詞が私を守るために、たかってきた女子3人をコテンパンに論破した、その日の放課後。
あれ以来、詞の周りに誰も寄り付かなくなった。もし私が詞と親しくないならば、私もきっと同じことをしていると思う。
とはいえ……詞はどうやら本当に、クラスメイトとは表面上の付き合いしかしてない、もしくはされてないらしかった。みんながみんな、露骨に詞を避けていたから……。
それでもって、実は私も詞に話しかけづらかった。みんな露骨に詞を避けるものだから、私が詞に話しかけると私もどういう目で見られるのかが怖かった。
それに……何となく、話しかけると『来ないで』と拒絶されそうな、そういう幻覚すら見えていた。やっぱり、あの詞は苦手なままだ。
で、その日の私はというと……詞が市の担当と話し合いをするとのことで、詞直々に委員長代理の役を任されてしまっていた。
当然私はこういう上に立って物事全体を見る立場に立ったことはない。それに私は、今まで自分優先主義的な考えを持っていたから、他人をしっかり見るなんてことはほとんどなかった。
そんな私が、一時的とはいえ委員長代理を任される。詞のようにうまくいくはずもなく、私は大苦戦した。
しかし、見かねた他の実行委員の子が私を助けてくれたりして、結果から言えば何とかはなった。なったが……。
「今日一日しか、これ持たないな……」
慣れないことをしすぎて、まるで3日分の仕事の疲れがぎゅっと濃縮されて私の身体を攻め立てるような……そんな辛さを感じていた。
それに、詞より遥かに手際が悪くって……ちょっと申し訳ない気持ちにもなってて、気持ちも沈み気味だったり。
『あなたにちょっとだけ、迷惑かけるかもしれないけれど』
あの時神社で言っていたことって、こういうことなのだろうか?
ちょっとどころじゃない迷惑だったってあとで……いや、まずはあの時の感謝をするのが先だよね。
「……純奈、お疲れ様」
私が最後の委員の子の仕事が終わって、その子が帰るのを見届けると同時だった。市の担当との話し合いを終えた詞が、教室に入ってきた。
その表情は、すごく清々しいように思えた。やりきったのだろう、そう感じた。でも……市の担当との話し合いの結果を聞くよりも、まずは感謝をするべきかな。
「詞もお疲れ。えっと、すごく言うの遅れちゃったけれど……あのときは、ありがとう」
「あのとき? ああ……ううん、いいの。あたしがそうしたかっただけだから」
「そうしたかっただけ?」
「ええ。そうしないと、あたしの中だと満足出来なかったのよ」
多分、もっと平和的に解決する方法はいくらでもあったし、詞も当然知っているはず。けれど、詞は優等生のポジションを捨ててまで徹底的に論破する方法を取った。優等生のポジションを捨てるということは、当然詞にとってデメリットでしかない。
でも、詞はあえてそれを選んだんだ。……私のため、だけに。
「そっか……私、今すごく嬉しいかも」
「あたしの自己満足でやった行動なのに?」
「詞の自己満足だからこそ、だよ」
詞にとっての自己満足の対象が、私に向いているというだけで……私は、嬉しいんだ。
……詞の性格は確かに苦手なんだけど、詞という人間自体に私はもうべた惚れなのかもしれない。
「……純奈って、やっぱり変」
「詞も変だって」
「ふふっ、言われてみれば……あたし以上の変人、中々見つからないわよね」
「うん。一生かけても、詞より変な人は見つからないと思う」
「ちょっと、それは酷くないかしら?」
「あはは……ごめんごめん……」
詞に対してこういう冗談を面と向かって言えるの、もはや私だけなんじゃないかな。
私の心の中にある形のない強固な何かが、詞の心をしっかりと繋ぎ止めて離さない。……詞と2人きりでいる時、私はそんな感じがしている。
「それで、話し合いはどうだった?」
「ええ。おかげさまで、手応えアリね」
「おかげさま?」
引っかかる言い方をする詞。おかげさま、って?
「実はアレ、結構いい練習台になったのよね。あたしはこういうこと何回かしてきたけれど、今回はあたしだけの問題じゃなくて学校全体の問題だったから……不安がなかったわけじゃないの」
こういうことを何回かしてきたって……つくづく詞の過去が気になる。でも、本人からは直接聞けるわけがない。きっと壮絶だろうから。
「そ、そうなんだ」
「だから、アレでちょっと肩慣らし出来て。……純奈には悪い言い方かもしれないけれど」
「ううん、気にしてないし、それに……本当に悪いのはあの3人だし」
「ええ、その通りね」
詞は一つ息をつき、椅子を適当に出して座った。私は詞の前ではなく、隣に座る。だって、隣の方が距離が近いから。
「にしても、やっぱりあたしの思ったとおり。本当に意地汚い人だったわ」
「え? つまり私達からツリーを取り上げた本当の目的って……」
「権力の誇示よ、結局。市が協賛していることをアピールする目的で、ツリーの企画を市の主導にし、あたし達には出来ないクオリティでツリーの飾り付けを行う予定だったらしいわ」
「そ、そうだったんだ……」
私が詞が過労で倒れたときに、お見舞いに行った時を思い出す。あの時梨穂子と選んだチョコチップクッキーを渡したときに、こういうものはお金とかじゃなくて気持ちだって、詞は言ってくれていた。
まさかその逆の具体例を目の当たりにするなんて、夢にも思わなかったけど。
「まあ、欲に駆られた人間は動かしやすいから、嵌めるのは楽だったのだけれど」
「な、何したの……?」
「それは……純奈には、こっそり教えてあげるわ」
詞は隣に座っていた私に耳打ちして、その手法を教えてくれた。……非常に鮮やかで、そして非常に恐ろしく思った。
しかも、こんなことまでやってのけるなんて……つくづく、この人は化け物だ。
「……やっぱり、詞は化け物だよ。ツリーの件を生徒主導に戻すだけじゃなく、担当の汚職まで暴くなんて」
「その人についてちょっと調べたら、大当たりを引いてしまってね。せっかくだから、正真正銘の正義の味方にもなってあげようかなって思って」
「あはは……な、なるほど……」
正義の味方になるというのは、多分あの時の3人を皮肉って言っているんだろう。私は乾いた笑いを返すのが精一杯だった。
本当に、詞が私の味方で良かった。
「でもね、全部が全部上手くいったわけではないの。不本意だけどね」
「え……?」
詞は、少し寂しそうな笑みを浮かべた。日没寸前の日の光が詞の顔を浮かび上がらせる。私はそれが綺麗だと思ったけれど、同時に……何か、物悲しさを感じてしまった。
詞の唇が、小さく動く。
「あたし、委員長解任されちゃった」
「え!? 何で……!?」
もはや詞以外考えられないと思っていた創設祭実行委員長の、突然の解任。詞はちょっと笑って言っていたけれど、私が驚かないはずがない。
「ツリーの件を生徒主導に戻す過程で、どうしても校長先生をこちら側に引き込んで根回しさせることが必要だったのよ。で、それに必要な経費があたしの委員長解任だったってわけ」
「そ、そんな……もう少し上手くやれる方法は……」
「あればよかったのよね。でも……生徒主導に戻せるのであれば、あたしの犠牲くらい大したことないわ。それに……」
詞は私をじっと見つめた。私は何かを感じ、真剣になる。
「あたしの夢は、純奈なら引き継いでくれるって信じているから」
「え……?」
何を……言ってるんだ……? 突然の出来事が畳み掛けてきて、私は頭が真っ白になった。
夢を引き継ぐってことは、つまり……委員長をやって、ということだよね?
「今日、委員長代理やってくれたでしょ?」
「うん……すごく大変だったけど……」
「話し合いが終わった後に高橋先生から、『絢辻さんがいないから予定が遅れることを覚悟していたけれど、橘さんがよく働いてくれたおかげで予定通りに仕事が進んでいた』って言ってたのよ」
てっきり、詞に比べて全くうまく行ってないものだから、他の人には申し訳ない気持ちもあったのだけど……まさか、先生がこうやって評価してくれるなんて。
まあ、普段こういう役割をしない私にしては、みたいな感じではありそうだけれど。
「あ、あれは、その……他の子も、私を手伝ってくれたおかげで」
「それが大事なの」
「え? 他の子が手伝ったってことが?」
何でも一人で出来てしまう詞と、助けてもらわないと出来ない私。どちらが仕事が出来るかと言ったら火を見るより明らかだった。
けれど、詞はそれが委員長にとって大事だと言う。
「ええ。あたしは見ての通り何でも出来てしまうから、みんなあたしに頼ってしまう。でも、あたしだって人間なの。もしあたしが行き詰まるなんてことが万が一あったとしても……誰も助けてくれないわ、きっと」
「私は助けるよ」
「純奈は助けてくれると信じてるから安心して。でも、純奈以外は助けてくれない。それってやっぱり、組織として脆いと思うのよ」
「まあ、確かに……」
「それに今日の件で、他の人はあたしにますます近づきにくくなると思う。もし仮にこのまま委員長を続けていたとしても……あたしに怒られると何されるかたまったものじゃない、だから仕事を頑張ろう、みたいな思考になると思うの」
ああ、そうだ、そうなるだろうな。……詞が言っていることは確かに合っているだろうし、予想できることだけれど……でも、やっぱり、寂しいというか……悲しいというか。
詞が自分のポジションを的確に把握しているのが、何よりすごく私は苦しかった。
「創設祭は楽しい行事でしょ? 楽しい行事を作る原動力は、前向きでないといけないと思う。だから、委員長にいるだけで後ろ向きの思考にさせるあたしは……ここで委員長を降りるべきなのよ」
「詞……」
詞は笑っていた。笑っていたけれど……その笑みには、憂いも含んでいて。私は胸の奥が、じわじわと締められるような、そんな痛みが湧いてくるような感じがした。
けれど……かけるべき言葉は、全く見当たらなかった。詞の言っていることに、反論なんて出来なかった。
「今の純奈なら、きっと出来る。もし、きつかったり、辛かったりしたらあたしが相談に乗る。この、絢辻詞がね」
なら……せめて、詞の願いを聞く。私は胸に手を当て、少し目を閉じて……詞の目を見て、覚悟を決めた。
「……分かった。委員長、引き受けるよ」
口に出した途端、私は責任という重荷を背負った。けれど……それが、辛く苦しいものではなく、むしろ意欲が湧いて……やってやる、という気持ちになった。
「ありがとう。純奈が引き継いでくれて、本当に良かった」
詞は心底ほっとしたような表情を私に向けた。こういう時、詞は表情豊かだ。捻じくれてひねくれている詞だけれど、本質はすごく真っ直ぐで嘘なんてつかない。
私はそんな詞に惹かれ続けている。全部を好きになるには、まだ時間がかかるかもしれないけれど。
「詞。サポート、よろしくね」
「ええ。スパルタ指導、してあげようかしら」
「それは勘弁かなー……」
「冗談よ。元々あたしの仕事だったのだもの、気軽に相談しなさい?」
「分かった。頼りにさせてもらうね、詞」
「ふふっ。でも、委員長はもう純奈だから……頼りになる委員長になってちょうだいね?」
「……うん、頑張るよ」
確かに、場の雰囲気に流されちゃったのかもしれない。詞に言葉巧みに誘導されてしまったかもしれない。けれど……もう、やるしかないんだ。
それに……私には詞が、あの絢辻詞がついているんだから……!