目が覚めるとそこはテントの中。
周りには人影がひとつ。楓花だ。
「俺は...落ちていたのか...」
「あ、先輩。起きたんですね。よかった...」
「あぁ...それより楓花、その格好は?」
見ると楓花はエプロンをはじめとした諸々のキッチン装備を身につけていた。
「よくぞ聞いてくれました。これは『万が一先輩に何かあった時多分ご飯とか作るのは先輩だろうから先輩ほどうまくはできなくても私が先輩のかわりに料理作っちゃうぞ装備』です!」
とまぁ早口かつ自慢げに紹介された。
「とどのつまり、楓花の私物というわけか。」
「はい。それにきっとこうなるって、園子様と夏凜さんは私に言ってましたし。」
「......」
「お二人と比べたら、私は先輩といた時間は短いです。というか、書史部なんてどうして配属されたのか、なんて毎日思ってました。」
楓花は何かを作りながら、俺に背を向けたまま続ける。
「けど、不思議ですね。今私は書史部でよかったと思ってます。仕事はちょっぴり複雑で量も多いけど、私のことをちゃんと見てくれる先輩がいます。それが嬉しいんです。」
「そりゃ、こっちとしてもありがたい話だ。」
「...だから先輩、抱え込まないでください。」
「......」
「先輩は少しの所作を見ればある程度のことはほとんどわかります。そんな先輩のそばで仕事していたら、先輩ほどじゃなくても身につきますよ。その観察力は。」
「楓花...」
「だから、きっと今ここでもしもの時用に2食分だけ忍ばせておいたインスタントのうどんも、きっと先輩は口にしないんじゃないかな、なんて思うんです。」
「......」
楓花の持つ盆の上にはひとつのお椀。
湯気が見える。今できたということがわかる。
「あったかいもの、どうぞです。先輩。」
「あったかいもの、どうも。でも...今はいい...」
「やっぱりですか。」
緋月昇の根幹、そこはどうしようもなく自罰的なのであり、また結城友奈の影響か利他的なのだ。しかもタチの悪いことにこれを理性でもってやっているのだから手のつけようがない。
「あなたは...どうして...なんでそんなに......!」
楓花は問う。だが答えは出ず。
緋月昇はただ、横たわっているだけだ。
「
刹那、意を決した楓花はうどんの汁を飲む。
そして、その汁を口に含めたまま昇の唇に唇を重ねて。
「...!?」
「......燕の親は一度食べたものを口移しでひなに与えます。つまり、そういうことです...!」
それだけ言って、楓花は逃げるようにテントの外へ走っていった。
「......大胆なことをする...おかげで食欲がわきあがってきたじゃないか......すまない楓花。いただきます。」
久々に食べたうどんの味は少ししょっぱかった。
「...こんな自分が嫌になるよ、ほんと...」
うどんをすする音に紛れて、緋月昇の中で何かが割れるような音がしたのはまた別の話。
次回、第9話「北の地にサヨナラを告げて」
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