緋月昇が退院したのは想定より遅く、2か月後であった。もう夏か、暑いったらありゃしない。
「しかし、まだあの激突の後遺症があるとはね……」
まだ壁があったころ、壁外の調査をしている時に負った傷。後頭部を強く打ち付けたことにより身体にそこそこの制限がかけられた。激しい運動をするとめまいや頭痛がするのはそれだ。度々それを無視していろいろやってたから……そのツケがまわってきたらしい。四六時中頭が痛い。
「……迎えにきたわよ、昇。」
「……夏凜か。待たせた。」
看護師さんは離れ、夏凜が車いすのハンドルを持つ。
「友奈に車いすの動かし方でも教えてもらいたいわね。」
「名案だな。東郷とは体重も重心も違うがコツは同じだろうし。」
「忘れてないといいけれど。」
「……だな。なぁ、夏凜。」
「何よ、昇。」
「この2か月、何があった?」
「……そうね。何もないわけではないけれど、そんなにたいそうなことは起きていないわ。」
「そうか。」
安心した。それならしばらくは表に出るような騒乱はないだろう。
「……あ、ひとつあったわ。」
「マジ?」
「……まぁ、大事ではないわよ、多分。昇が無茶するほどのものではないわね。」
「気になる言い方だな。声音も驚愕、呆れとか、そんなものを感じる。」
「……あんたほんと、怖いわね。」
「酷いなぁ。」
なんて会話をしながら、乃木家に帰ってくる。ここも二か月ぶりか。……って、靴が多い。客人か?いや。これは勇者部全員揃い踏みか。
「ただいまー、帰ったわよー」
「お帰りなさい、夏凜さん。先輩も。」
「あぁ、ただいま。髪、伸びたな。」
「先輩が退院するまで切らないって決めてましたから。」
「そうかい。園子は?」
「園子様はみなさんと奥で準備をしてますよ。」
「ちょ、楓花!それは黙ってなさいよ!」
「言わなくてももうバレてます!先輩はわかっててきょとんとしてます!」
「そうなの!?」
「……だって靴が多いじゃんかよ。」
「げ、盲点だったわ。」
「てことはこれは夏凜発案だな?……楓花。んじゃあ主役をステージに上げてくれ。」
「お任せください、お兄ちゃん!」
「……はい?」
今、楓花はなんて言った?「お兄ちゃん」?いやそのりくつはおかしい。
「あー、言ってなかったけど昇、楓花はあんたの家に養子縁組したらしいわよ。」
「……はぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」
「で、驚きすぎて古傷を痛めて快気祝いどころじゃなくなったと。かーっ、楓花ちゃんやるわねぇ!ぼるくんの驚いた表情は傑作だったと思うなぁ!」
「笑うなよ、まさかそんなことになってるなんて考えもしないっての……というかそんな速度でできないし……」
どうやら俺の退院祝いを準備していたようだが、俺自身がボロボロになったことで主役不在で開催。俺はソファーに横たわりながら、心配と呆れといろんな表情がある勇者部面々を眺める。すげぇ頭が痛いがそれはそれ。
「それが条件は全部クリアしているわ。楓花はまだ14だし、本人は望んでる。当の養護は昇が大赦で一年以上面倒を見てたでしょ?」
「言われてみれば全部クリアされてる……そして手続きは当然春信さんが受理したわけか……あの人まじでなんでもできすぎでしょ……」
現在は一学期の終わり。七月下旬。まだ楓花は14だ。
「兄貴はほんと、いろいろできすぎるから……」
「大人であって自己管理もしっかりしていてお兄ちゃん先輩よりできることが多いですし。」
「完全上位互換と言っても過言ではないなぁ……って、園子がいないぞ?」
楓花の属性過多に突っ込むほどの気力はない、が。不自然に園子がいないのはおかしい。仮にも家主だぞ。いやまぁ、あの子ならいざ俺が帰ってきたとなればといったとこか。
「寝たわよ。」
「あぁそう寝たのね。了解。」
「……冗談よ。」
「まじぃ?」
冗談だったのか。園子ならあり得る話だったのに。
「園ちゃんは、その……」
「やっぱり、いざ緋月君が帰ってくるとどんな顔すればいいかわからないって。」
「無理もない話、か。目の前で人が刺されたんだ。無警戒だった自分をかばうようにして。生きているとしても、やはり難しいものだ。」
「いやそれアンタよ、刺されたのアンタ。」
「わかってますよ。」
後頭部が痛いせいで寝返りがうてないのは辛いもんだが……さて。
「昇さんは、いったいどうしてそんなに無茶を?」
「仕事だから、かな。」
樹の質問に答えつつ、俺は考える。
仕事とはいえ、痛いものは痛い。物理的にはそれは当然だが、精神的にもくるものはある。もう少し、美しく解決できなかったのかと。判断を誤ったかあるいは、そもそもの判断が遅かったのか。
「仕事だから……大ケガしていいんですか!?」
「樹ちゃん……」
「厳しいな。結果しか見てないからそんな言葉が出るのかな、とは思うけどね。」
「結果、だけ……」
「園子を護るための選択、それは何個もあった。いくつか間違えて、最後はああなった。あれでいいわけはない。もう少し何とかならなかったのか考えるさ。でも、あの時はあれが最善だった。それは揺らがない。」
「っ……」
樹の言い分はわかる。わかるが……それではいそうですねと言えるほど、世界は優しくなんてない。
「自分が傷つくことは、最善じゃないんよ、のぼるん。」
「園子……」
後ろから聞こえた声は紛れもなく園子の声だが……振り返ることができないから表情が見えない。だが、声音はどうしようもないくらいに今にも消えてしまいそうで……怖い。
「のぼるんは、それができちゃうから、やっちゃうんだよ。できなかったら、やろうとすら思わないはずなのにね。」
「そのっち、もういいの?」
「心配ありがとうわっしー。大丈夫だよ~。」
「無理はしないでね、園ちゃん。」
「ゆーゆもありがとね~」
怖い。表情も見えるようになった。怖い。その恐怖は乃木園子そのものから来るものでなく、所作からくるものだ。俺でなければ分からないレベルの恐怖。現に、楓花でも気づけていない。
「緋月。アンタはまだ、自分がどれだけ他人にとって大事な存在なのかをわかってないところがあるわ。園子も教えてくれるだろうけど、これだけは勇者部の部長として言っておく。このままだとアンタは、いつか本当に!ひょんなことからころっと死ぬわよ!?」
「お姉ちゃん……」
先輩の声はいろいろな焦りや怒り、心配、そして両親が死んだと言われた日のことを思い出している。
「……人はいつか死ぬものです。それは確定してしまっていることです。」
「っ……!でもっ……!」
「緋月昇にできることは全部やる。やらなければならないことも全部。生きている限りはそれが続く。それが俺の選んだ道、いばらの道です。傷つかずに進むなんてことはできない。それ以外の道を俺は知らない。」
むくりと起き上がり、先輩の顔を、目を見据えて俺は言う。己すら切り捨てて、多数を、必要なものを生かす。それが大赦の在り方だ。
「それは……悲しいよ。のぼるん。」
「だとしても、これが俺だ。」
園子とは目を合わせないように、俺の在り方を話す。
「しばらく、のぼるんは休んでてね。ふ~ちゃん、書史部をお願いするんよ。」
「わかりました。……お兄ちゃん先輩が来たら突き返します。」
「待て、俺は休むなんて一言も……」
「馬鹿でしょ昇。開くわよ、傷。そうでなくてもまだ頭痛が酷いんだから休んでなさい。これは園子からの命令よ。」
「……いつまでだ?」
「んー、のぼるんが完治するまでかなぁ~。そこまで、大人しくしてくれないと、私もおかしくなっちゃいそうなんよ。」
「っ……」
その笑顔には無理がある。目も笑っていない。だめだ。それは、その表情はだめだ。
「そうかい……わかった。わかったよ。」
「そのっち……」
「ひーくん……」
「さって、夜も深まってきたし帰るわ。」
「雪花……そうね。私も帰ることにするわ。友奈ちゃんは?」
「うん、私も一緒に帰るよ。またねみんな!」
「お姉ちゃん、私たちも……」
「えぇ。夏凜、緋月をよく見てなさいよ。」
「言われなくても監視してるわよ。楓花も園子もいるし、こいつはまだ車いす。なんとでもなるわよ。」
「……俺の扱いぞんざいじゃないか?」
「お兄ちゃん先輩のやったことはそうなって当然のことです。はぁ、苦労が増えてしょうがないですよ……」
「またねみんな~」
その日、緋月昇は眠ることすらできず、深い思考の渦にとらわれていたのであった。
次回、第6話「車いす紀行、学校編」
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