異世界転出のススメ   作:月世界旅行

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いのちの木陰

  聖王歴2400年、魔術の才能に秀でた猫型亜人種、羊の角とコウモリの羽を持つ魔人、薄い体毛、柔らかな肌を持ちながらどの種族にも勝る圧倒的な繁殖力で勢力を広げる人間種、寿命を持つ生き物とは根本的に思考の異なる強力な生命体である竜人、多種多様な種族が跳梁跋扈するアイテール大陸を強大な力と海よりも広く深い心で統一された人間種、フルクァト聖国初代国王が死去されてから2400年が経過した。 一度統一された大陸だが、聖王が亡くなられた後、幾度となく戦争を繰り返し小さな国が出来ては消えていった。

 今現在は大陸中央の聖国を含め六つの国と、国を持たない小さな群がいくつか存在する。 もともと見た目も考え方もバラバラな生き物たちが手に手を取って平和的共存等不可能だったのだ…と多くの人が酒場で愚痴を零している。

 

 聖王国西部に位置する堅牢な石造りの防壁に囲まれた城塞都市マァル。その一角にある小さな診療所。 白い土壁の部屋で白く長い丈の服を来た男性が背もたれのない木製の椅子に座っていた。 男は短い黒髪、黒縁の眼鏡をしている。年齢は二十代後半、その細長の眼から感情を読み取ることは困難だろう。 ニカワでコーティングされ、光沢のある机に肩肘を掛け、そこに置かれた紙を眺めていると、木製のドアがノックされ、扉越しに若い…というよりむしろ幼い女子のような声が聞こえる。

 「先生、エルシャン様入られます」

 「はい、どーぞ。 この時間なら、次の患者さんで最後かな…」

 先生と呼ばれた男が返事をしたあと、木製の引き戸が軋んだ音を立てながら動いた。 男は扉や枠を変えることよりも摩擦面の蝋を塗り直して急場を凌ぐことぐらいしか考えていない。

 「失礼します」

 若い女性の声だった。二十に満たない少女、長い金髪を後ろで束ね、前髪は目にかぶらない程度に切り揃えられている。 緑色の眼は透き通っていて、まだ人の世の汚れに染まっていないように見えた。

 服装は鉄製の胸当てに砂や人、人でない者の血で汚れたと想われるシミのついた白い外套、胸に金色の十字架を下げている。十字架の中心に青く小さな二つの宝石が縦に並んではめ込まれている。 高次元の存在の声を聞くという賢者カルボを信仰している者の証だ。

 「どうぞ、おかけください」

 少女は男に促されるまま、ゆっくりと丸椅子に腰掛ける。 節々が痛むのか、座り方はやや慎重だった。

 腰に下げている袋が椅子に当たり、硬質な音が室内に響いた。

 白衣の男は先程まで見ていた紙面に再び目を向けながら口を開く。

 「ええと、エルシャンさん… 問診票には『ある男性に、とりあえずゼラフのところに行け、と言われたから』と書いていますが…」

 「あ、はい。 アスターという方なんですけど」

 「ああ、彼か…。 ま、とりあえず脈をとるね。 どちらでも良いので、手を出して」

 エルシャンは利き手でない左手を差し出す。 白衣の男ゼラフに手を触られ、一瞬躰が震えるが、男の手から伝わる優しさと真剣さに緊張はゆっくりと解れて行く。

 ゼラフは懐から懐中時計を取り出して少女の脈拍を確認する。

 「脈拍は少し早いくらいだけど、どこか痛いところとか、苦しいところとかは?」

 「少し、右足の甲が… あと、少し前に怪我をして…でも、アスターさんにもらったポーションで傷は治ったんですけど」

 「ポーション? 空き容器はあるかい?」

 少女は腰に下げていた袋から銀で補強された手の平大のガラス瓶を取り出し、ゼラフに渡す。 ゼラフは天上の灯りに瓶をかざし、少し残っている薬液の色と透明度を見た。

 「あー、これは… 汎用のポーションだね、応急処置にはちょうど良いけど… ここに来る前に治療魔術師のところへは?」

 「いえ、アスターさんから『見て分かる外傷はポーションで治っているから、目に見えない、放っておいたら手遅れになるかもしれない怪我が分かる医術師のところへ行くように』と言われて、先ずこちらにきました」

 「なるほど… まあ、その様子なら正解かな。 深刻な状態ならアスターもここじゃなく、治療魔術師と医術師両方が居る総合治療所に連れてくだろうし… お腹見せてもらって良いかい? 」

 「え? あ… はい…」

 エルシャンは鉄製の胸当てを留めているベルトを外し、服を臍が見える程度までたくしあげる。

 「いや、もうちょっと上」

 「あ、えっ… んん… はい…」

 少女は少し躊躇したあと、観念したように胸が見えるギリギリまで服を上げて見せる。

 「ん、触るよー」

 脇腹に触れられ、思わず変な声が出てしまいそうだったエルシャンは下唇を噛みながら堪える。

 「ここどう? 痛くない?」

 ゼラフは脇腹や肋骨等腹部周りを触り、時折指で部分部分を押しながら尋ねた。

 「はい、痛みはありません」

 エルシャンは淡々と作業をするように触診を続けるゼラフを見て、恥ずかしさがだんだんと薄れていく。

 「臓腑や肋骨に炎症や損傷は… ないみたいだね。 次は痛いって言ってた足を見せて」

 少女は自分でつま先部分が鉄で保護されている具足を外し、右の素足を医術師に見せる。 白い肌に怪我やシミはなく、痛みを訴える箇所にアザもない。 ゼラフは足の甲を優しく撫でながらエルシャンの顔色を覗う。 一定の場所をさする時に若干表情が曇り、そこを弱い力で押すと、か弱く小さな呻き声が聞こえた。

 「なるほど… もうちょっと、足を上げてもらっていいかい?」

 「あ、はい」

 言われるまま少女は足を上げて見せると、医術師が足の裏をまじまじと眺める。

 「あの…それはどう言う意味が?」

 「足の裏って面白いものでね、いろんな事がわかるんだよ… どこの内蔵や弱っているとか、君が今かなりストレスを抱えていることとか…ね。 ま、とりあえず痛みの原因はわかったし、履いてもらっていいよ」

 「ストレス…ですか」

 エルシャンは具足を付け直しながら無意識に反芻する。

 「痛みの原因自体は具足が君の足に合ってないからなんだけど、たぶん普段はそんなに痛くなかったんじゃないかな…違和感ぐらいで。 ただ、何か精神的に追い詰められるようなことがあって、心に圧力がかかって違和感程度だった炎症を『痛み』として感じてるんだ。 で、その『痛み』もまたストレスになってどんどん強くなっていく… ことがあるね」

 「はぁ…」

 「ストレスの対応自体はよく休むことだけど、靴は変えた方が良いね。 見たところ新米の冒険者だろうけど、足元の装備はちゃんと自分にあったものを選んだほうが職業人としての寿命は延びるよ。 まぁ、生きることを優先するなら冒険者なんてやってないだろうけど」

 ゼラフは小さなため息をこぼしながら卓上の紙に診断結果と患者に処方する薬名を記入した。 少女は何故この医術師が冒険者のことを詳しく知っているのか疑問に思ったが、すぐに理由を察して、思ったことを口に出す。

 「先生って、冒険者のこと…お詳しいんですね。 やはり評判がよくて怪我をされた冒険者がよく来られる…とか?」

 「まあ、それもあるだろうけど。 先ず、私がそのアスターの… おそらく聖国一怪我をしすぎる男の主治医だから、だろうね」

 「あ~… なるほど。 あの人なら、いつも怪我してそうですね。 無茶も無理も、自分を追い詰めるような…」

 「彼にとって、そんな生き方が最善らしい。 一般人の私には到底及ばない領域だよ。 正直、変態だね」

 「アスターさんのことよく知りませんけど… 返事に困ってしまいます」

 「ま、彼を知る一人の男の愚痴みたいなものだよ、忘れてもらったほうが良いし、アスターくんに関わるとロクなことにならないのは君も察してるだろう。 …痛み止め出しておいたから、痛みで夜眠れないとか、そういう時に飲んでね。 他の注意点はお薬渡してくれるお姉さんが教えてくれるから、ちゃんと守るように。 痛みが引かなかったり、熱が出たりしたら、また来てね。」

 「はい、ありがとうございました」

 「うん、お大事にー」

 少女は一礼した後、丁寧に扉を開けて退室した。 ゼラフは口だけの笑顔でそれを見送り、再び卓上の紙に目を向けた。

 「エマちゃーん」

 医術師が女性らしい名前を呼ぶと、エルシャンが入ってきた扉とはまた別の、診察室から直接受付に繋がっている出入り口から身長一〇〇センチ程の幼女が栗色癖毛を側頭部で括ったツインテールを揺らしながら入ってきた。

 「センセ、いつも申し上げておりますけれど、その呼び方はレディに対して失礼じゃありません?」

 幼女は口を真一文字に伸ばし、ルビーのような大きな瞳を下半月にしながら堂々と指摘した。

 「失礼、ミス…エバミール・ロルメタゼパム。 このお薬を先ほどの患者さんに」

 「ハイハイ、エルシャンさんね。 今日はあの方で最後でしたけど…綺麗な女の子でしたわネ」

 「いえいえ、貴女の美しさには遠く及びませんよ。 どうでしょう、先ほどの無礼のお詫びと言ってはなんですが、今夜お暇ですか?」

 「あらま… そういうコトはワタクシがアナタのオシメを替えていたのを忘れられるくらい魅力的な男性になってから言ってくださいナ」

 エバミールは幼女の姿からは想像も出来ないほど蠱惑的な笑みを浮かべながら診断結果と処方薬の書かれた紙を受け取り、それを波打たせながら受付に戻って行った。

 ただ一人診察室に残された男は肩を落としながら大きな溜息をつく。

 「… 後でアスターの様子を見に行こう、彼も今日は一人だろうから」

 独り身の侘しさを友と分かち合うことで紛らわそうと考えていた男の目論見は、この日最期の患者であるエルシャンの勇気ある行動によって打ち砕かれることになる。

 

 

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 エルシャンがゼラフのもとで診察を受けている頃、アスターは都市内の中でも人通りの滅多にない奥の奥、やれ幽霊が出るだの人体実験好きマッドサイエンティストの研究所があるだのと妖しい噂が絶えず、子供を怯えさせ小さい命の安全を確保したい親にも利用されてきた場所を四つの黒い袋を乗せた宙に浮く車で訪れていた。

 まだ日も落ちていないのに薄暗い路地の中、コンクリートむき出しの入口も窓も無いただの巨大な箱のような建物の前に車を止める。

 しばらくそのまま待っていると壁の一部、ちょうどアスターの乗る車が入れる程の範囲のコンクリート壁が下に降りていく。 建物の中には薄紫色の髪を後頭部で団子状にまとめた、室内だというのに遮光性の高そうな黒レンズ眼鏡をかけた人物が腰に手をあて堂々と立っていた。

 「アラー、アスターサン、本日二回目じゃないデスカ」

 「要件は今朝と同じです。ただ、人数は四人」

 「ソレハソレハ…少々お高くなりマスヨ?」

 「確証が出たから、今朝の分と合わせて請求は聖国騎士団の方へ」

 「ホッホー! まぁ、ワタクシもシゴトですカラ。 深く詮索することアリマセンシ…」

 「中に入るぞ」

 「ドーゾドーゾ、ワタクシは先ずオシゴトができること、その次にお代金をいただけレバそれでヨイのデスヨ」

 アスターは車を操り室内に入ると先ほど地に沈んだ壁がせり上がり、再び壁は出入口を失った。

 室内は薄暗く、剥き出しのコンクリート壁に無数の妖しい造形と光を放つ拷問器具と言われても納得してしまうような道具、都市では珍しい油を利用した照明が奇っ怪な雰囲気に拍車をかけていた。

 紫の奇抜な髪型が印象的で白い着衣の襟元、袖元に薄いカーテンを貼り付けた様な衣装の人物は二度手を叩き、その手を摺り合わせながら口を開く。

 「ハイハイ、さて! それでは見せてもらいマショーかネ!」

 アスターが車から下ろす四つの黒い袋に、意気揚々とした声の主は蛇を連想させる動きで近付いた。 それに対して戦士は真剣な眼差しを向ける。

 「偽物じゃないんだ、丁重に扱ってくれ」

 「わかってマスーゥ! そもそも、その袋はワタクシが作ったモノでショ、ご遺体の変質を抑えられるヨウに」

 「中身の権利は遺族にある。 重要な調査に必要なものとは言え、家族が解剖を拒否すれば研究はそこで止まる」

 「…アスターサン、なら何の為にココに来たノ?」

 「…矛盾しているのは分かっている、これは折衷案なんだ」

 「相変わらず面倒クサイ男ネー。 大事なご遺体でも、解剖が必要なら複製品を作って、ソレを遺族に渡すなんて…」

 「遺族には『綺麗な状態お渡しする』と説得している」

 「誘導の間違いじゃないノ? ま、ワタクシはオシゴトができればイイケド。 とりあえず、袋を開けてくれナイ?」

 アスターが袋を開けると四肢の繋がっていない無残なヒトのようなものが見えた。 紫髪の性別、年齢不詳の人物は遮光グラスを外してソレをジっと見つめる。

 「ン~、たしかにエーテルは抜けきってるネ。 コレなら浄化しなくてもアンデッドにはならないデショ」

 「その目には何が見えてるんだ?」

 「目に見えないモノ。 とくにアナタのようなタイプの人にはね」

 「なぞなぞか?」

 「そのままのイミよ。 ほとんどの人は空気中の魔素…ワタクシはエーテルと呼んでるケド、それを視覚的に捉えることはできないケド… ハッキリと見えちゃうのヨ。 魔素はただの『魔術の素』じゃない。 魔素が魔術の行使で消費されながら大陸中の魔素がゼンゼン減らない理由は前にカレッジのマイヤー先生が何か言ってたケド… ソレよりも、魔素はソノ性質や収束の仕方によって魔物にも精霊にも動物の魂にもなる。 ソレらは肉体機能や核の結晶を維持できなくなった時に拡散し、エーテルに還る。 だから肉体機能を失いながらエーテルが抜け切らずに同じ場所で収束が起きて魔素の結晶化が起きた場合に」

 「アンデッドが発生する…か」

 「ニンゲンに限らず、どんな動物でもアンデッド化するのはソーユー理由があるのヨ」

 「今日はよく喋るな、ムシュレ」

 「フフ、これでもコーフンしてるのヨ… 今朝のご遺体もそうだったけど、ただの魔物にやられたワケじゃないデショ」

 「……複製ができたら呼んでくれ、俺は一度帰って、寝る」

 「アラ、見張ってなくてイイの? 珍しいものだって分かったら、ワタクシなにシチャウかわかんないヨ?」

 「信頼してる」

 「ウソつき、面倒くさいだけデショ。 イイワ、また今度食事にでもいきまショ」

 「ああ、酒と匂いがきついか酸っぱい料理以外なら、あと辛すぎるのも勘弁してくれ」

 「わかってるワヨ、そんな短い付き合いでもないンだかラ」

 「じゃあまた、後で」

 「ハイハイ、ちゃんとシゴトはするワヨ、こっちにもプライドがあるからネ」

 「それは頼もしい」

 アスターが車に乗り込むと、来た時と同様に壁の一部が下がり始める。 戦士は車内でムシュレに向かって手を上げて見せる。 相手もそれに応え、手の平を向けながら見送った。

 

 

 「信頼してる…ね、そんなコト言ってくれるのは、アンタだけよ…」

 

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