異世界転出のススメ   作:月世界旅行

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星になりたい

 【アスターという男の生き方(エメロド・シャリアの手記より)】

 

 意識を取り戻した私の目の前には信じがたい光景が広がっていた。 頼りにしていた四名の先輩冒険者が理不尽な暴力によって蹂躙され、赤黒い塊りに成り果てている。 硬質な金属製の鎧ごともぎ取られた四肢が、かつて王国の要所を守るべく建てられた砦の残骸と同様、そこらじゅうに散らばっていた。

 砦は風化し、土台や一部の壁が残るばかり。天井はほぼない為、東から当たる日差しが視界に広がる参上を何一つ隠すことなく照らし出し、自分の脳に情報を押し込んでいる。

 認識が現実を捉え始めた時、激しい痛みが思考を焼く。 紫水晶が全身に刺さっているような異形の怪物が振るう棍棒に私を庇った冒険者諸共二〇メートル近く吹き飛ばされたのだ。 直接受けたわけではない自分が痛みで身動き一つ取れない状態、骨もいくつか折れているかも知れない。 頭を動かせないまま黒目だけ左に向けると、自分を庇った冒険者が着けていた具足が見える、視線を上に上げていくことは出来なかった。 元々黒かった具足の色が変わる程の赤い液体が下半身を染めている理由は、考える前に思考が導きを拒絶する。

 胃の底が締め付けられ、頭の上の方を冷やしながら明確な死を意識させる。 目覚めないまま、六つの目と三つの躰を持つ絶望の化身に全てを終わらせられた方が幸福だったのではないか等と考えてしまうのは、叩きおられた槍の破片で喉を切ろうにも腕が上がらず、舌を噛み切るには恐怖で力が入らず、唯々震えながら手足の先から冷たくなっていく感覚と激痛、着実に近付く死の恐怖に耐えなければならない圧倒的な不幸を知らずにいられたからだろう。

 

 私の命を全否定する黄色い目、返り血で斑模様になった緑色の肌、尖った鼻と耳を持つ化物の一体が視界の中で大きくなる。 遠近感さえ麻痺した認識の中で、そっと目を閉じた。 後はこれ以上痛みを感じずに、賢者様の下へ召されるのを待つだけ――

 

 鉄球…だろうか。 諦め尽くし、怒りさえ感じていなかった怪物は光沢を持たないながら、重撃とも言える衝突音から重厚な金属の拳のようなものに、横殴りよろしくぶちのめされていた。

 視界の右から左へと地面と水平に怪物諸共飛んでいった鉄の塊りは今や冒険者界隈では小鬼と呼ばれる本来の印象に戻った怪物を馬乗りの状態で見下ろしている。

 その姿を見てようやく、それが鉄の鎧を身に纏う人間であると認識した。

 

 鎧の人間は分厚い大盾を溶接している腕を怪物の額に何度も振り下ろす。その度、金剛石の様に思えた怪物の額から生えている紫色の結晶が欠ける音がする。 固い石をハンマーで叩き割るように大盾の角を使い、着実にヒビを入れていく。

 「あぶない!!」

 その姿があまりに必死に見えて、後ろから近付く別の怪物の存在に気付いてないと感じたまま、無意識に叫んでいた―― が、自分が叫ぶ前に彼―性別はまだ判断できないが―は半身をずらしていた。

 硬質なガラスが割るような音がした。 彼に後ろから近づいていた怪物が重く、硬そうな鎧ごと頭蓋を破壊しうる一撃はあるはずの手応えを得ることなくすり抜け、そのまま同族の額に振り下ろされた。

 確かに彼の攻撃では怪物の核と思われる結晶に決定的な一打に欠けていた。 重い鉄甲を振り下ろしていても、人間の力では長い柄の先に鉄球を付ける等して遠心力を利用しなければ破壊できるものではなかったのだ。

 だが、人を超えた膂力であればヒビの入った結晶に止めをさすことができる。

 後ろが見えていたわけではない。苛烈な攻撃を加えながら影を見ていたのだ。 

 

 核を砕かれた怪物はまるで最初から存在していなかったかのように黒い霧となって消滅した。跡には淡い光を抱えるクリスタルが残されている。

 怪物はあと二体。 一体目は奇襲と奇策によって滅ぼすことができたが、もう不意打ちはできない、真っ向勝負になることは必至となった。

 絶体絶命の窮地に駆けつけた英雄ではあるが、今の状態で彼の勝利する姿が想像できない。 装備は鎧と両腕にそれぞれ溶接された大盾のみ。武器と呼べるものは持ち合わせていない。 殴るだけでは倒しきれないのは先ほど証明されてしまった。

 殺された冒険者達の武器も怪物達には通用しなかった。

 彼がこの場に現れたことで変化したことは、自分の天命が少し延びたくらいだろう。

 

 怪物は二体とも武器を所持している。 一方は打撃を目的としたメイス、一方は諸刃の幅広大剣と円型盾を所持している。

 防御面では彼の装備の方が優秀と言えるが、身体能力、武器の面からも圧倒的な戦力差だった。

 

 自分の心が再び諦めの色に染まりかかった時、彼が動いた。

 メイスを手に持つ方目掛けて駆け出し、相手が武器を振り下ろすよりも速く肩の装甲を使って体当たりで怪物の態勢を崩す。 そのまま頭を左に振って勢いを付けた右拳を額の結晶にぶつけようとするも寸でのところで怪物が自分の顔の位置をずらし、拳を頬骨のあたりで受ける。

 勢いと大盾の重量の乗った拳は怪物の左顔面を穿ち、弾けさせた。

 もう一方の怪物が盾を使って彼を振り払う。 渾身の一撃を使ったままの態勢で防御はままならず、鎧の上ながら横腹に直撃を喰らった彼の身体は五メートルは後方へ飛ばされた。

 散々転がった彼の躰は廃墟の壁に激突して止まる。 十メートル近く離れているが彼のものと分かるほどのうめき声が聞こえた。 砂埃や散乱している赤い泥に塗れながら立ち上がる鋼鉄の鎧は擦り傷程度で凹みや抉り取られたような損傷はない―― 鎧に傷はないのだが、彼の面頬付き兜の細いスリットから赤黒い液体が飛び出る。

 肺腑からの出血なら鮮血が、胃袋なら粘度が高く黒い血を吐き出すと聞いたことがある。 頑強な鎧に守られていても、その衝撃は中身に伝わってたのだ。 敗戦色が濃くなっていく彼の姿以上に私を驚かせたのは、メイスを持つ怪物の潰された筈の左顔面が治っていた。 正確には現在進行形で修復されている。 額のクリスタルが光を放ち、その力によって再生していることがわかる。 彼が一体目の額を執拗に攻撃していた理由がハッキリした。 あれを破壊しない限り敵は回復し続けるのだ。

 誰が見ても勝ち目のない戦いに男は挑んでいる。絶望を否定し続ける姿はまるで自殺志願者か殉教者のようだった。 どちらも生にしがみついていない。傷つきながら、汚れながら、着実に命を削られている彼を見て思った―― 勝てない。 そう確信した私は意識を強く持ち、大きな声を上げる。

 「逃げて!」

 「断る!」

 想像を超える返答の早さと、低い声だった。

 「その様子じゃ動けないんだろう」

 「でも、このままじゃ…」

 「わかってる」

 「じゃあ、何しに来たんですか!?」

 つい本音を叫んでしまった。 折角命懸けで助けに来てくれた男性に対して、言葉を選ばないのであれば『期待はずれ』とも言える結果の変わらない状況に―― でも、彼には明確な目的と使命があった。

 「時間稼ぎだ…」

 

 風を切る音が聞こえた。 一本の黒い線が伸び、再生を続ける怪物の側頭部に刺さった線は、ようやくそれが矢であることに気づく。

 怪物が矢を抜こうと手を上げた瞬間、矢のカタチをしたそれは分厚く硬質な瓶が砕け散るような音と共に青白い光を放ちながら爆発した。

 

 そこに怪物の頭部は無かった。糸の切れた人形のように地面に倒れた怪物は先に倒されたものと同様に黒い霧となり、紫色の結晶だけを残した。

 残された一体の怪物は混乱している様子だ。首を左右に振り、状況を把握しようともがいている。 何かを見つけたように一点を凝視し始めた怪物は、盾で胴体を、大剣で額を守りながら構えている。 異形の魔物が向いている先から白い光を纏う何かが高速で近づいていた。

 あまりの速さに目で追うことができず、怪物の方へ視線を戻した時には二本の緑色の腕が飛んでいた。

 青と黒を基調とした衣装に身を包み、腰から長く伸びる銀色の尻尾、両手にそれぞれ妖しい輝きを放つ短刀を持つ人物が見える。 その刀によって一瞬で怪物の腕を切り飛ばしたのだ。

 

 「アアアァァッ!!」

 上方から怒号が聞こえた。見上げればケープをたなびかせる鎧姿の人型が大上段に剣を構えながら落下している。

 「チェエストォオオオ!!!」

 銀色の軌跡を描く刃物が地面に着く頃には、怪物の頭部は切り落されていた。

 指令器官を失いながらも蠢く胴体を再び飛来した三本の矢が止めている間に、地面に転がる異形の頭部、一際目立つ紫色のクリスタルに戦士が剣を突き立てる―― が、剣は結晶の硬度に阻まれ刺し貫くことはできなかった。

 

 「あ、そうだった…」

 一瞬の静寂が流れた後、嗄れた女性の小さな声が聞こえた気がした。

 

 《イクスエンチャント!》

 

 戦士は剣を持ち上げ呪文を唱えると、その刀身が青白い光を放ち始めた。 剣先を再び怪物の核に突き刺す。今度は硬いものが砕ける音が確かに聞こえた。

 

 

 遠くから布がはためく音が近づいている。音の鳴る方へ目を向けると、半透明の板に乗る二人の人物が見えた。

 弓を持つ者は周囲を警戒し、頭にターバンを巻いたローブ姿の者は…何か途轍もなく疲労しているように見える上、その後ろで何かが揺らいでいる。

 

 「アスターさん!」

 金属製の赤い胸当てを着た女戦士が片膝をつき満身創痍の鎧男を気遣っていた。

 「あぁ、ありがとうステアリン。 助かったよ… 俺よりあっちの子を頼む」

 「でも…」

 「君は回復魔術を使えたろう。俺は自分専用か、汎用性は高いけど回復力の微少なポーションしか持ってないから」

 「…わかりました。 ドリス、アスターさんを頼む!」

 女戦士はアスターと呼ばれた男性から小さな瓶を受け取り、黒い衣装の人物に彼の介抱を依頼してから私の方へ駆け足で向かってくる。

 「大丈夫かい?」

 「え…あ、はい…」

 女戦士は剣を鞘に収め、両手の平を自分の躰へ向け、大きく空気を吸い込み《ヒール》と人体の損傷を修復する呪文を唱えた。

 皮膚の内外で起こっていた出血や熱が治まっていくのがわかる。 疼きや痛みからの開放は心地よいとは知っていたが、これほどのものは今まで感じたことがない。

 「あとこれ、アスターさんから。 汎用性が高いものだけど、あくまで応急処置用だよ」

 「ありがとうございます」

 失礼とは思いながら、座ったまま青い液体の入った小瓶を受け取る。 蓋を開け、薬液を喉に流し込みながらアスターの方を見ると、自分と同じように小瓶の中に入っている液体を飲んでいる。

 正確には、ドリスに赤い薬液を飲まされている。

 ダメージを受けすぎて、腕も上がらなくなった彼の代わりに黒い軽装の人物が飲ませているのだ。

 

 私が薬液を飲み干す頃には、弓兵とローブ姿の人物が現場にたどり着いていた。

 「お陰で間に合ったよ、ヒジャ」

 「ほんと何なのおまえ! 私は馬か!馬車馬か!」

 女戦士に駆け寄り、被っていたターバンを地面に叩きつけた人物は、人間ではなかった。 黒い鱗と赤い文様の蜥蜴人、リザードマン。 大きな紅色の瞳と、てらてら光沢を帯びた鱗は筆舌し尽くしがたい妖艶さを放っていた。

 「あっちにアスターさんいるよ」

 「ちょっ! え、バカ! 行くし!」

 知的そうに見えて語彙の貧相なリザードマンは女戦士に指さされた方向へ駆け出した。 ヒジャが去った後、弓兵が音もなく現れる。

 「ステアリン、周辺に魔物はいない。警戒魔術も掛けてみたが反応なしだ。 組合にはアタシから報告しとこぉか?」

 「うん、よろしく」

 土色のマフラーに緑のハンチング帽を被った弓兵が腰に付けている小さな鞄から手の平に少し収まらない程度の黒く平べったい箱を取り出した。 箱の表面に何度か触れた後、それに向かって弓兵が状況の報告を始める。

 彼女の様子を見て鼻で一つため息をついたステアリンが口を開く。

 「さあ、救助対象者さん、もう立てるかい?」

 「はい。 大丈夫…だと思います」

 痛みは随分と引いている、四肢の動きを確認しながらゆっくりと立ち上がる。 足を伸ばすことはできたが、その瞬間意識を手放しそうになった。

 「おっと…無理もない」

 ステアリンに腰を支えられ、何とか尻餅をつかずに済んだが未だ膝に力が入りにくい状態だった。 後ろの壁に持たれることで何とか立位を保てている状態ではあるが、なんとか感謝の意思を伝えようと口を開く。

 「本当に… 本当にありがとう…ござい…ます… わ… 私は… 」

 頬に熱を感じた。 それが自分の涙だと認識した時にはもう割れた水瓶のように留まることなく溢れ出す。

 「あれ… な…なんで…」

 「うん、たぶん、ほっとしたんじゃないかな」

 女戦士が懐から白いハンカチーフを取り出して渡してくれた。荒くれ稼業の冒険者らしからぬいい匂いがした。

 

 「無事のようだな。 ステアリン達も、本当に助かった。 ありがとう」

 白い布に体液を吸わせていると、いつの間にか目前に鎧の男がリザードマンに支えられながら立っていた。 兜が外されたその素顔はところどころ血で汚れている。 頑強な大鎧に守られていても、あの膂力をぶつけられて中身が無事なはずはなかった。

 「…ヒジャ、もう大丈夫だから。 ありがとう」

 「いや、でも… わかりました…」

 ヒジャは名残惜しそうに手を離すも、距離は近いままだった。 異種族間の恋愛が市民権を得た昨今、特別珍しいものでもなかったが、いざ目の前にすると新鮮なもので――

 「おいアンタ、ナンカ変なこと考えてないカ?」

 「え? …いえいえ、そんな… …ええと、ごめんなさい」

 邪推を目で語ってしまっていたのか、ヒジャに睨まれた。 慌てて否定しようとするも、本当にそう思ってしまったのは事実なので、素直に謝罪をした。

 「アンタなァ、命の恩人に失礼なん…」

 「うん、まぁ― ヒジャもそのへんにしてあげようよ。 雑談も組合に戻ってからでもできるんだから」

 「そりゃ…そうだけど…サ…」

 ステアリンがヒジャの頬を撫でながら落ち着かせると、リザードマンは黒い肌でも分かるくらいに顔を上気させて俯いた。左右に揺れる尻尾が喜びを表しているように見える。

 リザードマンの知り合いは数える程も居ないけれど、まだまだ種族や愛情についての知識も経験も足りていないことを実感した。

 アスターが片手を上げ、注目を集めてから口を開く。

 「あー、とりあえず。 ステアリン、これを」

 「…魔石…ですよね」

 鎧の男が女戦士に淡い光を放つ半透明の三つの結晶を手渡した。

 「ああ、エリートゴブリンの魔石だ。 自然発生の魔物のものとは明らかに中心の光り方が違う。 俺もエリートタイプの魔石は初めて見るから、異常なものなのかどうかもわからない。 専門家に調べてもらった方が良いだろう」

 「分かりました。 …表にアスターさんの愛車が停まっていましたが、お疲れでしたら牽引しますよ。 ヒジャが」

 「おまえ! また私を… やるけどサ!」

 「いや、俺にはやることがあるから… 俺より彼女を頼む」

 アスターは辺りを見回しながらステアリンの申し出を断った。

 「いつもの…ですか。 本当に、無理だけはしないでくださいよ」

 「すまない、心配をかける」

 

 鎧の男は兜を着け直し、最初に飛び込んできた方向へ歩き出した。

 その背中を見て彼が何をしようとしているのか全く予想できなかった私は素直にステアリンに尋ねる。

 「あの、いつものって…」

 「冒険者の遺体を回収するんだよ」

 「え? …何故そんなことを…」

 「あの人は『アンデッドを発生させない為』なんて理屈っぽいことを言うけど、本当は遺族の為だったり、助けられなかった贖罪だったり…」

 「そんな、贖罪だなんて…」

 「理不尽だよね。 だけど、それが彼の生き方なんだよ… 私達は魔石を冒険者組合に一刻も早く届けなきゃいけないし、君も―回復魔術やポーションはあくまでも応急処置だからね、ちゃんと診てもらわないと」

 「……」

 考える。このまま帰っても良いのかどうか――

 

 「あの、私… アスターさんを手伝います!」

 自分で思っていた以上の大きな声が出た。 その言葉にステアリン達は目をまるくして驚いたようだったが、数瞬の後、女戦士は目を細めて微笑む。

 「そっか。 うん、じゃあ後は頼んだよ。 アスターさんのことも…ね。 君はいい子だ… 困った事があったらいつでも訪ねておいで、塒はキーラちゃんから伝えるよう言っとくから」

 「はい、ありがとうございます」

 

 

 ステアリン達の背中を見送り暫く待っていると、魔素を精製して作られる液体燃料で動く車両独特の排気音が聞こえた。

 大きな白い鉄の箱が近づいてきている。木目調のラインで装飾された箱は前側の部分に機関部、後ろ側には荷台という構造をしている。

 一.九メートルはある横幅で進める限界まで近付いたところで停車した箱の中から兜を外した全身鎧の男が姿を現した。 荷台から黒く分厚い、大の大人がすっぽり入る袋を取り出し、肩で担ぐ。 激しい戦闘が起きた中心部、その中でも比較的開けた場所に彼は遺体袋を並べた。

 「手伝います、アスターさん」

 「うぉ!?」

 私に気付いていなかったのだろう、声をかけると彼は一瞬身体を震わせ情けないとも可愛らしいとも思える声を上げた。

 「…え、何で行ってないの? あの子達も俺が一人でやりたがる理由知ってるだろうに…」

 「あの、私も…私を庇ってくださった方々の…恩返しをしたいんです」

 「君が優先するべきは、ここで何があったのか組合に伝えることだ… と言うのはステアリンも分かってて君を残したってことは… 余程その意志が固かった―ということなんだろうな」

 「はい!」

 アスターは顔のパーツを中心に寄せて、あからさまに嫌そうな表情を作る。

 「あんだけボコボコにやられる姿を見たんだ、今更幻滅もないだろう…」

 「幻滅?」

 冒険者達の遺体を食べる…なんてことにならない限り、印象が変わることはないと思っていたが、想像を絶する何かを今から行うのかもしれない。

 「あー…じゃあ、そのへんに落ちてる腕とか小さいの集めてきて」

 彼は指を振りながら関心の無さそうな仕草と口調で指示を出した。 言われるままに先輩冒険者達の砕かれた破片を集め始める。 つい数時間前まで会話をしていた人々の成れの果て、薄い橙色と赤か朱色、どす黒い色を持ちながらもてらてら光るそれらを見るたび、触れるたびに後頭部の当たりが冷たく、痺れるような感覚を覚える。 不思議と不快感はない。 死人…というよりも死体という物体、人様の大切な物を壊してしまい、その破片を謝罪の気持ちを抱えながら拾い集めているような悲しい感情。

 「ごめんなさい… ごめんなさい…」

 冒険者達は新米の冒険者達を生かす為に死んだのだ。 実力で見れば真っ先に死ぬはずだったのは私の方なのに――

 苦悩の中で藻掻く横を、冒険者の下半身を脇に抱えたアスターが通る。 歩調は揺らがず、表情も変わらない―― が、顔の色は蒼白だった。 よく見れば唇の色も紫色に近い。

 「あ、アスターさん! まさか、さっきのダメージが!」

 「いや、それはもう… だいじゅ… 大丈夫…だから…  ただ、ちょっと…耳…塞いで、目…閉じてもらえる?」

 冷や汗か脂汗を滲ませた作り笑いを向けながら絞り出された彼の言葉通りに五感の内二つを閉じた。 それでも分かる、今アスターがどんな状態なのか、何をしているのかが――

 そっと目を開けると彼が浮遊する車から水瓶を取り出し口の中を濯いでいるのが見えた。 目が合った彼はまた作り笑いを浮かべる。

 奇襲とは言え、上位の冒険者でしか倒せないエリート級モンスターを拳で滅ぼした男、という印象が強く、まるでアスターのことを別次元の存在のように思ってしまっていたが、そんなことはなかった。

 彼も普通の人間であり、悲しんだり、怖がったり、辛い現実に打ちのめされることもある。 当たり前のことに今更気づかさた。

 

 「あ~、情けないとこ見せちゃったね。 だから一緒に行かせたかったんだけど―」

 「そんなことないです! それが普通だと思います!」

 「普通か… なら、良いか…」

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

 四っつの中身が入った黒い袋を車の荷台に乗せ、浮遊する車両の中、操縦席の左側にある座席に私は座っている。

 車内は今まで見たことのない作りをしていた。目の前には弾力のある透明な分厚い板が張られ、座っている椅子はソファのように柔らかい。 彼の前には操縦桿と思われるレバーが二本といろんな色のボタンがいくつか、よく見れば足元にもペダルが三つ付いている。 よく知るフローティングボードの操作は備え付けられている水晶球一つか、複雑な操作を好むマニアが使いたがる水晶球二つで行われる。

 社内を凝視している事が気になったのだろうか、彼が困った顔で口を開く。

 「俺は魔術の素質が無くてね、球っころ一つじゃ動かせなかったんだ。 だからこんなにも複雑になってしまった。 特注なもんで、この鎧と合わせてお金は全部使い果たしてしまったよ… それも人からもらったお金だから、何から何までカッコがつかないなぁ」

 「そんなことありません。 それらを使って、沢山人のお役に立たれているじゃないですか。 緊急依頼専門の三番等級冒険者、アスターさんの噂は聞いていますよ」

 「変な噂とかじゃないことを祈るよ」

 「安心してください。 いい話ばかりですから」

 「それはそれで、現実とのギャップが怖いな」

 「それも大丈夫です。 想像通りの、良い人でしたから」

 「おお、そりゃ、どうも」

 アスターは会話をしながら操縦桿を動かし、車を冒険者組合のある都市に向けて発進させた。

 地面から浮いている為、揺れは殆どない。 人気の無い場所、無音の車内で気になっていたこと、答えが出せずにいたことを、勇気を出して彼に訪ねてみる。

 「…どうして、私一人が生き残ったんでしょう」

 「……いくつか理由はあるだろうけど、俺の考えは君を不快にさせるかもしれないけど…良いかい?」

 彼は数秒考えた後、視線を前に向けたまま行った。低く、優しい声で―

 「はい、構いません」

 「じゃあ… 君一人だけ生き残った理由は、彼らが弱かったからだ。 それに、愚かだった」

 「それは…どういう…」

 「君達は『おかしなゴブリンがいるから調査をしてほしい』という依頼を受けたそうだね。 調査依頼であって、討伐ではなかったはずだ。 なのに遺体は廃墟の中心部にあった。 いつものゴブリンだと思って、倒そうとしたんじゃないか?」

 「それはッ …その…とおりです」

 「それに、ここは聖国の中でも西側に位置している。 ここ何百年も聖国ではエリートタイプを見なかったとしても、西隣のアウルム王国では数年に一度報告が上がっているし、警戒はするべきだった」

 「それも、結果論じゃないですか」

 「そうだ。 普通ならそんなこと考えずに調査から討伐に移行するだろう…けど、新米教育も勤める五番等級の彼らは今回新米である七番等級の君を連れていた。 なら、調査依頼を遂行すること、西側の魔物には警戒することを教えなければならなかった」

 「……」

 「おおかた、新人に格好いいところを見せようとしたんだろうけど、結果がこれだ―」

 「そこまで…言わなくても…」

 「でも、君は生き残った」

 「…はい」

 「エリート級という自分達が適うはずのない強敵を前に、できるかぎり組合に情報を伝え、若く、新人の君を生かす為に彼らは最善の行動を取った」

 「はい、その通りです」

 「…大事なのは結果だ。 彼らのお陰でハッキリと聖国西側でエリート級モンスターが存在している事実が判明し、エリートゴブリンが落とした魔石を研究することで、対抗策が練られるだろう。 ステアリン達が戦闘の内容を報告し、君からも組合に報告すれば…彼らがゴブリンを討伐しようとしなければ、ここまでの情報は得られなかったろう。 お陰で沢山の命が奪われずに済むはずだ」

 「はい…はい…」

 「だから、俺が保証する。 彼らは優秀な冒険者達だった。 この情報は確実に国から報奨金が出る、帰ったら立派な墓を建ててやろう」

 「…はい。 ありがとうございます、アスターさん…」

 

 日差しが真上から降り注ぐ中、尊敬する冒険者達が残してくれたものを大切にしよう。 それを抱きしめながら見るアスターの表情は、悲しんでいるようでもあり、微笑んでいるようでもあり、言葉では言い表せられないような顔をしていた。

 光を避けるように細められた瞳の中にある黒い輝きは、夜に輝く星よりもどこまでも真っ直ぐに煌めいている。

 私もそんな星になりたい― そう思った。

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