絢辻さんと、私と、『証明』と   作:#NkY

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番外:17歳になる日

 今日は、12月最初の日。そして……

 

「ねぇね、ねぇね!」

「朝からうるさい……」

「お誕生日おめでとう!!」

「あっ……」

 

 私の、17歳の誕生日。

 

「そういえばそっか……今日、誕生日か」

 

 私は寝巻き姿で軽く寝ぼけながら、自室のドアを勝手に全開にしやがっている、私の苦手な妹――美也を眺める。

 何だろう、毎年自分の誕生日くらいはちゃんと把握出来ていたのに、今年は何か全く実感がないというか……そのままさっと流れていくような、よくわからないけどそんな感じがする。

 

「にっしししし。最近ねぇね忙しそうだったもんね」

「まあね……でも、もうこんな日か」

「あれ? 何か他人事みたいだけど、もっと喜ばないの?」

「うーん……今年に限っては妙に実感が湧かないんだよね。あと、美也の誕生日と違って大してイベントがあるわけじゃないし」

 

 美也の誕生日は彼女が友達を集めて結構にぎやかに盛大にやっているが、私の誕生日はわりと静かにささやかに行われている。

 それでも私もちゃんとプレゼントはもらえているし、ケーキもショートサイズだけどちゃんとある。というか、それだけで十分。

 

「去年のねぇねの誕生日は別の意味で驚いたけどね」

「あー、うん……疑問に思って聞いたらまさか、だよね……」

 

 

 そう、それは去年の私の誕生日のこと。私が12月1日生まれなのに対し、美也がその約半年後の6月22日生まれ。いくら何でも生まれるのに間が空かなさすぎる。

 

 それを両親に思い切って聞いてみたら……何でも、私と彼女は血がつながってないらしい。

 

 両親は一回流産があって以来、子供が出来なかった。それで、生まれて間もない孤児の私を養子として迎え入れたという。ちなみに私の実の両親は不慮の事故で逝去しているらしい。

 そして……私を養子として迎え入れた直後に、妊娠が発覚して……そして生まれたのが彼女、美也だ。

 

 ほとんど歳の離れていない養子と実子を同時に育てるのは難しい。愛情の注ぎ方にもどうしても偏りが出てしまい……両親の実子である彼女は愛情をたくさん注がれた結果、あのような天真爛漫でかなり社交的な性格になったという。

 

 一方の私は……完全な育児放棄とまでは行かないものの、彼女と比べればそこまで両親には構ってもらえてなかった。もちろんそれだけが原因じゃないけれども……その結果出来たのが、人に中々興味を持てない自分優先主義の私だった。

 

 

 ……まあ、誕生日の日にこんな重たい話題を思い返すのはあんまり良くないと思うんだけども。

 

 

「ねぇね。ねぇねは、美也のこと恨んでる?」

「……多少はね。でも、お母さんとお父さんの気持ちも分かるんだよ」

「ねぇねって、大人だよね」

「あんたが子供すぎるだけ。というか高校生が他の人の部屋のドアをいきなり開けるなって……」

「えー、いいじゃんねぇねだし」

「良くない」

 

 ……別にこんな事実を知ってもあんな人のことが苦手なのは変わらないけど。たまーに、ほんとにたまーに……美也に感謝したくなるときは、ある。大体迷惑被る側だけど。

 

「……とりあえず、美也。ありがと」

「にしししし。頭なでても良いんだよ?」

「なでない」

「じゃあ美也がねぇねの頭を」

「なでさせないから。というか着替えるから出てって」

 

 ……感謝しなきゃよかった。

 

 

 

--※--

 

 

 

「よっ、橘」

 

 学校に来て、教室に来て。最初に声を掛けてくる人といえば……まあ、もじゃ天パの棚町薫である。

 

「あ、棚町。今日もいい寝癖ついてるねぐはぁっ!?」

「寝癖じゃないわ!!」

「……女子に飛び蹴りはないでしょ……いっててて……」

「じゃあ女子に寝癖いいねって言う?」

「……てへ」

「あ゛?」

「ごめんなさい」

 

 毎日だいたいこんな感じ。ここだけの話棚町の攻撃はいい目覚ましだったりする。

 

「あーあ。せっかくあんたのために持ってきてたのになー……」

「……え? 棚町が!?」

 

 意外だった。全く期待していなかったけれど、まさか……!

 

「何、あたしが持ってきちゃ悪いってわけ?」

「いや、だって棚町からもらえるなんて思ってもいなかった」

「そりゃあ、前に橘からもらったんだもの。そのへん、あたしはきっちりやんないと気が済まないの」

 

 そういえば私、棚町に誕生日プレゼント渡したっけ。中身は確かハンカチだった。あ、これいいなって思って衝動買いしたけれど、何か私には合わないなって思って。それで誕生日プレゼントという名の物の押し付けをしたんだ。

 ……我ながら結構酷いことしてるなこれ。一応、棚町は結構喜んでくれた。

 

「夏休みの最中で渡せなかったから、一ヶ月遅れだったけどね」

 

 ちなみに棚町の誕生日は8月1日。だから、私がハンカチを押し付けたのは学校が始まった9月になってから。

 

「それでも嬉しいって。夏休み中に誕生日があると、だいたい学校の友達からはもらえないからさー……」

「まあ、そりゃ、そうだろうね」

「だからお返し! はい、これ。結構使えると思うわよ?」

 

 棚町から手渡されたものは、シャーペンだった。しかも……。

 

「あ、これ……結構いいやつじゃん! すごい!」

「あんた、よく手帳に書いてるし、それにほら、最近……絢辻さんの仕事、手伝っているらしいじゃない?」

「え? 棚町にそんなこと言ってたっけ?」

「ううん。けど、もう結構噂になってるわよ?」

「一体どこの誰が……」

 

 別に隠すつもりはなかったけれども、全くもってあまり目立たないだろうと思っていたのに。学校には、絶対将来週刊誌の記者になる人がいると思う。

 

「だから、何か書く仕事も多いだろうから……いいシャーペン、あったらいいでしょ? ね?」

 

 私は棚町から手渡されたシャーペンをじっと眺めて、見つめて……そして。

 

「……本気で嬉しい。私の需要にどストライクだよ、棚町」

「んふっ、あたしの目に狂いはなかった!」

「ありがとう。大切につか……ううん、めっちゃ酷使する」

「どーぞどーぞ、ご自由に何なりと! ついでに使うときはあたしの顔を思い浮かべておいてねー!」

「それは絶対に嫌です」

「ちょっと! 絶対って何よ!」

 

 何だろう。すんなり流れていくはずの誕生日が、朝からいきなり棚町のプレゼント。……もしかして、今年の誕生日は……記憶に残りそう、かも……。

 

 

 

--※--

 

 

 

 時間は流れて放課後。結局あまりイベントはなかった。でも……まあ、私はそんなに交友関係が広いわけじゃないし、当然といえば当然かな。

 

「純ちゃん、いる~?」

 

 そんな感じで思いにふけっていると、教室の外から私を呼ぶ声が。私を純ちゃんと呼ぶのは、ただ一人。

 

「いるよー、梨穂子」

 

 扉の外を見ると、にこにこしながら梨穂子が私に手を振っていた。

 

「ね、和室一緒に行こう?」

「茶道部で使うんじゃないの?」

「いいのいいの。先輩にも許可取ってるし」

「許可をきっちり取っているなんて……本当に梨穂子?」

「梨穂子だよ! 桜井梨穂子! ひどいよ!」

 

 かわいい。ほんとに元気が出る。これだから梨穂子をからかうのはやめられない。

 

「あはは、ごめんごめん。でも、ちょっと今日も用事が……」

 

 用事というのは、もちろん絢辻さんの手伝い。お昼休みの時にちょっと話して、今日も手伝うことを約束した。

 

「いいわよ、橘さん」

「……絢辻さん、いいの?」

 

 私と梨穂子の会話を聞いていたのか、横から絢辻さんが私に話しかけてきた。もちろん、周りに人がいるので虚構モード。

 

「うん。橘さんはあくまでも手伝いなんだから……それに、せっかくの友達の誘いなんだから、乗ってあげたらどうかしら?」

「……それもそうだね。ありがとう、絢辻さん」

「ううん。こちらこそ」

 

 絢辻さんの心遣いが身に染みる。それじゃあ、遠慮なく。

 

「……というわけで、用事が無くなったから一緒に行けることになりました」

「やった~! えへへ、それじゃあ行こう、純ちゃん!」

 

 梨穂子は私の手を強めにぎゅっと握って引っ張ろうとした。急だったから私は思わずちょっと抵抗する。

 

「わっ、ちょっと……もう、急がなくてもいいじゃん」

 

 でも……梨穂子といると、やっぱり楽しい。隣にいるだけで楽しい。

 

「絢辻さん、またあとで戻ってくるね」

「分かった。多分、図書室にいるかな」

「了解」

 

 

--※--

 

 

 

「お邪魔しまーす」

「お邪魔しま~す」

「梨穂子は茶道部じゃん」

「あっ、そっか。えへへ、純ちゃんにつられちゃった」

「ふふっ、梨穂子が梨穂子してる」

「なにそれ~……」

 

 小学生の時、梨穂子の家に遊びに行ったときも同じことを梨穂子はしていた。10年経っても、梨穂子は相変わらず梨穂子だった。

 

「そういえば純ちゃんがここに来るのは結構久しぶりだね」

「うん。最近はちょっと忙しかったから」

 

 実は高校に入ってから、ちょいちょい梨穂子に和室へと呼ばれている。茶道部の部員でもなく、なる気もないけれど。

 

「今日も絢辻さんの手伝いの予定だったの?」

「うん。絢辻さん、毎日たくさんの仕事をこなしてるから……」

「純ちゃんって、優しいんだね~」

「ううん、私がやりたくてやっているだけだから。優しくなんてないよ」

 

 梨穂子の混じり気のない純粋な褒め言葉に、私は何か照れくさくなって、つい理屈をこねて否定してしまう。

 

「え~、そうなのかな?」

「そうなのそうなの」

 

 そんな近況報告もしつつ、私は何故か和室にあるこたつに入る。ちなみに冷蔵庫も完備である。梨穂子曰く、先輩が学校でいらなくなった備品を借りてきているとのこと。

 

「ああああぁぁ……」

 

 こたつに入った瞬間、冷えていた下半身が天国のような温もりに包まれて、私は思わず天井を見上げ声を上げる。この時期のこたつは本当に偉大。

 

「私もは~いろ。……ふあぁ、生き返る~」

「ね、ほんと生き返る……これは帰れないや」

 

 二人でこたつの机部分? に上半身をぐでんと乗せる。梨穂子のだらしない顔が正面に来て、お互いちょっとおかしくて笑い合う。

 すごく、平和な時間。先に身体を起こしたのは梨穂子だった。

 

「それじゃあ~そろそろ、本題に入りますか」

「お?」

 

 本題というのは、もちろん……

 

「……純ちゃん、お誕生日おめでとう!」

 

 満面の笑みを浮かべて、梨穂子が私を祝ってくれた。目で梨穂子の笑顔を見て、耳で梨穂子の声を聞く。身体でこたつの温もりに包まれる。そして、心で……梨穂子の純粋なお祝いを受け取る。

 

 なんて、なんて私は幸せ者なんだろう……!

 

「梨穂子……ふふ、そうだと思っていたけど、嬉しい……!」

 

 私は思わず梨穂子の隣にこたつに入ったまま移動して、思い切り抱きしめて押し倒した。

 

「うが~! 何するの純ちゃ~ん!」

「全身を使った究極の感情表現っ! ぎゅうぅうう!!」

「も、も~!」

 

 あ、梨穂子を押し倒した、と言ってもその後何かアレとかコレとかには発展しないので。ご期待に沿うことはしないので。私は梨穂子にそういう感情を抱くことはないので。

 ……たまに胸は揉むけど。ここだけの話揉むたびに大きくなっている気がする。

 

「ふう。満足した」

「やっと解放された~……」

 

 しばし梨穂子に感情をぶつけ、私は元いた場所に戻る。

 

「こほんっ! それじゃあ、改めて……」

 

 梨穂子はスイッチを切り替える感じで一つ咳払いをして。

 

「……今日は純ちゃんのお誕生日祝い! ここでお菓子パーティーするよ~!」

 

 ……まあ、知ってた。

 

「……いつもと変わらないね?」

「ちゃ、ちゃんとプレゼントもあるから~!」

「プレゼントは何? もしかして梨穂子?」

「んなわけあるか~!」

 

 からかわれるとムキになる梨穂子かわいい。

 

「えっと~……あったあった! これ、純ちゃんにプレゼント」

 

 梨穂子が私に手渡してきたものは……

 

「……あっ、これ。私が梨穂子に渡したのとお揃いのやつだ!」

「えへへ……」

 

 『J』の文字に小さなクマが抱きついているキーホルダー。実は私、4月の梨穂子の誕生日に『R』の文字に小さなクマが座っているキーホルダーを渡していた。

 

「まさか、探してきてプレゼントしてくれるなんて……結構探すの大変だったでしょ」

「純ちゃんと一緒だと考えたら、大変でもなんでもなかったよ~」

 

 うっ……梨穂子の言葉と、行動と……あとちょっと照れが混じった嬉しそうな顔とふんわりとした声と純粋な心が……私の、心を……!

 

「梨穂子……あっ……やば……」

「純ちゃん? ……えっ!? な、なんで!?」

 

 目から勝手に、私の想いが溢れ出て……!

 

「ハンカチ! ハンカチあるから! はい!」

 

 梨穂子から、可愛らしいパステルカラーのハンカチをもらって目元に当てる。

 

「ありがと……あはは、何かあの時みたい……」

「あの時……ああ、あの時かぁ。もう今となっては懐かしいね~」

 

 

 あの時、とは。……まあ、これも誕生日の時に思い返すべき内容じゃあないと思うけど。

 確か前に、私は梨穂子がいなかったら学校に通っていなかった、みたいなことをここで伝えていた気がする。この際だから、語ってしまおう。

 

 

 あれは確か、中学1年生の時。あの時の私はやっぱり全くもって人に興味を持てず、そのせいでクラスからちょっと浮いてしまった。いじめには遭っていないけれど、それでも何となく居づらい雰囲気というのはあって……まあ、行きづらくなってしまった。

 

 一応梨穂子は同じクラスだった。同じクラスだったんだけど……私が一方的に梨穂子を遠ざけてしまってた。何だろう、幼馴染への反抗期、みたいな。私はもう、梨穂子なんていらないんだ、一人でこれからずっと生きていくんだ! みたいな。

 そんな私を梨穂子は受け入れて、私とちょっと離れた距離に常にいた感じ。

 

 で……ある日。ずっと一人で生きていく! って意気込んでながら、私はクラスで孤立していることにちょっと耐えきれなくなって。学級活動の時間のレクリエーションの時に、参加しない! って言ってカッコつけて教室から飛び出したことがあって。

 そこに来てくれたのが、梨穂子だった。当然、私は冷たくあしらおうとしたんだけど……梨穂子はいきなり、私を優しく抱きしめて。

 

『純ちゃんは、一人じゃないよ。辛かったりしたら、私に甘えてもいいんだよ』

 

 表面上では私はすごく嫌がった。嫌がってたんだけど……それと裏腹に、勝手に、涙が出てきちゃって。私でも気づけなかった、『寂しい』って本心を梨穂子が見つけてくれて。

 

 あれ以来私は、自分優先主義は変わらずとも、カッコつけて一人で生きる! なんて思わなくなって。多分、その時梨穂子がいなかったら、私は不登校になっていたことも十分ありえた。

 

 そして……梨穂子に依存みたいなものをするようになった。高校生になって周りが少しは見えるようになってから、だいぶ軽くはなったのだけど。

 

 

「……梨穂子」

「なぁに、純ちゃん」

「大好き」

「えへへ、私も」

 

 でも……多分これからも、梨穂子と私はずっと繋がっていると思う。

 

 

 

--※--

 

 

 

 梨穂子とのお誕生日お菓子パーティーを終えて、私は絢辻さんが仕事をしているという図書室に向かう。

 夕日が差し込んでオレンジ色に照らされている図書室には、人影が一つだけ見えた。当然、絢辻さんだ。

 

「絢辻さん、お待たせ」

「橘さん。どうだった、友達とのお茶会は」

 

 絢辻さんはあらかた仕事を片付けてしまったようで、一人で自習をしている最中だった。

 

「久しぶりなのもあるけど、すっごく楽しかった」

「ふふっ。何だか、心から楽しかったって顔してるわよ?」

「えっ、そ、そう? ちょっと恥ずかしいんだけど」

「あたしは全部お見通しなの」

 

 絢辻さんは得意げに笑う。2人きりの空間だから、多分、本当の絢辻さんで私に接していると思う。声のトーンもちょっと低いし。

 

「で……絢辻さん、一応聞くけど……仕事、全部終わってる?」

「ええ。あなたが楽しんでいる間、あたしは一生懸命働いて……」

「うっ……」

「冗談よ。今日は珍しく実行委員の仕事がなかったから、量もすごく少なかったわ。あたし一人でもあっという間に終わっちゃった」

 

 絢辻さんはこういう意地悪をしてくる。何だろう、表モードでもそういう感じの意地悪するし、裏なら尚更だし。元々絢辻さんは人をいじるのが好きなタイプなんだろう。

 

「あはは、そっか。……で、私を待ってくれてたの?」

「それも半分だし、単に家に帰りたくないっていうのも半分」

「あ、なるほどね……」

 

 家に帰りたくない、というワードに私は引っかかった。

 けれど、ここは察して引いておくべき場面だと思う。そういうのは多分、言いたい時に言ってくれるはず。絢辻さんのようなタイプなら、尚更。

 

「橘さん、今日誕生日だったんでしょ?」

「えっ?」

 

 突然、絢辻さんからこのワードが出てくるとは思わなかった。私は驚いてしまう。

 

「何で知ってるの? 確か、絢辻さんには伝えてないはず……」

「勘よ。たかが365分の1でしょ?」

「たかがのレベルじゃないって……」

 

 絢辻さんはところどころ冗談なのか冗談じゃないのか分からない部分がある。というか、絢辻さんなら割と365分の1を勘で当ててきそうなのが怖い。

 

「だから……はい、これ。いつも手伝ってもらっているお礼も兼ねて、あなたへの誕生日プレゼント」

「え……?」

「聞こえなかったのかしら? 誕生日プレゼント、よ」

 

 絢辻さんからプレゼント……!? 本日最大のサプライズが、私を襲う。私は見事にそのサプライズに飲み込まれて、身体も思考もフリーズしてしまった。

 

「……何よ? そんなに意外?」

「意外すぎるって。絢辻さん、そういうイメージないから……」

 

 だって。だって……まさか、あの絢辻さんからプレゼントをもらうなんて、誰も考えられないでしょ。

 

「……あたしも、正直こういうことするのあたしのキャラじゃないなって思ったわ。けれど、橘さんにはお世話になっているし、それに……橘さんを手放したくないから」

「手放す……?」

 

 絢辻さんは、時折意味深だったりする。私は……別に、プレゼントをもらえなかった程度で、絢辻さんへの興味を失うわけないけれど……。

 

「……深く考えなくてもいいわ。とにかく、そういうこと」

 

 絢辻さんは若干照れ隠し気味に言った。誕生日の日に深く考え込んで難しい顔して帰るのは当然嫌なので、ここは絢辻さんの言うことにしたがっておく。

 細かいことは気にするな、ってこと。で、手渡されたプレゼントなんだけど……

 

「これって……え? 数学の参考書……?」

 

 私でも分かる。およそ、誕生日にもらうものではない気がする。一応レベルは私に合わせてもらっているみたいだ。

 

「あたし、こうして人に物を選んであげるなんて初めてだから。……変、かもしれないけれど」

 

 まあ、絢辻さんだもの。単に誕生日プレゼントと言ったら変かもしれないけど、絢辻さんのって接頭語がつくと途端に納得してしまう。

 

「ちょっと中身見てもいい?」

「あっ、それはダメ」

「えっ?」

 

 すると、絢辻さんは私が持っている手渡されたばかりの参考書を取り上げて。

 

「ダメったらダメなの!」

 

 ……何か、これも照れ隠しな感じがする。頬、ちょっと赤いし。

 

「もう……取り上げなくても勝手に見ないのに」

「……家に帰ってからにして」

 

 この一言で、何となく私は察してしまった。これはただの参考書じゃないってことを。

 

「……分かった。期待してる」

 

 そう思うと、嫌いな参考書のはずなのに何だか嬉しくなってしまって。勝手に口角が上がってしまう。

 

「でも……橘さんはこれで良かったのかしら。不安なのよね、ちょっと……」

 

 絢辻さんも、やっぱり不安なものは不安なようだった。私は絢辻さんから再度参考書を受け取って、前に言われた言葉を思い出す。

 

「……こういうのは、気持ちが大事なんだって。絢辻さん、言ってたよね」

 

 プレゼントは、価値より、物の種類よりも、気持ち。私が絢辻さんのお見舞いの時に、チョコチップクッキーを手渡した時に言われたこと。

 よく考えてみると、絢辻さんがこういう考えを持っているということは中々意外なことではないのだろうか。

 

「あんた、ほんとあたしの言葉覚えているわよね」

「だって、印象に残ったから」

「そ、そうかしら?」

「そのとおりだよ。それに、何だかこの言葉……この後、すごく大切になっていくと思うから」

 

 この後、というのは……1日後かもしれないし、10年後かもしれない。

 

「根拠のない推測を立てるのね」

「勘ってやつだよ。絢辻さんだって勘で私の誕生日当てたんでしょ?」

「あなたの勘とあたしの勘は質が違うの」

「何それ」

 

 ちょっと絢辻さんの言葉がおかしくって思わず笑ってしまう。釣られるように、絢辻さんも笑う。二人で笑い合う、ただそれだけなのに心の中が柔らかい光で満たされる。

 

「……ありがとう、絢辻さん。テスト前とかに大切に使わせてもらうね」

「テスト前限定?」

「じゃあ、今日帰ったら!」

「ふふっ。よろしい」

 

 私は絢辻さんからもらった参考書をカバンにしまった。何となく、本当に何となくなんだけど……参考書に、絢辻さんの気持ちが入っていて、ちょっと重いような……そんな、何か幻想みたいな感覚があった。

 

 

 

--※--

 

 

 

 夜。私はかつてない充実感を、自室で感じていた。

 

 今日はなんと、棚町、梨穂子、絢辻さんの3人からそれぞれ心のこもった誕生日プレゼントをもらった。梨穂子の『J』にクマが抱きついているキーホルダーを眺めつつ、棚町からもらったいいシャーペンを持って、絢辻さんからもらった参考書を開く。

 

「あ……」

 

 ただの参考書じゃないってことは分かっていた。けれど……。

 

「人の誕生日プレゼントに、ここまでする……?」

 

 棚町も、さすがの梨穂子も、絢辻さんのプレゼントには敵わないだろう。なぜなら手渡された参考書は、なんと絢辻さん直筆の解説入りだったからだ。

 

「これ、全部私のため……うん、そうだ。私が出来ているところはそんなに解説入ってないし、出来てないところはすごく親切に解説書かれているし」

 

 というか、私の苦手を一体どこから知ったんだ? それくらい、絢辻さんの解説量の差は的確だった。嬉しいけれど、ちょっと怖い。

 

「……これ、私は絢辻さんにどんなプレゼント渡せばいいんだろう」

 

 これに釣り合う誕生日プレゼントは中々ない。すごく嬉しいけれど、絢辻さんの誕生日のときに私がそれに見合うプレゼントをちゃんと返せるか、私はちょっと心配になってきた。

 

 それにしても。

 

「私って……愛されてるよね」

 

 交友関係狭いし、絢辻さんと一緒に仕事する前はそんなに人付き合い良くなかった私。そんな私なのに、3人から心のこもった誕生日プレゼントをしっかりもらえて。

 

 ……本当に私は、幸せ者だ。大切にしないとな。

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