試合が終了し、全員が帰路についたその翌日。ノーリはいつも通り学校へ向かった。
「あ、ノーリさん!おはようございます!」
「ああ…」
負けてしまったヴィヴィオ、リオと会うのは少し気が引けたが、いつも通り待っていてくれる彼女たちを待たせるわけもいかず、到着する。しかし、彼女たちは思ったよりいつも通りだった。
「じゃあ、行きましょうか!」
「おう…」
-ナカジマ家(アキラ宅)-
「どうでした?ヴィヴィオちゃんの様子とか…」
『…あんまりショックは受けてなさそうだったけどね……でも、見せないようにしてるのかも…』
ギンガはなのは、フェイトと通信で話していた。話題は昨日のことだ。ヴィヴィオは落ち込んでいないか心配になったのだ。
「まぁ、気にしてないんだったらいいんじゃねぇか。きっと、アイツらも成長するさ」
その通信にアキラがアリスを抱きかかえながら現れる。アキラの言葉に、フェイトは眉を顰める。
『そうかな…』
「ああ。ガキってのは気づかねぇうちに強くなって、立派に成長してるもんさ」
-昼休み-
いつもはみんなで過ごす昼休み。でも今日、ヴィヴィオは一人で屋上にいた。クラスの中の委員の仕事があり、ついさっき終わったばかりでリオやコロナと一緒に過ごせなかった。
それも理由のひとつだが、一人になりたかったのも理由だ。
「…」
なのはが作ってくれたお弁当を開き、サンドイッチを口に運ぶ。それを租借しながら今朝の出来事を思い出していた。
教室に入ったとたん、クラス中から友人たちが駆け寄ってきた。DASSはTV中継されている。それを見られたことで一躍ヴィヴィオたちはクラスの人気者になった。
友人たちのまえでは明るく振る舞った。負けなんか気にしていない。そもそも優賞なんてできないのが当たり前だと。
だが、しかし。
「………っ…」
ヴィヴィオは食べる手を止め、俯いた。それと同時に、スカートに涙がこぼれ落ちた。
「うっ……ううっ!うっ…うぁぁぁ…」
なのはの前でも、フェイトの前でも、誰の前でも流さなかった涙は、溜まりに溜まって一人きりの今このときに溢れたのだ。
ここなら誰にも聞かれない。見られない。そう思っていた。
「うるせぇな…」
「!!」
どこからか声がした。ヴィヴィオが辺りを見ると、いつの間にか背後にノーリがたっている。
「ノーリさん…なんで……いつの間に…」
「んだよ。気づいてなかったのか?あそこで寝てたんだよ」
ノーリが指差したのはベンチだ。どうやら横になっていたノーリがベンチの背もたれの影に隠れてしまっていたらしい。
「……なに泣いてんだよ」
「………今朝…………起きてから学校に来るまでの時間が、いつも通りで…まるで昨日の負けが…夢みたいで……」
「…もっと勝ちたかったか?」
「…っ!」
その通りだった。ヴィヴィオはそのことを改めて言葉にされると涙がさらに零れ落ちた。
「……はい…っ!」
ノーリは小さくため息をついてヴィヴィオの頭を優しく掴み、自身の胸に着けた。
「ノーリさん…」
「泣きたきゃ泣け。一人でしょい込むのはつれぇだろ………まぁ、その、俺じゃ嫌だってんなら、別にいいが」
ノーリはそういうが、ヴィヴィオは胸を貸された瞬間、さっきまで、広出泣いていた時とは違う安心感に包まれた。
「いえ……ごめんなさい…少しだけ、胸を貸してください……」
「…気にすんな」
-帰り道-
ノーリは学校が終わり、ミカヤの道場でのトレーニングを終えた帰り道になんとなく海岸を歩いていた。海風が少し緊張している自身の心をほぐしてくれているような気がした。
次の次の試合相手は世界チャンピオン。ジークリンデ・エレミア。「裏」の覇王流を試せる相手であり、勝てるかわからない相手だ。正直チャンピオン以外の相手はほとんどノーリの視界に入ってなかった。
自身の拳を見つめそれを前に突き出す。
その時、その拳の先…浜辺の先に誰かいるのが見えた。見慣れたジャージ姿、短い黒髪。リオだった。もう彼女は敗北し、身体を休めろと言われていたのに浜辺を走って自主トレをしていた。
「…」
「あ、ノーリさん!」
しばらく眺めていると、リオの方もノーリに気づいた。そしていつも通り元気に駆け寄ってきた。
「何やってんだ?」
「あはは……なんかじっとしてられなくて…ノーヴェ師匠には身体を休めろって言われましたけど、ちょっと、自主トレを…」
「…」
ノーリはリオの足を見る。
「何時間やってたんだ?」
「え?えーっと……ほんの、1時間くらいですよ」
「アホ言うな。そんなことがわからねぇほど俺の眼は未熟じゃねえよ」
リオの靴と足はかなり砂で汚れていた。よく見るとかなり息が上がっているし、ジャージにまで汗が染みている。家に帰ってから今までかなり長いことトレーニングをしていたのだろう。
「…え、えへへ、ノーリさんにはお見通しですね……実はもうずっと前から…」
「俺じゃなくても見抜かれる…………悔しかったか」
さっきまで明るく振るまっていたがリオはとうとう素を見せ始めた。
「…はい」
「負けりゃ誰だって悔しいだろうさ。気を紛らわすためにトレーニングしていたって感じか」
「はい…その通りです」
ノーリは自身のバッグからまだ使ってないタオルを取り出してリオに投げた。タオルはリオの頭に乗る。
「え?」
「まだ使ってねぇタオルだから安心して使え」
「…いえ……大丈夫です」
リオはタオルを取ってノーリに差し出した。
「…」
ノーリはリオに投げたタオルを掴んでリオの顔の汗を拭い、頭の汗を拭き始めた。
「わわわ!」
「風邪ひくぞ」
「…はい」
ノーリがリオの頭を拭いてると、リオが口を開いた。
「今なら、誰も聞いてませんかね…」
「…」
ノーリは手を止めて、海の方を見る。
「今日は波が少し荒いな。波音が耳障りで、タオル越しのお前の声なんて聞こえねぇな」
「………わたし、悔しいんです…。コロナより、先に負けたのが…」
「…」
「わたし、チームナカジマの初等部の中で唯一格闘技を…春光拳をやっていて、一番自信があったのに、私の道場のためにも、ノーヴェ師匠のためにも、もっと、勝ちたくて………情けないですよね、恨みっこなしって、あたしが言ったのに…」
「運が悪かっただけ、っていうのは簡単だがな。実際、実力が足りなかった。仕方ないさ。誰も彼もが勝てるわけじゃない。勝者がいれば、敗者もいる。それが競技の世界だ」
「…」
「悔しいと思うのも当然だ。情けないことなんてあるかよ。お前らは充分頑張ったよ。つい二か月前までノービスがいいとこだったお前らがよ。都市本戦を目前にできたんだ。よくやったよ」
ノーリはリオにタオルを首からかけてやり、そのままその場を去っていった。
「…」
「風邪ひくなよ。もうお前はリングにゃ上がれないが、その元気さにみんな元気づけられてるんだからよ」
去り際、ノーリはそう言い残して去っていった。リオはかけられたタオルを握り、俯いていた頭を上にあげた。
-数日後-
ヴィヴィオやリオの試合が終わってから数日五、ノーリの第三戦があった。結果はノーリの完勝。1ラウンドKOだった。
「…」
試合に勝利したノーリは相変わらず何も言わず、リングを降りた。
「タオルはいらない?」
近くに来た保護者役兼コーチのウーノが訪ねる。ノーリは軽く頷いて控え室へ向かった。その様子を、チームナカジマは見ていた。
「やっぱり、変わったよね」
試合が終わってからリオが言った。
「え?」
「ノーリさん……なんか、変わったよ…………前とは違う気がする…」
その言葉にコロナが反応する
「私も、それ思ってた。なんかノーリさん、最近になって変わったよね……なんていうか、違和感がある…。なにがって言われると、具体的には説明できないけど…」
「…」
(生まれのこととか、その辺の重い話はヴィヴィオ達にはできないんだろう。だからと言って俺らにもなんとなく相談しづらいのかあんま話してくれねぇ。思春期ってやつかもな。あいつは高みを目指してる、いや、妙に力を得ることにこだわっている。それには理由がある気がする)
アインハルトは三人が話しているのを聞きながらアキラの言葉を思い出していた。なんだかノーリの戦い方が過去の自分に見えてしょうがなかったのだ。唯一の違いは、自分に比べ、ノーリは圧倒的に強いことだったが。
「ノーリさん…」
アインハルトは以前からノーリの言動に不安を覚えていた。そしてその不安さらに大きくなっていた。以前ははぐらかされてしまった感じなったが、今度こそ問いたださないといけない時が来ているのはではないかと思っていた。
周りが言うようにノーリは変わったことをアインハルトも感じている。いや、周りが感じている違和感をより具体的に理解していた。
-翌日 学校 昼休み-
試合が終わった翌日ではあるが、ノーリは学校に来ていた。その顔には疲れの表情はない。昨日の試合などノーリにとって大した障害ではなかったのだろう。
そして昼休みとなり、ノーリは食事の為に食堂へ向かおうとした。そのノーリの前にアインハルトが現れた。
「アインハルト?」
「あの、一緒にお昼食べませんか?私、お弁当作ってきたんです」
「あ?」
アインハルトの提案に若干戸惑いながらも断る理由もなく、ノーリはその誘いに乗った。二人は誰も来ないような屋上に向かい、お弁当を食べることにした。
「その…どうぞ……」
「…」
アインハルトが差し出してくれた弁当。中身はおにぎりと卵焼き、タコさんウィンナー、漬物、野菜の煮物と一般的なメニューだった。だが、一般的なお弁当とは大きく違う部分があった。
それは、形だ。漬物以外のメニューは形が何というか。ぐちゃっとしていた。卵焼きもやや焦げている。
「……あの、その、すいません!お料理なんてその…ほとんど初めてで……か、形は悪いですがその、味の方は…多分…大丈夫だと思われましてその…」
ノーリはお弁当の形と、アインハルトの指を見た。絆創膏がいくつかの指に貼ってある。おそらくアインハルトも結構苦労をしたのだろう。
「はぁ…」
ノーリはため息を出しながらもおにぎりを一つ掴み口に放り込んだ。
「あっ…」
ノーリはおにぎりをゆっくりと租借する。その様子をアインハルトは心配そうに眺めていた。味見は一応したが、正直そこまでおいしいといえるものではなかった。
「…………んごくっ。ふぅ。まぁ、うまい。塩が多い気はするが」
「そ、そうですか…それは良かったです」
アインハルトはほっと胸を撫で下ろした。ノーリは指に着いた米粒を舐めとり、アインハルトの方をみた。
「で?要件はなんだ?わざわざ弁当まで用意して」
「え?」
「話があるんだろ?なるべくちゃんと話せる状況で。だから弁当まで用意したんだろう?」
ノーリはアインハルトの考えを見通していた。アインハルトはさっきまで自身の作った弁当の出来に顔を赤くしていたが、少し唇を噛んでから真面目な表情を見せる。
「わかっているのであれば……率直に聞かせていただきます」
「…」
アインハルトはノーリと面と向かい合って目を合わせた。
「以前にも聞きましたが、ノーリさん。あなたは何がしたいのですか?」
続く