絢辻さんと、私と、『証明』と   作:#NkY

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嘘と本当と

 本当の絢辻さんを知った私。

 

 あの時以来、二人きりのときに限り絢辻さんは本当の素顔を私に晒すようになった。けれども、私はあの時の第一印象が中々拭えずに、心のどこかで絢辻さんに苦手意識を持っていた。

 でも、何かきっかけがあれば変わるかもと思って、絢辻さんの仕事を手伝うことはやめなかった。しかし、苦手意識は固くこびりついたままだった。

 

 ただ、絢辻さんとの距離感は明らかに近くなった。苦手だけれど、いや、苦手だからこそ……私は絢辻さんに遠慮をしなくなった気がする。多分、本当の絢辻さんが全く遠慮してこないのもあるのだろうけれども。

 

 前より苦手になったのに、距離は近くなった。ねじれているけれど、本当のこと。

 

「あー、もうめんどくさいわね……!」

「どうしたの?」

「書類が足りないのよ。あの先生、本来なら向こうがやる仕事を頼んでおいてこれとかふざけてるのかしら」

「うっわ……」

「何? 引いた?」

「ううん。それは酷いなって」

「勘違いするようなややこしいリアクションしないで」

「仕方ないじゃん、私も私で飾ってないんだし」

「……あなたってあたしが怖くないの?」

「怖いというか、苦手だけど」

「あっそ……」

 

 まあ、なんかこんな調子で会話しながら仕事をやっている。私ながら到底仲がいいなんて思えないような、そんなやり取り。

 

「……私が職員室行って取ってくる。絢辻さんの方が仕事出来るし、先生の顔見たくないでしょ」

「悪いわね、頼むわ」

「はいはい」

 

 ただ、本当の絢辻さんのこの態度は、本人が望んでこうなったのではないのは確信している。私はあの時の、小声の「ありがとう」を忘れるはずがない。

 

 私は不足している書類を取りに、職員室へ向かった。その時、私の手帳が廊下の端に落ちているのを見かけた。

 

「つい最近屋上に落としたばかりなのに、何やってんだろ私……!」

 

 管理には自信があったのも、もはや昔の話かもしれない。ただ、今回は誰にも拾われずに済んだようだった。

 二度も落としたことに非常に落ち込みながらも、念のため私は手帳を軽くパラパラとめくる。

 

「……あれ?」

 

 違和感。私のスケジュールは、あんなにぎっしり詰まってない。一旦パラパラめくるのを止めて、あるスケジュールの1ページを見る。

 

 来月、つまり12月のスケジュール。きれいな文字が、所狭しとひしめき合う。全てシャーペンで書かれていて、色付きのペンで書かれた場所は皆無だった。

 内容はというと、ほとんどが創設祭実行委員の仕事予定だった。そして、24日の欄には大きく「創設祭当日」と書かれている。そして――。

 

『全ての人に、等しく幸せを』

 

 ……私はこのスケジュールの内容から、絢辻さんのものであることを感じ取った。そういえば絢辻さんも私と同じ種類の手帳を持っていて、何でも絢辻さんにとって手帳は生命線だと言っていたのを覚えている。

 にしても、まさかこんなことを心から思っているだなんて。つくづく、絢辻さんの過去が気になってくる。

 

 

 

 私は、職員室から追加の書類を持っていくついでに、絢辻さんに手帳を渡した。絢辻さんは心底驚いた様子で、その手帳を奪い取った。まるで、私が手帳を落として絢辻さんが拾ってくれたときのように。

 

「はあ……あたしとしたことが何やってんのよ。まあ……拾ってくれたのが橘さんで本当に良かったわ」

「私で良かった、って?」

「え? あなた、中身見てないの?」

「自分のかどうか確かめるために、軽くパラパラとめくって。それで、12月のスケジュールのとこだけじっくり見ちゃった」

「そういえばあなたも同じ手帳だったわね。ま、いいわ。あたしも勝手に見ちゃったわけだし」

 

 絢辻さんは手帳を大事そうに自分のカバンにしまおうとする。私は、心に引っかかった疑問をぶつけた。

 当然、何も後ろめたい気持ちなどなかった。

 

「で……何で拾ったのが私で良かったの?」

「まあ……もうこの際だから、あなたになら見せるわ」

 

 そう言うと、絢辻さんはメモ欄のページを私に開いて見せてきた。

 

「……」

 

 私は言葉を失った。

 そこには、想像を絶する言葉するのにもおぞましい文章……いや、文章にしては支離滅裂がすぎる。文字の羅列、とでも言うべきなのだろうか。とにかくそれが、スケジュール帳のきれいな字体とは正反対の、乱暴で攻撃的な筆跡で書かれていた。

 

「前にも言ったと思うんだけど、あたしって情緒不安定なのよ。……だから、時々こうでもしないと嘘を押し通せないの」

 

 嘘を押し通すというのは、優等生を演じるということなのだろう。常に不安定さをはらんでいる自分をコントロールして、無理やり優等生を演じている絢辻さん。しかし、無理やり作り上げたものにしては……あの虚像は、完成度が高すぎる。

 

「……こうして見ると、あたしでもあたしが恐ろしく感じるわ」

 

 絢辻さんが自嘲気味に言う。私の中で、この人は危険だと、叫ぶ本能がじわりと現れる。早く離れろ、ろくなことにならない、と。

 私は、そんな私を見て見ぬ振りをする。絶対、絢辻さんは悪人なんかじゃない。そう、信じているから。

 

「絢辻さん。ほんとに、私で良かったよ」

「ええ……心の底から、あなたで良かったと思ってる」

 

 

 話題が落ち着いたところで、もう一つ。私は気になることを聞く。

 

「12月のスケジュールを眺めたってさっき言ったと思うけど……24日の創設祭当日に、『全ての人に、等しく幸せを』って書いてあったの」

「ああ、アレね……ちょっと恥ずかしいわね」

「それって、何を思って書いたのかなって」

「それは……」

 

 絢辻さんは少し考えて、そして。

 

 

「……それは、創設祭の日まで内緒にしておこうかしら」

 

 

 そうきたか。でも、私は絢辻さんのその選択に何となく納得してしまった。

 

「……分かった。楽しみにしてる」

 

 私はうなずいた。絢辻さんの答えに、私は何の不満もなかった。

 

「ただ」

 

 絢辻さんは自分の胸に手を当て、私をまっすぐ見つめた。その瞳には、絶対にこれだけは私に伝えておきたいという意志を感じた。

 私はその意志を感じ取り、絢辻さんを真剣な眼差しで見つめ返す。

 

 

「一つだけ言っておくとするなら、それは嘘なんかじゃない。あたしの、本心」

 

 

 極めて強い口調で、絢辻さんは断言した。私の心が強く揺さぶられるのを感じた。

 でも。

 

 

「そうだと思ってた」

 

 

 私も私で、得意げな笑顔を作ってそう答えてみせた。

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