詞が創設祭実行委員長を降り、代わりに私が実行委員長になった。そのことはあっという間に全校に伝わって、衝撃を与えた。
「絢辻さんが降りるのも中々だけど、まさかその代わりがあんたとはねー……」
教室の休み時間、棚町が早速その話を伝える。私は一躍、時の人になったらしかった。
「詞に頼まれたら断れないよ」
「そうそう。何であんたに頼んだんだろう」
「うん、よくよく考えると、他にいっぱい適任はいると思う」
例えば、梨穂子のクラスメイトの黒沢さんとか。何でも市議会議員の娘らしく、周りを引っ張る能力は十分すぎる。実際詞が委員長を降りた際に真っ先に候補に上がったのが黒沢さんだし。
それを詞は無視して、私を代理からの委員長に推薦した。身内びいき、なのかな……いや、でも詞は多分そういうことしないだろうし……。
「まあ……詞にしか分かんないと思う。詞にしか見えないものが、きっとあるんだと思う」
「それもそだね」
まあ、そんなことを気にしたって今更な感じするし。
「……ところでさ、橘」
「ん?」
「委員長になったんでしょ? だったら、あたしにも本格的に手伝わせてよ」
棚町がずいっとこちらに乗り出してきた。
「いいの棚町? ファミレスのバイトもあるんでしょ?」
「もちろんシフトあるときはバイト優先するけどね。あんたが頑張ってるとこ、見ててあげる」
「ありがとう……色々大変だったから、人が増えるっていうのは単純に助かるよ」
いくら中々素直になりにくい棚町だけど、今回は素直に感謝。委員長になることで皆との距離が遠くなるだけだと思っていたけれど、そんなことは全くなかったらしい。
--※--
棚町の援軍は中々心強い戦力だった。棚町は交流関係が非常に広く、男女関係なく仲が良い友達がたくさんいた。その友人達を引き連れて手伝いに来てくれたのだ、創設祭の準備はよりスムーズに進むようになった。
また、地味に詞が作業する側に回ったのも大きい。相変わらず詞は孤立気味ではあるものの、その要領の良さはハッキリ言って異常だった。周りの人に、たった1人でも全く問題ないと言わんばかりの作業効率を見せてつけていた。
そして、委員長になった私はというと……作業の手伝いをしつつ、他の実行委員の話を聞いて……しっかり進行管理も行って……はっきり言って、すごく、すごーく大変だ。
でも、大変そうな私を見かねてサポートしてくれる委員の人もいるし、委員長が何でも出来る詞から何でもは出来ない私に代わってから、『みんなで創設祭を作り上げる』という気持ちが強まっている……そんな、気がする。
結果からいえば、詞が委員長だった時よりも作業効率は上がっていた。上がったけれど……。
「橘さんすごいよ! 順調だね」
「いやー、まさか橘にそういう才能があるなんて」
「あ、ありがとう……」
私が詞を、いとも簡単に超えてしまっていいのだろうか……? 何となく、それが私は心に引っかかって。でも、何となくのくせして……すごく、突っかかってて、苦しい。
まるで、私が詞の全てを奪ってしまったかのような……思い上がりかもしれないけれど、でも私は……そういう罪悪感が、湧き上がってきて。
しかも、そのことで苦しんでいるのが間違いなく私だけで。きっと誰も分かってもらえない……。
「……純ちゃん?」
「あ……」
後ろから梨穂子が声を掛けてきた。というか、梨穂子も手伝ってくれていたのか。
「手伝ってくれてたの……?」
「うん。友達から誘われちゃって……あと、純ちゃんが委員長なんだから、私もちょっと頑張ってみようかな~って思って」
「そっか、ありがと……」
何だろう。梨穂子に話しかけられただけで、私の心がちょっとだけ楽になった気がする。梨穂子には何か、特別な力があるんだと思ってる。
「……で、純ちゃん」
「ん?」
「ちょっと、元気ないみたいだけど……どうしたの? 委員長のお仕事、大変?」
梨穂子は、こういう負の感情にすごく敏感だった。すぐ見抜いて、聞いてきてくれる。
「ううん、大丈夫。詞の仕事を手伝っていた分、少し慣れてたところがあったから」
「……そっか」
……でも、私は素直になりきれなくて隠してしまう。それがすごく悪い方向に働くことは……『あの時』の1回を除いて、なかったけれど。
「でも、無理しすぎないでね。純ちゃんは元々、そういう人じゃないでしょ?」
「ま、まぁ……そうだけど。でも、頼まれて引き受けたことだもん、最後までやり通すよ」
「……分かった。あ、私このあと茶道部に顔出さないといけないから……」
「うん。創設祭の出し物の準備とか?」
「そうそう。色々先輩たちと決めることがまだあるから……それじゃあね!」
梨穂子はそのまま、茶道部の活動に行ってしまった。去り際に一回私の方を振り向いたけれど、その時の梨穂子の顔が何となく……どう言えばいいのか、分からないんだけど、やっぱり、心に引っかかった、って感じなのかな……。
「……疲れてるのかな、私」
委員長の仕事で疲れて、色々とセンチメンタルになっているのかもしれない。少し、気分転換に屋上に行って、夢の世界に浸ってみよう。
私はそうやって、今まで気持ちを切り替えてたんだから。
「橘先輩、この後私達と一緒にお茶でもしませんか?」
「新しい委員長のこと、もっと知りたいって感じで!」
実行委員の後輩2人が私をお茶に誘ってくれた。こういう気分転換もありなのかもしれない。けども……。
「ありがとう。でも……また、今度にしてもらってもいいかな」
「えー、何でですか?」
「……まだ、お仕事が残ってて。ごめんね?」
「あ、そうなんですか……じゃあ、頑張って下さいね!」
「また今度、誘いますね!」
今の私は、何か、こう……もう少し、落ち着きたかった。
……空気を悪くしない断り方を覚えたのは、多分、詞と同じ場所に立って、視野が広くなったから……なのかもしれないかな。
--※--
「……詞?」
屋上に一人きり。そう思っていたけれど、既に先客がいた。冷たい冬の風に吹かれて、詞の黒いロングヘアが美しくたなびく。
私が詞を呼ぶと、少しの間があってから……私の方を振り向いた。
「純奈。……嫌なこと、あったのかしら?」
詞の表情は……なんとも、言えないものだった。寂しそうにも見えるし、清々しいようにも見える。ごく普通と言われれば、そうとも見えてしまう。
誰にも分かってくれない思い。……この場所で、詞になら言えるかも。ううん、この場所と詞という人物が、私の思いをそのまま口に出させた、といった方が正しいかもしれない。
そもそも詞の前で遠慮なんていらないんだ。私は詞に向かって、心の中のモヤモヤした物を見せた。
「……分からないことがあって」
「委員長の仕事のこと?」
「半分そうで……半分違う、かな」
「曖昧ね……で? 話、聞くわよ? 委員長を頼んだのは、あたしだし」
詞は微笑んで、私の方を向いた。橙色に照らされて、詞の元々綺麗な顔がより綺麗に、儚く私の瞳に映る。
疲れ切った私には、気を抜いてしまうと涙が出てしまうような……そんな幻のような、決して手でつかめないような感覚さえ覚えた。
私は一旦肺の中のモヤモヤとした汚い空気を吐いて、新鮮な屋上の空気、ひんやりとした冬の乾燥した空気を吸う。冷たさが全身を伝い、心の疲れを冷気がほんの少しだけ押し流す。ほんの少しだけでも、十分だった。
私はふっと、心のチャックを緩めた。そして、口から思いをこぼし始める。
「……今日の準備、すごく順調だったでしょ?」
「そうね。あたしが委員長の時よりも順調だったわね」
「そう。それなの、詞」
「それ……って?」
詞は多分、そこで私が引っかかっているなんて思ってなかったと思う。詞はちょっと意外そうな顔をして、私の顔色をうかがう。
「私が詞以上に仕事が出来ているように見えていること……詞は、どう思ってる?」
まずは、私の気持ちを出す前に、詞の心境を聞いておこう。……詞も詞で、現状が心配だし。
「え? ……そりゃあ、委員長の推薦が上手く行ったってわけだから、素直に嬉しいわよ?」
「そっか。そう、だよね」
まあ、そりゃそうだろう。黒沢さんというもう一人の有力候補がいた中で選んだ、詞の選択だったんだ。で、その選択が正解以上の大正解だったってことなのだから。
「……純奈は、それが嫌なのかしら」
「……うん」
多分私、表情とか声色に出ている。人を観察するのが得意な詞なら、それくらいすぐに伝わってしまうんだろう……詞は私の心情を察してくれた。
「どうしてよ?」
「まるで、詞の居場所を私が奪ったみたいで……」
「大丈夫よ。多分そうなるだろうことも、予想はついていたから」
「詞……」
詞はもう、本当に何も気にしていないようだった。それに詞は私に隠し事はしないと思ってる。裏の詞を見せたのもそう、手帳の中身を見せたのもそう……でも、隠し事をしないということは、その言葉や態度の裏もなんにもないというわけで。
「それに、あたしはあたしで、もうあたしに合った居場所を見つけているもの」
「それって……」
「心配しないで。……案外今の立ち位置、あたしには居心地がいいみたいだから」
今言っていることの全てが、詞の思っていることの全てで。
それ以上も、それ以下もなくって。
……だから、多分、今の詞を否定するのはやっちゃいけないんだと思う。
そんな寂しいこと言わないで、って言いたいけれど……でも、満足してるんだよね。
知ってて、それを選んだんだよね……。
……ダメだ。話題を変えよう。詞のことを、もっと知ろう。
そうすれば……私が納得できるものが、ひょっとしたら出てくるかもしれない。
「……ねえ」
「ん?」
「今更な感じあるんだけど……何で詞って、クラス委員もやってるし、行事ごとの委員も積極的に手伝ってるの?」
確かにすごく今更な質問だった。今まででも聞くタイミングはたくさんあった。けれど、今、それを聞きたいんだ。
もう、何でそれを聞いたのかは分からない。分からないけど……直感とか、そういうもの。
「それは簡単よ。目的があったの」
「目的?」
「そう。社会に認めてもらうっていう目的。……でも、もう今はそんなのどうでも良くなっちゃった」
詞はどこか、遠い空を眺めて寂しそうな笑みを浮かべた。そして、私の方を向いて……私の目をしっかり見つめた。
「……詞?」
「だって、今のあたしには……純奈。あなたがいるから」
「え……?」
「純奈がいてさえくれれば、それでいい」
心臓の跳ねる音がした。真剣な眼差しで、詞はそう言ってくれた。
……私は、嬉しくもあった。けれど……詞が壊れそうで、怖くもあって、それで……。
「……でも」
一旦、拒否をした。
「ううん、あたしがいいと言ったらそれでいいの」
「でも!」
もっと強く、拒否をした。私が弱いからだろう、詞の言ってくれていることが……私には受け入れることができなかった。
「……何よ」
詞が不満そうにこちらを見る。その続きの言葉は考えていなかったが……詞の今までの立場を思い浮かべたら、私は嫌な未来を見てしまった。
その未来の光景を、私は詞に話す。
「……私が委員長になって、しかも周りには詞より仕事が出来ているように映ってる。そうすると、多分前の詞みたいに……人が寄ってくると思う」
「そうね」
「すると……詞と一緒にいられる時間が、消えてしまうかもしれない。詞と私が、離れ離れになるかもしれない」
「……その時は、あたしは素直に引くわ」
「え?」
詞の言葉に、私は耳を疑う。
「あたしは、純奈が活躍しているところが見れればもう、それでいい」
「……詞……?」
それって…………。
「たとえ純奈が遠い存在になったとしても、あたしが社会からも愛されなくなっても……あたしは、それを望むわ」
怖いくらいに、綺麗な笑顔だった。まるで、仮面を被ったみたいな……。
でも……それって。
それって、結局離れ離れになるということで。
詞を失うということで。
本音でぶつかり合える、大切な存在を失うということで。
そして……それを、詞は嫌がるどころか、悪くない、とまで思っている。
「……詞」
「何よ」
「それは、私が、良くない」
私は怒った。本気で怒った。今までにないくらい、本気で怒った。
今の詞の顔は、視界に入れたくない。
あんな綺麗な笑顔、嫌いだ。大嫌いだ。私の知っている詞じゃない。
そんなの……そんなの、私は望んでなんかいないんだ……!
心の中で巻き起こる激情を、しっかり抑えながら、冷静になって……私は、言葉を一つ一つ選ぶ。部分の詞を肯定し、部分の詞を否定するんだ。
「詞が一人がいい、というのはまだ分かるよ。私だって、望んでそうしてて、実際それが良かった時期があったんだから」
「なら、どうして」
……ごめん、詞。
私、案外短気だったみたい。
「でも! 何で私を見捨てるようなこと言うの!」
激情は抑えきれなかった。私は想いを叫んだ。吐き出した。ぶつけた。あっという間に、全部の詞が嫌いになった。
私を手放すのに何も思っていない、むしろそれに肯定的な詞のことが……私は……!
「あたしは別に純奈を見捨ててなんか――!」
「違う。見捨てた。全部詞の独りよがりで、私の思いなんて何も考えてない!」
「……っ!」
私は……私は、詞のことが……!
「今の詞、私は大嫌いだよ!!」
……多分、校庭まで聞こえるような、そんな大声で……私は、詞を全力で嫌った。
前がぼやけて、詞の表情が見えない。頬に熱いものが伝う感覚がする。多分、私の顔は酷いことになっているだろう。
けれど、私は詞を全力で睨んだ。そうしないと、収まりそうにないから。
詞に、私の想いは伝わらないと思ったから。
詞の様子は分からないけれど……少なくとも、ボロボロの私を笑うことはしなかった。
しばしの沈黙が流れる。冷たい風に当たって、私は少しずつ冷静になった。そして、未だ残る衝動の中で、何とか言葉を紡ぐ余裕が出来た。
「詞。……私が委員長を引き受けた理由、分かる?」
「……」
さすがの詞も、言葉を失っているようだった。
詞の顔はまだ、見えない。だって、冷静になるために地面を見ていたから。
「一つ。詞のお願いだったから。もう一つ。詞の立つ場所を見てみたかったから」
……私は顔を上げた。詞の顔を、瞳をまっすぐ見た。
「最後。……詞のために、なりたかったから」
それは、詞の心に直接、絶対に伝えたいことだったから。
「……だから。そんな、寂しいこと言わないで」
激情は、衝動は、まだ収まらない。私の両目から、とめどなく溢れる。
けれど、その中身はもう……がらりと変わっていて。
『嫌い』を吐き出し尽くしたら、最後に残るのは――
「私は、詞が大好きだから」
――『好き』しかないんだから。
「……」
詞は黙っていた。相変わらず、視界は涙で曇っていて……表情は分からない。
分からないけれど、少なくとも……怒っている、だとか、そういう表情じゃないと感じた。
「……純奈」
「詞……?」
詞はゆらりと、私の方に近寄る。その表情が段々と、はっきりしてきて……多分、詞も泣いていたんじゃないかな、と思う。
接近してきた詞は、私の両肩に手を置いた。
「……あたしも。やっぱり、純奈を失いたくない……」
詞の声は、すごくか弱かった。紛れもない本心からの言葉を、私は聞くことが出来た。
「詞。……それを、詞の口から聞きたかった」
私は詞をそのまま抱きしめる。お互いの距離を、出来る限り近くする。
強く、強く。詞の身体が、折れてしまうほどに……強く。詞もそれに応えるように……いや、詞自身の意志で、私の身体を痛いほど強く抱きしめてくれた。
抱擁は、案外長く続かなかった。それでも、30秒くらいは抱きしめていたかもしれないけれど。
「……純奈」
詞は私の両肩に手を置いたまま。私は詞の腰に手を回したままで。至近距離で見る詞の瞳は潤んでいて……もう、理性だとか、そういうものはどこにもないような感じだった。
無論……私も、だけれど。
詞の唇が動く。
「『証明』を、あたしに頂戴」
「詞……? えっ、ええっ……!?」
すると、詞は目を閉じて、唇をほんの少しこちらに突き出してきた。
つまるところ……キスしてほしい、ということ。いくら恋愛に疎い私だって、詞の表情は絶対そうとしか見えなかった。
私には女の子に恋をするなんて趣味はない。私は戸惑い、少し身体を引いた。でも、詞の両手は私の肩をしっかり掴んで離さない。
詞は私が戸惑っているのを感じると、キス待ちの顔をやめて、私を潤んだ瞳でまっすぐ見つめて……心の内を吐き出してくれた。
「あたしでも変だと思ってる! すごく変なこと、あなたに要求してるんだと思ってる! ……けれど……あたし、胸が押しつぶされそうで、苦しくて!」
紅色に染まった詞の頬に、涙がはっきりと伝う。夕日に反射して、キラリと光った。詞はもう、なりふり構わずに……私に言葉を、想いをぶつける。
「今、あたしが抱いている気持ち……あたしが知っている言葉だと到底説明出来ないの。でも、純奈に伝えたい。純奈に知ってほしい! 純奈から、貰いたいの! だから……だから!」
詞の言葉の一つ一つが、私の心を揺り動かす。それは虚構でも何でも無い、心からの叫び声。真っ直ぐな欲望。詞の本心。
詞は大きく息を吸い、そして。
「……あたしの唇を奪って……お願い……」
詞は、再び目を閉じた。
私は……私の心の奥まで届いた、詞の叫びに突き動かされて。
「……詞。行くね」
「ん……」
その唇に、そっと口づけをした。
ただ唇と唇を合わせるだけのキス。詞の唇は柔らかくて、気持ちよくて……まるで、詞の本心にそっと触れているかのような、そんな錯覚を覚えて。
そして、私の心臓は……張り裂けそうなぐらいに脈を打っていて。そのまま、本当の私が戻ってこないんじゃないか、なんて……そう思ってしまうくらい、おかしくなっていて。
けれど……私も、詞も……色々と異常だったってことは、確かだった。
「……っ」
「ぁ……純奈……」
唇が離れた瞬間、私は思わずくらりと来てぺたんと座り込んでしまった。詞がしゃがんで、心配そうに顔を覗き込む。
「……大丈夫?」
「う、うん……多分、私……変に、なっちゃったのかな……」
私は心からの笑顔を詞に向けた。……何だろう。今の私はすごく開放的で、すごく詞に甘えたくて、抱きつきたくて、触れ合いたくて……あはは、すっかりあてられちゃったな……。
「変になったのは、あたしもだから」
詞も同じ気持ちだったみたいで、私の隣に座り込んで……身体をぴったりと寄せてきた。私は詞を自然な感じで肩を抱いて寄せると、詞は倒れ込んで……私で膝枕をするような格好になった。
ここまで無防備な詞を見るのは当然初めてで……唇の感触の余韻もあって、私の心臓は中々落ち着きそうになかった。
「詞」
「なーに、純奈」
私は詞の髪の毛に指を通し、優しくなでながら詞に話しかける。詞はすっかり甘えきった声で、返事を返してくれた。
……初めて詞の言動が本気で可愛いと思ったかもしれない。こみ上げてきた愛しさを、私は声に変えて。
「大好き」
「……あたしも」
私と詞は、二人にしか分からない確かな幸せを感じながら、微笑みあった。
私は未だ、詞との関係が恋愛だとは思っていない。ただ、ちょっと行き過ぎた友情の延長線上にあるものだと、そう思っている。
けれど……今日やったことは、紛れもなく恋をしてないと出来ないことそのもので。
……まあ、恋だとか、友情だとか、そういうのは急いで定義しなくってもいいか。
とりあえず、詞という存在が、私にとってすごく大きな存在になったということ。それだけ……しっかり、心に刻んで。
忘れないようにしないと、ね。