それは、日も暮れた頃のとある喫茶店でのことだった。
「よぉ、遅かったじゃねぇか」
「ごめんね〜。仕事が少し押しちゃって……」
「まぁいいさ。
それで、昨日のことなんだが、
アンタの方から聞こうか
長女さん」
その日は、期末試験6日前の日曜日、すなわち、風太郎と総介が家庭教師とその助っ人として、中野家を訪れ、二乃と三玖の諍いがもととなり、五月が二乃をぶった日から、一日過ぎていた。
つまりは日曜日。総介は一花と連絡をとり、彼女の仕事が終わり次第、今いる喫茶店で会う約束をしていた。彼女が到着し、テーブル席の一角に座る総介を見つけ、そこへ行き、向かいに腰を落ち着かせる。
「うん、じゃあ、昨日のあの後のことなんだけど……」
一花が総介へと本日の状況を説明するまでの間、昨日、五月が二乃の頬を引っ叩いた後のことを説明しよう。
………………………………
1日前……
パチン!
「五月……」
二乃は五月からビンタをもらった直後に、彼女の頬へとそのままお返しとばかりに引っ叩く。再び乾いた破裂音のような音が、リビングに響き渡る。
皆、唖然としていた。他の姉妹たち、風太郎、そして数秒前まで、『鬼童』としての殺気を出していた総介でさえ、五月の行動に少し驚いたのだ。
(………いっけね)
そのおかげで、総介は殺気を鎮めることが出来た。五月がいなければ、総介はそのまま二乃の懐まで一瞬で移動して、死なない程度に片手で首を絞めているところだった。それほどまでに彼女は、総介の逆鱗に触れるほどの身勝手な振る舞いを見せていたのだ。これまでの言動もそうだが、何より、風太郎が姉妹たちのために作った問題集をその場で引き裂いたのは、作った本人に対する最大の侮辱だ。それが引き金となり、二乃はとうとう総介の踏み込んではいけないところまで踏み込んでしまいそうになった。
しかし、それは五月の行動によって、なんとか回避できた。本来なら二乃は、総介の怒りを止めた五月に感謝すべきである。しかし、命拾いしたことを知らない本人は、そのまま五月へとビンタを返した。
それを見た総介は、一旦目を瞑って怒りを鎮めて冷静になり、再び二乃と五月に目を向ける。
「急に何を……」
「この問題集は上杉君が私たちのためにつくってくれたものです。決して粗末に扱っていいものではありません………
彼に、謝罪を」
五月は、引っ叩かれた顔を二乃へと戻し、彼女を睨みながら、風太郎に謝るように促す。
その表情を見た二乃が、少したじろぎながらも言い返す。
「あんた……いつの間にこいつの味方になったのよ……
まんまとこいつの口車に乗せられたってわけね……そんな紙切れに熱くなっちゃって……」
二乃から見れば、今まで自分と一緒に風太郎と総介を拒絶していた五月が、いつの間にか、少なくともこの場では彼らの(主に風太郎の)味方となっていることに、信じられないような表情をする。何せ、彼女が風太郎サイドに回ってしまえば、彼らを拒絶しているのは二乃ただ一人になってしまうからだ。
「……ただの紙切れじゃない……よく見て」
「は?」
すると、今度は三玖が、二乃を睨みながら言う。
「待て、二乃の言う通りだ。俺が甘かった」
「あなたは黙っててください」
その場を丸く収めたいのか、風太郎が彼女たちの会話に口を挟むが、五月につっぱねられる。そして彼女は、そのまま散らばった紙を1枚拾って、二乃へと見せた。
「彼はプリンターもコピー機も持っていません……本当に呆れました。
全部手書きなんです」
前回も書いたが、風太郎が持ってきた問題集は全て、彼の手書きのものなのだ。
その事実を突きつけられた二乃は、バツが悪そうな顔になりながらも、そのまま返す。
「!……だから何よ……」
「私たちも真剣に取り組むべきです!
上杉君に負けないように!」
「……私だって……」
五月の言った言葉の後、二乃は目だけを動かして、周りを見る。一花と四葉。
「二乃……」
「………」
そして三玖
「いい加減受け入れて」
もうこの時点で、二乃の味方は誰もいなくなっていた。
「………わかったわ……あんたたちは私よりこいつらを選ぶってわけね……
いいわ
こんな家出て行ってやる」
「「「「「!!!」」」」」
(ガキか、何才だよテメー?)
二乃の出て行くと言う発言に、姉妹と風太郎は驚きを見せるが、総介は冷淡に心の中で彼女に悪態をついた。総介から今の彼女は、うまくいかない物事に癇癪を起こしている子どもにしか見えないのだ。こう言った場面は生きている中で他にも存在することは承知しているが、理由が理由なため、とても高校生のものとは思えない。しかし、火に油を注ぐのもアレなため、彼は心の中で思うだけにして、その場の行く末を見守る。
「二乃、冷静になれ」
「そうです!そんなの誰も納得しません」
「前から考えてたことよ。この家は私を腐らせる」
「にっ、二乃……こんなのお母さんが悲しみます。やめましょう!」
五月がリビングを出て行こうとする二乃を引き止めようとするが、彼女の言ったある言葉が、二乃をさらに苛つかせる原因となった。そのまま二乃は、五月に振り向いて……
「未練がましく母親の代わりを演じるのやめなさいよ」
「!」
「………」
それを聞いた瞬間、五月は何も言い返せずに固まってしまう。そして、二乃が言ったことに、総介が一瞬反応を見せた。
「二乃、早まらないで」
「そうそう、話し合おうよ」
その間に、今度は一花と四葉が二乃を宥めようとするが、彼女は全く聞く耳持たないままで、
「話し合いですって?先に手を出してきたのはあっちよ
あんなドメスティックバイオレンス肉まんおばけとは一緒にいられないわ!!!」
「!!……ド…ドメ……肉……」
二乃の五月に向けた一言に、言われた本人は眉をヒクヒクとさせながら、顔全体に血が昇るほど赤くなっていき、そして……
「そんなにお邪魔なようなら、私が出ていきます!」
「あっそ!勝手にすればー?」
「もー、なんでそうなるのよー!!」
案の定、頭がプチンとキレてしまった五月が、今度は自分が出て行くと言い出した。あとは売り言葉に買い言葉の応酬である。
「ど、どうすれば……」
そんな惨状を、風太郎は端から嘆き見ることしかできなかった。
「………はぁ、アホか……」
言い争いの最中に、総介がついたため息と悪態も、聞こえることはなく、そうして土曜日は過ぎて行った。
え、勉強?あんな状況でできるわけないでしょ。まぁ残った3人には個別にやるようには言ってあるけど……
………………………………
さて、時間と場所は総介と一花のいる喫茶店へと戻る。
「あの後、一度は収まったんだけど、2人が帰った後、また喧嘩しちゃってね、それで、二人とも家を出て行っちゃったんだ」
「ああ三玖から聞いた。肉まん娘も出て行ったらしいな」
「うん……それで、私と三玖と四葉で説得はしたんだけど、二人とも意地張っちゃって、先に帰ったら負けみたいに考えちゃってるみたい」
「ったく、クソガキどもが……」
くだらない意地の張り合いに、総介は嫌気が差して二人に愚痴を零し、グラスのコーラに挿してあるストローを吸って飲む。すると今度は、一花が総介に尋ねる。
「それで、浅倉君の方は?何かわかった?」
「……ああ、三玖からさっき連絡が来てな。上杉と一緒に2人を探して、どうやらこっからそう遠くねぇホテルに泊まってるのを見つけたらしい」
「ふ、2人とも一緒にいるの?」
「いや、肉まん娘はまだ行方知れずだそうだ」
「……そう……」
一花はそのまま、顔を俯かせる。あんなことがあったからだろうか、誰よりも2人を心配しているのは長女の一花なのだろう。総介はそんな彼女をコーラを飲みながら見て、報告を続けた。
「んで、そのホテルにいる方の奴が言ってた言葉なんだが……」
それから総介は、風太郎と三玖が二乃と接触した際の一部始終を、三玖からの連絡で聞いた通りに話しはじめた。
………………………………
二乃に変装して彼女のもとに現れた三玖と風太郎だったが、すぐに追い返されそうになってしまう。そんな中、風太郎がなんとか二乃に食らいつき、話をしようと呼びかける。
「二乃、どうしたんだ……お前は誰よりあいつらが好きで
あの家が好きだったはずだ」
「……だから、知ったような口きかないでって言ったでしょ
よりにもよってあんたが
こうなったのは全部あんたのせいよ」
「………」
「あんたが来たから
アイツもやってきて
三玖があんなヤツのモノになって
一花も、四葉も
五月まで
あんたがあんなヤツ連れて来たせいで、全部むちゃくちゃよ!
あんたなんて来なければよかったのに!!」
「…………」
「あんたじゃなくて……海斗君が家庭教師だったらよかったのに」
「え?何?」(海斗君から聞き取れなかった)
「何でもないわよ!とっとと出てって!」
「ま、待て!話がまだ」
ガチャっ
「すみませーん、部屋の中にヤバい奴がいるんですけどー」
「「!!」」
「フータロー、一時撤退!」
「くっ……やむを得ん!」
………………………………
「だってよ!勝手に人のせいにしてんじゃねーよクソアマ!テメーの脳みそが悪りーから良くしようってやってきてんのによ、な〜に悲劇の女主人公気取ってんだコノヤロー!マジで呆れてちまうぜ、ったく……」
「あ、あはは、そうだね〜……」
盛大にため息をついて愚痴をこぼす総介に、一花は複雑そうな表情をしてしまう。おそらく、いや、大部分で二乃の近頃の不機嫌の原因は、総介と三玖のラブラブ具合だろう。この2人、隙あらばどこにいようとイチャイチャしまくるのだ。お互いにあーんをしたり、三玖が総介に膝枕をしたり、三玖から惚気話を聞かされたり……挙句この前、鉢合わせそうになってしまったが、総介と三玖が2人きりでいるときにキスをしているのを見てしまったことがある。もしあの時にエンカウントしていれば、確実に気まずくなっていただろう。そりゃ、三玖が結婚したいと思うほど愛している人物なのだから、当然と言えば当然であるが、いかんせんこちらの方も気を張ってしまうのだ。
と、ここで一花は気分を変えて、総介に別の質問をしてみる。
「で、でもよかったの?三玖をフータロー君と2人きりにして」
「あ?」
「もしかしたらフータロー君、三玖をry」
「あの数学の公式や元素記号に恋愛感情抱いてそうなガリ勉ヤローに預けたところで、三玖がなんかされると思ってんのかアンタは?」
「ぼ、ボロクソ……」
改めて、一花は総介が、三玖以外の人間に対して当たりがキツいのかを思い知らされる。味方であるはずの風太郎でさえ、この有様だ。きっと彼の中で二乃は何度殺されたり、痛めつけられているのだろう……
と、ここで一花は、もう一つ気になることが……それは、もう一人の出て行った末っ子のことだ。
「じ、じゃあ、五月ちゃんは!?五月ちゃんはどこに……」
「……それがな、あの肉まん娘、財布忘れて出て行ったらしい」
「そ、そんな!!」
これでは、五月は一文無し、着の身着のままである。
「まぁ、1日何も食わないぐれーじゃあのたれ死にゃあしねーだろうが……ん?」
すると、テーブルの上に置いてあった総介のスマホが振動した。電話の振動なので、画面を見る。
「……上杉からだ」
「ふ、フータロー君?」
「総介はそのまま通話ボタンをタップし、耳にスマホを当てた」
「どうした、上杉………あ?んだって………はぁ、わぁった、今長女さんといるから、伝えとく。んで、これからどうすんだ………ああ、それでかまわねぇよ……ああ、じゃあな」
通話を終え、終了ボタンをタップして、スマホを置く。
「ふ、フータロー君は何て言ってたの……?」
緊張の面持ちで聞いてきた一花に、総介はいつもの気怠そうな雰囲気のまま答えた。
「あー……肉まん娘が上杉ん家に来てたらしいとよ」
「ふ、フータロー君の家に!?」
「ああ、今夜はそこで泊めてくって……長女さん?」
「………」
(五月ちゃんずるい。私だって、フータロー君の家に行きたかったのに……)
「何『私もフータロー君の家行きたかった』みてーな顔してんだコラ」
「え!?そ、そんなこと思ってないよ〜」
おもいっきり思っていることを言い当てられた一花。しかも自分も行きたいとか、マジで勘弁してほしい。
「はぁ……何はともあれ、一応二人の居場所は判明したからな。肉まん娘の勉強は上杉が見るっつってたし、後はあの女か……」
「……ねぇ、浅倉君」
「あ?どした?」
「……あの時、どうして二乃を止めなかったの?」
「は?」
一花は総介に、昨日どうして二乃を止めなかったのか、そのことを聞いた。
「浅倉君なら……二乃はそうだけど、二乃と五月ちゃんの喧嘩も止めれたはずだと思うの。なのに、どうして君は動かなかったんだろうって思って……」
総介はしばらく黙った後、ゆっくりとため息を吐いて、話し始めた。
「……はぁ、あのなぁ、上杉の件ならともかく、アンタら家族の問題に口出しすんのはナンセンスだろうが」
「わ、私たち家族の、問題……」
「そうだ。肉まん娘がビンタした時点で、そこからは姉妹の喧嘩になっちまったんだ。俺なんかが口出しする筋合いなんざねーよ」
総介は、風太郎の家庭教師のことなら、自身と三玖とめぐりあわせてくれた義理を返すために無銭であっても協力はするつもりでいるが、姉妹同士の喧嘩の仲裁となっては、話しは別だと考えている。
彼が何故そこの部分を割り切っているかというと……
「俺自身、なんも知らねー他人に家族のことにズケズケ踏み込まれんのは嫌いでな。
「……その割に人のことをイジり倒すよね、浅倉君」
「時と場合によるだろうが、揚げ足とんじゃねーよ。俺だってアイツらが一番嫌がる部分に触れんのはしてねーつもりだ。例えば……
アンタらの母親のこととか」
総介がそう言った瞬間、一花の肩がビクッと震えた。
「……嫌だろ?何も知らねーやつに、自分の過去を好き勝手ほじくり返されんのは……誰だって同じだ」
「……うん……」
総介も一花も、共に家族のことで辛い過去を経験してきたからこその今があるのだ。わざわざそれを蒸し返すようなことなどはしないし、他の人のそれに干渉もしない。あくまでそれは本人のモノであり、誰にも侵されるものではない。
過去は、その者にとって、既に決まったものでしかないのだ………
と、ここで一花から、総介に質問が飛び出す。
「……ねぇ浅倉君、聞いていい?」
「………何だ?」
「浅倉君って
一体何者なの?」
「…………」
林間学校の初日に、一花が姉妹に投げかけた質問を、今度は本人にぶつけた。
二人の間に、しばしの静寂が立ち込める。それを破ったのは、質問をした一花の方だった。
「今までクラスメイトとか、仕事で一緒に共演したりする俳優さんとか、他の人たちとか……私はいろんな人と話す機会があるけど……浅倉君は、とても同じ高校生とは思えないんだ……なんだか、とても大人な感じがして……考え方や、佇まいとかが、明らかにフータロー君よりも違いすぎるんだもん………それに昨日の、二乃がフータロー君の紙を破った時……浅倉君、別人みたいだった……あんなの、普通じゃないよ……ねぇ、浅倉君……誰にも言わないから、答えれる範囲で、答えてほしいな……」
彼女がそう総介に頼んだ瞬間、彼は黒縁メガネの奥にある相変わらずの死んだ魚の目を、彼女の目に合わせた。
いつものような、少しふざけたような感じではない、真剣に頼み込む、彼女の目……そこには、少しの好奇心と、妹への心配の思いもはいっていた……
彼が、ゆっくりと口を開く……
「……『正義の味方』」
「!」
「みてぇな答えでも期待してんのか?」
「……え?」
「あいにく俺ァ『死神代行』でも『スーパーサイヤ人』でも『奴良組3代目』でもねぇよ。ただの人間だ」
「……何の話?」
「ネタ知らねーのかよ……まぁアンタは、俺が裏でなんかやましいことや、とてつもないことでもしてそうな男だと、そう考えてんだろ?」
「う、うん……」
「残念だが、アンタが考えるようなもんじゃねーよ。地球の平和なんざ守ってねーし、裏でショッカーと戦ったりなんざしてねーよ。俺はただの……」
ただの『人斬り』だ………
「……その辺にいる高校生だっつーの」
「………」
一応弁明はしてみたが、どうも一花は、納得出来ていない様子だ。怪げな眼差しでこちらを見る彼女に、総介は今日何度目かのため息を吐く。
「はぁ……あのなぁ長女さん、アンタだって女優やってんのを姉妹に隠してたんだろうが」
「そ、それは……」
「それとこれとは一緒だっての。人には言えねー秘密なんざごまんとあんだよ。俺と三玖もそうだ。そこらへんのことは互いに最低限干渉しねーことにしてんだよ、わかる?」
「そ、それはわかるけど……でも……」
でも、昨日のあれは、どうしても納得出来なかった。ただの高校生、いや、そもそも一人の人間が出せるような殺気ではない。あれを浴びてしまった以上、もう総介をただの家庭教師の助っ人としては見れないのだ。それにもし、『アレ』が妹達に再び向けられたら……彼の言うことももっともだが、一花も一花で、長女として妹たちや、自分を守らなければならない。ここは譲るわけにはいかない……
「それでも、私は知りたいな。流石に昨日の君の怒り方は、ただのその辺にいる高校生にできるようなものじゃないよ。二乃に怒ってるのに、横にいた私もすごく怖かったんだから……その責任として、ね?」
あくまで食い下がってくる一花。総介にも、彼女の思いは伝わってきた。ただただ知りたいだけではなく、家族を守りたいということも、十分理解できる。
総介はこの時初めて、昨日『鬼童』としての殺気を出してしまったことを後悔した。『アレ』が只事ではないのは、いくらなんでもバレてしまうことだ。それを疑問に思うのは当然のこと。一花がここまで問い詰めてくるのも、本能から来る危機感なのだろう。これ以上、得体の知れない何者かを、妹達に……三玖に近づけていいものなのか……
彼女も彼女で必死だというのは、総介にも十二分に伝わってきた。
しかし
「……残念だが、それは言えねぇな」
それでも、総介が出した答えは、NOだった。
「………」
「アンタがそこまで必死になるのもわかる。『アレ』を見せちまったのは、俺の不覚なところだ。悪いと思ってる、済まなかった……」
「……だったら」
「だが、そっから先はこれで終わりだ。それはアンタでも、三玖でも同じだ。誰にも言っちゃいねー。
いつかそれを言う時が来るだろうが、それは俺が、アンタら姉妹5人、そして上杉がいる時で、その全員を完全に信頼できるようになった時だ。
今ここで、アンタだけに言うっでこたぁ、少なくともしねーよ」
「……そう、か……」
納得こそできないが、今はそれを受け入れるしかない……
そんな表情の一花だったが、彼女には最後に聞かねばならないことがあった。
「浅倉君、これだけ最後に答えて……
君は、私たちの味方?……それとも、敵?そうじゃなくても、フータロー君の味方だよね?」
最後に、そう尋ねてきた一花に、総介は『何を今更』と言わんばかりの顔をしながら答えた。
「あのなぁ、んなもん決まってんだろ。俺は
三玖の味方だコノヤロー」
「……そっか」
総介らしい答えを聞いた一花は、少し重荷が取れたようで、元の長女らしい表情へと戻った。
「二人の件も、居場所は分かったから、後は上杉と俺でなんとかするさ。アンタはアンタで、試験の対策でもしてな」
「わ、わかりました……」
昨日風太郎から貰った、あの膨大な量(五つ子目線)の問題集のことを思い出し、頬がこける一花。確かに自分も、勉強しなければならない身だったことを、この場になって思い出す。
「慰めになるかどうかしんねーが、アンタは三玖の次に赤点回避が出来るかもしれねーんだ。このままちゃんと勉強すれば、『アホ姉妹軍団』から抜け出せるチャンスだぞ、頑張れよ〜」
「う、嬉しいけど、私たちそんな呼ばれ方してたんだ……」
不名誉な呼ばれ方をしてた事実に、一花は顔を青くさせるが、それでも、自分を励ましてくれる総介には感謝した。
「じゃあ、私、これ以上は遅くなるから、帰るね」
「おー、あ、支払いはしとくから、金は出さなくていいぞー」
「お!さっすが〜!三玖とラブラブでイケてる男は違いますねぇ♪」
「あと、試験で赤点とったら、今日アンタが頼んだ飲みもんの値段の10倍の額マジで請求すっから、覚悟しとけよ」
「地味に痛い金額がリアルで厳しい!」
一花が注文したフラペチーノ、今いる喫茶店の金額で500円なので、一花が赤点を取れば、彼女の財布から5000円が消えることになります。金持ちとは言え、地味に痛いね。
「じゃあ頼っちゃってばかりだけど、二乃と五月ちゃんを、よろしくお願いします」
「うい〜、おつかれ〜」
一花が立ち上がり、二乃と五月のことを頼んでお辞儀をしたのを、総介は適当に手を振って見送った。そして、彼女は店を出て行くのを確認する。
そして総介は、誰もいなくなった向かいの席を見ながら、頬杖をついて喋り出した。
「………とまぁ、現状はこんな感じだ。かなり厄介なことになっちまってよ」
「ははっ、かなり……いや、僕らがこなしてきた任務より、難しそうだね。でも面白そうだ」
「……二乃が、そんなことになっているなんて……」
「旦那ァ、アンタ中々めんどくせぇ女どもといるんですね〜」
総介が背にしている後ろのテーブル席から、三種類の声がきこえてきた。
一人は、銀髪の男女問わずに魅了する美貌の持ち主で、総介の唯一無二の相棒であり、彼が支える『大門寺家』の一人息子にしてその防衛部隊である『
次に、その海斗の近侍であり、二乃の親友であり、総介の幼なじみという複雑極まりない立場にいる、金髪碧眼のサイドテールのハーフ美少女『"
そしてもう一人が、青っぽい黒髪、甘いマスクの美少年だが、『刀』の中でも強さを認められた証である『異名』を史上最年少でもらった二刀流剣術の天才『"
その3人が、彼のうしろのテーブル席に座っていた。それも、一花が店に入ってくる前に……要するに、二人の会話を一言一句全て3人は聴いていたのだ。
総介がその場に呼び出して……
あ、呼んだのは海斗とアイナだけだよ。明人は面白そうだからついてきただけっていうね。
「そのホテルの場所は分かっているんだろう、総介。なら、僕が二乃ちゃんの所に行けば、彼女を戻せるよ」
「いや、海斗がそこに行けば、いくらアホなあの女でも、偶然にしては出来過ぎだって疑うだろうよ。そうすりゃ、おのずと俺と海斗の関係に辿りついちまう。まぁあの女のことだから、そこに至るまでにはいかねーと思うが……アイナにたどり着いちまうまでの穴は、一つでも埋めておきてぇ」
総介が、前を向きながら、後ろにいる3人と会話をする。すぐ後ろの席にいるのが海斗とアイナ、その向かいの席にいるのが明人となる。
「俺ァいっぺんマジモンの修羅場ってヤツを見てみたいんで、若様の提案に賛成なんですけどね〜」
「明人、失敗を前提でそんな事を言っちゃいけないよ。僕も気になってやりたくなっちゃうからね」
「若様、それだけは本当に勘弁してください。私もこれ以上頭痛薬を飲むのは……」
学校では二乃と親友として接している分、総介と海斗のことを隠していることに、多少の罪悪感を感じているアイナ。おかげで彼女は、ここ最近頭痛薬を服用し始めていた。本当……ご苦労さまです……
「分かってるよアイナ。一親友として、二乃ちゃんに総介と君との関係がバレたら、それこそもうおしまいだからね。僕も身内の悲しむ姿は、これ以上見たくないよ」
「ええ〜、若様〜、面白そうじゃありやせんか〜、女どものキャットファイト見んの、すげ〜楽しみなんですけどね〜」
一方、何も関係ない明人にとっては、人間関係の崩壊を楽しく見れるかもしれない機会なので、そうなるように茶化しに入っていく。
「……明人、この場に私が銃を持ち込んでいなかった事を感謝する事ですね」
「いいじゃねーかよアイナ。テメーもウザったらしい人間関係清算できて、若様の近侍に集中できんだろィ?」
「それ以上言うと、後であなたの眉間にいくつ風穴を空けてあげましょうか?」
「じゃあテメーは脳みそいくつにサイコロステーキにされてーんだ?希望の数にしてやらんでもねーぞ?まぁどうせ死んだら俺の好き勝手やらせてもらうけどな」
アイナと明人、普段から仲の悪い2人の間に、さらに一層不穏な空気が流れる。相変わらずの犬猿の仲に、総介は呆れ果てる。
「おめーらいつまで経っても喧嘩してんのな」
「やめるんだアイナ。明人も、それ以上は僕も介入することになるよ?」
「……へーへー、わかりやしたよ。若様の仰ったことだ。従うしかねぇ。アイナ、命拾いしたな」
「……申し訳ありませんでした、若様。……それはこちらの台詞です」
海斗の仲裁で、その場はとりあえず何とか収まった。しかし、総介が抱える問題は山積みである。
「……総介さん、二乃は……」
「それもどうにかしなきゃいけねーが、お前さんの方はどうなんだ、アイナ?あの女に聞いてみたのか?」
「はい……『勉強の方は大丈夫ですか』と聞いても、『大丈夫よ、ちゃんとやってるから』としか……」
「………じゃあ、しゃーねーな」
総介は一つ、ある結論に達していた。
「長女さんには悪りいが、今回の試験……
あの女は見捨てるしかねぇな」
「そ、そんな!」
アイナが驚き、総介の方へと降り向く。
「これ以上赤点を取り続ければ、二乃の進級も危ぶまれます!どうにか……どうにかならないのでしょうか」
「ならねーよ」
総介が彼女の搾り出した言葉を、きっぱりと切り捨てた。
「あの女が勉強したくねーつって起きた出来事だ。他の4人の足手まといになるくれーなら、勘定から外さなきゃいけねー。あの女ばかりにかまって、他の4人を疎かにするわけにはいかねーんだ。そうだろ?」
「それは……そうですが……」
やはりアイナは、二乃のことについて、総介の見捨てる発言には納得できないようだ。
アイナにとって、二乃は人生で初めて仲良くなった同性同級生の友人だ。これまでも、アイナは浅く、広い付き合いはあったのだが、二乃は、初めて会った時から気兼ねなく話をする仲になり、自身が近侍としての仕事が休みの日には、遊びにも出かけたりした。そこで、彼女とたくさん楽しんだ。初めて、『友人』と言う存在をはっきりと認識した二乃を、どうしても見捨てることができないのが本音なのだ。
しかし、総介とアイナの二乃に対する認識は、全く違う。彼は二乃のことを、歯牙にもかけていない。三玖の姉妹の1人としか認識していない
。
「おまえに押し付けるってのもあるが、お前自身の勉強もあんだろ?海斗の付き人の仕事もしてる以上、そっちに負担かかるわけにもいかねーんだ。
これ以上あいつから言ってこねー限りは、どうにもならねーさ」
「………」
アイナは、総介の言ったことに、黙るしかなかった。彼女自身、学年で
トップ10に入るほど成績は良いが、それは海斗のように天才ではなく、努力によるところも大きい。加えて、彼女は海斗の近侍としての役割もあるので(学校では総介が負担している)、そこに二乃に勉強を教えたりすることを入れて、他を疎かにすることは出来ない。
今のところ、二乃をどうにかするには、姉妹、風太郎、総介が説得して、そして二乃自身が勉強しようとの意思を持たないといけないのだ。
「………」
「上杉の助っ人の手前、やれるだけのことはやってみるが……良い答えだけを期待しねーでくれ。
最悪、『そういう事』も考えなきゃいけねーからよ」
「!!……分かりました……」
アイナは自分の無力を悔いる。いくら『戦姫』と言う異名を与えられ、『刀』の中でも上位の実力者になろうとも、友を1人、導く権利すら与えられない。彼女はそのまま、拳を握りしめ、唇を噛む。
「………」
「………」
海斗と明人も、彼女の様子を見るしかない。最も、明人の目の場合は面白くなくなったのか、『沖田のマスク』を被って頬杖をついて寝ているだけなのだが……
4人の話し合いは、ひとまずそこで終わることになり、その場はお開きになった。
そして、事態は好転しないまま時は過ぎ、試験本番4日前となり、そこで風太郎に、ある一つの出会いが待っていた。
そして二乃には、その少し前に予想外の出来事が起きていた。
試験まで、あと4日。
なんだか序盤は二乃アンチみたいになっちゃいましたが、ご心配なく!この後のまさかの大逆転劇にご注目ください。
ってか、一花の喋り方わっかんねー!!
今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!感想、好評価お待ちしています!