絢辻さんと、私と、『証明』と   作:#NkY

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頑固者同士

 翌日。絢辻さんはすっかり元気になった様子で、学校に来ていた。

 

「ちゃんとお礼したいから、お弁当持ってきたの。お昼休み、もしよかったら食べてくれないかな?」

 

 ……なんて、言われたら嬉しくないわけがない。約束通り、お昼休みに絢辻さんと一緒に食堂に向かう。

 高校二年生だが、実は初めて食堂を利用する私。まあちょっとぐらい遅れても大丈夫だろう、とたかをくくっていたけど、現実はそんなに甘くなかった。すでに食堂内の席はあらかた埋まっており、あとは屋外のテラスしか空いてなかった。

 

「うーん……ちょうどいいところないね。やっぱり人多いんだ」

「しょうがないから、テラスで食べよっか」

「寒いのは嫌だけど……分かった。絢辻さん」

 

 11月下旬のこの時期、屋外はやっぱり寒い。手がかじかんでくるけれど、中は空いてないから仕方がない。

 私は絢辻さんに連れられ、テラスに出た。ぽつぽつと空きのあるテラスのテーブルの1つに、私達は陣取った。

 

「うー、やっぱり寒い。少しでも出遅れるとこうなっちゃうんだね……」

「ええ……私、実は初めて食堂に来るからどんな感じなのかなって思っていたけれど、やっぱり賑わうんだね」

 

 ちょっと意外に思った。絢辻さんなら食堂使ったことがある、って思ってた。

 

「絢辻さんもそうなの? 私もそうなんだけど、絢辻さんが来たことないというのはちょっと意外かも」

「そうよ。だいたい自分の持ってくるもので事足りるし、あとこういう人が多いところよりも静かなところで食べたいかなって」

「私も同じかも。まあ、私は購買なんだけど……でも、静かなところの方がいいっていうのは一緒」

 

 食堂はどうも落ち着かないし、そもそも一人で行ったところで……いや、一人で食堂使っている生徒もいるっちゃいるんだけど。

 とにかく、絢辻さんとの共通点をまた一つ。すごくすごく遠い人だと思っていたのは、実は勝手な私の先入観だったのかな。

 

「橘さんは購買なんだ」

「うん。お弁当を作ってくれるわけじゃないし、自分で作る時間は正直他に回したいし」

「小説?」

 

 絢辻さんがどストレート投げてきて私はたじろいだ。実際合ってるし。

 

「……そ、そう。朝早く起きてそれ書いてる。あはは……絢辻さんが知らないわけないよね、クラス中知れ渡ってるんだもの」

「ええ。クラス委員として、みんなのことを把握するのは大切なことだから」

 

 身体が急激に熱くなってくる。最近の私は、落ち着きというものを特に忘れているような……。

 

「そ、そうだよね、あはは……うう、恥ずかしいものは恥ずかしいんだけど」

「そうかしら? 感じたままに自己表現するのって、素敵なことだと思うのだけれど」

 

 フォローありがとうございます絢辻さん……うっ……。

 

「あ、ありがとう……でも、やっぱり自分の中で完結してるものだから、見せるのは恥ずかしいんだよね……」

「んー……なんとなく分かる、かも。小説書いたことないのだけれど」

「分かってくれる?」

「部分的には、ね?」

「部分的にでもありがたいです……」

 

 目を思わず時計の方にそらす。恥ずかしいから、何でも良いからなんか気がそれるものが欲しかった。

 ちなみに時間は全然進んでいなかった。

 

「橘さん、そろそろ食べないかしら」

「うん。楽しみ」

 

 絢辻さんはカバンから大きなお弁当箱を取り出し、中を開けてみせる。

 

「はい。これが橘さんの分」

「……え?」

 

 絢辻さんの持ってきたお弁当に、私は思わず言葉を失った。

 

 こんなのもらっていいの!? とにかくすごい。すごい量だしすごい豪華。すごい。もうほんとすごい。

 

 その中身はというと……日の丸ご飯! 唐揚げ! ミニハンバーグ! ウインナーにベーコンが巻いてあるやつ! そして気持ち程度の野菜!

 ……あれ? お肉多くない?

 

「もしかして、全部……?」

「ええ。全部、食べていいわよ」

「な、なんか、私のしてきたことが釣り合ってない気がするんだけど……」

 

 お手伝いと言えるかどうかさえ怪しい手伝いに、ちょっとしたお見舞いしか私はしてきていない。なのに、こんなお弁当もらっていいのだろうか……。

 

「ううん。それに、あの人……私の姉が、これを持っていってあげてって言って聞かなかったから……」

「お姉さん? ああ、昨日私を絢辻さんの部屋に案内してしてくれた……」

「ああ、それもやっぱりあの人だったんだ」

「ん……?」

 

 あの人、という言い方。私はなんとなく引っかかった。そういえばこの前、初めて絢辻さんと帰ったときも、お姉さんの声を聞いた瞬間に明らかに嫌な顔をしていたような。

 

「……ううん、なんでもないわ」

「そっか」

 

 ……ああ、やっぱり私と同じみたいだ。気持ちを分かっている以上、私はお姉さんの話を広げることはしなかった。

 

「ごめんね、私の作ったお弁当じゃなくって。私、料理とかはあまりしたことがなくて……ほんのちょっとだけ手伝ったのだけども」

「ううん、気にしないよ。こういうのって、気持ちが大切なんでしょ?」

 

 絢辻さんのお見舞いのときに言われた言葉を返してみる。

 

「橘さんって私の言葉、よく覚えてるんだね」

「絢辻さんとのお話って結構心に残りやすくって。印象深かったりする言葉が多いから」

「嬉しいけれど、なんだか照れちゃう」

 

 絢辻さんの頬が心なしか、ちょっとだけ紅くなったような。外が寒いせいもあるかもだし、見間違いという線もあるけど。

 

「……じゃ、じゃあ遠慮なく食べちゃっていいんだね?」

「ええ、どうぞ。私はこれを食べるわ」

 

 昼食と言って、絢辻さんが取り出したのは……。

 

「え? ……おにぎり一個だけ?」

「私、少食だから、これで足りちゃうのよ」

 

 私がこんなお弁当もらって、絢辻さんはおにぎり一個。それじゃあ、いくらなんでも悪い気がする……。

 

「この中から食べてもいいけど……」

「ううん。平気よ」

「うーん……」

 

 私はちょっと、納得ができなかった。私が豪華なお弁当を食べるのに、絢辻さんがおにぎり一個しか食べないということに。

 

 それに、絢辻さんが少食といえど、たったのおにぎり一個じゃあこの後乗り切れないのでは……?

 放課後になってすぐ帰るのならまだしも、絢辻さんのことだ。当然のように今日の放課後も遅くまで残って作業するだろう、それならもっと食べたほうがいい。また体調を崩して寝込んだら、目も当てられない。

 

 そのように考えたのはほんの一瞬のことで、その考えは即座に私の身体を動かした。

 

「絢辻さん。ちょっと席外すね」

「え?」

「購買行ってくる。どうせ今日も残るんでしょ? おにぎり一個じゃ持つはずないし、そもそも野菜食べなきゃ」

「あ、ちょっと、私は大丈夫だって」

「だめ。一回体調崩したんだからここは私に従って。それじゃ」

 

 止める絢辻さんを振り切り、私は席を立ち上がった。絢辻さんはほんとに、自分を少しくらいはいたわったほうがいい。あんな仕事量をこなし、クラスメイトはもちろん、先生にも頼られる存在である絢辻さんなのだから。

 

 

 ……何でだろ。何で、私は絢辻さんにここまで出来るんだろう。

 梨穂子にも同じことが出来るかというと……もしかしたら、答えはNOかもしれない。

 

 

 とにかく私は、購買で適当に小さめのシーザーサラダを買ってきた。とりあえず、今の絢辻さんに必要なのは野菜だと思う。少食だと言っていた絢辻さんでもこれなら食べられるだろう。

 

「ただいま。はい、これ。食べないという選択肢はないから」

 

 絢辻さんは若干困惑の顔を浮かべながらも、素直に受け取ってくれた。もし私が絢辻さんでも普通に困惑する。

 でも、私が絢辻さんにそうしたかったから。……なーんて、かっこつけたこと考えてみたり。

 

「ありがと……橘さんって、変なところで頑固だよね」

「そうかも。結構私、信念は固いほうだと思う」

「そうなの? 少し意外かも」

「うん。私は常に、自分の好きなことに時間を割きたいって思っているから」

 

 これは、私が中学生頃になってからずっとブレなかった信条。一生ずっと貫き通すって、つい最近までそう思っていたんだけども。

 

「え? ……私の手伝いしてくれたり、お見舞い来てくれたりっていうのは……」

 

 絢辻さんの当然とも言える疑問に、私は少しいたずらな笑みを浮かべながら、人差し指を口元に当てて。

 

「秘密」

 

 ……夢小説でしかやらないだろうと思っていたことを、まさかやるとは。

 

「もう……でも、嬉しい」

 

 絢辻さんはその綺麗な笑顔を、私だけに向けてくれた。

 

 正直、なんで絢辻さんにたくさん時間を捧げているのか私でもよく分かってないんだけど……でも、絢辻さんがこうやって私を見つけて、私だけに嬉しいと言ってくれるっていうことが、私に確かな充実感をもたらしてくれる。

 

「橘さん、そういえばサラダっていくらだった?」

「えっと、150円だよ? ……なんで?」

「分かった。……じゃあ、これ」

 

 そう言うと、絢辻さんは私に200円を渡してきた。

 

「ううん、いいって。これはおごりにさせて」

「ダメ。ここは私に払わせて。今回は私が嫌なの」

 

 今度は絢辻さんが強引に私の手にお金を置いて、それを握らせる。普段から書類作成や勉強でシャーペンを握っている機会が多いからだろうか、絢辻さんの手はすごくしっかりしていて、それでもやっぱり女の子の手で……芯の通った強さが中にあるんだけど、繊細で何かあったら折れてしまいそうな脆さがあるような……。

 

 ただ一つ言えることは、絢辻さんの手はすごく綺麗だった。絢辻さんの手に触れられることは、私の中に確かなあたたかさを残してくれるんだけど、できれば並ばれたくないな、だってまた嫉妬しちゃうから……なんて思ってしまう。

 

「……お互い、頑固だね」

「そうね、ふふっ。あ、お釣りはもらわないから」

「分かった。どうせ受け取ってもらえないだろうし」

「ええ、そのつもりよ」

 

 絢辻さんは機械的で完璧な優等生だと思っていたけれど、そうじゃないということを最近たくさん知りつつある。

 お茶目なところもたくさんあるし、それに……柔軟に全部受け入れる人じゃなくって、絶対に譲れないものというのをちゃんと持っている。

 そういうところを知っていくたびに、私は絢辻さんという人間に惹かれていってしまう。

 

 ……でも、多分、恋じゃあない……よね。私、女の子だし。言うなれば、絢辻さんは私のちょっとした憧れ、みたいな?

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