絢辻さんと、私と、『証明』と   作:#NkY

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帰り道、私の隣には……

「これで、最後……っと」

 

 仕事を見くびっていた。結局私は絢辻さんに助けられながら悪戦苦闘の末、なんとか書類作業を完遂した。

 

「よし、終わったぁあ!」

 

 私は腕を広げて天井を仰ぎ、解放された喜びを全身で表現した。悪戦苦闘の後の達成感。一過性の快感だけれど、なんだか癖になりそうな快感。

 

「くすっ。お疲れ様、橘さん」

 

 結局、絢辻さんに勝てた、なんていうのは幻に過ぎなかった。手伝うと言ったものの、要領の良さでは当然絢辻さんに勝てるはずもなく。それどころか逆に私の仕事を手伝ってもらって……端的に言えば、私はダサいとしか言いようがなかった。

 達成感という一瞬の晴れ間は、すぐに分厚い罪悪感という重い灰色の雲に覆われた。

 

「絢辻さんありがとう。その……迷惑だったよね」

「ううん。いつもより数倍楽だった」

「気を使わなくてもいいのに……」

「このあと、一緒に帰りましょう?」

「え?」

 

 本当にいいの? と私は絢辻さんに聞く。きっと、間が抜けた顔をしているんだろう。

 

「本当に迷惑だったなら、一緒に帰るなんて誘わないわよ。ね? いいでしょ?」

「う、うん。分かった」

 

 今度は私が絢辻さんに押し切られてしまった。……絢辻さんって、そんなに積極的なイメージないんだけどなぁ。

 

 

--※--

 

 

 職員室の高橋先生に仕事の完遂を二人で知らせ(私がいることに先生は少し意外そうに思っていたが)、私と絢辻さんはすっかり暗くなった昇降口を出た。

 まばらにある街灯に照らされた薄暗い中庭。1年半以上通った学校の、今まで見たことのない違った一面を目の当たりにして、私の心はなぜだか高揚していた。

 

「もうすっかり夜だね」

「そうね、思ったよりも仕事が多かったのかもしれないかも」

 

 空を見上げれば、乾燥した空気を通して、満月よりかはちょっと足りないくらいの月の光が私達を照らしているのが見える。星も点々と見え、赤く点滅する動く光は……飛行機だろう。

 深みのある漆黒の中、かすかな、しかし確実にある光。こんな光景を見るのも久しぶりなのに、まさか制服を着たまま、カバンを持ったまま。そして――。

 

「こんな時間に帰るのは初めてだよ」

「橘さんはそうかもしれないわね」

 

 あんなに私が避けていた絢辻さんの隣で、見ることになるなんて。

 

 月明かりと、白く冷たい街灯に照らされて浮かび上がる絢辻さんの、清廉潔白で整った横顔の輪郭。普段遠くでしか絢辻さんを見たことがないのも手伝って、私はそれが幻想的に思え、軽く心を両手で包まれるように優しく締め付けられるような……そんな、心地よい苦しさがあった。

 

 簡単に言えば、見とれていた。でも、なんとなく、簡単に、見とれていた、という一言で済ましたくないような……そんな、感じ……感じ、というのはなんかおかしいな。なんだろ……と、とにかく、そういう複雑なあれ。

 

「絢辻さんは、こんな遅くに帰るのって結構あるの?」

「ええ、そんなに珍しくないわね。もっと遅くなるときだってあるし」

「もっと……?」

 

 どうして絢辻さんは、そんなに自分の時間を他の人のために捧げることができるのだろう。他の人が喜ぶという見返りがあると言っていたけれど、それにしてはあまりにも釣り合いが取れないんじゃ……。

 

「……多分、今日も『もっと』の日になっていたかもしれないわ。ありがとう、あなたは心配なのだろうけれど、私はちゃんと助かっているから安心して」

「そ、そう?」

「ええ。それに、私いつも一人だから……あなたがいるってだけで、ちょっと楽になった」

 

 私がいて、良かったんだ。今までコンプレックスだった、正直一緒の空間にいてほしくなかった、私の苦手な完璧な人。その人に、私は今認められているんだ。

 

 なんだろう……外の空気は確かに寒くて、私の耳を痛めつけてくる。でも、私の鼓膜から伝わる絢辻さんの言葉は……すっと、心に溶けて、身体の隅々に行き届いて……うん。すごく、心地いい。あったかい……。

 

 

 

「……橘さん、どうしたの?」

「ふぁあぁあ!?」

 

 いきなりぐいっとびーんと身体が伸び切って硬直した。思考停止。時間が止まる。

 

「ひゃっ。突然大声出さないでよ、びっくりするじゃない」

「ご、ごめん。なんか……ぼーっとしてた……!」

「くすっ。変な橘さん」

 

 絢辻さんに。あの絢辻さんにからかわれた。超恥ずかしい……顔から火が出そう、っていうのはこういうことなんだと思う……っ!

 

 でも……変な橘さん、か。確かに今の私は……。

 

「……私でもちょっと変だなって」

「そうなの?」

「なんであんなこと思ったんだろ、って……」

「あんなこと?」

 

 絢辻さんの顔が私を覗き込む。あ……私ったら、また……!!

 

「……な、なんでもない! 忘れて!」

 

 こんな、……もう、こんな……ううっ! 

 

 すっかり混乱しきった私は考えるより前に、足が動いていた。逃げるように全力疾走。

 

「あ、橘さん!? 待って、夜は危な……」

「え……?」

 

 ローファーの先端が地面の模様のくぼみにハマる。身体が重力から一瞬だけ解き放れたような、ふわりと浮く感覚。やってしまった。これは……転ぶ……!

 

 さすがの絢辻さんも、そんな突拍子もない行動に出た私を助けることは出来なくて。まるでヘッドスライディングのような格好でびたーん、と私は地面に身体をぶつけてしまった。

 

「いったたた……あ……」

 

 

 嫌な予感がする。なんか……お尻がやけに……すーすーする……。

 

 

 

「みず……いろ……?」

 

 

 

 思わぬ事態に絢辻さんも見たままをつぶやいてしまう。

 

 

 ……つまり……詳細は伏せるけれど……そういうこと……で……。

 

 

 

 

「ふぁあああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 私の絶叫は、深い黒のはてない空間へと吸い込まれていった。

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