表参道地下での激闘後、俺はシノア隊の一時間後に表参道を出発した。
歩けど歩けど変わり映えのしない荒廃世界。本当に進んでいるのかさえ分からなくなりそうになる。
気を紛らわせる話し相手もいない。少し前まで三葉たちがいたせいで、妙に静かに感じた。
任務はあくまであいつらの残党処理。一緒に行動するのは命令違反だ。
それに、必要以上に三葉やシノアの近くにいるのは気が進まなかった。
「あー、考えただけで焼けてくる……」
あの二人の姿を思い出すだけで、再び俺の手が桜色の炎に包まれた。
━━はしゃぎすぎたわね。しばらくあの感覚は忘れられないわよ。
「はぁー、好きな奴を満足に抱きしめることもできねぇのかよ……」
━━気にせず抱きしめればいいじゃない。そして、焼き焦がせばいい。
馬鹿な事を言う。
そんな振り切れたら、今頃俺は殺されてる。
━━だったら、あの時はなんだったのかしら。
「やめろ」
鬼の言葉を引き金に溢れ出しそうになる記憶を掻き消す。
━━そうして逃げるのよ。あの日のあんたたちは最高だったわよ? 見る人によっては精神を壊すかもしれないけれど、少なくとも私は好きだったわ。
「いつの事だかわかんねぇわ」
━━とぼけても無駄よ、ほら。
なにがほらだと困惑する俺の鼻孔に、焦げ臭い匂いが入り込む。向けば、前方で大型の四輪車が黒煙を発しながら佇んでいた。
それに微かな戦闘の形跡も刻まれている。ここで何かあったことには間違いなさそうだ。
「なにしてんだ、あい━━」
その匂いに思考が辿り着くより先に、俺の身体を桜色の炎が纏わりついた。蛇のようにとぐろを巻きながら、足先から頭上までを包み込む。
気づいた時にはもう手遅れ。掻き消した筈の三年前の記憶が扉をこじ開けて溢れ出る。
彼女特有の甘い香り。
忘れようにも忘れられない、心の深奥に刻み込まれたあの姿。
あの日、あの瞬間、俺が眼球、舌、透けて見える血管、そこに流れる血の一滴まで
そして追いついた思考が確信する。
彼女がここにいた、と。
「あ、ああああ……ッ!」
溶けてしまっても不思議ではないと思える程に、身体が芯から熱くなっていく。
━━あははははははッ!! そうよそれでいいのッ!!
鬼の狂気に満ちた笑い声が理性に噛みつく。
「ここにいたんだな━━」
━━さあ! 自我を燃やして咲き誇りましょうッッ!!
「━━チェスッッ!!」
★ ★ ★ ★
「━━ッ!」
荒廃した世界を飛び舞う第十七位始祖━━チェス・ベルは、不意に名を呼ばれた気がして後ろを振り向いた。
しかし、そこにあるのは果てしない世界の断片と仲間であるホーン・スクルドの姿だけ。
「どうかしましたか、チェス」
「いやぁ、なんでもなぁい♪」
「……?」
チェスは確たる答えをひた隠しにしたまま再び前を向く。そこには主であるクローリー・ユースフォードの勇ましい背中がある。
しかし、彼女は二年前、眼前の男を凌駕するほどの存在感を放つ人間に出逢ったしまった。
名を藜稜花。彼女が唯一覚えた人間の名である。
思い出すだけで身体が疼き、喉が渇く。
忘れようにも忘れられない、心の深奥に刻み込まれたあの姿。
あの日、あの瞬間、私が眼球、舌、透けて見える血管、そこに流れる血の一滴まで
「あはは!」
思わず声が出た。
すると、いままでずっと前を見ていた主が横目で見つめてくる。
「どうしたの、チェス。随分楽しそうだ」
「ごめんなさい、クローリー様ぁ。私、喉が渇いてきちゃいましたぁ」
「そっか。もうすぐいっぱい飲めるから、それまで我慢しとくといいよ」
「はぁい」
そうだ、目一杯喉を乾かして待っておこう。
きっともうすぐ会えるのだから。
「稜花ぁ、早く会いたいよぉ」