「...なに、これ...」
陽本楓花が乃木家に着いたのは日が傾いてきた頃だ。いつもなら隣に昇がいるが今日はいない。もっといえば今日は昇のぶんの荷物も楓花が持っている。そんな楓花の目に映ったのは所々が赤黒くなっている乃木家の庭であった。
「楓花?楓花よね?」
「夏凜、さん...?」
「よかった、無事だったのね。...昇だけ先に帰って来てたから心配してたのよ。」
「ありがとうございます...で、その先輩は...今、どこにいるんですか?」
楓花の問いは夏凜の視線が下を向いたことで答えになった。楓花は昇の部下である。昇ほどではないにしろ観察眼は常人より鋭い。
「ここにはいないんですね。...園子様は無事ですか?」
「えぇ...奥で膝を抱えているわ。昇がああなったのは私のせいだって...違うって言っても聞かないのよ...」
「そんな...だったら先輩のところに届いた文を読んだ私のせいになりますよ!」
「いいえ、楓花には感謝してるわ。昇を送り出してくれたのだから。...悔しいけど、昇が来てくれなかったら私も園子も無事じゃすまなかった。昇にあんなことをさせる前に私が全員ぶっ倒してたら...!」
陽本楓花も三好夏凜も乃木園子も皆、緋月昇のあの一方的殺戮は『私のせいだ』と思っている。
そして皆、『それは違う』と他人の自責を否定する。そしてそれは、緋月昇も例外ではなかった。
「殲滅、完了...」
大赦本庁にて最後の敵の首を掻き切る。緋月昇の全身は返り血だらけであり、また同時に自身の血にも塗れていた。
「流石に頑張りすぎたか...」
天の神因子の励起は収まったが、それでもまだ緋月昇の中の破壊衝動は収まっていない。
「緋月君...」
「...春信さん、ですか...武装解除だけには留められなかった...」
「...いや、こちらこそすまない緋月君。君に巨大な十字架を背負わせてしまって...」
「...乃木家に敵が来た時からこうなることは読めてました。夏凜や園子になにかしようものなら、俺が全力でそいつを殺すだろうって。それがたまたま全員だっただけで。」
赤い液体が滴る左手を見ながら、緋月昇はただ話す。ここまで約40人。全員殺した。
「緋月君...」
「こんな手じゃ、もう夏凜や、園子や楓花の頭を撫でることなんて出来やしない...」
「それは違う。違うよ緋月君。」
三好春信は首を横に振る。
「君は夏凜を、園子様を護ってくれた。その途中でこうなっただけで、君は一番大事な目的を果たしている。ただそれだけでいい。君は君だよ。それに、夏凜には君が必要だと僕は思うよ。兄である僕が言うんだ、間違いはない。」
「それでも、俺が許せない。」
「別に君がどう君自身を判断しようが勝手だ。だが、君は自分自身を見れないだろう?」
緋月昇の目で見る、耳で聞くというふたつの人間離れした特技。だが、それは自分自身には使えない。だから自分自身を正しく判断できない。それが緋月昇の一番の弱点である。
「っ......」
「君は、他人に身を委ねるということも覚えた方がいい。何も出来なかった、大人のたわごとだけどね。」
三好春信は大人であった。
子供たちに委ねてしまったことに対して誰よりも自責を感じているのは彼なのだ。だが、緋月昇はそれを読み取れなかった。
「......他人に、か...」
だが緋月昇は三好春信の真意を悟った。
十字架は緋月昇が背負うものだ。だが背負ったのなら手は空いている。その手は何のためにあるのか。緋月昇の答えは出た。
次回、第15話「夢でなら、夢だったなら」
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