絢辻さんと、私と、『証明』と   作:#NkY

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今ここに、在るということ

 閉会式も終わり、時刻は21時を回った。ツリーも消灯され……私は、創設祭当日にやる後片付けの指示を終えた。

 夜遅くまで残るわけには行かないし、ちょっとした実行委員の打ち上げもこの後あるので、後片付けと言っても簡単なもの。食品を扱う出店の備品の清掃と回収……ぐらい、かな。ちゃんとした後片付けは明後日にあるし。

 

 帰っていくお客さんの様子を目で見て、お祭りの喧騒が段々と小さくなっていくのを耳で感じる。すると、ほんのひとつまみの寂しさがじわりと心に広がっていくような……そんな感じがした。私が大きく変わるきっかけになったこの一ヶ月半が、とうとう終わるんだって実感が、心の奥底から浮き上がってくるような……そんな感じ。

 

 始まりもあれば終わりもあるのは、漫画やアニメを深く愛する夢女子の私であれば重々承知しているのだが……いざ私自身が体験するとなると、抱く思いとかって全然違うんだな。寂しさの重みの質? っていうのかな。それが、全然違う。

 こう、身体の奥深くにずっしりと存在する感じの、そんな重み。

 

 そんな重い重い寂しさという気持ちも感じているけれど、それでもお祭りの予熱は中々冷めなくって。興奮で火照った身体に当たる、冬の夜の冷たい空気。確かに寒くて震えてしまうけれど、その冷たさで冷ましてくれないと……私は私でいられなくなりそうだった。

 

 ……多分、お祭りとは違う熱も、あると思う……。

 

「おーい! ぼーっとしてどうしたのよ!」

「ふぇ……?」

 

 聞き慣れた声だけど、まさかいるとは思っていなかった人。私はぽかんとした。

 

「あたしよあたし。何びっくりしてるのよ」

「棚町だ。見かけないからバイトでいないかと思った」

 

 この創設祭の日でも、棚町の髪はちゃんともじゃもじゃしてた。……というか、こういう寒い日に棚町の髪はあったかそう。イジられまくるのは嫌だけど、今日ばかりは棚町の髪が羨ましい。

 

「ちゃんといたわよ。お昼のシフト入って、夜は空けてもらったから」

 

 納得した。今日は創設祭だから、お昼の授業はなかった。上手いこと使ってるなー……。

 せっかく来てくれたんだから、私は実行委員長として今一番気になっていることを尋ねる。

 

「なるほどね。……創設祭、どうだった?」

「楽しかったわよ。準備も、本番も全部ひっくるめて」

「それなら良かった……」

 

 棚町は楽しくないなら楽しくないと直球を投げてくるような人だ。だから、棚町に楽しいと言ってもらうのは、他の人に楽しいと言ってもらうよりもすごく価値のあること。とりあえず私は、胸をなでおろした。

 

「橘もお疲れ様。委員長、よく頑張ってたじゃない」

「うん、何とかなったって感じ。ほんとに」

 

 委員長として出来るようになったことは確かに増えたけれど、結局出来ない、上手く動けないことは最後まで残ってしまってて……詞と違って、周りに協力してくれる人がいなければ、私は委員長としての仕事を全う出来なかったと思う。

 

「詞以上に働けてて何とかなったは謙遜しすぎよ」

 

 え……? 棚町も、私が詞以上って言っちゃうの……?

 

「で、でも、詞みたいに何でも出来ないし、余裕も全然なかったし……」

 

 嬉しいよりも、困惑。私は言い訳を並べて逃げ道を必死で作る。けれども……その逃げ道は、ある人物によって簡単に壊された。

 

「悔しいけれど、上に立つことに関しては既にあたしを超えたと思うわよ?」

「ふぇ? 詞……?」

 

 いつの間にか、詞がいた。普段と変わりない詞、だけど……何でだろ、私は詞の顔を直視出来ない気がする。

 やっぱり、私はおかしい。昨日から今日にかけて、急におかしくなってる……。

 

「純奈が委員長になってからの方が、みんなが生き生きとしてたのよ」

「そ、そうなの?」

 

 詞ですら、私を認めるなんて……そんな、私は。

 

「そう。人を観察することに絶対の自信があるあたしが言うんだから、認めなさい?」

「う、うん。実感は、ないけれど……」

 

 そうやって私が思わず逃げ道を作ろうとすると、詞はすぐに怖い顔になって。

 

「自信の無さすぎはかえって相手をイラつかせるわよ?」

 

 こうやって、逃げ道を壊してしまう。

 

「ご、ごめん詞」

「ふふっ」

 

 すっかり私、詞に支配されちゃってるな。……でも、私はそうしてほしい。詞によって私が変わってしまうのならば、どんな変化でもきっと受け入れてしまうと思う。

 だって、私……詞が大好きだから。

 

 

 ……あれ? 詞が大好きって、今、私……自然に想ったの?

 

 

「それにしても、ミスサンタコンテスト。『今までで一番盛り上がった』ってもっぱら大評判だったわよ?」

「ふぇ!?」

「ちょっとどうしたのよ。何か考えてた?」

「な、なんでもない。それで?」

 

 棚町の言葉に私は現実に引き戻される。

 

「委員長直々に参戦して大暴れした挙げ句失格だなんて伝説よ伝説。ミスサンタコンテスト史においてこの先100年語り継がれるレベルの、ね」

 

 ……言葉にして言われると、私達相当はっちゃけてたんだなー……。顔が熱くなってきちゃう。

 

「あはは……何か今になって恥ずかしくなってきたんだけど」

「純奈、爪痕を残すっていうのはこういうことよ?」

 

 詞は恥ずかしがる素振りを全く見せず、むしろ得意げだった。今の素の詞に関しては、感情に関してはとても素直だから……ほんとに恥ずかしがってないらしい。

 だから私はこんなことを聞く。

 

「詞は恥ずかしくないの?」

 

 直球の質問。それでも、詞は当然と言った感じでこう言い放った。

 

「あたし、吹っ切れちゃってますから」

 

 私に向けられた満面の笑み。作り笑顔なんかじゃなくって、心からの笑み。ダメだよ、詞……そんな笑顔、向けられたら私……。

 

 

 詞と一緒にいるのが、怖くなっちゃうじゃん……。

 

 

 

 

--※--

 

 

 

 

「創設祭の成功を祝って……乾杯!」

 

 空き教室にて、実行委員の打ち上げパーティーが始まった。お菓子とジュースを用意して、創設祭で起こったことや、逆に創設祭とは全く関係ないことだっておしゃべりしあって楽しむ。

 私はこういうイベントに今まで関わったことはないし、部活にも所属したことがないから、こういった打ち上げに参加するのは実は人生で初めてだったりする。

 

 たった数時間のお祭りの終わり。予熱はまだみんな残っていて、委員たちもどこか浮かれている様子。私も私でその打ち上げの空気に乗せられて、ちょっと落ち着かない。……落ち着かないのは、他の原因もあるのだけど。

 

「橘先輩、お疲れ様でした!」

「ミスサンタコンテスト、すっごく可愛かったですよ?」

「もう、やめてよ。あれ、今になってちょっと恥ずかしくなってるもん」

 

 後輩達とも話しながら、私は思わずちらりと詞の方を見やる。……大丈夫、詞の周りにもちゃんと人がいる。

 もう、詞は孤独なんかじゃなかった。詞が社会に広く愛される目的でわざわざ仮面を被らなくても、詞という人間を見てくれる人が私の他にもちゃんといるんだ。私はそのことを心底嬉しく思ったけど……何でだろ、心の端っこがぴりりと痛むような感じが……。

 

 え……? 私、ヤキモチ妬いてる……? ほんの一瞬疑問に思ったその気持ちは、すぐに確証に変わっていく。認めたくないけれど、『ヤキモチ』という4文字が浮かぶとあっという間に形をなして強固な気持ちのイメージへと変化した。

 

 

 ……私、どうしたいの? 詞と、今の関係を……どうしたい、の……? 詞から離れたいの? 詞ともっと、近くなりたい?

 何にせよ、今の距離のままで詞といるのは……もう、限界なのかもしれない。

 

 

 ぼーっと他の子と談笑している詞を眺めていると、思わず目が合ってしまった。私の様子を見た詞が、私の心をまるで見透かしたかのようにくすっと笑う。どきりとした私は思わず目をそらし、窓の外を見る。

 

 夜の学校の中庭に、お祭りの跡が点々と残っている。私達が飾り付けをしたクリスマスツリーももう役目を終え、静かに佇んでいる。そして、空は当然真っ暗で、大きな月がはっきりと見える。星も数個、浮かんでいて……詞に惑わされて、落ち着くことができない私に優しい光を届けてくれている。

 

 がやがやとした空気の中、ただ一人こうして空を眺めるのも悪くない。というか、昔の私……人との関わりをあんまり持とうとしていなかった時の私は、休み時間とかよくこうしてたっけ。創設祭が終わって私は完全に変わってしまったと思ったけれど、ちゃんと昔の私の残滓がまだ身体の端に残っているんだな。

 

 今の私も、昔の私も……同じ、私のままなんだ。本質は、ちゃんと変わっていない。

 

「純奈」

「ふぇあぁ!?」

「お、いい鳴き声」

 

 ぼーっとしているところに声をかけられて、私は間抜けな声をあげてしまう。振り返ると、私の隣にいたのはやはり。

 

「つ、詞……いつの間に?」

「今日の主役が物憂げに外を眺めてるんだから心配するでしょ?」

「そ、そうだよね……あはは……」

 

 私は詞を直接見ないように、微妙に視線をずらす。今の私が詞を視界に入れてしまったら、詞への想いで一杯になっている私がどうなるのか分からないから……。

 

「ねえ。今日の純奈、ちょっと変よ?」

「え……?」

 

 図星を突かれた。そりゃそうだ、相手はあの絢辻詞だ。私ごときの隠し事なんて簡単にお見通し。

 

「挙動不審が隠しきれていないわよ。気づかれてない、なんて思ってたかしら」

「う……」

 

 私は言葉に詰まる。だって、その挙動不審の原因は他ならぬ詞なんだから……!

 

「……2人きりになる?」

「えっ?」

 

 つ、詞……っ。それは、私がパンクしそうっ……!

 

「で、でも……今、じゃなくっても」

「今じゃないと嫌」

「わ、ちょっと、詞っ……!」

 

 そう言うと詞は私の手を強く固くぎゅうっと握り締めて、強引に教室の外へと連れ出した。

 

 詞の手から感じる、詞の感触、体温、そしてこれから、打ち上げの喧騒から離れて詞と2人きりになるという未来……それらの事象が私の想いを押し上げて、心臓の鼓動を早くさせる。胸が苦しくって、苦しくって、どうにかなっちゃいそう……!

 

 そんな私の想いを、詞は全く意に介していないかのように……私をただ、前へ前へと引っ張っていった。

 

 

 

 

--※--

 

 

 

 

 色々な備品が置いてある、狭くて暗い学校の一室。私は詞にそこへ連れ込まれた。電気を付けることもなく、月の光が部屋の中をぼんやりと照らすのみ。

 

 詞と2人きりで向かい合う。外から隔絶された空間。今の私を狂わせるには十分すぎるような、そんな環境。

 

「詞……っ……」

 

 私は狂いそうな私を必死で抑えつける。目を閉じ、うつむいて、両手はぎゅっと握りこぶしを作って、なんとかして気をそらす。それでも私の心臓は私の身体を強く振動させていて、呼吸をするのもとても辛くって……っ。

 

 ずい、っと何かが一気に近づく感覚。詞が一気に、私との距離を詰めてきたんだ……!

 これ以上、近づかれると、私っ……やめて、やめて……!

 

「詞、やめっ……!」

「……っ」

 

 拒絶の言葉を発することは出来なかった。だって……唇が、塞がれたから。

 

「んんっ……んー……っ!」

「ん……」

 

 びっくりして後ろに倒れそうになる私を詞は強く抱き寄せる。何で……どう、して……私の気持ち、もしかして分かってるの……?

 それでも私は怖くて目を閉じているから、詞の表情とか意図とか、そんなのは全く分からない。

 

「んぅっ……はぁ、はぁっ……」

 

 キスをされた時間はそう長くなかった。だけど、詞の唇が離れても、私は私が怖くて……目を開けることなんて、出来なかった。ぎゅうっと強く目を閉じて……狂わないよう、壊れないように一生懸命だった。

 

「……どうしたのよ、せっかくあたしがキスしてあげたのに」

「っ……」

 

 詞が私の頭を優しく撫でる。髪をかき分けながら、私は愛でられている。私の額に詞の手が触れてこすれるたびに、私の心にある詞への想いが増幅していって……その想いをどう外に出せばいいのか分からない私は、戸惑って、怖くなって……。

 

「……ぐすっ……」

「えっ? ちょ、ちょっと何で泣くのよ……!」

 

 温もりが消えて、すぐに冷たい空気が流れ込む。私が急に泣き出したことに詞が驚いて、思わず距離を取ったから。

 

「嫌……だった?」

「違う、嫌じゃないっ」

「じゃ、じゃあ……どうして……?」

「わかんない……わかんないの、詞……っ」

 

 想いに押しつぶされた私は、その想いをどうにかしたいとしゃがみこんで俯いた。涙を堪らえようとするけれど、そう思えば思うほど止まらないもの。

 

「ハンカチ貸すから」

「ありがと……」

 

 詞のハンカチでとめどなく溢れる涙を拭く。それでも身体が勝手にぶるぶると震えて、全く落ち着くことが出来ない。

 でも……溢れ出した涙は、私が知らず知らずのうちに蓋していた心をこじ開けてくれたみたいで。

 

「詞……私ね、変になっちゃったの」

 

 一度心からこぼれ出した想いは、もうせき止めることは出来ない。目を瞑ったまま、俯いたまま……私は昨日の夜からずっと抱いていた、言葉じゃ上手く表すことができないような、はちきれそうな想いを告白する。

 

「詞のことを考えると、私……胸が辛くなって、息も苦しくなって、身体が熱くなって……私が、私じゃあもうコントロール出来なくなるみたいで……私、すごく、すごく怖くなってる……」

 

 詞からは何も反応がない。目を閉じて俯いてるから、どんな表情でどんな姿勢なのかも分からない。

 だけど、もう私は止まらない。止まれるわけがない。一度こぼれだした切ない感情を、もう一度蓋を閉じる術を私は知らない。

 

「私、この感情が分かんない。分かんないの。こんなに苦しい、辛い想い……初めてなの。ねえ、詞。私、私っ……どうしたらいいの……怖いよ……」

 

 私でも何を言っているのか分からない。ただ、心の奥底から湧き出てくる言葉をそのまま外に出しているだけ。でも、詞に助けてほしいというのは確かな願いとして私の中にあって、強く、強く、叫んでる。

 

「怖い、怖い、怖い……たすけて、詞……詞、つかさ……っ……!」

 

 言葉に出すと、もっと不安になって、怖くなって……もう、分からない。私は、何が、何を……っ……!

 

 こんな私を、こんなわがままで子供っぽい私を……!

 

「嫌だ、嫌いにならないで……嫌だよ、離れないで、つかさっ……!」

 

 苦しい、辛い、押しつぶされて……怖い……っ……。私は何も考えることが出来ず、ただただ恐怖に狂う。こんな私でも、詞に嫌われたくない。詞と離れ離れになりたくない。

 だって、私、もう……!

 

 

 ……後ろからすごく温かい感触。得体の知れない恐怖に支配された私の心を、優しく包んで励ましてくれるような……そんな、温もり。

 

「……純奈。大丈夫よ、あたしはここにいる」

 

 耳元から聞こえる、柔和で透き通った声。

 

「つか……さ……」

 

 詞がいる。たったその一つの事実が、不安を、恐怖を、一瞬にして全て消し飛ばした。

 

「純奈」

 

 私の名前を、優しく呼んでくれた。私はちゃんと、詞に認められているんだ。……そんな当たり前のようなことを、強く再認識できた私は……

 

「つかさ……詞っ……!」

「きゃっ!?」

 

 ……振り向いて、衝動のままに詞を押し倒して。

 

「うわぁあぁ……あぁっ……!」

 

 思い切り抱きつき、その胸の中で声を上げて泣いてしまった。

 

 

 

 

--※--

 

 

 

 

 私と詞は、壁に寄りかかって立っていた。もちろん、隣同士寄り添いながら……。

 

 落ち着いた私は、もう詞の近くにいても壊れることはない。ただ、ほんの少しだけ心臓が早くなっているだけ。

 

「詞。怒ってない……よね」

「当たり前でしょ。あたしだって情緒不安定になるとあんな感じになっちゃうこともあるから……」

「ありがと……」

 

 詞の優しさが私の心を満たす。苦しさもあるけれど、今の私にはその苦しさが逆に幸福感にも感じられるようになっていた。

 

「……全ての人に、等しく幸せを」

 

 ふと、詞が呟いた言葉。落ちていた詞の手帳を覗いた時に、創設祭の日の欄に書いてあった言葉。

 あの時私はその言葉の理由を尋ねたけれど、有耶無耶にされてしまっていた。

 

「え?」

「理由、今日教えるって言ってたわよね」

「……そう言えば」

 

 創設祭の日まで、内緒。あの時の詞は、そんなことを言っていた。そんなことを今更思い出した私は、少しぼーっとした感じでリアクションをしてしまった。

 

「微妙な反応ね。聞きたくないの?」

 

 詞の機嫌が少し悪くなる。私は慌ててフォローを入れる。

 

「う、ううん。聞きたい。だって私、その言葉をずっと胸に委員長を頑張ってきたから」

 

 実行委員の活動で、ちょっと辛かったり、苦しかったりした時とか……とにかく何かあれば私は、その詞の言葉を取り出して噛み締めてた。真意を量りかねないままでも、素敵な響きのする言葉だなって私は感じていて……実際私は、その言葉に勇気をもらえていた。

 

「……嬉しいけれど、少し恥ずかしいわね」

 

 詞、照れてる。可愛い。

 

「ふふっ。……教えて?」

「もう……」

 

 詞は少し息をつくと、窓の向こうを眺めながらつぶやいた。

 

「……純奈。サンタさんを信じなくなった日のこと、純奈は覚えてる?」

 

 教えてって言ったら、いきなり質問をされた。しかも、詞の口から『サンタさん』なんて単語が出てくるなんて……。

 

「ふぇっ? ……何でそんなこと、聞くの?」

「何でも。いいから答える」

 

 私は曖昧な記憶をたどる。……うーん、確か、こういうことがあった気がする。

 

「えっと……うん。小学校4年生くらいの時、サンタさんの話をしたら『いつまでいるって信じてるの』って友達に馬鹿にされたんだっけ」

 

 私の人生において、どちらかといえばどうでもいい寄りの小さな小さなエピソード。それでも、あらすじ程度ではあるけれど覚えているんだなってつくづく思う。

 

「そっか。よくある話ね」

 

 そんなどうでもいいエピソードは詞に簡単に片付けられた。……まあ、別にどうでもいいんだけど……。

 

「じゃあ、詞は……?」

「あたしはもっと酷かったわよ? 言わないけど」

「言わないんだ……」

「うん、言わない」

 

 私にだけ言わせておいて自分は言わないあたり、詞だよねって思う。……でも、もっと酷かった、か……多分、話してしまった途端、話の本筋がそっちにそれちゃう位の出来事なんだろうな。

 

「でも……それがきっかけなの」

「きっかけ?」

 

 酷い出来事がきっかけ……?

 詞の視線は、窓の外から私へと向けられる。まっすぐに見つめられたけれど、私は目をそらせなかった。

 

 詞の唇が動く。

 

「ええ。その日をきっかけにあたしは決心したの。『あたしがサンタさんになるんだ』って」

 

 詞が、サンタさん?

 

「……え? 詞が?」

「うるさいわね、黙って聞く!」

「ごめんごめん」

 

 だって、サンタさんとは一番無縁そうな人だったから……なんて言うと確実に殴られるので黙っておく。

 

「当然その時のあたしも、サンタさんになることは出来ないって分かってた。だから、サンタさんみたいなことをやりたかったの」

「サンタさんみたいなこと……例えば?」

「例えば、か……そうね」

 

 詞は少し考え込んでから、思い出話をする。

 

「小学5年生だったかしら。クラスメイトを公園に集めて、それぞれの長所を書いた紙を一人ひとりに配ってたわね。結構喜んでもらえたのだけど……」

 

 何だろう。すごく容易に想像が出来る。小さい詞が紙を渡して、喜ぶクラスメイトを見てちょっと得意げになっている風景。

 

「……何というか、詞らしいね」

「正直黒歴史ね、今となっては……」

「まあ、小学生の頃なんてみんなそんなもんだよ」

「……そっか」

 

 私が小学生の頃は……うーん、思い出すと嫌な気がしてきたからやめとこ。

 

 閑話休題。

 

「とにかくそれが今でも残ってて、全ての人に等しく幸せを、って書いたんだ」

「そう。言ってみれば創設祭の実行委員長を務めるのは、小学生の頃からの夢って言ってもいいのかもしれないわね。……残念ながら、途中でその夢を諦めざるを得ない事態になってしまったけれど」

 

 詞は寂しく笑った。でも、その笑みには後悔とかそういうのはなくって、むしろちょっと爽やかにも思えた。

 ……何となく、私に委員長を頼んだ理由が分かった気がした。

 

「……じゃあ、私は詞の夢を背負ってたんだね」

「そういうことになるわね」

 

 委員長という肩書き自体すごく重いのに、私は大切な人の夢まで背負って創設祭の準備をしてきたんだ。薄々気がついていたけれど、詞の口から直接語られるとその重みがより感じられた。

 創設祭の前にこのことを知っていたら、私、その重みで潰されてたかもしれない。

 

 私は手を胸に置いて、今思い浮かんだ、質問しなくてはいけないことを詞に不安げに尋ねる。

 

「上手く、出来てた?」

 

 ついさっき仕事ぶりを認めてくれたはずだけど、詞と2人きりのこの空間で改めて私は聞いておきたかった。

 じっと詞を見て、その答えを待つ。といっても、全然待たずに答えは返ってきたけれど。

 

「もちろん。あたしは満足したわ。純奈に任せて、良かった」

 

 純奈に任せて良かった。不思議だ、詞の言葉はまるで私が求めていた救いのようで……すっと私の隅々まで行き渡って、落ち着いていた私の感情を呼び起こして。

 

「ありがと……ぐすっ」

 

 なんだか、熱いものがこみ上げてきて……やだ、私ってそんなに泣き虫だったっけ……。

 

「こ、こら! また泣かないの!」

「だって……詞に、私に任せて良かったって言われて……」

「もう、仕方ないわね。はい、ハンカチ」

「んっ……」

 

 詞のハンカチ。さっきの私の涙でちょっと濡れてる。少し、悪いな……。

 

「ごめんね、ハンカチぐしょぐしょにしちゃって」

「いいわよ。ハンカチは汚すためにあるようなものでしょ?」

「ありがと……」

 

 今日はたくさん詞の優しさに触れてるなぁ……。心がすごく、あったかい。

 

 でも、何だろ……。涙を流してしまうと、浮ついていた感情も一緒に流れてしまって……急に冷静になって、心に空きが出来て。そしてその空きを、何もないもので埋めてしまって。寂しくなって……。

 

「終わっちゃったね、創設祭」

「どうしたの、急に?」

「……なんだか、夢だったのかなって」

 

 ふと、そう思ってしまった。

 

「こうして一生懸命、人のために頑張れてさ。みんなをまとめ上げたり、色々相談を受けたり、大勢の前で挨拶したり……まるで、私が私じゃなかった感じがして」

 

 詞と出会ってから、私の生活は一変した。繰り返しの退屈な学校生活が、たくさんの表情を見せて私に関わってくる。忙しくもあり、大変だったけれど、決して退屈はしなくって……今思うと、あんなに充実した一ヶ月なんて今まで経験したことがなかった。

 

 だから、今思い返すと、現実味がない出来事が連続してたな、なんて……そう、思ってしまう。

 そして、今も……まるで夢。

 

「それに、今こうして詞の近くにいるのも、ひょっとしたら夢なのかもなって思っちゃったりしてさ。そんなはず、ないんだけども……」

 

 あの、私が圧倒的な劣等感を抱いていた、完璧な優等生。今まで避け続けていたコンプレックス。それが、詞だったのだ。

 今となってはそんなこと、全く思わないんだけど……でも、そういう人とここまで接近出来ているのは、やっぱり奇跡なんじゃないのかなって。

 

 少しその事実を指でつつけば、あっという間にもろく崩れ去りそうな気がするくらいの……そんな、おぼろげなイメージ。

 

「ごめんね、変なこと言っちゃって」

 

 ちょっと詞に失礼だったかもしれない。今、私が詞の隣にいるのはまごうことなき事実なんだから……。

 

 そんな私の慌てた言葉が届いていないかのように、詞は上を向いてぼそりと呟いた。

 

「……あたしも」

「え?」

 

 詞、も……? まさか、詞が私と同じような想いを持っているだなんて。ぽかんとする私をよそに、詞は続けた。

 

「あたしも、純奈がいるっていうことが……まるで、夢みたいだなって思うことがあるの」

「私が……?」

「そう。こんなあたしにも、純奈のような全てをさらけ出せるような人が近くにいるっていうことが……」

 

 月の光に照らされた、詞の顔。寂しさと、幸せとが混ざりあったようなその表情が、私にはやけに美しく見えた。

 

 急に、私は詞が愛おしくなって……詞の身体を、ぎゅっと抱き寄せる。

 

「でも、夢じゃないよ。……私は、ここにいるから」

 

 それは、私自身に言い聞かせるような言葉。おぼろげなイメージを補強するような、そんな言葉。そして、身体全体の感触で……今ここにある詞は現実なんだって、強く、強く……私の心に染み込ませる。

 

「……ええ、夢じゃないわ。わたしもちゃんと、純奈の隣にいるから」

 

 詞の雰囲気がすごく柔らかくなった。柔らかなその詞の言葉と、私の身体に回された詞の華奢な腕が……ついさっきまでおぼろげだった私のイメージを優しく包み込んで、より強固にさせた。

 

 もう、夢みたいなんて思わない。指でつついたって、その事実が崩れたりなんかしない。……私は、詞は……ここに、いるんだ。

 

 お互いにお互いを確かめ合うように抱き合う。そこにある感触、そこにある体温、そこにある匂い……全部夢なんかじゃなくって、今、確かに存在する現実。

 ちゃんと、ある。ちゃんと、いる。……今、ここに、しっかりと。

 

 でも。……もっと、そのイメージを強くしたい。まだ私は不安だった。欲張りかもしれないけれども……心から強く欲しいと、そう思ってしまったから。

 

「……ねえ」

「ん?」

 

 私は詞にお願いをした。……あの時の詞の、言葉を借りて。

 

 

 

 

「……私に、『証明』を下さい」

 

 

 

 

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