絢辻さんの仕事を手伝う日が続いた。手伝う日が続いて、私は――。
私は1年生2人の用事を聞いていた。
「あ、あのっ! その……えっと……」
「ゆっくりでいいから、話してみて」
「
「い、いいの
「特訓中かあ、なるほど?」
気弱そうなツインテールの女の子と、ボーイッシュなショートヘアのちょっと日焼けした女子。どうやら気弱そうな女の子は、引っ込み思案を治すために友人の協力を得て奮闘しているらしい。
「そ、それで! あの、創設祭で、私達のクラスは劇をやるんです! それで……その練習に、えっと、えっと……」
「体育館だよ、中多さん」
「そう、それです! 体育館、貸してほしいんです!」
劇、か。……多分、それも引っ込み思案を治すため?
「ふーむ、体育館ねえ……放課後は間違いなくどこかの部活が使っているから、ダメね」
「そんなぁ……」
「あ、でもお昼休みならまず大丈夫。あと……無理言って日曜に借りるなんてことも出来なくはないかも」
「え、そうなんですか?」
「普通は無理なんだけど、時期が時期だしね。特例で行けると思う。私に任せておいて」
「あ……ありがとうございます!」
何で私がそういう仕事が出来るかって? まあ、絢辻さんの隣にいれば覚えるんだって。
「じゃあ、一応代表者2名ということで、名前教えてもらえないかな」
「あっ、はい! えっと……1-B、中多
「同じく、
「了解。それじゃあ、名前だけ担当の先生に伝えておくね。日曜に借りるとなったら色々またクラスの方で相談とか必要になると思うから、予約はまだしないでおく」
「ありがとうございます、先輩。……ところで、先輩はどのクラスにいるんですか?」
「2-A。あ、名前教えないと呼び出せないよね。私は橘純奈」
「え、橘ということは……」
……美也の友人だったりする? まあ、まだ彼女は苦手なんだけど……嫌な顔するのをぐっとこらえておこう。
「あ、そっか。1-Bということは美也のクラスメイトか。妹の美也がお世話になっております」
「かっこいい……素敵なお姉さんですね」
「そ、そう?」
「……中多さん、もしかして一目惚れ?」
「あ、逢ちゃん!?」
――というわけで。私は気づけば創設祭実行委員にもなっていた。別に立候補とかではなく、ある日先生が提案して流されてなってしまったのだけど。
そのため、私が絢辻さんの仕事だけを手伝うということはなくなり、創設祭全体の準備を表立ってすることになった。
『全ての人に、等しく幸せを』
絢辻さんの手帳に書いてあった文字を噛み締めながら、私は自分の時間を削って準備をする。
本格的に創設祭に関わるようになると、仕事の内容も量も大変になってくる。ついでに創設祭に出し物を出す生徒から困ったらとりあえずなんか聞かれるのでそれも大変。
ただ、絢辻さんの手伝いの経験値があるせいか、全くの未経験でやっている周りの人よりかはだいぶ要領がいい気がする。自分で言うのもあれだけど。
朝早くに学校に行き、出来る範囲の創設祭の準備を進める。授業を受け、昼休みも時間があれば準備。そして授業を受けて、放課後は準備に手続きに奔走。他の生徒が帰った後もだいたい絢辻さんは残っているので、その仕事も手伝う。
帰る時間は毎日7時過ぎ。一日が飛ぶように過ぎていく。こんな生活をしていてよく持ってるな、と私ながらにして思う。同時に、ほぼほぼ1年こんな生活を続けている絢辻さんの化け物ぶりを改めて認識する。
「まさか、あんたが実行委員になるなんてねー……一番ありえないと思っていたんだけど」
なんか協力してくれてる棚町と一緒に、看板のペンキを塗る作業。もじゃ天パは作業に邪魔なのだろうか、ちゃんと後ろに髪を縛っている。
「私にしては珍しく流されちゃった、って感じ」
「あんた、結構流されやすいタイプだと思うんだけど?」
「……そう見える?」
「そう見える」
ちらりと向こうの様子を見やる。棚町のペンキ塗りが妙に綺麗でなんかムカつく。
「たとえばどんなところが」
「んー……雰囲気」
「雰囲気!?」
「うん。橘なら大丈夫でしょ、みたいな感じする」
「舐められてるってこと!?」
「ざっつらいと」
ざっつらいと。じゃないっての……。
「なんか悔しいんだけど」
「まあまあ。でも、最近のあんた、雰囲気変わってきた気がする」
「ほんと?」
「ええ。なんというか、人当たりよくなったよね」
「そう? 私はただ、普通にしているだけなんだけど」
「普通、ねえ……」
棚町が作業を止めてじわりとにじり寄る。そして、私の顔をじーっと食い入るように。
「……棚町さん?」
「……」
「おい」
「……」
離れないので、すっ……とデコピンの構え。
「わかった、わかったから」
「……で? 何がわかったの?」
「ふーむ。……何もわかんない」
「……」
まあ、確かに……前の私なら、こういうことに関わるなんて絶対にありえなかったし、関わっている人を軽蔑していたと思う。
でも、今の私は……こういう仕事が好きにはなれないけれど、大嫌いというわけではない位には思える。
果たして、絢辻さんに接近して良かったのか、それとも悪かったのか。自分の時間を人に捧げることが私にとって正しいのか、正しくないのか。
答えは、分からないまま。絢辻さんに近づかなくても私には梨穂子や棚町がいたし、自分の時間を最優先にして生きることを続けていれば当然そういうことだけで得られる経験もある。
というか絢辻さんに関わらなきゃ死ぬわけでもないし、むしろ関わったからこそ死ぬということも……なくはない。多分ないけど。
まあ、だから……他人から見れば絢辻さんに出会って正解みたいなことを言われるだろうけど、私的にはそんなの分からない。
というか事情を全く知らない他人が私の主観を無視してあーだこーだ言うなって話なんだけど。
……で、実際そういう現象は起こってしまうわけで。
「は?」
初めて高橋先生からそれを聞いた時、私は意味が分からなさすぎて面食らった。
「ツリーを中止にしろって……一体なんでですか?」
他の実行委員の男子生徒が、あからさまに不満そうに聞き返す。
創設祭の目玉である、巨大なクリスマスツリー。毎年、創設祭実行委員が中心となって、生徒がデザインや発注から飾り付けを行っており、当然今年も同じように生徒のみで行なわれる予定だった。いわば、輝日東高校の伝統のようなもの。
それが、突然の中止通告。昔の私なら仕事が減ってラッキー、みたいなことを思っていただろう。
しかし、今の私はそんなこと言われたら黙っていられるはずがない。
「何でも向こうは、例年より作業が遅れているのが気になっているらしいのよ。だから……生徒ではなく、市が仕事を肩代わりすると」
「そんなのって……何も分かってない!」
「……そうね。向こうはこちらのことを何も分かってないのよ」
突っかかる女子生徒をなだめるように、高橋先生は言った。……しかし、私には高橋先生がなんとか感情を押し殺しているようにも見えた。
「予定より発注が遅れている理由はちゃんとしているのよね? 絢辻さん」
「はい。委員全員で話し合って、オーナメントをしっかりと選んだためです。なので、少し発注が遅れてはいますが……それも織り込み済みで、飾り付けは十分に間に合うはずです」
表の顔の絢辻さんが、深刻そうな顔をしながらもしっかりと理由を説明する。
ちなみに、委員になった私もその話し合いに参加していて……というか、委員になって初めての仕事がそれだったっけ。ツリーのデザインを決める議論はかなり白熱して、3日かかってようやく案がまとまったのを覚えている。
そして、ツリーの材料の発注にも私は関わった。まあ、それは絢辻さんがやってたから手伝っただけなんだけど……予定より遅れはしたけれど、十分巻き返せるってその時の絢辻さんが自信ありげに言っていた。
「ええ。確かに先方にも絢辻さんの言っている通りに伝えたわ。絢辻さんが作ったスケジュールもFAXで送った。……けれど、『ツリーの仕事を肩代わりさせろ』の一点張りで」
「どうしてですか!」
「そんなの私が聞きたいくらいよ。……ごめんなさい、あなた達を守れなくて」
生徒の声に、悔しさをにじませる高橋先生。私はそんな先生の顔を初めて見た。誰もが言葉を失い、失意の沈黙が場を支配した。
しかし。それを、切り裂いたのは……やはり。
「……先生」
絢辻さんだ。絢辻さんが意を決したかのように、声を発した。
「……何かしら?」
「市の担当の方と、直接お話させていただけませんか?」
どんよりとした空気が一転したのを私ははっきりと感じた。
絢辻さんが、動く。それだけでどんなに心強いか。
「私達としてはあまりにも納得が行きません。創設祭は代々、生徒主体で行なわれてきたはずです。ですから……生徒の代表として、しっかり納得が出来るような話を先方としたいです」
絢辻さんは強く言い切った。優等生にしては、少しギリギリのラインを攻めているような行動。
虚構の絢辻詞だとしても、決して、全てを受け入れる大人しい優等生ではないのだ。
「……分かったわ。他のみんなも、異論はないわね?」
みんながみんな、絢辻さんを信用している。もちろん、私もその一人。確かに苦手ではあるけれど、絢辻さんの実力は、多分私が一番知っている。
「では、学校の方で交渉をしておくわ。出来るだけ早く予定を組むようにするから……絢辻さん、頼んだわよ」
「はい。期待に応えてみせます」
絢辻さんはそう言うと、私にだけに仮面の下の素顔をちらりと見せた。
……一体、絢辻さんは何をしでかすのだろうか。楽しみと、不安と、半々だ。