「それでも俺は行く...駆けつけることができるのなら...俺は夏凜と園子のところに行く...!」
『見る』『聞く』このふたつを半ば放棄している緋月昇は果たして『緋月昇』なのか。誰も見たことの無いほど緋月昇は焦っている。
「聞く耳を持たないようだけど...それでも言うわ。昇君、今は待ちなさい。食べるものを食べて、眠気を覚ましてからじゃなきゃ貴方の大事な三好夏凜は救えない。それに赤嶺と弥勒の使ってた武器にもし銃器があったのなら、昇君、貴方死ぬわよ。」
「それでもだ、芽吹。それでも俺はのうのうとしてるわけにはいかない。俺だけゆっくりなんてしてられるか...!」
「普通じゃない取り乱しようだね...でも、取り乱してるのはもう一人いる。」
「楓花......」
昇の背に楓花は顔をうずめている。
華奢な腕を回して、行かせまいとしている。
「行かせてくれ楓花。俺は、俺より大事な人を助けたいんだ。しかも、助けられるのは運悪く俺だけらしい。だから...」
「いや...行かないで...楓花を置いていかないで...もうひとりぼっちは嫌なの...ひとりぼっちは、嫌なの...」
「芽吹も雪花も、ほかの調査隊メンバーもいる。お前はひとりじゃない。それに、だいたい2日くらい会えないだけだ、何も心配しなくていい。」
「楓花ちゃん...」
楓花の取り乱しようはわからなくはない。中学3年生、誕生日も来ていないからちょうどあの頃、樹海の中で戦ってた少女たちと同じくらいの年齢だ。
「陽本楓花は緋月昇の最高の後輩だ、胸を張れ。戻ったら今度は手料理のうどんを作ってくれよ、楓花。だから...先輩として、上司として言う。俺を、夏凜と園子のところに行かせてくれ。」
「......先輩は...ほんとに、夏凜さんが好きなんですね...私の心をわかっててなお、それを貫き通しますもんね...」
「あぁ...俺は無情に選ぶ。痛いさ、とても。だが俺は三ノ輪銀にはなれないし、楓花の両親にもなれやしない。俺は緋月昇だから。」
「知ってたんですか...」
「まぁ、な。見てればわかった。引き取られた先で酷い目にあってたことも含みでな。」
「......ずるいですよ、ほんと...」
楓花の腕が下ろされる。昇は振り返ってただ一回、楓花の頭を撫でて貨物室に向かったのであった。
「行ってらっしゃいです、先輩。」
日が沈みそうな時間に、一艘のモーターボートが海を駆ける。
友のところへ向かわんとする緋月昇を止めるものは今のところはいなくなったのであった。
出発から6時間後、ついに緋月昇は四国へ戻ってきた。だが、乃木家まではまだ距離がある。
「眠ぃ...腹減ったな...」
と言いながらも懐に忍ばせていたカフェインのサプリとブドウ糖のサプリを飲む。効き目が出る頃には乃木家に着くだろう。そこからが勝負だ。
「太陽が昇る...さ、行くか...」
アンカーユニットを近くの建物へ射出し、振り子の要領でできるだけ早く移動する。
はたから見たら蜘蛛男のようだなと思いながら最速で乃木家へ向かうルートをとる。
「待ってろ夏凜、園子...!」
この時から緋月昇の中の人ならざる部分が鼓動を打ち始めた。激しい怒りが引き金か。それは誰にもわからない。
次回、第11話「夢だとしても」
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