俺は無力だ。
いつ頃からかそう思うようになっていた。
記憶の無い俺は友達がいなければ何も出来ない。
勉強だって内海と六花がいなければどうなってたかわからなく、赤点が二個で済んだのも彼らのおかげだ。
……俺の力じゃない。
記憶を無くしてから勉強に日常生活と目まぐるしく忙しい時間が過ぎ去っていったが未だに記憶は戻らない。
どうやら記憶の無い時の俺も記憶を失っていたらしいし、元に戻らないんじゃないかと思うこともある。
この前の放課後、校内のスピーカーが壊れたので先生に頼まれて新品の物に交換したことがある。なんでも、音質も音量もかなり良いらしい。
その仕事を終えて教室に行くとクラスの人が俺を話題にしていた。『わざと記憶喪失のフリをして六花の気を引こうとしてる』、『あんなやつと友達の内海がかわいそうだ』と。
まるさんと古間さんと転校生の女の子は反論してくれていたが会話していた全員俺が教室にいることに気づいてないようだった。
どういうわけかわからないが、六花はクラスでの人気が突然鰻登りになった。俺の隣に座る転校生に次ぐ人気で時々男子の視線が痛いときがある。
内海も六花も俺と友達でいる事でクラスの人から陰口を叩かれていることなんて夢にも思っていないだろう。
……まるで二人の足枷のようになっている自分に腹が立つ。
六花も内海も前に比べてお互いによく話をするようになった。それこそ冗談を言い合えるくらいに。
俺は三人でいる度に疎外感を感じていた。
二人はすごく特別なものを共有しているように見えるからだ。二人だけが知る、二人だけの秘密。
恐らく俺の記憶に無い期間になにかあったんだろう。
好きな人と友達が持つ特別なもの………。
羨ましさや嫉妬のような感情が俺の中で芽生える度に自己嫌悪する。
友達にそういう感情を抱くなんて最低だ。ましてや勉強を教えてもらってるのに……。
記憶が無くならなければこんなこと考えなくて済んだのかなぁ……。
「ごめんね裕太。また家を空けることになっちゃうけどお留守番よろしくね」
「試験、がんばるんだぞ」
「いってらしゃい母さん、父さん」
試験まで残り2日に迫った日、家を空ける両親を送るために家に帰っていた。
家の掃除や両親の荷物の片付けなどがスムーズに終わり思ったより時間が空いた。
試験の事もあるし勉強しよう。そう言えば内海は日直だけどこの時間なら終わってるだろうし見てもらおうかな。迷惑かけている自覚はあるけど、再試験に合格出来てなかったらそれこそ申し訳ないし。
取り敢えず内海に電話してみるが電源が切れてるみたいだ。でも家にいるだろうし内海の家の電話番号をかける。
「はい、内海ですが。ああ、響君」
「あの、将君いますか?」
「いいえ。家に帰った後宝多さんの家に行くって飛び出しちゃって」
「えっ……六花の家に?」
「そうなのよ。響君も行ってみたら?」
「………いえ、俺はいいです。突然電話かけてすみませんでした」
「ごめんなさいね。これからも息子と仲良くして上げて下さいね」
「………はい」
電話を切った俺は自分のベッドで仰向けになった。
内海と六花が一緒にいる……ただそれだけなのに心が凄く重く感じる。
俺が用事でいない時に家に二人でいる……、この前はファミレスにいたらしいし。
内海はそういう関係ではないと言っていたが、クラスにも付き合うのを人に言うのが恥ずかしくて表には出さない人がいるのを思い出した。
二人もそういう関係……なのだろう。
内海は俺が六花が好きなのを知ってて気を使っていたのかもしれない。
思えば俺は記憶が無くなる直前、六花に告白していた。しかし、なんて返事を貰ったかがわからない上にその内容も知るのが怖くて誰にも話してはいない。
でも六花がこんな俺の事を好きになるはず無いよな。仮に六花も俺と同じ気持ちならあっちから何か言うはずだろうし。何も言ってこないというなら俺は振られたんだろう。
バカみたいだな、俺。二人に勉強付き合わせて二人の時間を奪ってたんだ。
………少し、二人と距離を置くべきなんだろうか。
そんな事を思っているとリビングのテレビに電源が突然ついた。タイマーで視聴予約でもしていたのだろうか?俺はリビングに確認しに行く。
テレビに電源がついてるにも関わらず何も映っていない。いや、俺の姿が反射して映ってすらない程の黒に画面が覆われていた。
するとそこから赤い眼が見えたかと思うと腕が伸びてきた。禍々しく不安になるようなオーラを纏い、テレビに映る悪魔のような奴は言う。
「響裕太……君の願いを叶えにやってきた」
「な、なんだよお前っ!」
その悪魔は俺の願いを叶えてやる、と語りかけてきた。
「私の名はトレギア……君を救いにやってきたのさ」
救うだって?胡散臭い上にこの悪魔に俺の悩みの何がわかると言うのだろうか。
「君は記憶を無くして以降、とても必死に頑張っていたんだね。とても苦しかっただろう。大好きな二人の友達にも迷惑をかけてるうちに、口癖のように謝ってしまうようになるのも頷ける」
「なっ…!?」
トレギアは俺の悩みをペラペラと喋り始めた。
誰にも言わなかった悩みを。
「勉強も日常も記憶がないせいで適応するのが大変だったろう。記憶がないのは自分のせいではないのに陰口を叩かれ、友達二人といても疎外感を感じ、かといって誰にも相談など出来るはずもなく……」
思わず黙りながらトレギアの言葉に聞き入ってしまう。こいつは恐らく、俺の事ならなんでも知っている。
「それもこれもグリッドマンのせいだ。………おっと、君はまだ思い出せずにいたんだっけね」
「グリッドマン……」
俺はこの単語を聞く度に胸が苦しくなる。何かとても大事な事を忘れている様な気がしていてもたっても居られなくなる。
内海や六花からこの言葉を聞いても何も思い出せなかった時に、二人とも凄く悲しそうな顔をしたのを覚えている。
それだけ大事なはずなのに俺は思い出せないでいる。
「それに君の友達の二人も薄情な奴らだね。君がこんなに苦しんでいるのに二人でイチャイチャしてさぁ」
「ふ、二人は関係ないだろ!」
俺は思わず声が出てしまう。
「どうして?君が用事と知った途端に二人で会ってるんだぞ。もしかしたら今頃君の悪口で盛り上がってるかもしれないな」
「いい加減にしろ!それ以上二人を悪く言うな!」
俺は今までに無いくらい大きな声でトレギアに激怒する。
「ククク……失礼、君の言う通りだ。二人は何も悪くない。悪いのは……君自身さ」
「そんなことわかってる!……でも、どうすればいいかわからないんだ……。記憶の無い俺は何も出来ない……」
俺は無意識のうちに本心の一部を吐露し始めてしまっていた。そんな俺にトレギアは心の隙をつくように語りかける。
「なら君の本心を晒けだすのだ。心の中で思っているだけでは溜め込んで傷付くだけだ。大丈夫、ここには私しかいないからな」
トレギアの言うことなど無視していいはずだったのに。心が弱ってるせいか俺は本心を晒け出してしまう。
「記憶がないのは俺のせいじゃないのに、いつも辛い事ばかりで……
でもお前なら出来るって、響君なら出来るって言ってくれる友達がいた。でも、それだけ期待をしてくれるのがかえってプレッシャーで……結局テストで赤点だった。
俺、何も出来ないんだなって思ったよ。努力しても二人に迷惑ばかりで俺はいつも二人の足を引っ張って……」
俺は目から涙を溢しながら言う。それを聞いていたトレギアは俺の目をじっと見つめながら
「大丈夫、私は君の味方さ」
俺は思わず安心してしまった。そうするとトレギアは本題だと言わんばかりに俺に語りかける。
「最初に言っただろう。君の願いを叶えてやる」
「願い……?」
「君の願いを当てて見せよう……それは『力』さ」
「『力』………?」
「君には『力』が足りないのさ。学力や行動力、コミュニケーション能力。君の心が傷付かないためには様々な力が必要だ」
『力』……。確かに俺の欲しいものなのかもしれない。
「そこでだ……君に二つの選択肢を与えよう。選ぶのは君自身だ」
「選択……」
「一つは、このまま『力』を得ず負け犬のように這いつくばるような思いをしながら、ずっと友達二人に迷惑をかけ続ける日常にもどる、か……」
「もう一つは、『力』を手に入れて弱い自分と決別し、二人と並び立つ……いやそれ以上の存在になる、か」
トレギアは俺に選択を迫る。
「選択を急がなくてもいい。今日はゆっくり考えたまえ。もし『力』を得たいのであれば明日、宝多六花の家のジャンクの前に来い。約束だぞ」
俺はトレギアに何も答えることができない。心も頭の中もぐちゃぐちゃになっているような気分だ。
「響裕太……明日また会えることを楽しみにしてるよ」
そう言うとトレギアはそのまま闇の世界へ帰ると、テレビが映りニュースの画面になった。
夢ではなかった……。トレギアの選択……俺は……
俺は………
一方、六花の家では
「あれ、おっかしーな。携帯の電源切れてやがる。家だとまだ80%以上あったのに」
「ちょっと、真面目に考えてよ」
「わりぃわりぃ」
二人は裕太がどんな状況に陥っているのかも知らず、侵入者への対策を話し合うのだった。
裕太君がネガティブになっていますが定期試験の赤点に記憶喪失など、様々な事が重なった結果です。