絢辻さんと、私と、『証明』と   作:#NkY

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嘘を割り、真実を並べる

 クリスマスツリー中止の通告を受けた翌日。

 

「橘さん。……ちょっと、いい?」

 

 休み時間、私はクラスの女子に呼び止められた。

 創設祭実行委員になってからというもの、クラスの人に創設祭関連の頼まれごとをされることが増えた。……といっても、詞が教室にいないときに限るが。

 

 多分、今回もそうなんだろう。極力自分の時間を確保したい私だが、実行委員になったからにはその責任というものをしっかりと負わなければならない。

 じゃないと、実行委員全体の評価が落ち……結局の所、詞にも迷惑がかかる。

 

 ……しかし、これは頼み事という雰囲気じゃない気がしてきた。嫌な予感がする。

 

「……なるべく、手短にお願い」

 

 少し、牽制を入れておこう。無意味かもしれないけれど。

 

「さっき、クリスマスツリーが中止になった、なんて話を聞いたんだけど」

 

 嫌な予感というものは、なぜか当たるものだ。おまけに、いつの間にか私の机に女子が3人集まって囲んでいる。

 

「……なんで、私に聞く?」

「だってあなた創設祭の実行委員でしょ? それに……」

 

 女子の一人が、他の女子にちらりと目を見やる。……私は確かに、その子の表情が意地汚い笑みに変わったのが見えた。

 

 

「それに、ツリーが中止なったのってあなたのせいらしいじゃない」

 

 

 私は言葉を失った。……何で、こんな話になっている?

 

 

「……無言ってことは、図星のようね」

「違う」

 

「嘘をついても無駄よ」

「慣れないことをするから、こうなるのよ」

「違うから」

 

「どうせ、内申目的なんでしょ?」

「違う!!」

 

 私は机を両手で思い切りぶっ叩いて立ち上がる。勢い余って後ろに倒れる。休み時間のクラスの喧騒が一気に静まり、私達が注目される。

 

「……何がどう転がってこういう話になっているか分からないけれど、全部違うから」

 

「でも、クリスマスツリーは中止になるんでしょ? ねえ、山崎さん」

「そうよ。私、見たもん」

「え、どこで見たの?」

「偶然、通りかかったの。高橋先生が実行委員を集めて、ツリーを中止にするって言っていたところを」

「なるほどー。山崎さんが言うなら、ホントのことだよね」

 

 ごちゃごちゃ下手な演技打って、私はますます苛立ってくる。

 

「で、高橋先生が言うには、ツリーの予定が遅れてるからみたい」

「へー、そうなんだ。……じゃあ、遅れさせた人が悪いってことだよね」

「そうそう。で、その犯人はというと……そういう仕事に慣れてない人、ってことかな」

「あ、私知ってる。つい最近、見栄張って委員に入った人がいるんだよ」

「ああ、そういえばウチのクラスにそんなのいたね。えっと、誰だっけ……?」

「普段目立たないから名前忘れちゃうよね。私知ってるよ、橘純奈って人」

「あ、思い出した思い出した! いつもいつも手帳に何か書いてる、気味悪い人?」

 

「……いい加減にして」

 

 悪質すぎる。手が出そうになる。けれど、ここで手を出したら……間違いなく、一方的に私が悪人になる。彼女たちは、おそらくそういう責任転嫁に長けているから。

 もし暴力などで私が騒ぎを大きくするようなことがあれば、それこそ取り返しのつかないことになる。絢辻さんの話し合いの機会が設けられる前に、本当にツリーが中止になるかもしれない。

 ……こういう考え方が出来るあたり、私はまだ冷静だった。

 

「それにしても、周りによく見られたいって立候補したのに、その結果こうやって大惨事を招いてるなんて」

「ほんと、笑えちゃうし。それに、伝統をこんな形で壊しちゃうなんて」

「許せないよね、全く。先生も先生で分かってたはずなのに、なんでこういう自己中な人を実行委員にしたんだろう」

「うんうん」

 

 じゃあ、私はどうすればいい? 何も行動せずに、この悪評を受け入れるだけ?

 私が悪人になれば、創設祭は成功する?

 

 ……そんなこと、ありえない。

 

 じゃあ、どうやって反論する? こいつらを黙らせるだけのカードは、私は持っている?

 

 ……多分、ない。実物以外、こいつらは多分信用しない。

 

 つまり、この勝負は私では絶対に勝てない。私は悟った。

 

 しかし……何も行動を起こさずに、負けを認めることだけはしてはいけない。一番こいつらが喜ぶのは、私が悪人のレッテルを受け入れること。だから……休み時間が終わるまで、のらりくらりとかわし続ける他、道はない。

 

「あのさ、あんた達はその話をどこで考えてきたの?」

「は? 考えてきた? 何言ってんの?」

「これは山崎さんが実際に見た話だから。ねー、山崎さん」

「通りかかりだけど、確かにこの目で、この耳でちゃんと現場を見たから」

 

 まるで効いてない。……でも、時間は稼げている。

 

「そう。でも、あんた達は実行委員じゃないでしょ?」

「ええ。だから実行委員じゃない私達が、実行委員になったどこかの誰かさんの不甲斐なさを注意してあげているの」

 

 事情も知らないのにあーだこーだ言うな、って言いたかったけれど、上手く話題をすり替えられた。

 

「実行委員同士だと、どうしてもそういうのって情が入って甘くなるからね」

「そうそう。クラスのみんなにも、分かって欲しいなー」

 

 ……しんと静まり返るクラス。これは多分、どう反応していいか分からないだけ。本心から私を悪く思っている人は、この3人含めても誰もいないんじゃないか?

 

「ね? みんな、ショックで何も言えないみたい」

 

 何が『ね?』だよ。困惑してるだけだよ。

 

「まさか、こんな最低最悪の人間がこのクラスにいただなんてね」

「びっくりだよ。あーあ、なんで一緒のクラスになっちゃったかなー」

「ねえねえ。いい考えがあるんだけど」

「え? なになに?」

 

 ……これ以上暴走させると相当まずいことになりそう。何か、手段は――。

 

「このクラスから、その最低最悪の人間って人をさ、追い出せばいいんじゃないかな」

 

 手段は――。

 

「あ、それいいかも。もしその人が実行委員からいなくなって、仕事がスムーズに行くようになったら……クリスマスツリーの中止が撤回されるかも!」

「そうしたら私達、正義の味方! って感じだよね」

 

 手段は――!

 

「というわけで。みんな、協力して橘さんを――」

「あら、何の話をしているのかしら?」

 

 

 女子3人の後ろから降りかかる声。はっとして、3人が振り返ると……。

 

「絢辻さん!? 先生の手伝いに行っていたはずなのに……!」

「手伝いの途中に『偶然』通りかかっただけよ。そうしたら、教室の様子が変だったから覗きに来たのよ」

「詞……」

 

 私は心底、救われた。まだ私の悪評が晴れたわけではないのに、もう大丈夫なんて思ってしまう。

 

「……で? もしかして、私に聞かれるとまずい話だったりする?」

「……そ、そうよ絢辻さん! クリスマスツリー、橘さんのせいで中止になるんでしょ!?」

「橘さんのせいでスケジュールが遅れたって……!」

 

 

 その瞬間。私は、感じた。この感覚は……間違いない、あの、神社の時と同じような。

 

 

「……っ」

 

「詞、ちょっと待って……!」

 

 私は思わず制止する。けれど、詞の虚像の崩壊は急速に進んでいく。

 

「あはは……」

「……絢辻さん?」

「な、何がおかしいのよ」

 

 ふらり、またふらりと、詞の身体が揺れて……仮面が、剥がれていく。

 

「落ち着いて詞、もっと上手いやり方がいくらでもあるはず……!」

 

 しかし、頑固な詞に、私の言葉は届くはずがなく。

 

 

「あはははははっ……!」

 

 

 詞の虚像は、高笑いと共に完全に崩壊した。

 

「ちょ、ちょっと……絢辻さんが、変になった……」

「……逃げる?」

「今更逃げられないから、馬鹿……!」

「そうよ。もう、あたしからは逃げられない」

 

 完全に仮面を割り尽くした詞は、教室中をかつてない威圧感で覆う。もはや誰も止められないどころか、一言すら……いや、一つの物音すら立てることが出来なかった。

 

「にしても、真実を知らないで正義の味方ぶるというのは……本当に哀れね」

「な……何よ。何が哀れなの」

「これからあなた達は正義の味方から、ただの道化に成り下がるのよ。この、創設祭実行委員長……絢辻詞の手によって」

 

 私はこんな人と一緒にいたんだ……やはり、相当危険な人であったことを再認識しつつ、逆にこの人を味方につけることが出来た幸運にも私は感謝した。

 

「……っ」

「悔しいかしら。見たところ、純奈と親しそうなあたしと棚町さんが教室からいなくなったところを狙っていたみたいだけれど……残念だったわね」

「う、うるさい!」

「負け犬の遠吠えね。あーあ、哀しい哀しい。あまりにも哀れで笑えてきちゃう。……まあ、あたしに哀れなあなた達を笑ってあげるような優しさなんて、どこにもないのだけど」

 

 私を取り囲んだ女子3人は完全に硬直して、動かない。逃げることすら、詞のオーラは許さなかった。

 

「では。あなた達がいかに見当違いな思い込みをしていたか、このあたしが直々に教えてあげるわ」

 

 そう言うと、どこから取り出したのか……詞は、話し合いのときに書紀が使っていたノートを見せつける。

 

「まず、ツリーの予定が遅れた理由から。遅れた理由はね、実行委員の間でデザインの議論がかなり白熱したのよ。で、その時の記録がこれ」

 

 そのノートには、実行委員の間から出てきた意見や、ツリーのデザイン原案。費用や期間、必要な人手などなど……それらの要素がぎっしりと、十数ページ以上にも渡って書かれていた。

 

「で、見て分かる通り、『橘』と書かれた意見もそれなりにあるの。つまり、純奈は内申の打算なんかで立候補し、適当に仕事をしているなんて噂はデマなのよ」

「で、でも! そのノートが造り物だって可能性も……!」

「へえ。まだ、抵抗するんだ? まだ、自分たちの名誉が大事?」

「っ……!」

「ちょっと、何やってるのよ磯前!」

 

 3人のチームワークにも、どうやらヒビが入ってきたらしい。詞はそんな3人の様子に全く気に留めずに、ただ事実を並べるだけという攻撃の手を緩めない。

 

「何なら、このノートを持って高橋先生に聞いたらどうかしら。校長先生でもいいわ。……このノートの最後のページに、校長先生の確認のハンコが押されているのだけどね」

 

 完全勝利とは、このことを言うのだろう。もはや3人組が反論すればするほど、傷が広がっていくだけ。

 

「……で、でも。確かに聞いたわよ。クリスマスツリーが中止になるってことは」

「いいえ、中止にはなりません」

「でも! 私は確かに通りかかって……!」

「……通りかかった友達から聞いた、の間違いじゃないかしら?」

「っ……!」

 

 山崎さんが、膝からがくりと崩れ落ちる。他の2人は、そんな山崎さんを庇おうともしなかった。

 

「あら、図星かしら。……まあ、別に本当に通りかかったとしても、中止にはならないわ。あくまでも生徒の仕事を市が肩代わりするだけの話で、創設祭当日にはちゃんとクリスマスツリーは建つわ」

 

 ここで、クリスマスツリーは生徒が作ると言わずに、しっかりと事実を述べる辺りが抜かりないところだった。

 

「で、その市の肩代わりもまだ確定したことではないの。この後市としっかり話し合って、それで初めてツリーがどうなるかというのが分かるわ。もちろん、あたしはクリスマスツリーを従来通り生徒が作れるよう、努力するけれど」

 

 ……完璧だった。3人側に唯一残っていた対抗のカードすら、詞は真っ向から潰した。

 

「……何か言いたいことは?」

 

 3人はうつむいて、一口も発さない。ただ、肩を震わせているだけ。

 

 そして、授業開始を知らせるチャイムが鳴った。

 

「はい、時間切れ。授業が始まるから、席につきましょ?」

 

 詞はそう言うと、何事もなかったかのように自分の席に戻っていった。

 

「……ごめんなさい」

 

 そう、一人が謝って席に戻ると、残された2人もとぼとぼと自分の席に戻る。

 

 私は結局、途中に割って入ることを許されずに一部始終を眺め続ける他なかった。教室の静寂は未だ続き、やはり物音一つ発することも許されないような……そんな空気が流れ続けていた。

 

 

 にしても、詞はこれで本当に良かったのだろうか……? 詞のことだから、何か考えはあると思うけれど……いや、詞だからこそ、感情的になって後先考えてないなんてこともあるのかもしれないけれど。

 

 まあ、詞なら上手くやれるか。私はそんなことを思い、なんとか納得させながら、次の時間の準備を急いで行った。

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