、その味に驚嘆した。とんでもなく旨味があり、上品な脂の質。ほろほろと口の中で崩れていく身。そら高級魚って呼ばれるわと、2人はノドグロのクオリティを絶賛して、食事を進めていった。
…………………………
「ごちそうさん。すげぇなノドグロ」
「ふふ、ごちそうさまでした。でも総介の作っただし巻きや味噌汁も美味しかった」
「お口に合ってくれて何よりだよ」
食事を終えて、2人は食器をキッチンまで片付けていた。三玖も、「私も手伝う」と言ってきたので、総介はそれに甘えることにした。
「……ねぇ、ソースケ」
「ん?」
「どれもすごく美味しかった。ありがとう」
「どういたしまして。作った甲斐があったよ」
2人並んでキッチンで洗い物をする様は、まさに新婚のカップルそのものだ。誰か総介を爆破してください。洗い物をしながら、三玖は素朴な疑問を総介に尋ねた。
「ソースケの料理って何でこんなに美味しいの?」
「……ああ、それは……
とあるスパルタ教育の成果」
「す、スパルタ教育?」
「昔からの腐れ縁が料理すげぇ上手くてね。それで、中学の頃に俺がこんな状態で暮らしてるって知った時から、家に上がり込んできて、別に覚えなくてもいい料理を強制的に覚えさせられたんだ」
「そ、そうなんだ……」
ひと昔の思い出を、苦々しく三玖に語る総介。
彼の料理の腕が上達したのは、『ある人物』の英才教育(笑)の賜物なのである。その人物とは、総介の幼馴染の1人であり、大門寺家の侍女である『
『総介さん、小麦粉は150gだけでいいんです。そんなドバッと豪快に入れないでください!』
『包丁を剣のように使う人がありますか!まな板ごと真っ二つじゃないですか!』
『ちょ!火が強すぎます!弱にしてください!』
(……まさかここで役に立つとはな……何事もやってみるもんだぜっまたく……)
……色々トラブルもあったが、おかげで今は一人で難なく料理ができるようになった。その腕を今日恋人に存分に発揮できたのだ。アイナに心の中で少し感謝をする総介だった。
一方三玖は、皿を洗いながらも、その腐れ縁という人物が気になっていた。料理が上手い……もしかして、女の人?
やはり、恋人の周りの事情が気になってしまう。私たちの他にも、仲がいい女の子がいるのだろうか……
三玖は少し迷った挙句、その人のことを聞こうとすると、総介の方から言葉が出てきた。
「今度は三玖の料理も食べてみたいな」
「え……」
突然のことに、少し驚いてしまう。総介に限らず、そりゃ、付き合っている人がいれば、彼女の手料理を食べたいものだ。無論、彼もその一人でたる。
「う、うん。今度来たときに、総介のために作るね」
「そりゃ楽しみにしないわけには行かないな。期待してるよ」
そういった総介の言葉に、三玖は少し冷や汗をかいてしまう。
かつて、五つ子が5人で暮らすと決まった時に、料理当番を決める会議が行われた。その時、議長の料理上手な二乃を中心として進められていたのだが、フィーリング(四葉)、一人前が多すぎ(五月)、寝坊で出前(一花)と、誰も結果は散々だった。
唯一ちゃんと料理をしたのだが……
『こだわりは……』
『クビ!』
一発で場外へと追いやられてしまった。これは暗に、三玖が姉妹で一番料理下手を示しているに他ならなかった。
(だ、大丈夫だよね……前より成長してるから、上手くできる……多分)
流石に今日の総介のような料理は作れないにしても、人が食べれるレベルの料理なら大丈夫なはず。それに、恋人の料理は通常の3倍美味しいと聞いたことがある。三玖、貴様ニュータイプか!?
今度、総介が家に来た時、頑張って作ってみようと、彼の横で洗い物をする三玖が決心した時から、総介の悲劇のカウントダウンは始まっているのだった。総介ざまあ(笑)
………………………………
洗い物を終えて、2人はしばらくゆったりとしていたのだが、ここで三玖がこういうことを言い出した。
「ソースケの部屋が見てみたい」と。
総介は最初渋ったが、せっかくの恋人の頼みだということで、自分の部屋を案内することにした。彼は三玖が来る前に、自室の部屋の掃除を徹底的にしておいた。チリ一つ残さず、消臭剤を満遍なく撒き散らし、三玖に似た大人しそうな子の載っているエロ本を絶対見つからない場所へと隠して、準備は整っていた。
総介の部屋は、玄関を入ってすぐ右にある。つまりは、風呂場の正面が、その部屋となる。そこに到着して、ゆっくりとドアを開け、電気をつける。三玖も、恋人のプライベートスペースだけあって、自然と固唾を飲んでしまう。明かりがパッと点いて、2人は部屋に入り、三玖は中を見渡した。
中には、特に変わったものはない。勉強机とべっど、学生服を壁のフックにかけ、小型のテレビ、道場時代の名残なのか、机の横には竹刀と木刀が置いてある。木刀は二本あるのだが、そのうち一本の柄には漢字で『洞爺湖』と書かれていた。
そしてベッドの横にある三段式の黒いラック二つの中には、所狭しと『銀魂』の単行本とDVDが今現在出ている全巻が入っていた。
(ここが……ソースケの部屋……)
決して言うほどのものがあるわけではない。むしろ、『銀魂』と竹刀、木刀を除けば、かなり質素な部屋だ。しかし、三玖は彼の部屋に入っているという実感が、彼女の心をじんわりと満たしていった。と、ここで、部屋の外側から電子音とアナウンスが聞こえて来る。
『ピー、ピー、ピー、おゆはりが、完了しました』
「あ、風呂、今出来たって。どうする?先入る?」
「う、うん。じゃあ、先にもらうね」
そう言って三玖は、来客用のスリッパをパタパタとさせて、ボストンバッグが置いてあるリビングへと向かった。残された総介は、ふぅ、とため息をついて、ベッドへと腰掛けた。
(いよいよか……)
今日、三玖が泊まりに来たのは、ご飯を食べに来たわけでも、部屋を見に来たわけでもない。これから起こる『コト』のためである。
(……やば、緊張してきた)
彼とて思春期の男子高校生。そういった知識もちゃんと有しており、むしろ性欲となると人より多い部類に入る。こうなることも覚悟の上どころか、早く今日きやがれと、このベッドの中で悶々としていたのは言うまでもない。
ベッドに広がった赤い髪、トロンと垂れた目元、火照った赤い頬、誘っているかのような表情、大きく開いた豊満な胸元……
『私、ソースケになら、何をされてもいいよ?』
『私のはじめて、ソースケにあげたいの』
「っっっ!!!」
現に今も、2人が結ばれた夜のことを思い出して、顔を真っ赤にしてしまう。あの日は、周りに姉妹や風太郎がいたおかげで、何とか自制はできた。しかし、今宵は誰もいない。部屋もマンションの端であるし、何なら隣は空き部屋だ。邪魔するものなど誰もいやしない。
(落ち着け。初めての実戦だ。シミュレーションは完璧だ。あとは流れに任せれば、上手くいけるはずだ!)
総介はこの日のために、近所のドラッグストアで『0.02』と大きく表示された黒い箱を3箱も買った。その時の店員の引き顔など、今の状況からすれば取るに足らないことだ。自分を信じろ総介!君ならできる!
(……コレ、もしかして実戦に突入しようとしたら、演習で終わるパティーンじゃねーよな?)
と、要らぬ心配もした総介。しばらくは、彼の中で葛藤が続いたのだった。
そして
「お風呂、上がったよ、ソースケ」
「う、うん。わかっ………!!」
三玖が部屋に入り、風呂から上がったことを告げる。そちらを向いて返事をした総介が見たものは今の彼には劇薬だった。
濡れた髪に、お風呂上がり特有の火照った顔、離れても感じるシャンプーの香り、あの日と同じ青いパジャマ。
それらを目にした総介は思わず、三玖の横を猛スピードで通り過ぎ、風呂場のドアを閉めて服を脱ぎ、シャワーを浴びた。
その間、彼は何も考えなかった。考えられなかった。余計なことを思えば、何をしでかすかわからなかったから………
…………………………
湯船につかり終え、ある程度落ち着いた総介は、黒の短パンと赤いロングTシャツを着て、タオルで髪を乾かしながら自室へと入った。
すると
「えい」
「うおっ!」
ドアを開けた瞬間、三玖が、いきなり抱きついてきたのだ。不意打ち、奇襲である。総介は彼女の突然の行動に、戸惑いを隠せない。
「み、三玖!?どうしたの?」
「………ソースケ、私がお風呂上がったとき、すごくえっちな顔してた」
「なっ!?」
バレていた。あの時、顔を見せないためにも急いで風呂場へと向かったのに、完全に見られていた。
「そ、それは……」
「……べつに、襲ってもいいのに……」
三玖の抱きしめる力が、強くなる。力は強くないのだが、それによって、彼女の控えめな性格とは正反対の胸部が、ムニュっと総介の胸板に潰れていく。その感触に、総介の繋いでいた糸も段々と引きちぎれてゆく。
「み、三玖……」
「……私、言ったよ。『ソースケに、はじめてあげたい』。『ソースケになら、何されてもいい』って」
三玖は震える声で、顔を総介の胸に埋めながら口にした。
「……うん」
「ソースケは、私のはじめて、欲しくないの?」
「そ、そんなことない!」
「じゃあ、何でキスも何もしてこないの?」
「!?」
三玖から、衝撃の言葉が出てきた。上を向いて目を合わせた彼女の目は、ウルウルと涙を溜めていた。彼女も、いつでもいいとタカを括って待っていたのだ。総介の家に入った時から、覚悟はしていた。しかし、襲うどころか、キスすらしてこない。さらには、自分を猛スピードで横切って風呂に入ってしまう。そんな彼を見て、三玖は少し不安になった。
『総介は何もしてこないんじゃないか』と。
ここで、総介が三玖に向かって口を開いた。
「……三玖、聞いて欲しい」
「……何?」
落ち着きを取り戻した総介は、三玖の肩を掴み、優しく離す。
「俺も、三玖とそうなりたいのは変わらないよ」
「……じゃあ、何で」
「三玖と、経験したかったから」
「……え?」
総介から出てきた言葉に、首を傾げてしまう。そんな彼女を見て、総介は話を続けた。
「三玖と、2人で色んなことを経験したかったんだ。
三玖と、手を繋いで街を歩いて
三玖と、部屋でゆっくりと過ごして
三玖と、一緒にご飯を食べて
三玖と、一緒に皿を洗って
三玖と、2人きりで、色んな話がしたかった
今までも、そして、これからも
三玖と2人で、色んなことを経験したい
だから、今まで避けてたんだ
意識しちゃうからね
それでも、ずっと待たせちゃってしまったのは変わらない
今まで放ったらかしにして
ごめんね」
目を合わせて、優しい顔で謝る総介。三玖は、彼の目を見ながら、潤ませた目から、涙が溢れ出た。
それは、決して悲しみから流れたものではなかった。自分のことをどこまでも想ってくれる彼への、感謝と愛慕の涙……
彼女は、首を大きく横に振った。
「ううん
私の方こそ
わがままを言ってごめんなさい」
三玖の謝罪に、総介は彼女の頬に流れた涙を拭い取りながら、微笑んで言葉を返す。
「三玖が謝ることじゃないよ。ずっと待ってくれてたんだ。
もう待たせないよ」
「あ……」
三玖のほほに手を添えて、ゆっくりと顔を近づけていく。2人は、何も言わずに目を閉じて、やがて唇が重なる。
「……ん」
数秒の間のキス。2人は顔を離して、目を合わせて見つめ合う。
そして
「三玖、愛してる
今までも、これからも」
「……ソースケ、大好き
愛してる」
2人は互いの背中に、腕を回して抱きしめ合い、再び口づけを交わす。先ほどとは違う、舌を絡め合う濃厚な口づけを。
「ん……ふっ……ちゅっ……ちゅる」
「んん……ちゅっ、ちゅ……れりゅ…」
唾液の混じる音と、舌を舐め合って強く繋げて絡め合う感触に、総介はその場で倒れそうになるが、それを抑えて、キスをしたままベッドへと歩いて行き、三玖を背中からゆっくりと押し倒した。
「ん!……んふっ」
「ん!……はぁ、ん」
ベッドに倒れながらも、濃厚なキスを、かわし続け、抱き合う腕も、離そうとはしない。もう2人に考えられるのは、お互いの事だけだった。しかし、総介の深層心理だけは、よくわからない誰かへと訴えかけていた。
(おい、ラブコメもののクソ主人公ども。
お前らがハーレムとか鈍感とか難聴とかやってる間に
俺は今から、世界でたった1人の愛した女を抱くぞ
たった1人の女を愛しただけで
ここまで来れるんだ
何が『ハーレム』だ
何が『みんな大好き』だ
そんなもん全部クソ食らえだ
1人の女を一途に愛するのが
そんなに贔屓だっつーのか?
そんなに悪いのか?
だったらテメーらにハッキリ言ってやる
誰かを愛する覚悟がねぇなら
一生自己満足にでも浸っていろ
恋愛というエゴをぶつける気がねぇなら
一生偽善の沼にでもハマっていろ
俺はそんなのは嫌だ
この子だけを愛するし
今後もこの子以外の他の女なんざいらねぇ
嫌なら好きなだけ文句を言いやがれ
本気で愛した人が欲しいなら
どんだけ泥にまみれてでも
どんだけ血を浴びようとも
その子のそばにいてやるもんだ
それが『自分勝手』だっつーんなら
一生キレイなところでほざいてろ
クソ主人公ども)
「……ん、はぁ」
「はぁ、ソースケ」
互いに唇を離して、至近距離で見つめ合う。すると、三玖が口を開きながら、総介の顔に手を添えた。
「………いいよ」
あの時と同じあの言葉。
あの時は、止まった。しかし……
総介はもう、止まる気は無かった。
「……いくよ」
「うん、来て」
三玖の両手が、総介の首へと回る。総介は三玖の頬に軽くキスをして、三玖の青い瞳を見ながら囁いた。
「三玖、愛してる」
その言葉に、彼女も、総介の赤い瞳を見ながら返す。
「ソースケ、愛してる。私も」
互いに、愛の言葉を交わしながら、総介は三玖へと覆い被さっていった。
この夜、浅倉総介は、『30歳になったら魔法使いになれる権利』を放棄、それは彼の中から、永遠に失われるのであった。
てか、元からんなもんいらねーよ
しばらくして区切りができれば、Rー18でその後を書きたいと思います。
今回もこんな駄文を最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます!
総介爆発しろ!