ノーリは洗い物を終えてからアインハルトと散歩がてら自分の過去について話した。ノーリ自身別に気にしている内容ではなかったが、今アインハルトたちに嫌われるのは損が多いのでかつて殺しを繰り返したことは黙っていた。
「色々あったのですね…」
「色々あったんだよ………ところでよ。お前は覇王の記憶を継承してるってのはどれくらいのそれなんだ?」
ノーリはいい話の切り口を見つけ、思いきって聞いてみた。
「え?」
「俺のことを話したんだ。お前のことも教えてくれよ」
「あ……そう、ですね。喋らせてばかりというのは申し訳ありませんよね」
その二人の様子を、ルーテシアたちはまだ監視していた。
「やっぱりいい感じね~あの二人」
「あの、あんまり二人の世界に介入するのもどうかとおもうんだけど…」
こんなことをするのは野暮ではないかとヴィヴィオが言うがルーテシアはやめる気はない。それどころか森の中で二人きりでいる情景に興奮してしまっている。
「バレなきゃ平気だって。それに、新しくできた大事な友達がもし今後この事で悩んでたら役立てるでしょ?」
(それが一番野暮だとおもうんだけど…)
ヴィヴィオは思ったがルーテシアの言っていることも一理あるので黙っていた。
そしてアインハルトは自身が覚えている覇王の記憶について話始めた。
乱世の時代を生きた、短い生涯の記憶。悲しい記憶。オリヴィエとの思い出。ノーリはその話を聞くことに徹底した。ただひたすらにアインハルトの言葉を聴き、たまに頷き、話を途切れさせないように質問も一切せず。
「……クラウスは彼女を止められなかった。運命を変えることは出来なかったのです。皮肉な話ですが、クラウスは彼女を失ってから強くなりました。すべてをなげうって武の道に打ち込み、一騎当千の力を手に入れて……」
ここで、一度アインハルトは口を閉じた。ノーリは首を傾げた。
「……?」
「実は、そのあとの記憶が私にはないんです。彼がどのように強くなっていったか。身体は覚えているのに記憶がないんです。そのせいで、思い出せない技もいくつかあります。身体は動こうとしてるのに記憶が追い付かず、うまく動けないことも…」
「…」
「失礼。話が逸れました。そんなこんなで強くなっても、望んだものは手に入らないまま、彼も短い生涯を終えました」
ここでノーリがはじめて口を開く。それは、アインハルトの話をもっと聴きたかったからだ。なんだかいま聞かなければこれで話が終わってしまうような気がした。
「…………望んだもの?」
「本当の強さです。守るべきものを守れない悲しみをもう繰り返さない強さ。彼が作り上げ、彼が磨きあげた覇王流は弱くなんかないと証明すること。それが私が受け継いだ悲願なんです」
アインハルトは自身のことを説明しきった。その事はノーリにも伝わったらしく、ノーリが質問をした。
「…一個だけいいか」
「はい」
「お前がどんな記憶を持って、何をしたいかはわかった。そんで、仮にこの先、お前が何らかの方法で覇王流の強さを証明したとして……お前は幸せか?」
「え…?」
ノーリの質問に、アインハルトは硬直する。だが、ノーリはその一瞬だけで「今聞くべきことでない」と判断し、アインハルトに背を向けた。
「いや、すまん。なんでもない。忘れてくれ」
「…」
「みんなのところに帰ろうぜ」
「はい…」
二人は家の方に向かって歩き出した。帰り道の中、アインハルトは色々と思考回路を巡らせていた。
(さっきの質問はいったい…。私を心配してくれた…ということなのでしょうか…。ノーリさん自身もたくさん辛い思いをしてきているのに、私のことを気遣って…?ああ、いけない。私が暗い性格で、暗い話ばかりしているから…)
アインハルトは歩きながらノーリの背中を見る。川遊びのとき見た傷痕を思い出す。
(いままで辛い人生だったのですよね…。私なんかと比べたら全然。本当は他人を気遣う余裕なんか、きっとないのに…。きっと私の話を聴きたがったのも私のために…。表には出さないけどすごく優しい方……)
ノーリの話の聞き方は、内面に色々溜め込んだ人の話を聞いてやるやり方だった。不安なことも人に話すと楽になるって言うあれだ。実際アインハルトも話して少し楽になっていた。
(このまま暗い空気のままでは、ノーリさんの気分もますます暗く…なにか、ノーリさんが喜びそうな話は…)
アインハルトが考えてから約1分二人の間には沈黙が流れ、砂利を踏みしめる二人の足音だけが鳴り響く。
(何も思い付かない…)
二人の間に虚無の時間だけが流れる。アインハルトが困り果てているちょうどそのとき、なぜか一人でアリスの面倒を見ているアキラがやって来た。
「おう」
「アキラさん…」
「なんだ。お前ら二人か…。ああそうだ。スバルたちがこれから模擬戦だとよ。見学にでも行くか?」
「行くか?アインハルト」
「はい!是非」
(よかった、ちょっと笑顔を見せてくれた)
アインハルトはホッとして小声でアキラに礼を言う。
「アキラさん、ありがとうございます」
なぜか礼を言われ、アキラは疑問符を浮かべていた。
「ヴィヴィオさんのお母様もやるのですか?」
「ん?ああ。そうだが?」
アインハルトはまだなのはが管理局のエースオブエースの一等空尉で教導官なのを知らなかった。ノーリはその事を前提になのはも模擬戦に参加する話をしていたので「当然だろう」という顔をしている。
「お二人とも優しくて、家庭的でほのぼのとしたお母様で素敵な方だと思っていたのですが、魔法戦にも参加するなんて少し驚きです…」
「なのはさんは俺と同じくらい強ぇ魔導士だぞ」
二人と歩いていたアキラが何気なく教える。アインハルトはそれを聞くと「理解できない」という顔をして硬直していた。
ー訓練用廃市街地風アスレチックー
廃市街地に仰々しい音が鳴り響く。スバルとなのはがぶつかった音だ。
「でぇぇぇぇ!」
スバルは一撃をなのはに防がれた直後に離れ、その後ろからティアナが砲撃を放った。
「ファイヤー!」
ティアナの攻撃はうまく避けるなのはだったが、回避を終えた瞬間、ティアナが叫んだ。
「今!セッテ!!」
なのはは砲撃を避けたつもりだったがうまく誘導されていた。そして、ビルの影からセッテがなのはの背後めがけて二本の刃を振るった。
しかし、驚異的な反射神経でなのはは振り返った。なのははティアナの声と、わずかなセッテの動く音に反応していたのだ。
だが、そこまでやれるのもティアナの予想の内。後方から現れたセッテは、ティアナの幻影だった。
「!」
「…!」
本物のセッテは上から来ていた。セッテの渾身の直下切りをなのははなんとかレイジングハートで防ぐ。
「ん…」
その様子をアインハルトは目を輝かせて見ていた。
「なんというか、みなさん動きっぱなしですね…あれ?」
アインハルトが率直な感想を言っていると、アスレチックの奥の方でギンガが訓練をしているのを見つけた。
「ギンガさんも…」
「ああ。動きたくなったとか言って俺にアリス任せて行っちまった。まぁ、ギンガもしばらく家のことばっかだったからな。たまに身体動かすのも悪くないだろう」
ギンガの行動を、アキラは寛大な目で見ていた。
「…局の皆さんは、いつもこれくらい鍛えているものなんでしょうか…」
「……そうだな。立場は違えど、みんな命張る現場にいるんだ。強くならないといけないからな…」
「…」
「アインハルトさん少し抜けませんか?」
ヴィヴィオがアインハルトに声をかけた。
「こういうの見ちゃうと身体うごかしたくなっちゃいますよね。ですから、むこうで軽く一本」
自身の欲に加えアインハルトの気持ちを汲み取っての提案だった。
「はい。是非」
アインハルトが承諾したとき、ヴィヴィオの方を誰かが叩いた。
「俺もいいか?」
ノーリだ。
「はい、もちろん♪」
三人は森の方へ向かった。
-訓練終了-
「ありがとうございましたー!」
訓練が終わり、全員が片付けをしていると、そこにアリスを抱いたアキラがビルを伝って飛んできた。
「アキラ君。どうかした?」
「おう。なのはさん。終わったのか?」
「うん。ちょうど今」
「そうか」
アキラはなのはに訓練が終わったことを確認するとギンガの方へ歩み依る。
「…?。あ、アキラ君ごめんね、アリスのこと見てもらっ…きゃあ!」
片手にアリスを抱いているアキラは、ギンガを片手でお姫様だっこのように持ち上げた。そしてギンガの荷物を肩に抱える。
「ちょ、ちょっとアキラ君!?」
「疲れただろ?あっちまで運んでやるよ」
「そ、そんな…悪いし……それに、その…汗かいてるし………」
そう言われた瞬間、アキラはギンガの首もとに顔を近づけ、匂いを嗅いだ。
「!!!」
「大丈夫だよ。そんな臭いやしねぇ。それにそんなこと今さら気にしねぇよ。夜には汗ばんだ互いの身体を密着させてる仲だろ?」
「そうだけど…」
「大丈夫。俺から言わせりゃギンガはいつだっていい匂いだよ…。汗の匂いすら…スゥ…いとおしい」
「もう……恥ずかしいよ…」
「じゃっ、行くぜ」
アキラはその場から高く飛び上がり、アルピーノ家を目指した。その場に残された全員は呆然としている。
「ティア」
「なに?」
「あの二人見てると口から砂が出そうなんだけど」
「わかる」
「フェイトちゃん…なんだか胃が痛いよ」
「私はなんか口のなかがすごく甘い…。チョコとか熟れたマンゴーとか甘いもの一気に口に詰められたみたい」
「相変わらず仲良いですね。お二人とも。家でもあんな感じなんですか?」
なのは達のコメントに苦笑いをしながら、キャロがセッテに訪ねた。
「ええ。人前だろうが家だろうがお構い無く。飽きもせず」
セッテは遠い眼しながら答えた。
その日の訓練は終わり汗をかいた一部女性陣はそのままルーテシアに案内され、風呂へと向かった。ギンガも一緒だ。アキラとエリオとノーリはメガーヌの夕食の準備を手伝っている。
キッチンでは手慣れた手つきで調理するメガーヌと、多少調理に不馴れな感じが出ているエリオ、軽い手伝いだけのノーリ、素早く的確に黙々と作り続けるアキラがいた。
「相変わらずアキラ君は速いわね~」
メガーヌが感心しながら言う。アキラは以前、JS事件から日が浅い時にルーテシアに招かれ、ここに来ていた。そのときにアキラの料理を披露したのだ。
「ま、これでも一家を支える亭主ですから。それに大昔にあるお嬢様の家で習ったり、義兄貴に教わったり……」
「羨ましいです。あ、今度教えてくださいよ」
エリオが言う。アキラは一旦手を止めて笑う。
「なんだよ。キャロに良いとこみせたいってか?」
「えっ…いえそんなつもりじゃ…」
アキラに茶化され、エリオは否定するが顔は赤い。純粋な気持ちでアキラに言ったが、やはり真相心理にはそういう部分もあるみたいだ。
「照れんなよ。たまにはカッコいいところ見せたいんだろ?」
「え…えっと…」
「良いわね~青春って感じで」
ー温泉ー
温泉では女子たちがキャイキャイ騒いでいた。アリスはまだオムツが取れていないので湯船には浸かれないが、ルーテシアが用意してくれた小さな桶に温泉を入れてそこに浸からせていた。湯船に浮く仕組みになっているので、ギンガの視界にいられる。
「気持ちいい?アリス」
桶の湯に浸かっているアリスにルーテシアが聞いた。アリスはルーテシアの顔に手を伸ばしながら小さく声を出した。
「うにゅ」
「気持ちいいって」
ギンガが代弁すると、ルーテシアは笑う。
「それは良かった。楽しんでくれてありがとう」
「ルーちゃんは経営者体質ね。お客様の笑顔が代金って感じ?」
「あら。そうかしら」
幸せそうに話し合う二人。このまま幸せな時間が続くと思った矢先、事件が起きた。
ティアナとキャロがルーテシアの元へ駆けてきた。
「ルーちゃん!湯船の中になにか飼ってたりしてない!?」
「えー?飼ってないよ?温泉に住むような珍しいペット飼ってるなら真っ先に紹介してるし」
ルーテシアは笑顔で答え、二人は「たしかにそうだ」という顔をしていた。
「何かあったの?」
ギンガが尋ねる。
「なにか、温泉の中でなにかに触られて…」
「なんだかこう…ぬるっと…」
「ル、ルーちゃん!」
「なにか出た!なにか!」
そこに、ヴィヴィオたちも駆けてきた。気のせいやさっきキャロたちがいた湯船だけの話ではないようだ。
「なにかいるのかしら…」
次の瞬間、ルーテシアが何かに触られ、悲鳴を上げる。
「あっ!?」
「ルーちゃん!?」
ルーテシアの悲鳴にギンガが驚いているが、そのつぎに悲鳴を上げたのはギンガだった。湯船の中で何かにおしりを一瞬だがたしかに触られたのだ。
「きゃっ!?」
ギンガは悲鳴を上げてすぐに「はっ」として口を押さえる。だがもう遅かったギンガの悲鳴が響いた刹那、ガラスの割れる音がし、その約2秒後にバリアジャケットを纏ったアキラが上空から舞い降りた。
そして湯船の中のギンガとアリスが入っている桶をつかんですぐに湯船から飛び出して近くの塀の上に乗った。
「大丈夫か!?」
「うん…無事」
ギンガが「遅かった」と思いながらアキラの顔を見るとアキラは一応顔にタオルを巻いて視界を覆っていた。回りは裸の女性なので考慮はしてきたようだ。
「お前らは!」
「大丈夫です…」
驚異的な早さと女湯だろうとなんだろうと突っ込んでくるアキラに驚きながらもルーテシアたちは返事をした。
「なにがあった?」
「うーん…痴漢…というかいたずら?目に見えない何かに身体を触られて…」
「…なるほど」
アキラは状況を聞くと静かになった。集中力を研ぎ澄まし、気配を探っているのだ。すると、今度はセッテが被害にあった。
「ひゃん!」
「……そこか」
アキラは塀から飛び上がり、セッテが飛び上がった湯船に狙いを定め、足を振りかざす。
「刃脚」
アキラの足から斬撃が放たれ、温泉に命中する。その攻撃に驚き、一瞬姿を表した犯人をアキラは逃がさなかった。
アキラは地面に着地したと同時に二人を下ろし、犯人がまた物体の中に逃げる前に温泉のお湯を操作した。
「アイスクリエイト!」
「えぇ!?アキラ!?なんで…うわわわ」
お湯がその犯人を捕らえ空中に投げ出した。そしてアキラは追撃を加える。
「ジャイアントアイスナックル」
お湯が集合し氷結することで完成した巨大な氷の手が拳を握り、犯人を殴り飛ばした。
「あー!」
よくみてみるとそれはセインだった。セインはアキラのジャイアントアイスナックルの威力で結構吹っ飛んだがそのまま湯船に向かって落ちていく。
「なんだセインか」
「そんなとこだろうと思った」
「おぉぉぉぉぉ!」
目隠しをして気配だけで狙いを定めているアキラはアキラが追撃しようとしたのをギンガとセッテが全力で止めに入った。
「ストップです!アキラさん!」
「ストップ!アキラ君!!」
「…いいのか?」
「ただのセインのいたずらよ。心配ないわ」
「なんだよ…」
アキラはジャイアントアイスナックルを解除してため息をついた。
そのアキラの姿に驚いている人間は二人いた。一人目はアインハルト、そしてもう一人はコロナだった。
この日のこの出来事をきっかけに、二人の…特にコロナの運命は大きく転換していくことになる。だがそれはもう少し先の話
続く