緋月昇によって保護された陽本楓花は大赦病院へ移送され、治療を受けることになった。
緋月昇は大赦本庁にて内々示を受け、乃木園子はその内々示の決定を下した。
三好夏凜だけは、そんな大赦のゴタゴタからは切り離された平和な世界にいる。
「楓花の容態はどうなの、昇。」
「俺の想定より酷かった。全身痣だらけ...質の悪いことに服で隠されるところに集中して暴力が振るわれた痕跡がある。それに、純粋な暴力だけではなかった。楓花を助けた時楓花の服は破られていた。もっと言えば薄汚れた敷布団、ただよう異臭、何より楓花の涙の跡...導き出される結論は到底許されるものじゃない。3日もかかっちまった...俺はそれが許せない。」
「昇...あんたまた...」
「そう思わなきゃやってられない...」
緋月昇の表情は憔悴の色が如実に現れている。多分眠れていないのだろう。口元にはかすかに血の跡がある。切れるほど強く唇を噛み締めていた証拠だ。
「あんたは何も悪くないのよ。」
「それは違う...助けるのが遅かった、留めることも出来なかった。こうなるとわかっていたのに、こうなるはずがないと楽観してしまった他の誰でもない俺のせいなんだよ...」
「昇...!」
その時夏凜は気づいた。
緋月昇がまた『一人』になっていることに。
「ちょっとこっち来なさい。」
昇の左腕を掴み、2人は乃木家の外に出るのであった。
「勇者だったころ、私はここでずっと鍛錬していた。覚えてるでしょ?ここは一人で何かするにはちょうどいい場所だからね。」
「...そうだな、よく夕飯ができたと呼びにきた場所だ。忘れるわけない。」
夏凜に連れられて昇は砂浜に来ていた。
太陽の光が波に反射されている。そのキラキラした光とはうってかわって、緋月昇の心は重く澱んでいる。
「そうね...ねぇ、昇...」
「なんだ、夏凜。」
「...あんたは、本当に私のことが好きなの...?」
夏凜は壁のなくなった水平線を見ながらそうつぶやく。独り言のようにも聞こえる、聞かせるような声音で。
「何を言って...」
「......そう、即答できないのね。いつもの昇なら、即答でそうだって言うのに。」
「──ッ!」
その通りだ。何があったとしてもそれだけは貫き通していたのに。それなのに。
「......悪いけど、今のあんたのこと、私は嫌いよ。大っ嫌い。」
「かり...」
「どっかいけ...バカ昇!」
振り返ることなく夏凜は吐き捨てた。
どうすればいい、何を間違えた、どうしてこうなった。緋月昇はただ動転し、そしてその場から静かに去っていった。
その場に残った夏凜は、昇がいなくなったとわかった時には膝から崩れ落ちていた。
「バカなのは私よ...わかってたじゃない、昇が追い詰められてるって...なんで...なんであんなこと言ったのよ!これじゃ...もっと昇を追い詰めただけじゃない...!」
夏凜の頬には涙が伝い、手は砂もろとも強く強く握られる。波は膝を少し濡らし、嗚咽はただそこにあるだけ。
「私だって、昇のこと、好きなのに...」
その言葉もまた、波音にかき消されたのだった。
次回、第20話「そばにいさせて」
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