緋月昇が乃木家に帰ってきたのは月が高く昇る真夜中であった。もう、少女たちは起きていない。そう思っていた。
「ただいま...」
玄関に入り、靴を脱ぐ。ぶちまけた血液は掃除されていて、本来俺がやるべき事だったのにと申し訳なさが募ってくる。そんな様子でリビングに入ると、そこには青白い月明かりに映える美しい金色の髪をした寝巻き姿の美少女が立っていた。
「おかえり、のぼるん。」
夜風もあるのか園子の髪は流れていた。
ひらひらと、そよそよと。
「ただいま、園子。まさか起きてるとはね。」
「サンチョがないとぐっすり眠れないんよ。それを逆手にとっただけだね〜」
「...そうか。」
「だって、のぼるんを一人にしたくなかったから。...ううん。のぼるんと二人でいたかったから。」
今日は満月なのか、夜に電灯がなくても園子の姿はよく見える。言葉と姿と。視覚と聴覚。緋月昇の鋭敏な感覚をあえて刺激している。
「のぼるんを見てるとね、ミノさんを思い出すんよ。性格とか全然違うのに、重なって見えるんよ。」
「......」
緋月昇と三ノ輪銀が似ているという話は何度か聞いたことはある。そしてその話をする時、園子は決まって悲しそうな表情をして、そして同時に微笑みを浮かべている。
「でも、のぼるんはミノさんじゃない。にぼっしーも、ミノさんじゃない。」
「......」
乃木園子が三ノ輪銀に寄せる感情は友情である。そしてその友情は永遠に続く。だが、二度と会うことはない。それが乃木園子をどこか少し、少しづつ壊していくのであった。
「ねぇ、のぼるん。」
「なんだ、園子。」
「...まだ、のぼるんのことが好きだって言ったら、どうする...?」
乃木園子が緋月昇に寄せる感情は愛情。そして三ノ輪銀の投影。両方を知ってる緋月昇は、それが
それが緋月昇を狂わせる。
「駄目だよ園子...そんな目で、そんな声でそんなことを言わないでくれ...今そんな風に言われたのなら...園子を選んでしまう...やめてくれよ...」
緋月昇の精神は真っ黒というのでは生ぬるいほどの闇一色で、そこにさらにノイズが加わり、何がなんなのかわからなくなってる。
「だったら...選んでよ。にぼっしーじゃなくて...私を選んでよ、のぼるん!」
「ダメだッ!」
園子を見ることができない。見たらきっと落ちてしまう。何があったとしても受け入れてくれる底なしの沼に。そしてそこから出られなくなる。深い深い依存の沼から、二度と。
だが緋月昇は別に依存の沼に落ちることは厭わない。逆だ。緋月昇は乃木園子を依存の沼に落とすことはしたくない。落としてしまったら、乃木園子は永遠に緋月昇からは抜け出せない。そんな状態にしてしまうことを、緋月昇は認めない。何より、緋月昇を許せなくなる。
「ダメだ園子...それ以上はダメだ...やめてくれ耐えられない!拒絶なんてしたくない...でも受け入れたのならもっと...もっとひどいことになってしまう...ダメだよ...」
緋月昇が恐れていることは『自分』の依存の強化ではなく『他人』が自分へ依存することで壊れていくこと。
「のぼるん...でももう、引き返せないよ...」
「...っ...」
目を見開き、膝をつく。
あぁ、俺は...もうとっくに園子を...地獄の底に突き落としてしまったのか...
次回、第16話「あなたは、あなただけは」
感想、評価等、お待ちしております。