「のぼるん...!」
膝をついた昇に駆け寄り、正面に回る園子。緋月昇は左手で顔を隠し、指と指の間から目だけ見える。その目には絶望。それしか映っていない。
「俺は...!」
もうせき止められない。
心の奥底に封じ込めてきた何から何までが全部出てくる。有象無象で魑魅魍魎、百鬼夜行も恐れるほどの闇。もちろん物理的に闇など吹き出てはいないが、だとしても緋月昇の視界は真っ黒く染まっている。
「のぼるん...!?ねぇのぼるん!」
昇の肩をゆする園子。
緋月昇が目に見える形で狼狽することなど珍しい。それほどまでに、緋月昇は弱っている。
「どうしたの、ねぇってば!」
園子の声も届かない。
緋月昇は事実を受け止める能力も桁外れだ。だが、乃木園子の精神的支柱になってしまったということは緋月昇にとって許されないことなのだ。緋月昇は、乃木園子の友人であり部下である。それ以上でもそれ以下でもない。園子を支えきることができない。たとえできたとしてもその資格はないと、そう思っている。
「......」
「のぼるん...!」
園子の目の中にも焦りがある。
何がどうしてどうなってるのかという焦りが。緋月昇の様子がおかしいという焦りが。
「ねぇのぼるん、何か言ってよ、怖いよ...のぼるんがのぼるんじゃなくなっちゃいそうで怖い...だからせめて、何か言ってよ...」
緋月昇の両肩に手を乗せたまま、園子は話す。不意に、昇の左手が顔から離れて園子の右腕に引っかかる。そしてその途端に昇は園子の腕を掴み、押し倒す。
「え、うわぁ!?」
さすがの園子も唐突の出来事で驚き、また天井を見ると電飾を隠すかのように昇の顔がある。
その表情は何かを諦めたかのような、それでいてまだ何かに縋り付きたいと願っている、二律背反で矛盾だらけな、そんな表情だ。
「園子......っ」
絞り出すかのように呼んだ名前。
言葉の中に込められた内面はぐちゃぐちゃである。それが露見している。
それを感じ取れない園子ではない。
「...いいよ、のぼるん。」
園子は昇の頬に手を滑らせて、そしてそのまま抱き寄せる。昇は抵抗しない。
「のぼるんは...ずっと、ずっと抱えてたんだよね。ずっとひとりで...私と同じだね。」
園子と同じ。その事実に昇は園子の胸の中でハッとする。乃木園子もまた、たったひとりで重いものを抱えていたのだ。
「そうか、同じなのか...」
緋月昇と乃木園子は同じであった。抱えきれないものをたったひとりで抱えていた。
「そう、だからのぼるんの気持ちはわかるんよ。...あなたは、これ以上苦しまないで。」
「...お見通しかよ、ほんと...」
「......あなただけは、失いたくないから。」
昇を抱く腕の力が強くなる。
それだけ、乃木園子にとっての緋月昇は大切な存在なのだ。『失いたくない』というフレーズは、かつて友と死別し、友に忘れられた少女の口から出るとそれだけで重みが増す。
「...夏凜に殴られてもいいから、このままでいさせてくれないか...?園子...」
「...もちろん。」
緋月昇の目からは涙が流れていた。
翌朝、三好夏凜は緋月昇を殴らなかった。
ただ、こう言った。
「ほんと、つくづく危なっかしいんだから...園子に感謝しなさい。悔しいけど、私じゃあんたの心奥深くなんて触れないわ...あんたや、園子のように辛い経験なんてしてないもの...」
「あの散華を辛くないとでも...?」
「えぇ。...昇がいたもの。」
「...そうか。」
「...ともかく!あんたは色々話しなさい。私がいるし、園子もいる。なんなら友奈や東郷、風や樹、楓花もいる。あんたはひとりなんかじゃないんだから...」
「ありがとう、夏凜。...大好きだ。」
「んなぁ...!?」
にっ、と緋月昇は笑う。
自嘲的ないつもの笑みではないその顔は晴れていて、内容はともあれ三好夏凜を安心させるには十分であった。
「こんの、バカ...!」
今この瞬間、少しだけ、緋月昇は二人の少女によって救われたのだった。
次回、第17話「久々に高校へ」
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