翌週末の休日。
封筒のプリントを頼りに健康診断の実施場所へ来ると、そこには病院ではなく何かしらの研究をしているであろう研究所があった。
「どうなってんだ...」
門の近くを見れば、彼と同じであろう人がちらほらいる。
「こんにちは...」
「あんたも同じか?」
近くにいた男に話しかけるとそう返される。そう聞くという事はその男も同じ境遇なのだろうと彼は判断する。
「まあそんなもんです」
彼は男に簡潔に答えると同時に門が開いた。その中からはいかにも警備員風の男が出てくる。
「お前たち、健康診断に来た者だな?」
「ええ、そうですけど」
「おい、これからいったい何が始まるんだ?」
「知らん。私はただの警備員だからな。ついて来い」
警備員はクルリと背を向けると歩き出す。隣にいた男と顔を見合わせると、男は何か覚悟した様子で警備のあとを追って行った。
(いったいなんなんだ...!?)
彼はそう思うと遅れてはいけないと判断し、研究所に入って行った。
ーーー
「こいつらが今回の【対象】か?」
薄暗い部屋の中でそう呟きが聞こえる。その呟きは椅子に座っている部屋の主が発した物だ。
「はい。でも本当にいるのでしょうか...?」
そう言ったのは部屋の主の前に立つ秘書だ。小脇にはタブレット端末を抱えている。
「さあな。だが本社からは『いるはずだから続けろ』との一言のみだしな』
「でも本当にいるのでしょうか、【天然】の存在なんて」
「だが本当にいたのなら、はるかに【養殖】よりも強いのだろうな」
秘書の問いに部屋の主はそう答えると部屋のブラインドを上げる。
「まあ我々は本社に従うだけだ」
そう部屋の主が締めくくると、秘書は失礼しますと部屋を出て行った。
ーーー
「これって、健康診断だよな?」
「そうだが、いったいどうした?早く続けてくれ」
彼はそう口にすると、検査を行っている検査官が答える。
「何でスポーツテスト紛いの事をする必要があるんだ?」
「それは基礎体力を計測するためだ」
「いやでも何で基礎体力を計測する必要が?」
「...知らん」
ぶっきらぼうに検査官は返すと次の場所へ彼を案内する。
「なんだこれ...」
「見てわかるだろう。義手だ」
「いや何で義手が?」
そこには右手の義手と、それに繋がったチョーカーらしき物が置いてあった。
「ここではこの義手をどれだけ正確に扱えるか検査する」
「義手の扱いって、もはや健康診断じゃ無いよな...?」
「...そこのチョーカーを首につけてくれ」
「答えろよ!?」
そう彼は言っても検査官は何も答えなかった。仕方なく彼はチョーカーを首につける。
「これで良いのか?」
「ああ。では適性検査を始める。手始めに適当に動かしてくれ」
彼はそう言われると義手を動かすという意思を発する。そうするとチョーカーがその意思を汲み取り義手の操作に反映させる。
「...なんだよ」
「随分と滑らかに扱うな。何処かで使った事あるのか?」
「いや全くもってそんな事はないね」
「本当か?」
そう言って彼は義手を動かし続けると、なぜか部屋のガラス窓の向こうには研究員らしき人達が集まって来ている。
「なあ、あいつらなにしてるんだ?」
「...ああすまない、私だ。もう一つの方も持って来て...いや全部で良い」
「......」
「すまないが君には他の者とは別で、もう一つ追加で検査を行ってもらうよ」
検査官は彼の質問には答えず何処かへ連絡し、自分の要件だけを言った。その態度に彼には何処か嫌な予感が走る。
(まさかこのチョーカーって...擬似AMSか?って事は...)
幾らか頭の回転が他者より早いせいで、彼は気づいてしまった。この検査の意味に。
(...いや、まさかね)
だが彼は思い違いだと結論付ける。そうすると1人の男が検査室へと入って来た。
「主任、これで良いんですか?」
「ああ。感謝するよ」
男が持ってきたのは全長1mほどのロボットの様なものだった。検査官は義手につけられたコードを引っこ抜くと、ロボットに接続する。
彼の首元には一瞬チクッと痛みが走ったが、さほど気にするものではなかった。
「次はこれを動かしてみてくれ」
「どうやってやれと...」
「義手の時と同じ様にしてくれれば良い。多少無茶な動きをしても構わない」
彼はロボットに意識を向けると動かし始める。
最初はゆっくりと足を動かし手を開いたり閉じたりして、意識と動きのズレを確かめる。
(まるでもう一つの身体みたいだな...)
考えていたほど感覚のズレはなかった。多少変な動きをしても良いだろうと彼は判断する。
「あっおい⁉︎」
検査官が制止しようとするのも目にくれず、彼はロボットを動かす。走る,急停止する,ジャンプする,ステップを踏むといった基本的な動作や、ジャブ,ストレート,アッパーといったパンチの動作、果てにはスライディングなども行った。
(思い通りに動く...!)
「すごいですね彼...」
「ああ。ここまで自由に動かせるとは...所長に報告してくれ」
「わかりました!」
男が検査室から出て行くと、検査官は彼に検査を終了する様に伝える。
「そこまでだ。それで十分だ」
「わかった」
彼はその声でロボットを停止させると首のチョーカーを外す。その時にまたチクッと痛みが走る。
「ッ!」
「!どうした、大丈夫か?」
「これ外した時に痛みが...」
「ああ、いきなり外すからこうなるんだ...気をつけてくれよ?」
彼は近くにあった椅子に座り込む。
「本当に大丈夫か?」
「ああ。少し疲れた...」
「取り敢えずロビーに行くぞ。他の者もそこにいる」
「わかった」
ーーー
「おっ、どうだった?」
「何とかね。疲れた...」
彼が研究所のロビーに入ると、朝話していた男が話しかけて来た。男はあまり疲れた様には見えない。
「そっちは何やった?」
「俺か?俺は診断やって、基礎体力の測定やって、変なチョーカーつけて義手を動かしてたんだが」
その男の言葉に彼は驚いた。
「義手を動かしただけか?」
「そうだが...どうしたんだ?」
なぜ自分はロボットの操作までやったんだ、と彼は考えていたので男の質問に反応する事はなかった。そこへ彼の検査を担当した検査官がやって来た。
「あーみなさん、診断お疲れ様です。特にみなさんは何もなかったので帰っていただいて結構です。詳細結果については後日郵送させていただきます」
検査官はそう締めくくると、それを聞いていた人達がぞろぞろとロビーを出て研究所をあとにしていった。彼もそれについて行こうとすると検査官に呼び止められる。
「君、少し待ってくれ」
「...何でしょうか?」
「君には来てもらう必要がある」
そう言われた瞬間、彼の背筋には冷たい汗が流れていた。