異世界転出のススメ   作:月世界旅行

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あなたの足音

 大陸中央に位置するフルクァト聖国、その西側に位置し隣国のアウルム王国との貿易拠点となる城塞都市マァル。

 堅牢な石造りの防壁に囲まれた都市内部は文化より利便性を追求して整備されている。 古きものは取り壊され、新しいものが建設される。 二百年続くこの都市の在り方に住民たちは慣れ、享受していた。

 

 都市中央部の行政機関にあたる役所、通称「天寧館」から西側の区画、戦闘や日常生活に用する魔術道具屋、武具屋、薬屋、服屋等が混沌と立ち並ぶ屋根付きの商店街。 現在、早朝の時間帯は開店準備で人の出入りが激しく、その裏路地も商店街を抜けた先にある自身の職場を目指す人々の流れがあった。

 日常である朝の出勤群の中に埋もれる一人の女性、キーラは他の社会人達より急ぎ足で歩いている。 その細い腕を周りの大人たちに当たらないように気をつけつつ大きく前後に振って、心歩幅は広く、アーケード屋根の隙間から溢れる朝日に黒髪の光沢を反射させながら視線と背筋は真っ直ぐ。

 二十を少し過ぎたくらいの若い女性らしい躍動感と焦りを感じさせる雰囲気を纏っている。 目的地は商業地区と工業地区の間にあるコンクリートむき出しの建物、「冒険者組合」そこがキーラの職場だった。

 大陸中の各都市に存在する冒険者組合に所属する冒険者達の仕事は、配達や希少鉱物、植物の採取もあるが主に自然発生、または特別な魔力を持って生まれた魔人によって創造される異形の魔物達の討伐、撃退である。 基本仕事先で何があっても組合は責任を負うことはないが、予期しない強力な魔物の出現等の異常事態に遭遇した時の為に緊急信号を送受信できる道具がある。

 護衛や長期間の調査といった日を跨ぐ仕事中、夜間に緊急事態が発生することを想定して、応援を手配できるよう泊まり込みの事務員を配備している。

 冒険者には階位があり、それぞれ受けられる仕事や役割が異なる。登録直後の八番等級から英雄級と呼ばれる最上位、現在聖国に五人存在する一番等級がある。

 

 建物の裏口、弾性のある透明な板を木製の淵で囲った扉を開けて中に入る。 談話室と書かれた表札が取り付けられた個室を三つ横切り、組合に仕事を受けに来る冒険者達の相手をするカウンターの手前、事務室と書かれた表札の扉を二回ノックした。

 「おはようございます」

 「あーい、ぉはよー」

 扉越しの眠気を隠さない返事を聞いたキーラは扉を開けて事務室の中に入る。 紙束やファイル、筆記用具や工具類が雑然と机の上に撒き散らかされ、床には乾き物の残骸と思しき食べかすが先人の性格を表していた。

 ただ一点、色褪せた表紙の分厚い書物だけが周りに物がなく、貴重品として扱われている用に感じた。

 「ジョルカさん、夜勤の業務に事務室の掃除も含まれているはずですよ」

 「したよー… 仮眠の前に一回」

 ジョルカと呼ばれた女性は綿帽子のようなブロンドの髪を掻きながら、気だるげに返した。 十分な睡眠が取れていない表情は、三〇歳に達していないとは思えない程乾いている。奥にある仮眠用のベッドの上から動こうという気配すらない。

 その仮眠用のベッドも大量の書類が散らばっており、とても安眠を享受できる状態ではなかった。

 

 キーラはそんな彼女をよそ目に事務室出入り口近くにある白い箱の上に手の平を置く。 箱の上部に設置されている小さな球が鉱石同士がぶつかりあったような音とともに青く点滅したのを確認してから、掃除道具を取り出して床の食べかすを集め始める。

 「ジョルカさん、このまま引き継ぎお願いします」

 「だいたいのことは引き継ぎ記録書に書いておいたけど、特記事項は早朝に緊急要請が入って、『彼』が行った…くらいかな。 」

 「また…ですか」

 城塞都市マァルの冒険者組合に関わる者で知らない人はいない『彼』

 三年前に現れた直後から緊急依頼を積極的に受けようとしていた妙な男。

 本来、冒険者になりたての八番等級では人の命に関わる緊急要請依頼は受諾できないことになっているが、ある商人が魔物に襲われるという事件の際に上位の冒険者が同行することで彼も救出任務に参加。 捨て身の行動で承認一家の命を救ったことからその実力が認められ、その後は彼の『したいこと』ができるようになった。

 重要性の高い依頼ばかり受け続けた為に、個人の実績、功績によって変動する冒険者としての階級は二年で上級、シニアと呼ばれる三番等級まで上り詰めていた。

 その彼は現在冒険者組合の建物二階にある個室で寝泊まりしている。 本人曰く「職住接近の方が性に合ってる」らしい。

 

 キーラは掃除道具を片付けた後、机の上に置かれていたファイルに目を通す。

 都市から南にあたる山岳地帯へ希少植物の採取に向かった二人組の冒険者から「強力な魔物が出現、応援を願いたい」という旨の緊急要請が入り、既に起きていた彼が簡単な状況確認をした後、一人で向かったのが早朝の出来事。 そして、つい一時間程前に彼から「救出できず。詳細は帰所後報告する」という連絡が入っていた。

 組合に緊急要請が届くと事務所、受付、待合室に設置されている掲示板の横にある回転灯が光る仕組みになっている。 緊急度が低い順に緑、黄色、赤に色が変化する。 早朝に点いた色は赤、熟練、もしくはかなり優秀な冒険者チームが数分以内に救助できなければ間違いなく命が失われる程の危機を示していた。 

 キーラは悲痛な面持ちで記入途中の死亡報告書に目を通す。

 「ライギスさんと、バドルさん…」

 「そ、熟練の四番なら、普通の魔物だったら問題なかったんだけどね…。 オーガ級やハーピーでも撃退してなんとか逃げ帰ってくることぐらいはできるだろうし、何より経験がある分、命の護り方は知ってるはずだから…」

 ジョルカは古く色褪せた表紙の分厚い辞典のような物の付箋が付いているページを開いてキーラに見せる。 

 資料には自然発生する魔物、冒険者によって狩られる対象であるゴブリンやオーガ、バジリスクの写絵が載っていたが、見慣れない点としてその肉体から紫色に発光する結晶が生えている。 

 「このクリスタルのようなものは…魔石…ですか? というか、これって…すみません、勉強不足で…」

 「いやいや、しょうがないよ。 聖国でこいつらが出るのは五百年振りだからね。 かの大英雄が魔界の大穴を封印して以来だよ。 西のアウルム王国と魔界の境界にある『門』が開けられたなんて情報もないし」

 「自然発生ではなく、魔神によって創造された強力な魔物…エリートタイプと呼称…」

 キーラは資料に書いてある文言を読み上げているとジョルカがベッドの上に置かれていた書類を拾い集めていた。

 「それじゃ、私はこの資料を王都と各都市の組合に郵送してくるから。 あとよろしくー」

 「今からですか? 騎士団に通信はされたんですよね?」

 「したよー。 カチヤノ将軍に直接。 だから陛下の耳にも入ってるだろうけど、口頭だけじゃ伝えられる情報にも限度があるからね」

 そう言いながら見る見るうちに厚みを増していく資料の束にジョルカがこの一時間でどれほどの資料を作り上げたのかが分かる。

 宿直の業務をこなしながら予定外の仕事もきっちり終わらせる先輩の有能さにキーラは頭が下がる思いだった。

 「お疲れ様です、ジョルカさん。 あとはお任せ下さい」

 「うーい…」

 ジョルカは個人の荷物用鞄とは別の組合備品である硬質な鞄に資料を入れてから立ち上がり、キーラが出勤時に手をかざした箱に自分も同じ行動を取る。 硬質なものがぶつかり合う音が二度鳴り、同時にランプも二度点滅したのを確認した。

 「おつかれさま、おさきにしつれいー」

 髪はぼさぼさのまま、わざとらしく重いものを持つように肩を下げながら組合をあとにするジョルカの後ろ姿をキーラは見送った。

 

 

 組合の表玄関の鍵を開け、複数あるガラス窓のカーテンを上げていく。眩しい日差しがキーラの視界に入り、まだ少し微睡みを残していた脳を活性化させる。

 箒と塵取りを持って組合の表に立ち、一度深呼吸。 朝の空気を吸い込むと、より一層目が覚める。 以前組合の研修で、講師の学者が朝の魔素を体内に取り込むからどうのこうのと話していた気がするが、それを思い出したところで何かが変わるものでもなく、小難しいことは学者達に任せておけばいい。 要するに、朝の空気を吸えば目が覚め、夜の空気を吸えば眠くなる、そう覚えておけば十分である―― とキーラは心の中で自分に言い聞かせる。

 キーラが意識を掃除に向けようとした時、商店街と組合の間にある大通りの向こうから見覚えのある『箱』が近づいて来る。

 箱は地面から浮き、後方へ青白い霧を噴出させながら前進していた。

 全体的には白く、ところどころに木目の塗装が施されている。フローティングボードに錬金術で作られた炭素繊維製の硬質な外装と液状化させた魔素を燃料にする推進器を取り付けた特注品、所有者である『彼』は「キャデラック」と呼んでいた。

 マジックアイテムであるフローティングボードを乗り物にする者は多く存在するが、魔素をコントロールする素養のない彼専用の特別な機構が備えられた箱は組合の前で停止し、側面に取り付けられた押戸が開く。箱の中から如何にも重そうな全身鎧を身につけた男が現れる。

 その鎧に装飾は無く、光沢消しに灰色で塗装している。所々に傷跡もあり、くぐり抜けてきた多くの時間と密度を見た者がすぐに理解できるほどに痛々しい有様だった。 厚みのある装甲は決して軽い金属でできてはいない、男が歩くたびに鳴る重く鈍い金属音がそれを物語る。頭部を覆い隠す面頬付き兜を含めなくとも一〇〇キロは超える重さだろう。 そんな鎧を身につけながら悠々と彼が歩くことができるのは、単純に筋力が強い――わけではなく、鎧の各所で小さく光るマジックアイテムの力が起因している。 

 「キーラさん…」

 「あ、お…おはようございます… アスターさん」

 いつも以上に低く、暗い雰囲気の男の声に、キーラはどの程度の感情で声を出して良いか迷いながら挨拶をした。

 アスターと呼ばれた男は気遣いの無い、重暗い声色が響かせる。

 「とりあえず、報告は中でしたいんだが」

 「え、あっ…はい! わかりました。 奥の談話室を使いましょう」

 「ああ、それで頼む」

 キーラは男の言葉に慌てて組合の中に入り、事務室で引き継いだ資料と告書を集めてから談話室へ向かう。 室内に備え付けられた机の上に資料を置いてから事務所の隣にある給湯室へ移動する。 飲み物の準備をしていると裏口からアスターのものとは違う革靴の足音が聞こえた。 足音は給湯室の前で止まりロマンスグレーの紳士の笑顔が見える。

 「おはようキーラくん」

 「おはようございます、組合長」

 「ん、人が来たら私が相手をするよ。 君はアスターくんの対応をよろしく。 先に荷物だけ置いてくるからね。 ああ、それと例の山岳地帯に二番等級の冒険者チームを派遣しといたから」

 「すみません、よろしくお願いします」

 等間隔で鳴る小気味良い足音を鳴らしながら妙に背筋の一本通った男性とアスターの声が聞こえた。二人が挨拶を交わした後、組合長の足音が遠のいていく。

 

 キーラは鎧の男が好む飲み物を淹れ、彼が待つ談話室へと向かった。

 室内に居た彼は既に鎧を脱ぎ、黒くぴったりとしたスーツとジャージー素材にも見えるズボンを履いた姿で、椅子に腰掛けていた。 重厚な全身鎧はその隣、直立で佇んでいる。単独で立っているが、まるで添え木でもしているように微動だにしない理由はきっと関節部分で光る石の力なのだろう、とキーラは自分なりに納得させる。

 彼の目の前に野菜の種を煎じた飲み物を置きながら、スーツを纏う場所以外の肌を確認する。 真新しい傷は見当たらないが、男性の額や頬、手首にいくつもの傷痕がある。どれほど重く、頑丈な鎧を身に纏っていても、強い衝撃を受ければ中身は無事では済まない。 この三年間、危険な緊急依頼ばかり専門に続けてきた男の肉体、堅牢な頭蓋に守られているはずの脳や臓器はいつ限界を迎えてしまうのか…

 「あの… あまり、長く見られるのは…恥ずかしいな」

 「あ! す、すみません… 緊急依頼から戻られたばかりなので、どこかお怪我はないかと、心配で」

 アスターが組合に帰ってくるたびに行ってきたキーラの日課は既に無意識行動になっていた。 キーラは自分が座る席の前に茶器を置き、慌てた様子で座る。 着席してから机の上に置かれている袋包に気付いた。

 「それでは、アスターさん、こちらに必要事項の記入をお願いいたします。 太枠の三点だけは今記入していただいたら、他は後でも良いので…」

 「いや、今回は魔物とも逢わなかったから、書けるだけ書くよ」

 「…はい、ありがとうございます」

 男は差し出された報告書と筆を受け取り、慣れた手つきで筆を動かしていく。

 その報告書の最上段には『死亡事故報告書』と書かれている。

 「ジョルカさんには伝えてあるけど、彼らが遭遇したのはエリートタイプの可能性が高い。 状況を見る限りじゃ、一方的に攻撃を受けた様子だったから。 四番等級の冒険者チームが手も足も出せないなんて、エリート級か… ドラゴンにしては戦闘跡が狭かったし、悪魔や邪神が出現した後の嫌な感じもなかった…」

 「…はい。 お二人共、ご家族がおられるので、危険な仕事は引き受けないようにされていたのに…」

 「だけど、彼らのお陰で聖国の中心部にもエリートが現れると知ることができた。 ご遺族が報酬を受けることはできるだろう、これも足して、少しでも慰みになるといいんだが…」

 アスターが机の上に置いていた包を開けると、中に直径一〇センチ、高さ三〇センチ程の金属製の筒が入っていた。

 「これはライギスさん達が採取していた植物だ。 彼らが家族の為にしっかり仕事をやりきったと、伝えて欲しい」

 「わかりました… 確かに受け取りました」

 キーラは筒の中身を確認しながら思う。何故彼はいつも助けられなかった人達にもせめて何かできるのではないかと気を巡らしては思い付く限りを尽くすのか、何がアスターという男にそこまでさせるのか、気になりながらもずっと聞くことができずにいた。

 「ああ、そう言えば帰り道でゼンダ達とすれ違ったよ」

 「え、あ、組合長がライギスさん達が採取仕事をしていた場所に二番等級冒険者を派遣したって言ってました」

 キーラは今朝組合長が言っていた言葉を思い出した。女戦士ステアリンを中心とした四人の冒険者チーム、戦士、盗賊、野伏、魔術師とバランスの取れた冒険者チーム、エリート級の魔物を討伐した経験もある。

 「彼女達なら大丈夫そうですね」

 「例の魔物の数もおそらく二、三匹ってところだろうが…ステアリン達なら十までは大丈夫か。 それに短距離ながら転移魔法の使い手もいる、何かあっても逃げ遅れることはないだろう」

 「それにしても、エリートがアウルム王国との国境を越えた― なんて情報もありませんでしたし…」

 「五百年前に大穴が封印されてからも、生き残っていた魔族が国境を越えずに聖国に来るなら…海路か…」

 「聖国の真南にはイグニス共和国がありますから、南西あたりから来たんでしょうか」

 「ん~… まあ、その辺の調査は騎士団やら連合軍の仕事だな」

 「ええ、外に出ている冒険者の方々にも戻るよう勧告はだしていますから」

 「…不信心に帰ってこない連中もいるだろうが、そこは自己責任だな。 …俺は、寝る」

 アスターの少し明るくなった表情と軽口に、キーラは安心を覚える。

 彼女は知っている、男はそう言いながら何かあれば必ず動く人物であると。

 

 突然建物中にけたたましい鐘の音が鳴り響く。勢い良く部屋を出た二人の目に、真紅の光が飛び込んだ。

 事務室と受付に備え付けられている回転灯が危機的状況に陥っている人物がいると知らせてくる。

 キーラは急いで事務室に入り、机の上に置かれている黒い板を二度叩く。

 「こちらマァト冒険者組合、状況を」

 [[…魔物がッ… …違う! ゴブリ… ―のか!?… 救援を!… 三匹いるぞ! 逃げ――]]

 「こちら組合のキーラです!! ゴブリン? 三匹って、まさか!」

 緊急事態が何によってもたらされているか、今までの情報が組み合わさりキーラの思考に答えを描く。 直様黒い板を操作し、南で調査をしている冒険者チームに連絡を取る。

 「こちら組合のキーラ、ステアリンさん、例のエリートによると思われる緊急要請がありました。 場所は聖国西の二番廃墟です!すぐに向かってください!」

 [[了解した! シャマル!ここから西の廃墟群までどれくらいかかる? ―短距離転移を連続させるよりフローティングボードで直接向かったほうが早いが、全力で飛ばしても一時間はかかる!― ―だそうだ、キーラ、四〇分で着くと伝えてくれ― ―な!おまえッ…わかったよ、なんとかしてやるよぉ!―]]

 「ありがとうございます! お願いします、みなさん!」

 [[あいよ。 ―了解です ―ハイ!]]

 キーラは通信を終え、他にエリート級を倒せる冒険者がいないか資料を探していると、聞きなれた金属音が耳に入り、廊下へ頭を出す。

 事務所の前に鎧姿のアスターが立っていた。

 「キーラさん、現場の情報を…」

 「ダメです! 今朝はまだ強力な魔物がエリート級だとわからなかったので、貴方に要請を受けてもらいましたけど、三匹確実に出現しています。 一匹だけならまだしも、複数同時では… 被害を増やすだけです!」

 「頼む…キーラ」

 「いつも、いつもいつも貴方は無茶をしてばかり! 本当に今回はダメです!」

 「ステアリン達でも、着くのに四〇分はかかるんだろ」

 「それでも…」

 「俺なら一五分で現場に着ける。 ステアリンが着くまでの時間を稼ぐことくらいは…」

 「時間を稼いで… アスターさんはどうなるんですか?」

 「…」

 「なんでいつもそんなことばかり…」

 「すまない。 心配ばかりかけて… お願いだ、キーラ」

 アスターは兜を外し、深々と頭を下げた。

 キーラは男の懇願に何も言えなくなってしまう。

 

 「西の廃墟群、ここから西へ向かって二番目の砦跡だ。 『ゴブリンの群れの中に変わった魔物がいる』という情報から調査に向かった五番等級四名、七番等級一名の五名。 おそらくいつものゴブリン狩りだと思い、エリートと遭遇…といったところだろう」

 受付側から壮年の男性が現れ、一枚の紙を持ちながらアスターが欲した情報を読み上げた。

 「組合長!」

 キーラは無表情で淡々と、一人の男を死神に近づけてしまう言葉を告げる組合長を、信じられない、という視線で見つめた。

 「キーラくん、彼は止まらないよ。 なら、せめて少しでも生還できるようサポートするべきじゃないか?」

 「それは…」

 項垂れ、前髪でその表情が見えない女性に対し、アスターは気まずそうに口を開く。

 「ごめん、キーラ… その…なるべく、生きて帰ってくるようにするから… うまく言えないけど… いつも、ありがとう」

 「…ありがとう、なんて、お別れみたいじゃないですか…」

 「う…ぐ…」

 「…五番等級の四人は責任感が強く、下位の教育に熱心な方々です、おそらく自分達の命にかえても若い、後輩を守ろうとするでしょう。 それと、エリートゴブリンは棍棒等よりも鍛え上げられた剣や槍、盾を好んで使い、高い再生能力を持つといわれています」

 「ありがとう、それだけわかれば十分。 行ってきます」

 「…」

 アスターが望むように顔を上げず、最後の言葉を飲み込んだ女性を背に男が出口までの道に立つ組合長の前を通り過ぎようとした時、力強い手で肩を掴まれた。

 「ひとつ貸しダヨ、アスターくん。 帰ったら君が断り続けている例の件、しっかり話し合おうじゃないか」

 「…あ、あ~ …善処します!」

 組合長の優しくも恐ろしい満面の笑みから逃げるようにアスターは走り出した。

 

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