私の日常の1ページに絢辻さんが加わって、しばらく経つ。
依然として絢辻さんの仕事のできっぷりはすごくって、結果的にいつも仕事を手伝ってもらうような立場になる私は、時たま……いいや、わりと頻繁に自己嫌悪に陥ることがあったけど。
「絢辻さん、ここはもっとこうして……まとめちゃった方が手間が省けていいと思うんだけど。どう?」
「へえ、そういう発想もあるのね。しかも、悪くないかも……ありがとう、後でちょっと先生に提案してみるわ」
絢辻さんにしか気づかないこともあれば、どうやら私にしか気づかないこともあるみたいで。それに、私の仕事のスピードもちょっとずつ上がっていってて。
「あら、もう終わりみたいね。まだ6時になってないのに」
「え? あ……ほんとだ、作業に夢中で気づかなかった」
気がつけば、1時間近く時間を巻くことに成功した。
「ありがとう。おかげで、図書室で勉強する時間が出来たわ」
「ううん。まだまだ私は絢辻さんには遠く及ばないよ」
「もう、私は中学時代からずっとこういう仕事をやってきたんだから。橘さんが私と同じ仕事のスピードになったら、プライドが傷ついちゃうわよ」
「ふふ……そっか。ありがと」
ちょっとした自己嫌悪も、そうやって絢辻さんに癒やしてもらって。思い返せば、つい最近まで私は絢辻さんのことが苦手で、意識的に避け続けてきたんだっけ。
ほんと、なんで絢辻さんを私はずっと避けてきたんだろう。人間関係って、ほんとに些細なきっかけで180度変わっちゃうものなんだなって思った。
「……ねえ、橘さん」
絢辻さんが深呼吸して、何か意を決するように話しかけてきた。ただならぬ何かを感じた私は、身が引き締まる感じがした。
「な、何? どうしたの、絢辻さん」
「今日、図書室で勉強するのはやっぱなし。ちょっと、私についてきてもらえるかな?」
「うん、いいけど……別の仕事を思い出した、とか」
「そうじゃないわ、今日の仕事はさっきのでもう終わり。……個人的なこと、ね」
その時の絢辻さんは、なんだか絢辻さんじゃない気がした。私でも何でそう感じたのか分からないけれど……でも、そう思っちゃったんだ。
けれども、今の私に絢辻さんの誘いを断る理由なんてどこにもなくて。むしろ、ちょっと嬉しくって。
「分かった。いいよ」
私は自然体に、その提案を喜んで受け入れた。
「良かった……じゃあ職員室に行って仕事を報告したら、行きましょうか」
「うん」
良かった、という言葉が私の心に引っかかった。……多分、なにか大事なことなんだろう。覚悟を決める必要があるのかもしれない。
その必要性を自覚した瞬間、この後絢辻さんが話すことが気になってしょうがなくなってきた。
私は絢辻さんの隣にいる。一緒に職員室へ歩を進める。普段どおりのことなんだけれど、今日に限ってはなんだか無意識に身体に余計な力が入っているような、そんな感じがする。
隣を歩く絢辻さんをちらりと見やる。……なんだろう、気のせいなんだろうけど……絢辻さんも、緊張、してる……?
--※--
「ここよ」
「神社……?」
絢辻さんに連れられた場所は人気のない小さな神社だった。完全に忘れられている……というわけではないらしく、ひどく荒れているというわけではないのだが。
とりあえずこの中途半端な時期に、わざわざ他の人が用事で来るということはまずないような場所ではあった。
「ええ。私がもうどうにもならなくなった時には、ここに来ているの」
「どうにもならなくなった時……」
「私って、情緒不安定なところあるから」
「そ、そうなんだ」
情緒不安定……? このことを、私が知って良いのだろうか。確かに前よりは距離は断然近づいたのだけれど、でも……私は、絢辻さんにとってそこまで知る資格がある人間なのだろうか?
……けれど、こうして人気のない神社で二人きり。絢辻さんは私に話があるという。……きっと、知ってほしい人間になってしまっているんだろう。自意識過剰かもしれないけれど……。
「……で。橘さんに、話したいことなんだけど」
「うん」
「もし、嫌だったら帰ってもいいから」
「嫌、だったらって……」
絢辻さんの様子が、やっぱりおかしい。なんだろう……すごく、私でもなんでこんなイメージが湧いたのか分からないけれど……絢辻さんが、辛うじて絢辻さんのキャラをギリギリ保っているような……そんな、不安定さをひしひしと感じ取っている。
「あなたに話すのは、そういうことだから」
……やっぱり、私は絢辻さんにとって大きな存在になってしまっている。絢辻さんを知ろうとして、近づいて、もっと知りたくて、絢辻さんのためになるようなことをすることで、絢辻さんと一緒にいる時間を増やして……。
ほんとは、全部私のエゴなのに。今まで私が知らず知らずのうちに封印してきた罪悪感が、全くといっていいほど自覚していなかった罪悪感が……ここに来て一気に身体の奥底から湧き上がってきた。
「……わ、分かった。覚悟は出来てるし、ちゃんと聞くよ」
……けれど、私は絢辻さんをもっと知りたい。奥底から間欠泉のように湧き上がる罪悪感に、私は重い鋼鉄の蓋を乗せて、押し込んで、埋め込んで……最初から何もなかったことにした。
「大層なことじゃないの。でも……私にとっては、とても大きいこと。……言うわよ」
「ん……」
今、私の中にあるのは絢辻さんへの興味。ただ、それだけ。そう……それだけなんだ。
そう思い聞かせて、私は絢辻さんの言葉を受け取る準備を万全に整えた。何が来ても、すべて受け止める。そう、でっち上げた良心に誓った。
準備は万全だった。何が来ても大丈夫だった。……はずだった。
「私……私ね。今、あなたに話しかけている私は……本当の私じゃないの」
え? 絢辻さんは、何を言ってるんだ……?
重い事実がストレートに飛んでくることを私は予想していたのに、私に浴びせられた言葉は重いのか軽いのかまったくもって意味不明の文脈でしかなかった。まるで、肩透かしを食らった気分。
「……え? 言っていることが、分かんないんだけど……」
「ちょっと、待ってて。切り替えるから……嫌だったら、遠慮しないで言って」
「あ、絢辻、さん……?」
不意をつかれて混乱する私をよそに、絢辻さんは少し私と距離を置いて深呼吸をした。そして……私は絢辻さんの言っていることの意味を少しずつ理解していった。
絢辻さんの後ろ姿から、まるで絢辻さんが少しずつ剥がれ落ちていくような……そんな雰囲気を感じ取ったのだ。
私の知っている絢辻さんが、消える。……私は恐怖した。
そして、完全に絢辻さんでなくなった絢辻さんは、意を決したように私の方を向く。
そこにいたのは、絢辻さんの身体をした全くの別人だった。
「お待たせ、橘さん」
たった一言。なのに……声色から、態度から……温かさが微塵も感じられない。あるのは、氷のような冷たさ。ただひたすらに、透明で混じり気のない……純粋な、鋭い冷たさしかなかった。
私はあっけにとられて、何も言えなかった。こういうときに、言うべき言葉も、取るべき行動も、するべき表情も……私には全く分からなかった。
「……どうしたのよ。何か言いなさいよ」
「ね、ねえ」
「何?」
私は、一縷の望みにかける。確かに目の前で変貌したのを見たのだけれど……実は双子で、目にも留まらぬ速さで入れ替わっていたんじゃないか……なんて、そういう奇跡にすがるように、私は絢辻さんのような人に聞いてみた。
「ほんとに……絢辻さん?」
けれど……いや、当然のことだけれど。返ってきた回答は、こうだった。
「ええ。今あなたの目の前にいるのは、紛うことなき絢辻詞よ」
絢辻さんのような人なんかじゃない。絢辻詞、本人だったのだ。
ショックって、こういうことを言うんだろう。私がずっと追いかけてきた憧れの存在が、実は虚構だったというオチ。私の憧れていた絢辻さんは、実はどこにもいなかったんだ。
「……そっか」
「嫌なら、どうぞ遠慮なくお帰りください」
柔らかな声も、清楚な表情も、すべてを受け入れる優しさも……そんなもの、最初からどこにもなくって。
今、目の前にいる絢辻さんが、本当の絢辻さんで。表情は挑戦的ですべてを見下しているかのようで、声色ははっきりと自分自身が一番だと高らかに宣言しているような。そこに人を思いやる優しさとか、そういう綺麗なものはまるで最初から持ち合わせてなかったんだと……まるで自慢するかのような、絢辻さんの雰囲気。
それが本当の絢辻詞。絢辻さんと会えるから、退屈な学校の日常も悪くない――そう考え方が変わった矢先に、突きつけられた冷たい真実。
でも……何でだろう。そんな絢辻さんを、私は今更嫌いになんてなれなかった。ううん、何でだろうとかじゃない。答えは最初から出てたんだ。
そう、私は絢辻さんを嫌いになっちゃいけないんだ。
だって……絢辻さんのことをもっと知りたくて近づいたのは、他でもないこの私なのだから。知るために近づいて、そして……今、私は絢辻さんの核にまで知ることが出来たのだ。
もっともその核は、絢辻さんへの見方を180度変えるような……そういう、ものだったのだけれど。
でも、もう一度何かのきっかけで、またしても見方が180度変わったら?
「……ううん。私は、帰らないよ」
私は、望みを捨てない。そうしなければ、いけないんだ。
「意外ね。あなた、嫌な顔をしてたのだけれど」
絢辻さんの言葉は、冷たい。純粋な氷だ。痛い。
けれど……今の遠慮がない絢辻さんになら、私だってもう遠慮はいらないと思った。
なんだろう。本心をぶつけても、絢辻さんに嫌われない。そういう確信に近い、何かがあった。
「正直なことを言うね。……今の絢辻さん、私は苦手」
「……」
何も言葉は返ってこない。それどころか、絢辻さんの顔は何一つ変わらない。予想通りだったのだろうか。
……でも、私はそれを好都合と捉える。絢辻さんに遠慮はいらないのは分かりきっている。だから……もう、私も被っていた仮面――絢辻さんのそれと比べると、ずさんで子供の遊びみたいなものだけど――を、叩き割ってしまおうと思った。
2人きりのこの状況。もはや失うものは何もないし、そもそも既に『絢辻さんの幻想』という大きなものを失っているんだ。
もし仮に、それ以上のものを更に失うとしたら、それは……邪な気持ちで絢辻さんに近づいた、私への天罰だと思って受け入れよう。
私は絢辻さんへの想いを、外側に出し始める。フィルターにもかけずに、汚れきった心の感じるままに……ただ、吐き出す。
「……でも、前の絢辻さんも、苦手だったの。避けてたんだよ、私」
「なんとなくあたしも感じていたのだけれど、あれはやっぱりそうだったのね」
「うん。……私、他の人と自分とを比較しちゃうんだ。ほら、よくテレビとかで天才小学生とか紹介されたりするでしょ?」
「……あたしはあまりテレビを見ないからわからないわ」
「そっか……じゃあ、TVドラマとかで見る子役、だったらイメージが湧くかな」
「ええ。それならあたしにも分かるわね」
「うん。とにかく、そういう同い年や年下で、私が何一つ勝てっこないような人を知るとね、自分が惨めになって、嫌になって。……絢辻さんも、私にとってそういう人だったの」
「……」
絢辻さんは、私の話を聞いてくれている。表情は良くもないが、明らかに悪くもなかった。まだ、掴みどころが分からないけれど……けれど、遠慮したら絶対に良くない。
もはや、これを話している目的は絢辻さんのためじゃない。私を、私自身を納得させるためにほかならない。
それに、また新しいことに気がついた。私は絢辻さんを知りたいだけじゃなかった。私は、絢辻さんに、私自身のことを知ってほしいという欲求まであったのだ。
もう、気づいてしまったら……いや、気づいても気づかなくても、私は止まらない。私は自覚した欲求のまま、まるで服も、下着も、全て脱ぎ捨てるように……全てを、話す。
「でも、あれはほんとにちょっとしたきっかけだった。……補習帰りに、どうせ私の時間なんてないんだから開き直って絢辻さんの手伝いをしようって思って。あと……気持ちが沈んでいたから、もう誰でも良いから誰かと一緒にいたい、って気持ちもあったのかな」
「あのときは、そういうことだったのね。……それにしては、押しが強かったと思うのだけれど」
……そういえば何でだろう。何であの時の私は……少なくとも、あの時には絢辻さんを知りたいなんて思っていなかった私は、あんなにも頑固だったのだろう。
荒んだ私の心に問いかけても、何も返ってこない。ということは、つまりこういうことなんだろう。
「……あれは、私でもほんとに分かんないや。絢辻さんにもあるでしょ? 自分のことなのに、自分の気持ちが分からない、なんて」
「それは……まあ、確かに否定できないわね。全部すっきり理由が見つかるのなら全然苦労しないわ」
「でしょ。とりあえず……あのときのきっかけがあって、私は絢辻さんに急接近出来て。……私、絢辻さんに価値観を一瞬にして壊されたんだよ。作り変えられたの」
「あたしが?」
絢辻さんの表情は、既に私には見えなかった。ただ、私が話したいから、話す。それだけ。
「うん。前に、絢辻さんにお弁当をもらったときに話したと思うんだけど……絢辻さんと話すようになる前はね、私、他の人に捧げる時間なんてありえないと思ってたんだ。全部、自分のために使うのを最優先にしててさ。部活も入らないし、友達の誘いも滅多なことじゃ乗らない。委員会なんてもってのほかだった。ただ、孤立は避けたかったから評判と天秤にかけて調節はしてたつもりなんだけどね」
ずっと隠していたことが、なんであんなにつらつらと外に出てくるんだろう。きっと、今の絢辻さんの遠慮を捨てた雰囲気と、ここの神社のパワーもあるんだと思う。
「でも、今の私はこの通り。絢辻さんのためなら喜んで、時間を捧げるようになったの」
「あたしの、ために?」
「そう。絢辻さんのために」
ここまで話した私に、ブレーキなんてもうない。
「……ちょっと恥ずかしいけれど、この際全部言うね。私、絢辻さんのことを勝手に憧れの目で見てたの」
「そんなに珍しいことでもないわ。他にもあたしに憧れてる人を何人も見ているから」
「やっぱり、そうだよね。絢辻さんは、そういう人なんだもの」
「でも……こうやってあたしが真実を話す決心をさせたくらいまで接近してきた人は、橘さんが初めてだった」
「そうなの……?」
「ええ。ついでにこのあたしを知っているのも、家族以外はあなただけ」
私は……絢辻さんに、実際釣り合わない人。多分、釣り合う人の方が少ないけれど。
でも、私は釣り合わないなりに……私をそのまま、ダイレクトに伝える。
「……そう、なんだ。けれどごめんね、私はそこまでいい人じゃないから……今はどうしても、豹変した絢辻さんを受け入れることが出来ないんだ」
「……」
私の身体の奥から、『この人は危険だ、関わるな』という信号が伝わってくる。抱きたくない嫌悪感が、勝手に生まれてくる。
けれども、私はその危険信号を強い意志をもって無視して、これからもずっと関わっていくんだ。
そうすれば、いつか、また……180度、変わるから。
「でも、前の私が避けていた、今までの絢辻さんもちょっとしたきっかけでこんなにも距離が変わったから。……今、私の前にいる絢辻さんも、何かのきっかけがあれば変わるのかなって。ちょっと、信じてみたいの」
私は一番伝えたいことを、全て言い切った。やれば出来るじゃん、私。
「……橘さんって、すごく純粋なのね」
「ううん。やってることは、全部自分のためにしかなってないよ。少なくとも……絢辻さんにしていることは全て」
「それも含めて、よ」
絢辻さんは笑みを浮かべた。その笑みが何を意味しているのか、私には全く分からなかったけれど……少なくとも、この一件で絢辻さんとの距離が離れるということはないみたいだった。
「……あたしも、少しあなたを見習って全部言おうかしら」
「絢辻さん……?」
「あのね。今のあたしが苦手って言われたときは……正直、怖かった」
私は何も言えなかった。
「橘さん、あなたも感じ取っていると思う。あなたの存在が、あたしにとってすごく大きな影響を及ぼしてるということを」
「私の、存在が」
「ええ。もっとも、橘さんなら今のあたしを受け入れてくれるだろうって思っていたのだけれど……がっかりしたわね」
「がっかりって……」
「橘さんはもっと面白い人だと思っていたわ。けれど、それはあたしの思い過ごしだったようね」
絢辻さんが私を傷つけたように……私も、絢辻さんを傷つけている。
……でも、絢辻さんと私に、遠慮なんていらない。憧れだった人を傷つけるなんて、どうかしているかもしれないけれど……だけれど、不思議と罪悪感はそこまでなかったんだ。
「でも、別の面白さをあなたから見つけたの」
「別の?」
「そう。あたしがさっき言った、純粋さよ。嫌いなあたしでも、何かきっかけがあれば変わるかもしれないって信じたい、なんて……あたし、そういう考え方は一切合切持ち合わせていなかったもの」
今の絢辻さんは苦手だ。あんなことを言われても、それは変わらない。
けれども、前の絢辻さんよりも……その話の内容に、混じり気はない気がする。
「信じれば裏切られる。だから、信じることは無駄。それが世の中の真理だと、あたしは思うの。そんなあたしの考えを、橘さんは真っ向から否定するようなことを言ってきたのよ」
……一体、絢辻さんはどんな人生を歩んできたんだろう。少なくとも、私が想像できるものよりも遥かに過酷なものだったんだろうと私は思う。
「一応、あなたの考えに、前のあたしに接近して見方が変わったという、体験に基づいた根拠はある。けど……それには、希望的観測が多分に含まれていて、根拠としてはあまりにも脆弱で信用が出来ないものよね」
まるで、その言葉は正論をひたすらに並べて私を攻撃するかのようで。
絢辻さんは、何がしたいんだろう。私を繋ぎ留めておきたいの? それとも、私を追い込みたいの?
まさか……試してる? 本心は……分からない。
「……それでも、橘さんはそれを信じるのかしら」
けど。
「信じるよ」
私は、即答した。
「……私は、私のために信じる」
「そっか」
絢辻さんは否定も肯定もせず、私の答えをただ受け入れた。
そして。
「……ありがとう」
今まで聞いたことのない、か弱い声。
絢辻さんの本心を、私は確かに聞いたんだ。
その時に、言葉にならない衝動が私を突き動かした。
「……っ」
まるで、誰かに背中を蹴られたかのように。
私は何も言わず、突然、倒れ込むように絢辻さんを抱きしめた。絢辻さんは嫌がることなく、しかし、驚くこともなく……ただ、私の突拍子もない行動を受け入れるだけだった。
絢辻さんの身体は細かった。下手したら、折れてしまうかもしれないというぐらいに細かった。
けれど、外がひんやりしているからだろうか、それとも私が舞い上がっているだけなのか……初めて身体全体で感じる絢辻さんは、熱かった。
聞こえる音は、互いの息の音と、自分の心臓の音と、時折こすれる制服の音。外の空気の音すら、私には聞こえない。
私が絢辻さんを抱きしめているまま、無言が続く。お互い、何も言わない。ただ、私が絢辻さんを抱きしめ、絢辻さんは何もしないだけ。
けれども、確かにこの時間の間に、私の中に何かとても強固な、形のないものが生まれた気がしたんだ。
――相当長かったと思う。2,3分は経ったかもしれない。
何も言わず、私は絢辻さんから離れた。絢辻さんも、何も言わずにただ私を見つめた。
絢辻さんは意外と分かりやすいらしい。白い肌にはっきりと赤色が混じっていて、息も心なしか少し上がっていた。瞳は少し、焦点が合わない。そんな絢辻さんが私には少し艶かしく思った。私がもっと野生に近かったなら、多分絢辻さんを押し倒していた。
ただ、そんな表情をしているのは絢辻さんだけじゃなくて、私もきっとそう。
「……帰りましょうか」
「うん」
私と絢辻さんは、そのまま一緒に家路についた。終始無言だったが、気まずくはなかった。
むしろ、何かまどろみの中にいて、心地いいような……そんな錯覚さえ、私は感じた。