絢辻さんと、私と、『証明』と   作:#NkY

23 / 27
生きる意味

 夕暮れ時。辺りがちょっと、暗くなりかけた頃。普段は、大半の実行委員やお手伝いは帰宅しているか、部活に参加している時間。

 

 そんな時間に実行委員とお手伝いが大勢……いや、その他の生徒や先生も集合している。その目的は……ふふ、すぐ分かるんだけど、まだ秘密。

 

「それじゃあ、テスト行きます。カウントダウン! 10から! せーのっ!」

 

 私はメガホンでそう言うと、周囲から興奮した様子でカウントダウンが始まる。無論、私もワクワクが止まらない。

 

 数がどんどん減っていく。結果が見たくて、うずうずする。何となく、だんだんカウントダウンが早くなってる気がする。

 そして、すぐにカウントは0に到達する。

 

「……3、2、1、0!」

 

 0の掛け声と同時に、隣にいる詞がスイッチを押す。すると、クリスマスツリーの電飾は無事に光り出し、周りから歓声が上がった。

 

「クリスマスツリー、装飾完了! みんな、お疲れ様ーっ!!」

 

 私は嬉しさの衝動に突き動かされるままに、メガホンを通して思いっきり大声で叫んだ。湧き上がる歓声。手を取り合って、飛び跳ねる生徒達。ほっとしたように笑みを浮かべる先生達。

 詞曰く、毎年恒例の光景らしいが……今年のこの瞬間は、特に特別なものだった。私は狂喜乱舞の光景を目に焼き付け、胸の奥でゆっくり、しみじみと噛みしめた。

 

 

「……詞、ありがとう」

「ううん。あたしこそ、ありがとう」

 

 私のありがとうも、詞のありがとうも……たくさんの意味が入り混じった、ありがとう。

 

 

 詞が委員長と優等生の地位を手放してまで意地で奪い返してきた、生徒主導のツリー装飾。いくら詞があの後距離を置かれたり、孤立してしまったとはいえ……何だかんだで、実行委員のみんなは心のどこかで詞に感謝していた。

 

 とはいえ、主なモチベーションは詞への感謝というよりかは、市に目にもの見せてやろうという反骨心の方が圧倒的に大きいとは思う。でも……詞への感謝がどこにもないわけではなかった。

 

 その感謝の気持ちは、電飾テストの際にスイッチを押す人に詞が満場一致で選ばれたことに表れたのだった。

 

 そして。

 

 

「絢辻さんありがとー!」

「つかさーっ! てーんきゅー!!」

 

「「あーやつじ! あーやつじ! ……」」

 

 誰が始めたのか、絢辻コール。詞は驚きを隠せない様子で、口元を覆った。

 

「詞。これ」

 

 そんな詞に笑顔を向けた私は、手に持つメガホンを渡す。

 

「でも……」

「行ってきなよ。……みんな、詞を待ってる」

「……分かった」

 

 詞は吹っ切れた笑みを浮かべる。被る仮面は既に無く、心からの満面の笑み。

 

 そして、手拍子と絢辻コールと共に、詞は再び……表舞台に立った。出迎えるのは、万雷の拍手。もはや、孤独な詞はどこにもいない。

 

 詞は、思い切り息を吸った。そして……

 

 

「みんなー! ありがとーっ!!」

 

 

 ありったけの感謝を思い切り叫んだのだった。

 

 

 

--※--

 

 

 

「……詞、泣いてた?」

「泣くわよそりゃあ……」

 

 帰り道、詞と二人。まだあの瞬間の熱を感じながら、詞の横顔を見る。相変わらず整った顔立ちで、美人だ。だけど……最近の詞は、ちょっとだけ幼く見えるときが増えた気がする。なんというか、感情が豊かになったというか。

 

「……実は私も、ちょっとうるっときた」

「ふふっ、何で純奈が泣くのよ」

「だって、一人ぼっちだった時の詞を一番近くで見ていたの、私だよ?」

 

 私が自信を持って言えるセリフだからすぐに言えた。詞は少し思案するように、オレンジから紫の綺麗なグラデーションの空を見上げた。

 

「……そうね。純奈しかいなかった」

 

 もはや、詞が孤立していたことが既に懐かしい。飾らなくなった詞に梨穂子や棚町が接近してから、詞の周りに徐々に人が寄り始めるようになった。数こそ以前より減ったものの、一人ひとりの関係の深さはより深くなっている気がする。

 

「だから……感慨深くって」

「あたしの保護者面しない!」

「あ痛っ! ……なにも叩かなくていいじゃん!」

「恥ずかしいでしょ、もう……」

 

 照れ隠しに詞に叩かれるのも、もはや慣れてしまった。むしろ叩かれたときの衝撃が心地よかったり……さすがにそれは変態っぽいな。

 

「それにしても、詞……ほんとに変わったよね」

 

 詞はクリスマスツリー関連の騒動を通して、雰囲気ががらりと変わった。私の前だけじゃなくて、みんなの前でも……詞は、大きく変わっていた。

 

「……あたしも思ってる。一回全部持っていたものを失くして、純奈と想いをぶつけ合ってから……何か目的とか、そういうのがちょっと馬鹿らしくなって」

「え、詞が……?」

「おかしいかしら?」

 

 目的が馬鹿らしくなった。詞から、そんな言葉が出るなんて。

 

「おかしいというか、意外だなって」

「まあ、そうよね。……確かに、生きるために目的とか、目標というのは必要なの。それは、あたしを見てれば分かるでしょ?」

 

 詞は社会に認められるために、クラス委員や行事の委員に参加してきたと言っていた。多分、優等生の仮面を作っていたのもそのためなんだと思ってる。

 

「まあ、確かに……詞は今まで、目的のために生きてきて、それでこういう地位を得ていたんだもんね」

「ええ。過去形になっちゃったけど」

 

 詞はくすりと笑う、自嘲するかのように。でも、その自嘲には悲しさとかそういうのはなくって、もう吹っ切れたかのような、陰を感じさせないような……そんな笑い方だった。

 

 でも、その自嘲、間違ってるよ。

 

「過去形じゃないんじゃない? 多分、まだ詞は優等生のまんまだよ」

「そう?」

 

 結局詞の成績は良いまんまだし、孤立してるときもちゃんと仕事をこなしていたし。校則を破るなんてことも当然してないし。でも……。

 

「うん。お堅い優等生から、面白い優等生って違いはあるけど」

「え? そうかしら?」

「そうそう」

 

 詞の二面性が、詞という人物をより面白くしたのだ。それに最近の詞は結構ノリが良かったりするし。4人で驚天動地風林火山パフェを食べに行ったときの詞は、明らかに頭のネジが吹っ飛んでた。

 

「詞が自分のポジション把握出来てないのって珍しいね」

「……悪かったわね」

「ああ、もうすぐ機嫌損ねないで……」

「ふふっ。お願いに応えて元に戻ってあげる」

 

 詞って私をからかうの好きだよね。私も嫌いじゃないというか、むしろ何か愛されてる感あって好きなんだけどさ。

 

「……それで、話の続き。目的は大事だけど、でも、ずっとそういうのに縛られて生きるのって……人生、損してるかなって思うようになってきたのよ」

「詞が?」

「そう。このあたしが。自分でもびっくりだけど」

 

 おそらく、目的というものは今まで詞が長い間信じ続けてきたものなんだと思う。詞が言っていることは、それがこの短期間で革命的にひっくり返ってしまったということ。

 

「社会に認められるために、世間体を気にして楽しめることを楽しめなくさせてしまうのって……やっぱり、損をしてるのよ。冷静に考えると」

 

 そうやって語る詞は、まるでずっと縛り付けていたものから解放されたかのように、すごく爽やかで、晴れ晴れしてて。

 

「それに、あたしはまだ高校2年生だから。失敗したってやり直せるし、羽目外したって許してもらえる。だったら、今この時を楽しんで生きていこうって思って」

 

 私、今の詞の表情が大好き。今手元にカメラがあれば迷わず撮って、落ち込んだ時に取り出して元気をもらいたい。

 

「あーあ。もうちょっと、こういうことに早く気付ければ良かったわ!」

「痛っ!? 何で蹴る!?」

 

 ……なんて思ってたら突然詞は謎にローキック繰り出してきた。痛いとは言っているけどほんとは、絶妙に痛くて気持ちいい。癖になりそう。……私、もしかして目覚めてる?

 

「蹴りたかったから」

「酷くないそれ!?」

「あたしが酷くないと思えば酷くないのよ」

「えぇー……」

 

 そうやって、ちょっとふざけあうのって楽しい。……一方的に私が弄ばれているような気も、しなくもないけれど。

 

「……さて。この後、純奈と行きたい場所があるのだけれど」

「行きたい場所?」

「ええ。いいかしら?」

「分かった。あんまり遠くとかダメだよ?」

「大丈夫。ほら、すぐそこ」

 

 詞は向こうを指差す。……ああ、確かにここならすぐそこ、近くだ。

 

「……なるほど」

「行こっ。ね?」

 

 詞は私の手をいきなりギュッと握ると、思い切り引っ張った。結構力強い……!

 

「わっ……つ、詞っ!?」

「ふふっ。転ばないようにねーっ!」

 

 私はなんとかバランスを取りつつも、ただ詞にぐいぐい引っ張られていった。

 

 

 

--※--

 

 

 

「で……何で、ここに?」

「純奈とあたしの、思い出の場所だから。そうでしょ?」

 

 詞が私を連れてきたのは、詞が本性を私に見せた時に訪れた小さな神社だった。確かに野外なのだが、この神社の空間の中は普段いる世界と隔絶されたところにあるような気がして、不思議と落ち着く。

 

「ま、まあ、それはそうだけど……どうして?」

「ここで、もっと色々純奈に話したいことがあって」

「そっか。で、どんなこと?」

「目的のために生きるのが馬鹿らしくなったってこと」

 

 そう言うと、詞は私の手を握ったまま縁側に座る。私も詞に動かされて、詞の隣に座る。手は握ったままで、腕と腕が触れ合うくらいの距離で。

 

 神社の中にいると、なぜだか無意味に、詞と繋がっていたくなる。神社というスポットが持つスピリチュアルな力のせいなのか、それともここが私と詞にとって特別な意味を持つ場所だからなのか、はたまた別の原因があるのかは分からないけれど。

 

 詞は薄暗い空を見上げながら、話し始める。既にオレンジ色は地平線からすぐ近くのところにしか残ってなく、紫色の空にはところどころ星が見える。

 

「あたしは社会に認められるために、今まで頑張って生きてきたって話はしたと思う」

「うん」

「でも、その理由は話してなかったわよね」

「……話せるものなの?」

 

 実際私も、意図的に聞くのを避けてきた話題。もちろん私は詞を知りたいし、この話題は詞を知る上でとても大事な話題だと思っている。けれど……私から聞き出すには、必要な覚悟が重すぎて無理だった。

 

「大丈夫よ。あたしが話すって決めたことだから」

 

 詞はこちらを向いた。真剣な眼差しが私の眼を刺す。詞の瞳は、簡単に私に覚悟を背負わせた。

 

「分かった。聞くよ」

 

 私は詞の目を見つめ返す。意識を詞の口元に、声に……集中させる。一言一句全てを、私の心で受け止める覚悟を決める。

 私の想いを受け取ったのだろうか、詞は一呼吸置くと……ゆっくりと、話し始める。

 

「一言で言うと、あたし、家族に恵まれてなかったの」

 

 予想はしていた。詞の家庭は複雑なのだろうと、薄々感じていた。

 

「極端なエリート思考の父に、視野の狭い母。そんな両親からも愛される、天才肌の姉。……そして、あたし」

「……見向き、されなかったんだ」

「そう。姉に夢中だったのよ」

 

 詞の境遇と、私の境遇を比較してみる。

 

 私は両親から愛情を十分に注がれていなかったが、私を完全に見ていないわけではなかった。何だかんだで美也の姉としての立ち位置を期待されていたし、実際私は美也といる際に、姉としての立ち振舞をしてしまっている。

 しかし、詞は……多分、最初から『いない』ものにされている位の扱いなのかもしれない。詞のほうが、よっぽど恵まれていないと思う。

 

「あたしはまず、そんな家族に認めてもらうために頑張った。小学生の頃、ね」

 

 詞の努力は、小学生の頃から既に始まったものだという。私が小学生の頃は……まだ、何も考えてなかった気がする。この頃からやたら両親から気に入られる美也が嫌いではあったが。

 

「頑張って勉強して、自己管理も徹底して、先生達に気に入られるように振る舞った。その甲斐あって、やっとのことであたしは姉の成績を超えた。……それでも、両親の興味はずっと姉に向いたままだった」

 

 詞は昔話を淡々と話す。まるで、自分のことではないように。

 

 姉が天才肌と言うが、詞も詞で生まれ持ったポテンシャルは相当なものだ。というか、小学生の時点で自分だけの力で世渡りを覚える時点で、ひょっとしたら姉を超える天才なのではないかとも思う。むしろ何で両親はその才能を見抜けないんだろう。

 

「そこで、あたしは決断した。家族じゃなく、社会に愛されようと思ったの。世間の全ての人に、良いように映るように」

 

 認められなかった天才が選んだ選択。家族を諦め、外の世界に愛を求めた。

 

「……その過程で、詞は二面性を持つようになったんだ」

「そうね。優等生だけでやって行けるなら、当然そうしてた。けれど、やっぱり……あたし無理してたんだと思う」

 

 小さな身体と心には、いくら天才といえどあまりにも重い選択だったのだろう。

 

「優等生を演じる上で、どうしても嫌なことはたくさん出てくるの。特にあたしが嫌だと思ったのが、あたしより出来ない人に、自分にとって都合の良いように言われたり使われたりすることだった。……生徒、先生関係なくね」

 

 優等生は、多くの損をする代わりに一定の評価を得る、そんなポジション。社会的地位を得るための手段としては、結構遠回りで、労力がかかる選択だと思う。

 それに、優等生は……反抗することを許されない。

 

「その嫌なことを吐き出すため。もっと言えば、あたしがあたしをどうにかして保つため。……裏の、最低なあたしが出来てしまった」

 

 世間に愛されるという目的のため、世間に傷つけられる。ただ愛されたい、たったそれだけなのに。

 ……だけど、最後の『最低なあたし』っていうのは、同意しないよ。

 

「最低なんかじゃないよ」

「え?」

 

 こういう時、私は話の流れをぶった切ってでも主張したくなる。私だって、変わったんだよ。

 

「前はその詞、苦手だったけど……今は、好きだよ」

 

 ……180度、変わったんだ。

 

「……無理してない?」

「無理してない。あの後も詞を色々知り続けて……いつの間にか、変わってた」

 

 詞を知り続けて、詞に触れ続けて……私は、変われたんだよ。

 

「そっか。純奈が信じてたこと――何かのきっかけがあれば、見方が変わるってこと、だったわよね」

 

 私が、本当の詞を初めて知ったときに言った言葉。……詞が覚えてくれている。

 

「……覚えてるんだね」

 

 嬉しくて、感動して……思わず口元が緩んで、声が高くなる。私ったら、分かりやすい。

 

「純奈があたしの言葉をよく覚えてるのと同じで、あたしも純奈の言葉を覚えてるのよ」

「そっか、ありがと……」

 

 私が詞の言葉を覚えていた時の詞も、同じ気持ちだったならいいな……なんて、それは私の願望の押し付けなのかな。とにかく、それくらい私は浮かれてた。単純だな、私。

 

「どういたしまして。……それで、純奈はそれを信じて、正解だったというわけか」

「そういうこと」

 

 私はにこりと笑う。詞を信じて、私を信じて……正解だった。でも……

 

「……あたしは、自分の信念を信じ続けても結局ダメだったわね」

「詞……?」

 

 詞はため息をつきながら、少し寂しく笑う。私の心がひしりと痛む音がした。

 

「社会に広く愛されるっていう目的。……結局、あたしはどう頑張っても、他人にとっての憧れや、都合のいい人にしかならかった」

 

 優等生というポジションは、得てしてそういうもの。特に詞のような、他の人に手が届かなくなるくらいまでに完璧な人は……特に距離が開いて、そうなってしまうんだろう。

 

「……それを知っていても、あたしはそうするしかなかったの。固まった地位は捨てられないし、それにあたしは上辺だけの付き合いしかしてきていなかったから……分からなかったのよ、それ以外の方法が」

 

 外の世界に広く愛を求めた詞には、結局上辺だけの愛しか返ってこなかった。そして、世界からより完璧な人でいることを求められ……詞も、それに逆らうことは出来なかった。

 

「そんな、半ば諦めながら惰性で優等生を演じ続けているあたしに、純奈が現れたの」

「私が……?」

 

 突然私の名前が出てきたものだから、私は思わず反応してしまう。

 

「純奈も気づいてるでしょ、さすがに。純奈はあたしにとって、すごく意味のある人だって」

「……ま、まあ」

 

 確かに、詞にとって私は大切な人だと、私自身でも気がついている。けれど、それを口に出して認めるのは中々恥ずかしいというか、なんというか。

 だから、つい曖昧に返してしまう。

 

「……純奈は、今まで誰も踏み込んで来なかったあたしに踏み込んできて……しまいには、岩のように硬かったあたしの目的を壊して、すり替えてくれた」

「すり替えた……?」

「そう。他ならぬ純奈のため、という目的にね」

 

 つい最近の、屋上での言い合いを思い出す。詞は、私のためなら詞と私が離れ離れになってもいい、という所まで行っていたっけ。

 

「純奈のためなら、地位を捨てることなんて簡単だったわ。……でも、その目的もまた、純奈によって壊されてしまう」

「えっ?」

「純奈のために生きるって決めてたあたしに、純奈は嫌いって言ってくれたの。それで、あたし……目が覚めたわ」

 

 あの時の私は……理性で捉えて説明しようとするのは出来ない。もう、感情の塊で……とにかく、詞があんなこと言うのが嫌で嫌で仕方なかった。

 

「やっとあたし、気づけたのよ。あたしは目的に縛られすぎて……損してるって」

「詞……」

 

 そう言った詞の笑顔は、やっぱりすごく清々しくって。元々綺麗な顔と相まって……すごく、素敵だった。

 

「だから、あたし……これからは目的を頭の片隅に置く程度にとどめておいて、とにかく今この瞬間を生きるってことにしようって。……そう、思えたのよ」

 

 そう言うと、詞は私をそっと抱きしめた。私はただ、何もせずに詞の優しい抱擁を受け入れる。ふわりと優しい、詞の匂いが私を包み込んで……私は、目を閉じてその気持ちよさに浸ってしまう。

 

「これが、あなたに知ってもらいたかったこと。あたしの、全部」

 

 抱きしめたまま、詞が耳元でささやく。詞の掠れた声色が、すごく心地いい。

 

「詞。……教えてくれて、ありがとう」

「ううん」

「私、詞のことを知るたびに、もっともっと……詞という人間に惹かれていく」

「純奈……」

 

 詞の抱きしめる力が強くなる。私は甘えるように、詞に体重を掛ける。詞の体温が、柔らかさが、私の身体全体により強く伝わってくる。

 

「ふふ、気持ち悪いかな」

「うん。気持ち悪い」

「そこは否定するとこでしょ、もう」

「くすっ。だって、そんなにあたしを知りたがる人間、いないんだもの」

「……そっか。じゃあ、私気持ち悪いね」

「ええ」

 

 二人にしか聞こえないような、小さくて甘い声。限りなくゼロに近い距離で交わし合う言葉。私の心が、ぽかぽかとした温もりで満たされていく。

 

 幸せって、きっとこういうことを言うんだと思う。私は詞に、優しく包まれ続けていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。