三原主人公のSSとかどうですかと宣ったらお待ちしてますねと言われたので書きました、連載はないです(真顔)

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与太話です。言い出しっぺの法則というのを初めて体験しました(真顔)


滅びた世界の中で、小さな人間の話をしよう

 シェヘラザードは悩んでいた。

 人類史が焼却され、世界が滅んでしまった現代。そんな世界を救うために召喚されたとなっては、彼女はそれこそ世界を救うそのときまで馬車馬のように働かされるだろう。

 英霊と言えば、やれ戦うのが好きだとか、世界を救うためならば命が惜しくないのだとか、そんなことを語りながら命を散らしてきた人種である。

 シェヘラザードはその正反対、つまり英霊となった今も死にたくなどなかった。

 そもそも、彼女が英霊の座に刻まれたのは、暴虐の王を止めるため、毎晩物語を紡ぎ続けたその逸話によるものだ。その話の中で、シェヘラザードがどれだけ心身を削られていたかなど、後世には何の関係もないのである。

 だから、召喚されたこと自体は仕方ないことであっても、そこで何をするかはシェヘラザードの自由であってほしかった。

 が、

 

「あの……マスター……?」

 

 人理継続保障機関、カルデア。絶滅寸前に追い込まれた人類の要。そんな施設内の数あるマイルームの一つで、シェヘラザードは己がマスターに話しかけていた。

 

「そろそろ、シミュレーションの時間では? 恐らくダ・ヴィンチさんやマシュさんがお待ちかねかと……」

 

「……、」

 

 マスターとおぼしき人物は、シェヘラザードの呼び掛けに答えない。ただ白いベッドに横になって、己が使い魔に背を向けていた。

 悩ましげに、シェヘラザードはベールの向こうの眉を曲げる。

 

「……マスター? あの、よろしいのですか? まだ一度も戦闘訓練を行っていないと聞きましたが……」

 

「……いいんだよ」

 

 ぶっきらぼう、というよりは、投げやりな感じだった。卑屈とも言える態度で、マスターは呟いた。

 

「シミュレーションしたからなんだ。そんなんでこんな状況をどうにか出来るわけないじゃないか……」

 

「ですが、その……マスターは、このカルデアでただ一人、つまり人類最後のマスターなのでしょう? そういうわけには……」

 

「やめてくれよ、そういうの」

 

 マスター、三原修二はタオルケットを頭まで被って。

 

「俺は。俺は、家に帰らなくちゃいけないんだ……家に帰って……それで……」

 

 そう言い聞かせて、自分の世界へと沈んでいった。

 

 

 

「うーん、やっぱり三原くんを外に連れ出せないか。そっかあ」

 

 管制室に戻ってきたシェヘラザードの報告を聞いて、ダ・ヴィンチは嘆息する。機械仕掛けの腕をカチカチカチカチ、と瞬きするように動かしながら、

 

「特異点Fから既に三日。そろそろシミュレーションどころか、第一特異点攻略を始めたいところなんだけど……肝心のマスターがこれじゃあなあ」

 

 七月某日、世界は滅んだ。

 百年後も続くとカルデアによって保障された未来は焼け落ち、過去、そして現代までもその炎によって灰になった。

 一体何故世界は滅んだのか、どのようにして行われたのか。それすら分からないまま、かろうじて残ったのが、ここカルデアであり、その戦力として唯一残ったのが三原修二であった。

 

「それは流石に無理があるんじゃないかな、レオナルド」

 

 口を挟んだのは、白衣を着た軽薄そうな男だった。彼、ロマニ・アーキマンはバインダーに挟んだ資料をめくりながら、

 

「三原くんの精神状態は最悪だよ。自身への劣等感は勿論、見知らぬ場所で誰も頼れない環境、自分の代わりが一人としていないプレッシャー、並びに魔術、レイシフトによる歴史修正への疑問その他諸々。マスター候補生でも予備の予備、一般人枠として補充された彼には、些か荷が重すぎる」

 

「おや、君はこのカルデアの所長兼医療部門の人間だろ? 対抗策の一つでも考えてたんじゃないのかい?」

 

「無茶言わないでくれ。三原くんの懊悩は何ら可笑しいことじゃない。善人なら尚更ね。むしろ、自棄を起こして舌を噛まないだけ、彼は理性的だよ」

 

「……先輩は、大丈夫でしょうか」

 

 そう言ったのは、恐らく高校生になったばかりくらいの少女、マシュ・キリエライトだった。カルデアでも数少ない戦力の一人、デミサーヴァントなのだが、今は眼鏡をかけた文学系の学生みたいな出で立ちである。

 ふむ、とダ・ヴィンチがロマニを倣って考え込む。

 

「大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば、ま、大丈夫じゃないよね。手っ取り早く彼にはやる気を出してもらわないと、我々全員戦わずして共倒れ、なんてことになりかねない」

 

「けど、三原くんは首を縦には振らないよ」

 

「君達似た者同士だものねえ、ある意味。共感でもしたかい?」

 

「茶化すなよ。言っておくけど僕だってカルデアの職員、しかも所長だ。いざとなれば強硬手段に出るしかないから、三原くんにサーヴァントを召喚してもらって、連れ出してもらおうと思ってたのに……」

 

 ちら、とロマニがこちらを伺う。

 昨日召喚され、シェヘラザードに期待されたのは、こういうことだったらしい。今更ながらそれを自覚して、褐色肌の美女は丁寧に礼をする。

 

「すみません……やはり私などでは皆さんの役には立てませんよね、契約を解除してもらっても……」

 

「待った待ったそれは困る! レフが施設内を爆破してくれたおかげで、英霊召喚にかけられるリソースがもうないんだ! 今君に消えられると本当にヤバイ! マジで!!」

 

 ロマニがしがみついてでも止めそうなので、流石のシェヘラザードも少し困惑してしまう。

 そんな情けない同僚の横で、万能の天才(中身はおっさん)がこんなことを言った。

 

「ともかく、今は三原くんのケアに努めるしかない。いくらただの一般人だからって、マスターの資格をもった人間は彼しかいないんだ。こんな最初の段階でつまづいてたら、特異点なんてとても生き残れないからね。全力でサポートしないと」

 

 ダ・ヴィンチの言う通りだ。その通りなのだが……シェヘラザードにとって、どうにもその言葉は、引っ掛かる。

 このままじゃ生き残れないと分かっていて。それでも、そこに飛び込まなければいけないということは、当人にとって想像を絶するほど辛いものだ。そして飛び込む本人は、その辛さを、誰より感じているだろう。

 それを本当に、この場の人間が理解しているのか。

 シェヘラザードはそれが、疑問に思えて仕方なかった。

 

 

 

 話し合いも終わり、シェヘラザードはひとまずマスターのいるマイルームへと戻ることにした。

 例え元は一般人であっても、彼女にとって三原修二はマスターであることに代わりはない。ならば、彼の側にいることは、サーヴァントとして当然のことである。

 

(と、思っていましたが……)

 

 シェヘラザードは扉の側で控えているのだが、三原は相変わらずベッドの上で寝転がっていた。無気力からではなく、ただただこの現実から逃避しようとしているのだろう。今朝からずっと、タオルで全身を覆ったままだ。

 

「……、……」

 

 現在の時間は、午後二時。昼食はおろか、朝食すら取らずにずっとこの状態では、シミュレーションに行く前に餓死してしまいそうだ。それは流石にシェヘラザードも忍びない。

 

「あの、マスター。何か食べたいものなどがあれば、食堂から運んできますが……」

 

「……いらない。いいからほっといてくれ、俺のことなんか」

 

「しかし……」

 

「っ、良いって、そう言ってるだろ!!」

 

 そこでようやく、三原が顔を上げた。

 元々冴えない顔つきは、ここ三日の心労がたたってか、更に酷くなっていた。充血した瞳は今にも破裂してしまいそうで、彼がどれだけ追い詰めているか、それだけでシェヘラザードは察してしまう。

 

「もうほっといてくれよ!! なんで、なんで俺なんかがこんな馬鹿みたいなことに巻き込まれなくちゃいけないんだ!? もっと相応しい奴が生き残ってれば、こんなことにならなかったのに!! なんで……なんで、俺なんかが……!!」

 

 生き残ってしまったんだ、と。言いかけ、しかし三原は最後まで言えなかった。それを声に出してしまえば、もう自分が折れて、崩れてしまうから。それだけは言わないようにと、精一杯口を閉じている。

 シェヘラザードは何も言えなかった。

 呆れたからではない。見限ったからでもない。ただ、そんなマスターの想いが、彼女にもよく分かってしまったからこそ。彼女は何も言えなかった。

 

「……分かりました。では、ここで待機していますので、何かご用があるときは、一声かけていただければ」

 

 シェヘラザードはそう言って、定位置に戻った。

 だが……確かに彼女は、己がマスターが、申し訳なさそうな顔で目元を拭っていたところを、見逃さなかった。

 

 

 

 夜になった。

 三原はやはり、部屋から出ようとはしなかった。そしてシェヘラザードも変わらず、何をするでもなく、ただじっと、部屋の隅で立ち続けている。

 流石の三原も、そんな使い魔に思うところがあったのだろう。

 ふと、気まずそうにこんなことを言った。

 

「……なあ。その、君も英霊?、とかいうのなんだよな?」

 

「はい。それが何か……?」

 

「ああいや……こんな主人に仕えて、よくずっといられるなって」

 

 本来サーヴァントは神話、おとぎ話の英雄などが召喚されるケースが多い。三原もそういう風に教えられているのだろう。

 

「君も英霊なら、こんな主人ほっといて、さっさとシミュレーションでもなんでもすればいいのに……なんで、ずっと一緒にいてくれるんだ?」

 

 三原からすれば、その疑問は最もだった。だからこそ、シェヘラザードもその疑問には明確に答える。

 

「私は、そもそも英雄とは程遠い人間なんです。他の英霊の方々みたいに、戦いを好むどころか、忌避していますし……目立った逸話も、武勇によるものではありませんから」

 

「そうなのか……変な奴だな。それなのに、こんな場所に召喚されるなんて」

 

「かもしれませんね」

 

 シェヘラザードは口元を隠し、苦笑する。

 死にたくないのに、確実に死ぬような環境。マスターは使い物にならず、今こうやって話している時間すら、砂時計の砂が落ちるかのように、浪費している。

 なのに、シェヘラザードは笑っていた。

 ずっと考えていたのだ。触媒を使った形跡も無いのに、どうして自分は召喚されたのだろう、と。

 

「マスター。一つ、質問をしてもよろしいですか?」

 

「……俺に答えられることなら」

 

「では。今朝、あなたは家に帰りたいと言っていましたが、誰か大切な人が故郷で待っているのですか?」

 

 

 

 シェヘラザード、と言ったか。

 彼女の質問に、思わず三原は心臓が止まるかと思った。まさか、口に出ていただなんて、夢にも思っていなかったからだ。

 

「……聞こえてたのか」

 

「ええ。サーヴァントになってからは、耳も大変良くなったので。それで、どうしてですか?」

 

 己がサーヴァントを、三原は直視する。

 暗闇においても、妖しい色香を放つ肉感的な佇まいと、それを隠す真っ白な衣装はエキゾチックで、まさしく昔観た映画にいた、男を惑わす占い師のようだった。

 そう、サーヴァントは一騎当千だとか謳っていたダ・ヴィンチの言葉とは、真反対である。むしろ、彼女はこちらへ恐怖を抱いているようにも見えた。

 それが少しだけ、三原の警戒心を薄れさせた。

 

「……別に、誰も待ってなんかないよ。俺、孤児だから。友達だって少ないし、家に帰ったって一人なことには変わらない」

 

 何を話しているのだろう、と心の中で悪態をつく。こんなもの聞いたって、サーヴァントなんてわけの分からない存在に理解されるわけがない。

 しかし、三原はもう限界だった。そんな心とは裏腹に、口はぽろぽろと言葉を溢していく。

 

「だけど、家は家なんだ。たった一人でも、心を落ち着ける場所はそこだけなんだ。そりゃあ一人なのは寂しいよ。友達が来るわけでもないし。でも、無条件に俺が俺でいていい場所は、そんな小さな世界だけなんだ、きっと」

 

 だから、

 

「俺は、帰りたい。こんなふざけた状況から逃げたい。解放されたい。もう嫌なんだ。死ぬとか戦うとか、そんなの知ったことじゃない。そんなことで人生滅茶苦茶にされたくなんて、ないんだよ」

 

「……そう、だったのですね」

 

 聞き届けたシェヘラザードは、悩ましげに目を閉じていた。

 ほら見たことかと、三原の中で誰かが言った。こんなこと言ったって、困るだけで、理解されるわけが。

 

「分かりますよ、マスター。私も、死にたくありませんから」

 

 ないと、三原は思っていた。

 

 

 

「は……?」

 

 三原が目を見張った。そんなわけがないと。

 けれど、シェヘラザードには分かる。痛いくらいにその気持ちが理解出来る。

 

「マスター。一つ、昔話をしてもよろしいでしょうか?」

 

「あ、ああ? いい、けど」

 

「では。言の葉を紡ぎましょう。これは、実際に何処かであったかもしれない物語。今宵はあなたのため、その一片を聞かせましょう」

 

 唇を湿らせ、深く息を吸い、シェヘラザードは語る。己が存在意義とも言える語りを。

 それは、正義感が起こした悲劇。

 それは、英雄になどなれるはずもなかった女の、愚かな命乞い。

 それは、女の生を果てしない暗闇へと追いやり……ただ一つの願いが込められた、物語。

 

「女は言いました。今宵はここまで。明日のお話は、もっと心踊りましょう、と。しかし王は話の続きを聞くまで毎晩呼びつけ、そして女も話が続く限り、生き続けた。その最中、死の恐怖にずっと怯えていたことを、誰も知らないまま」

 

「……どうなったんだ、その女は?」

 

 三原はいつの間にかベッドから乗り出して、その話を聞いていた。シェヘラザードは催促に従い、結末を語る。

 

「王の改心により、女は寸でのところで生き残りました。ですが、女にこべりついた恐怖は、今も消えていません。そう、このように」

 

 彼女が手を見せる。そこには、玉のような汗で濡れ、震えが止まらない手の平があった。

 三原もそれで、その話が誰のものか分かったのだろう。目を伏せて、

 

「……ごめん。俺……」

 

「謝らないでください、我が王。あなたが謝ることなど、何もないのです」

 

 ぺた、とマイルームをシェヘラザードが歩く。そして三原の隣に座り、艶やかな微笑みを浮かべた。

 

「私は、あなたのそういったところが好ましい。誰だって、こんな状況に陥れば恐怖を覚えます。立ち上がろうとしたって、立ち上がれないこともあるでしょう」

 

 シェヘラザードが手を伸ばし、三原の頬を撫でる。そして首に回すと、その頭を己の膝に置いた。

 

「それなら、良いのです。無理に強がる必要も、無理に足掻く必要もない。それは、人として正しい感情です。だから、何も恥じることなどありません。少なくとも、私が同じ感情を持っているのですから」

 

 まるで幼子にするように、髪を梳りながら、語り部は囁いた。

 

「不謹慎ですが、あなたがそうしているからこそ、私が抱く願望は可笑しくないのだと、そう思えます。だから、マスター。今はお休みください。あなたが死んでは、ええ、私も死んでしまいます。それは困りますから」

 

「……変な、奴だな。そこは俺が死ぬからじゃないのか?」

 

「どちらも同じことですから」

 

 鼻をすする音がマイルームに響く。三原は両目から流れ落ちる熱を、隠しもせずに、頭に触れる手を握り締めた。

 

「……ありがとう、シェヘラザード」

 

「そんな、礼など……」

 

「気持ちがずっと楽になった。だから、ありがとう。君の話で、俺は救われた」

 

 一瞬。シェヘラザードは、過去のことを思い出してしまった。

 シャフリヤール王と交わした幾千の夜。果てのない夜の中で、一回でも自分は、感謝されたことがあっただろうか。

 ああ、とシェヘラザードは思う。

 きっと自分は、この人の悲しみを受け入れるために召喚されたのだと。

 そう、語り部の女は確信した。

 

 

 翌日から、三原とシェヘラザードは話すようになった。

 他愛ない会話は勿論、シェヘラザードが話してきた千夜一夜物語など、それこそ話す内容は多岐に渡った。

 何度か笑えるようにもなって、こんな時間が続くなら、生き残って少しは良かったかもしれないと、三原は思うようになった。そしてそれはシェヘラザードも同様で、二人の間には確かな絆が芽生え始めていた。

 しかし一週間後。

 ダ・ヴィンチ、ロマニから、実地訓練として歴史の歪みを解消する任務を、三原は言い渡される。

 

 

 

「くそ、くそくそくそくそっ、くそ!!」

 

 深夜の草原。三原は悪態をつきながら、大地を走り回っていた。

 第一特異点を攻略する前に、まずはここで練習しよう、と提案されたのが、この特異点もどきだった。シャドウサーヴァント、と呼ばれるサーヴァントのなりそこないを倒すことが、三原、そしてシェヘラザードに言い渡された任務である。

 しかし、

 

「なんだよあれっ……!! なんなんだよ……!!」

 

「、マスター!!」

 

 横で同じように走っていたシェヘラザードが、咄嗟に三原の体をカンテラのような杖で突き飛ばした。

 ドォン!、という怒号にも似た銃声。それが鼓膜に届いたときには、二人の間を弾丸が走り抜けていた。緑が削られ、土が巻き上がり、簡単に体が吹き飛ばされる。情けないことに、三原の背中では冷や汗が止まらない。

 この草原にレイシフトした直後、いつの間にかカルデアとの通信が取れなくなった。続けて謎の攻撃を受け、何とかここまで二人は逃げてきたのだ。

 

「大丈夫か、シェヘラザード!?」

 

「はい……緊張で心臓が弾けて死んでしまいそうですが、何とか」

 

 体勢を立て直すと、そこにはシャドウサーヴァントが一人立っていた。

 影に塗り潰されて顔は分からないものの、シルエットからして女だろう。両手にマスケット銃、腰に差したカトラス、そして最後に三角形の帽子とくれば、三原でも相手が何の英霊かは察する。

 

「海賊の、英霊か……!?」

 

 シャドウサーヴァントは返答の代わりに、マスケット銃を三原へと向ける。それを見たシェヘラザードは、慌てて杖を芝生に突き立てた。

 

「させない……!」

 

 気の抜ける音と共に現れたのは、青い幽霊のようなモノだった。それが腕を組んで、三原の前に滑り込むと、銃弾を弾く。

 シェヘラザードはすぐさまもう一度杖を振り、今度はターバンを巻いた盗賊を召喚。杖と連動して、盗賊は短刀片手にサーヴァントへ疾駆する。

 シャドウサーヴァントはその名の通り、オリジナルとなるサーヴァントの影だ。その分スペックも低いはずだが。

 

「、く、!?」

 

 気を抜いていた三原の足元に、銃弾が刺さる。青い幽霊、もとい魔神は空に浮いているため、そこを狙ってきたのだろう。

 盗賊を蹴り上げ、シャドウサーヴァントは二丁の銃口をそれぞれ違う方向に突きつける。

 片方は盗賊、そしてもう片方は、

 

「シェヘラザード!」

 

「!、ぐっ!?」

 

 三原が叫んだおかげで、シェヘラザードが直前に杖をもう一度振った。目の前に現れた盗賊が、盾になったことで事なきを得たが、そこで終わりではない。

 直後だった。

 シャドウサーヴァントの背後で、大砲の砲門が顔を出した。

 

「っ、マス、……!!」

 

 シェヘラザードが声をあげたときには、もう大砲は放たれていた。

 空間を震わせるほどの轟音。光線のような砲撃が夜の草原に殺到し、一撃で敵を消し飛ばさんと襲い掛かる。走り抜けた砲弾の跡は、まるでショベルカーで削り取ったかのようだった。

 そして。

 無傷のまま、それを目撃した三原は、唖然としていた。

 何故なら。

 

「……シェヘラ……ザー、ド……?」

 

 自身を庇って、全身に大火傷を負ったシェヘラザードがそこに立っていたからだ。

 

 

 

 ああ、よかった。全身を苛む痛みから逃げるように、シェヘラザードはマスターの姿を目視した。

 傷がある様子はない。あれなら、大丈夫だ。死の恐怖どころか痛みもないだろう。

 

「……なに、を」

 

「……にげて、ください。マスター」

 

 喋るために呼吸をしたが、胸部から激痛が走った。喉、いや肺が爛れたのだろうか。いよいよ死を感じてきたが、それでも、シェヘラザードは声を出す。

 

「私が、囮になります。ですから、早く。このままでは、共倒れです」

 

「、……!!」

 

 三原は臆病だが、馬鹿ではない。だからこそ、分かっているのだろう。シェヘラザードがあのシャドウサーヴァントとまともに戦ったところで、勝てるわけがないと。

 サーヴァントには切り札たる宝具がある。だが、三原は魔術師ではない。カルデアの補助があっても、宝具が撃てるのは一回ぽっきりだろう。

 だが、こうなってはシェヘラザードはダメだ。自爆覚悟で刺し違えるしかない。

 

「……なんだよ、それ。死にたくないって言ってたのは君だろ!? なのに、こんなところで死んでもいいのか!? 俺なんかのために、そんなことする必要……!?」

 

「あなただからです、マスター」

 

 シャドウサーヴァントがカトラスを引き抜き、振りかぶる。シェヘラザードは不屈の意志で杖を構えると、ぼぼん!、と盗賊達が続々と現れた。

 その数、十。アリババと四十人の盗賊とまではいかないが、それでも、シェヘラザードの霊基が初期のものだとするとどれだけ身を削った行為か。

 

「死に怯えるあなただから、私はあなたを守らなければならない。それだけですよ」

 

「理由になってないだろ……!」

 

 瞬く間に盗賊達が消えていく。それでも、シェヘラザードは自身のおとぎ話から具現化させ、引き付ける。

 

「……私は。今まで、自分が死にたくないから、物語を差し出してきた。それだけじゃありません。誇りも、体も。ありとあらゆるものをかなぐり捨てて、死から逃げてきた」

 

 だけど。シェヘラザードはシャドウサーヴァントから視線を横へと向ける。

 未だ、恐怖に震えて。目を背けそうになりながら、それでも決して逃げない。そんな男を見て、シェヘラザードは笑ってみせる。

 

「だけど、今更ながら気付いてしまったのです。私とて、最初からそうではなかった。恐ろしい王の下へ行ったのは、誰かを助けるためだった。死の運命に震える誰かを。そう、丁度あなたのような人間のために、です」

 

 シェヘラザードは、自分が死なないために物語を利用してきた英霊だ。そうあれと、民衆に求められて、人理に刻まれた英霊だ。

 その在り方を変えられるだなんて、思い上がってはいない。

 だけど、

 

「ええ、それでも」

 

 やっぱり、物語は自分のためではなく。

 誰かのために、語られるべきなのだ。

 死の恐怖に怯えていたっていい。

 そこに聞き手がいるのなら、

 

「私は、千の夜を越え。一つの命を守るために、この声を響かせ続けましょう」

 

 語り部は、最後まで立っていなくてはいけない。

 かつての自分が、そうであったように。

 ここにいる自分もそうありたいと、思ってしまったのだ。

 

 

 死んでるのに、死が怖いなんて、変な奴だと三原は思っていた。

 サーヴァントは幽霊みたいなものだ。ダ・ヴィンチにそうざっくり言われ、三原はそうなんだと納得していた。そう納得しないと、飲み込めなかった。

 違う。違ったのだ。

 

「ぐ、ううっ、うううう……っ!!」

 

 唇を噛み締めて、杖を持つ指は爪が割れ、血が噴き出している。全身をくまなく覆う火傷は、絶世の美女たる肌を容赦なく爛れさせ、瞳は恐怖で涙を一杯溜めていた。

 それでも倒れない。

……幽霊なものか。

 こんなに必死に生きようとしている人間が、そんな曖昧なものであってたまるかと、三原は自身を罵倒する。

 

「はや、く……! マスター!!」

 

 声を出すのも苦しそうに、シェヘラザードは叫ぶ。

 その姿を見て、三原の中で初めて、熱が起きた。それはまるで、枯れ草のようだった心にあっという間に燃え移り、一つの炎と化す。

 勇気という、人間の内に収まる程度の、しかし大きな炎へと。

 

「……!!」

 

 三原は懐に入れておいた端末を操作して、収納しておいたとある物品を実体化させる。

 それは銀のアタッシュケースだった。SMART BRAINというロゴが大きく書かれたそれを開けると、そこにはベルト上の何かと、無線機のような機器が収納されている。

 それを引っ掴むと、三原はこれが届いたときの手紙を思い出した。

 

ーーもし君が、これを使うとき。君のままでいてくれることを、切に願っている。

 

 数年ぶりに父代わりの男から届いたのは、そんな言葉だった。そっけない、しかし確かな願いの込められた言葉を胸に秘めると、それを腰に巻き付ける。

 無線機ーーデルタフォンを頬の横に持っていく。と、そこで三原がたじろいだ。

 シャドウサーヴァントと、目が合ったからだ。そう、目の前には明確な死が待っている。もしもこれを使えば、自分はそれに立ち向かうことを余儀なくされるだろう。自分にそんなことが出来るのか、それでも戦う選択を選べるのか。

 関係ない、と三原は己の弱さを蹴り飛ばす。同じように震えて、それでも戦うことを選んだシェヘラザードを見て、戦わないのなら。

 それならもう、三原修二は人間などではないーー!!

 

「変身」

 

 短い言葉の後、デルタフォンを腰のデルタムーバーに挿入。走り出す。

 

《Complete》

 

「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 ベルト、デルタドライバーから閃光が走り、全身を青白い体が包み込んでいく。夜の草原においてそれは、月光よりも澄んでいるのに、何故か毒々しい印象を思わせた。

 三原が走りだし、シャドウサーヴァントに殴りかかったときには、その姿は様変わりしていた。

 黒を基調としたスーツは、全身を白いラインがまるで血管のように張り巡らせている。オレンジの複眼は一見凶悪に見えるが、シャドウサーヴァントを殴り飛ばしたその横顔は、人間そのものだ。

 とあるギリシャ文字を模した戦士の名は、デルタ。

 仮面ライダーデルタ。

 

「……マス、ター?」

 

 己がマスターの変わりように、シェヘラザードは困惑を隠し切れない。それどころか、シャドウとはいえサーヴァントに殴りかかるなんて、無謀すぎる。

 が、

 

「おおおおおっ!!」

 

 デルタは殴り飛ばした勢いのまま、更に拳を振るう。一発、二発、反撃を食らいながらも、更に三発四発。

 喧嘩など生まれてこの方三原はやったことないが、このスーツのおかげなのか、何とか食らいついている。攻撃を受けながらも、負けん気を全面に出し、カウンター気味に繰り出していく。

 と、シャドウサーヴァントも押され気味だと気付いたのか、大きく飛び退き、砲門を背後に召喚した。ならば、とデルタはドライバーの右横に備え付けられたデルタフォンを、デルタムーバーに取り付けたまま引き抜くと、口元に持っていった。

 

「ファイア!!」

 

《Burst Mode》

 

 起動と共に、デルタフォンの引き金を引く。すると、それこそ月光のような光線が発射され、シャドウサーヴァントの手からマスケット銃を弾き飛ばすだけでなく、更にその胴体を撃ち抜く。

 たまらず、シャドウサーヴァントは転がり、痛みに悶えた。決めるから今しかないと、ドライバーの中心にあるチップ、ミッションメモリーを取り出す。

 

《Ready》

 

 それをデルタムーバーに取り付けると、再度音声入力。そのまま照準を倒れるシャドウサーヴァントへ向ける。

 

「チェック!!」

 

《Exceed Charge》

 

 銃声と共に放たれたのは、青白い三角錘の物体だった。それを受けたシャドウサーヴァントは身動ぎするが、そこから一歩も動くことが出来ない。

 そう、これはあくまでマーカー、拘束用だ。本命はその後。デルタはデバイスを腰に装填し、跳躍する。

 が、そこで予想だにしない事態が起きた。

 

「!」

 

 大砲だ。シャドウサーヴァント自体の動きは止めた。しかし、大砲はあくまで別だ。飛び上がったデルタにそれを防ぐ手段はない。思わず三原が目を閉じると、そこで声があった。

 

「マスター!!」

 

 シェヘラザードだ。彼女は杖を振り、青い魔神を召喚、そのまま大砲へと突っ込ませたのだ。

 鈍い音と共に、大砲は放たれはした。しかし、魔神が激突したことで狙いが逸れ、デルタの横を掠めていく。

 

「決めてください!」

 

 もう邪魔はない。

 デルタは右足を伸ばし、マーカーへと向けると、そのまま一気に落下して敵を蹴り穿つ!!

 

「だあああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

 ルシファーズハンマー。

 削岩器のようにシャドウサーヴァントの体を削り、透過したデルタは背後に着地。瞬間、流し込まれた毒によって女海賊の体から紫の爆炎が迸った。

 音叉のような音と共に刻まれる、Δの文字。

 バサ、とシャドウサーヴァントだったものが灰となって、地面になだれ落ちる。それでようやく、夜の草原に静寂が戻った。

 

「……は、あ、……はあ、はあ……っ」

 

 緊張の糸が途切れたか。膝をついた瞬間、逆再生するように閃光がドライバーへと戻り、三原の姿が元に戻った。

 尻持ちをついて、三原が喘ぐように呼吸していると、シェヘラザードが弱々しい足取りで側に座った。

 

「……生き残れ、ましたね」

 

「ああ。何とかな……もう、ごめんだ。こんなの」

 

 三原の言葉に、シェヘラザードも頷く。と、彼女はもう限界なのか、頭がふらつき始める。

 

「大丈夫か? これだけ傷ついたんだし、今は休んだ方が」

 

「いえ……守るべき相手から守ってもらった身で、そのようなことは……」

 

「違うよ」

 

 三原は否定する。目をぱちぱちと動かすシェヘラザードに彼は、

 

「君がいたから、俺はあそこで立ち上がれた。怖くても、それでも。立ち上がらないといけないって、そんな強さをくれたのは……君なんだ、シェヘラザード」

 

「……マスター」

 

「……俺さ、やってみるよ。人類最後のマスター」

 

 今度の今度こそ、シェヘラザードが瞠目した。まさかそんなことを言い出すとは思っていなかったのか。

 だが、三原は本気だった。少なくとも今は、やってみようと、そう思う気にはなっている。

 

「俺しかいないんだもんな。きっと、立ち上がれる人は他にいた。それこそ俺なんかより上手くやれる人なんて幾らでも。でも、そういう人達はみんな死んでしまった。立ち上がりたくても立ち上がれないんだ」

 

 だから、

 

 

「ーーーーやってみるさ。俺に、何が出来るかなんて、分からないけど」

 

 

 三原修二は決意する。

 これから先、何度もくじけそうになるだろう。その度になんで自分が、と己を責めることになるだろう。

 それでも、やれる気がするのだ。

 シェヘラザードのような、強い人間が支えてくれるのなら、きっと。

 

「ええ……ならばあなたが死なないように。私は、語り続けましょう」

 

 

 そして旅は始まる。

 長い長い旅。

 これは、滅びた世界の中で始まる、小さな人間のお話。 

 

 

 

「ではーーーー今宵はここまで。次の夜は、もっと心踊ることでしょう」

 

 

 





三原主人公の話面白そうだよな!→書いてください待ってます!!!!→アッハイという流れで書きました。一日クオリティなので矛盾とかあったらすみません……。


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