狂騒の花束   作:YOTUYA

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第一章 異常発芽
第一話


 

 崩壊したこの世界で、唯一生き残った神代ノ桜。

 それは奇跡なのか、呪いなのか、一年中枯れることなく満開に咲き誇っているという。

 

 そしてここは、 俺と / 私と あいつが出逢った場所でもあった。

 

 二年経ったいまでも、昨日の事のように覚えてる。

 

 殺意を込めた刃をぶつけて、桜が紅に染まる程に血を流した。

 

 二年経っていまでも、あの姿を覚えている。

 

 あの日、

 

 あの瞬間だけは━━━、

 

            ━━━きっとこの世であいつが一番美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 朝、俺の一日はチビで巨乳で金髪の部下に叩き起こされる事から始まった。

 

「━━花! おい起きろ(あかざ)稜花(りょうか)! いつまで寝ているつもりだ!」

 

 布団の上からバンバンバンバン叩かれる。

 

「やめろぉぉ……三葉ぁぁ……」

 

 身体を丸くして防御を固め、朦朧とした意識の中で軍服姿の彼女の名を呼ぶ。

 

「やめてほしかったら起きろ! これ以上訓練をサボればおまえの監視官である私の責任も問われるのだぞ!」

「おまえが俺の監視官である前に、俺はおまえの上官だろうが……」

 

 大尉だぞ大尉、しかも満16歳。こんな泣く子も黙るエリートの睡眠をよく邪魔できるなこいつ。

 しかし、三葉は相も変わらず騒ぎながら、今度は布団を剥がそうとまでしてきた。

 

「大尉なんて地位はいまのおまえには相応しくない! ただのお飾りだ!」

「……ッ」

「昔のおまえはどこにいったのだ! 兄の背を一生懸命に追いかけて━━」

 

「俺からその兄貴(かぞく)を奪っておいて何言ってんだおまえ」

 

「━━ッ!」

 

 無意識にそんな言葉を口走ってしまった。

 三葉はビクッと身体を硬直させ、静かに布団から手を離す。明らかな焦燥に包まれ、瞳からは感情が消えていく。

 俺はすぐさま半身を起こして彼女に向き直る。

 

「……悪い、寝起きで頭が回ってなかった」

「…………」

 

 彼女に一番言ってはいけない言葉だった。

 気まずい空気に中てられ、眠気なんてどこかに飛んでいく。

 

「…………」

「…………」

 

 暫し続く沈黙。その時、壁に掛けられていた刀から声が聞こえてくる。

 

 ━━可哀そうねぇ、慰めてあげなさいよ彼女も自分も。こんな狭い部屋で二人っきりよ? 彼女も覚悟の上じゃないのかしら?

 

 心奥へ問いかけるような、ねっとり絡みつく女の声。それに応えるように芯から体が熱くなってきた。

 呼吸も上手くできない。何より眼前の三葉から目が離せなくなった。

 二つ結びにされた金色の髪から白くか細い脚まで。彼女のなにもかもが愛しく思える。

 

 ━━そう、それでいいの。明日が限りなく遠いこの世界で、自制心なんていらないわ。

 

 両手が勝手に彼女へと伸びていく。

 

 ━━そのまま本能に身を任せなさい。大丈夫、気持ちいいだけだから。

 

「稜……花……?」

 

 不意に三葉の声が聞こえた。

 我に返ると、彼女はまるで化け物を見るかのような恐れ戦いた瞳で俺を見つめる。

 

 ━━チッ。

 

 鬼の舌打ちが合図となり、燃え上がるように奥底から自制の心が溢れ出してくる。

 指先が彼女の頬に触れる直前、俺は咄嗟に━━、

 

「たかいたかーい! たかいたかーい! ほらほら飛行機でちゅよー!」

 

 三葉の両脇を抱えて幼児プレイで誤魔化した。

 

「…………」

「ぶーんぶーん! うわーバードストライクだー!」

「降ろせ」

「すいません」

 

 着陸成功。静かなる怒気を纏う悪魔が地に降り立った。彼女は乱れた制服を直し、深くため息を吐く。

 

「まったく……。おまえというやつは、まったく……」

 

 呆れられたが、火照った身体を覚ますには幼児プレイの効果は大きかった。平静を取り戻した俺は、なぜ朝っぱらから軍服姿なのかという疑問が浮いてきた。

 

「おまえ、こんなバカみてぇな朝から仕事なのか?」

「ああ、新たに吸血鬼殲滅部隊に配属される事となった」

「へぇー、殲滅部隊ねぇー」

 

 吸血鬼殲滅部隊━━月鬼ノ組。日本帝鬼軍の中でも精鋭たちが集まる部隊だ。

 

「隊長は?」

「知らん。だが、黒鬼所有者が三人もいるエリート集団だと聞いている」

「マジか、すげぇな」

 

 三葉は壁に掛けられている俺の鬼呪装備を眺めながら言う。

 

「おまえのは確か明王シリーズだったか」

「そう、一番大人しいやつ」

 

 殲滅部隊で用いられるものの中ではという意味だけど。等級は一番下だが、宿ってるやつは十分やばい。

 三葉は視線を戻した。

 

「いまからでも上にリベンジする気はないのか? 童子や羅刹、荼枳尼、いや現在のおまえの実力なら今度こそ黒鬼や菩薩に━━」

「おいおい、昔のおまえはどうこう言ってた次は現在のおまえか? 支離滅裂すぎだ。それに昔も現在も俺はなにも変わってねぇよ。あの日と同じ、触れただけで泣き叫んでゲロ吐いて気絶するだけだ」

「それは……」

 

 なにか言いたげだけどその後が出ないんだろう。仕方ない、身の程も知らず黒鬼に挑戦した俺の姿をこいつは目の前で見ていたんだから。

 

「…………そうか」

 

 言葉を殺した彼女は静かに俺から視線を外す。

 

「…………」

「…………」

 

 なんか歳を重ねるごとに三葉と気まずくなることが多くなってきた気がする。

 まあ、でも、こういう状況の対処法は嫌という程わかってるけど。

 

「確か、兄貴は羅刹だったよな?」

 

 訊くと、途端に三葉は表情を明るくして誇らしげに話を始めた。

 

「ああ! そうだ、蓮隊長の鬼呪装備は羅刹シリーズだった!」

「そっか」

「蓮隊長はもの凄く強かったぞ! それに部下からの人望ももの凄く厚かった! 普段は優しく任務では厳しく、いつだって私たちを引っ張っていってくれた!」

「その髪型も兄貴が褒めたからだもんな」

「へにゃっ!?」

 

 三葉が素っ頓狂な声をあげて瞬く間に顔を赤くする。そして鮮やかな金色の髪をいじりながらモジモジと言い淀む。

 

「そ、それは……い、いやそんなことは……!」

 

 ━━男の部屋に来て、他の男の話するなんて最低ね。犯してやりなさいよ。

 うるせぇうるせぇうるせぇ。

 

 俺はわざとらしく時計を指さして口を開く。

 

「あー、もうこんな時間だぞー。集合時間に遅れるんじゃないかー」

「なっ!? これはまずい!」

 

 三葉は時刻を確認し驚き、急いで玄関へ━━と思いきや姿勢をきっちり整えて、

 

「では、行ってきます藜大尉」

 

 深々と頭を下げた。

 

「おう、必ず生きて帰ってこい、三宮」

 

 

 

 

 三葉が部屋を出てから二時間後。ノックも無しに扉を開けられた。

 

「ちーっす、元気してるかー」

 

 次は断りも無くヅカヅカと踏み込んできた。

 現れたのは、軍服に身を包み、腰に刀を携える長身の男。我ら日本帝鬼軍の中佐、一瀬グレンだ。

 

「げっ、まだ寝巻きかよ……」

「グレン中佐じゃないですか、どうしたんですかこんなバカみてぇ朝っぱらから」

「いまを朝だというおまえが一番バカだよ」

 

 グレンははぁーとため息を吐きながら近くの椅子に腰掛けた。

 

「おまえ、確か三葉と仲良かったよな?」

「ああ、まあ。さっきまでここにいて、新しい部隊に配属されるとか騒いでたけど」

 

 聞きたてホヤホヤの情報を話すと、彼は大きくニヤついた。

 

「いいじゃねぇか、説明する手間が省ける!」

「えぇぇぇぇ……」

 

 嫌な予感がする。

 

「稜花、おまえに久々の任務を与える」

 

 当たった。

 

 

 

    ★    ★    ★    ★

 

 

 

 ━━稜花、おまえは原宿へ行け。

 原宿には吸血鬼が人間を家畜化している小さな集落がある。そこを潰して人間を解放してからは新宿へ向かえ。

 柊シノア率いる新人殲滅部隊が先行して殲滅に当たっているがちと心配だ。おまえにはその残党処理を任せる。

 いいか? 糞の一つも残すなよ━━。

 

 眼前に広がる荒廃した世界。

 地面の至る所に穴が開いていて、かつて空を覆っていたビルたちはいつ倒れてもおかしくない角度で埋没し、無残な鉄の骸と化していた。

 周囲を見渡しても人っ子一人いない。まさに独りだった。

 

「……地獄だな」

 ━━そうかしら? ここではなにしても見つからないのよ? 最高の楽園じゃない。

 

 腰に携えた刀がガタガタと震える。

 なにをするにしても独りじゃつまんねぇよと思いながらトボトボ歩いていると、前方に辛うじて原形を留めている駅舎が現れる。

 原宿駅。任務の中間地点だ。

 真っ先に目に入ったのは電車の屍。それ以外には特に印象的なものなんて無かった。

 嘘、有った。

 

「…………」

 

 目を凝らしてよく見ると、遠くから少年が歩いてくる。怪我でもしてるのか、片足を引きずりながら懸命に一歩一歩進んでいた。こんな場所に独りで。

 

 ━━この際だから小児性愛でも始めなさいよ。

 なにがこの際だ。

 

 距離が縮まり、少年と目が合う。少年は不安そうな表情をして、息を切らしながら一直線に俺に向かってくる。

 罠だ。罠が自分から得物を引っ掛けに来てる。

 

「えぇぇぇぇ……」

 

 気持ちが引いてしまって一歩も動けない。もたもたしている内に少年は目の前まで来て、ゴールしたかのように膝をついて肩で息をする。

 

「はぁ……はぁ……」

「……………………」

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「………………………………」

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

「はいタッチッ!!」

 

 俺は叫びながら少年の肩に手を置いた。

 

「ハハッ! 馬鹿がッ!」

 

 すると空から無数の笑い声が降り注ぎ、瞬く間に俺と少年は白いローブを着た吸血鬼に囲まれてしまった。

 ちくしょぉぉぉおおおおおおおおおおお。

 ざっと見て二級武装の吸血鬼が八人。フードを深く被っていて誰一人素顔が見えない。

 そんな中、俺の真正面に立った吸血鬼がニヤニヤと口を曲げながら声を発した。

 

「すいませーん、僕のペットがご迷惑を」

「ご迷惑掛けたと思うならお顔見せてくださいよー」

 

 と、ヘラヘラしながらフレンドリーに返すと、吸血鬼は静かに笑みを消して、

 

「誰が家畜なんかに見せるかよ」

「あっそう。だったら自分で見るわ」

 

 俺は右手で鞘から刀を抜き、告げる。

 

「醒めろ━━黒翁鬼(くろおきな)

 

 __刹那、刀身から凄まじい突風が放たれた。

 

『━━ッ!?』

 

 その強さは少年の体勢を後ろへと崩し、吸血鬼達のフードを一つ残らず吹き飛ばす程である。

 

「すげぇ……これが噂に聞く鬼の武器か。頭から二本角生えてんじゃん!」

 

 馬鹿にしたようにさっきの吸血鬼が笑う。年端もいかない若い男だ。それだけじゃない、視界に入っているのはすべて男。左後ろも男、右後ろも男。

 真後ろも、男。

 

 ━━最悪、殺すわ。

 

「切り咲け━━凌霄鬼(のうぜんかずら)

 

 敵意が殺意に変わった瞬間、真っ黒い刀身が紅に染まっていく。 

 

「ハハハッ! 次は目まで真っ赤だ! 自分の身体そんなにしちゃって本当に人間って狂ってるよ!」

 

 若い男に賛同するように他の奴らも笑い上げ、剣を構えた。

 

「……ッ!」

 

 少年が逃げる。しかし、誰も動じない。

 欲望を吸い取った紅い刀を構え、俺は息を吐いた。

 意外に意外、一番隙が無かったのはあの若い男の吸血鬼だった。逆に、一番隙が有るのは真後ろにいる吸血鬼である。

 その余裕はどこから湧き出る。

 背後だからか。この人数だからか。

 あいつを見習えよ、何一つ人間(おれ)を侮ることなく向き合ってるぞ。

 

 __ほら、呼吸が乱れた。

 

「チッッ!!」

『オオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 踏み出しは俺の方が早かった。真っ先に振り返り、鬼の力で数倍に強化された身体で地面を蹴り飛ばす。

 弾丸のように飛び出した肉体は刃の雨を潜り抜けて、構えすらままならない男の胴体を斬り裂いて分断する。

 その爆発的な遠心力を維持したまま振り返り、刀身から漲る力で紅い斬撃を放った。

 

「あがッ!?」

「いぎ……ッ!」

 

 その刃は二人の吸血鬼の上半身を貫通する。

 

「なッ!?」

 

 運が良い。激しく動揺した奴がすぐ近くにいた。

 四人目を殺した後、再び振り返ると一番遠い奴と目が合う。

 始めと同じだ。こうやって足に力を籠めれば、

 

「くそ……ッ!!」

 

 一瞬で詰められる。

 そして目の前の吸血鬼は攻撃ではなく防御を選んだ。

 一番嫌な選択だ。こんな多勢相手の中で鍔迫り合いなんて危険すぎる。

 

 でも、いまは構わない。

 距離間も踏み込みも十分、柄の握りだって絶妙だ。

 いける━━ッ!

 信じろ、いける━━ッ!!

 いけるいけるいけるいけるいけるいけるいけるいけるいける━━ッ!!!

 

「ああああああああああああああああああああああッッ!!!」

 

 ありったけの気合いを込めて、

 剣ごと斬り砕け━━ッッ!!

 

「ふざけるなぁぁあああああああああああ……ッッ!!」

 

 紅と銀の刃が衝突した時、

 耳をつんざくような炸裂音を響かせながら、空間が激しく揺れた。

 砕いたのは紅、砕かれたのは銀。

 

「人間舐めてんじゃねぇぇぞッッ!!」

 

 五人目が霧散した。

 あと三人だ。

 呼吸を整えながら向き直ると、吸血鬼はあっけらかんとその場に立ち尽くしていた。

 

「ハハ……! 冗談きついぜ……おまえらはチームで行動すんじゃないのかよ……」

 

 俺は力一杯に刀を地面に突き刺し、叫んだ。

 

「生憎……ッ! これが俺のチームなんだよ……ッ!」

 

 たった一人でも必死に探って。

 必死に足掻いて、苦しんで。

 必死に殺すんだ。

 弱者(にんげん)にはそれしかできないんだから。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお━━ッッ!!」

 

 喉が裂けるくらい絶叫し、自分で自分を鼓舞した。

 

「ぐ……ッ! ひ、退け……ッ! 三人だけじゃ勝てない……ッ!!」

 

 若い男が声を荒げ、吸血鬼たちは背後のビルに飛び移る。

 そして、そのまま瓦礫の中へと消えていった。

 

「はぁ……はぁ……マジで……しんどい……」

 

 俺は力無くその場に崩れ落ちる。息を切らしててもぼやかずにはいられない。

 

「なにが……先行してるだ……ガッツリ残ってんじゃねぇか……!」

 

 後ろでなにかを引き摺るような音がした。見ると、さっきの少年が泣きながら近づいてきていた。

 

「…………」

 

 なにを言うわけでもなく、ただ無表情で泣いていた。

 すごい器用なことをするなと笑えた。

 

「よお……吸血鬼のとこ戻りたくねぇなら……一緒に来るか?」

 

 そう言った時、

 

「う……うぅ……ッ!」

 

 少年は見る見るうちに表情を取り戻し、

 

「うわぁぁぁぁぁ……ッッ!!」

 

 無邪気に泣き崩れた。

 

 

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