迷宮演義   作:AD

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太師、振るう。

 

 

 

 遠く離れた丘より銅鑼の音が聞こえれば、それより先、神の力によりオラリオ中へこの戦争遊戯の映像が流れる事となる。一般人、冒険者、神を問わず、オラリオ中に。

 我が神の今後を考えれば、ここでの半端な勝利などむしろ害悪にしかならない。私の力量が『あの程度ならば潰せる』と冒険者や神々に侮られる事はパナケイア様を危険にさらす事と同義だ。

 今この状況であれば。そう、私が冒険者として駆け出しであることが周知の事実として知られている、この状況であれば。パナケイア様へ手を伸ばしたその先に何が待つのかを知らしめる事で、私の存在を抑止力として使えるようになる。

 そうさせてやるつもりなど毛ほども無いが、主神さえ送還してしまえば私はただの雑魚だなどと考えられては困るのだ。

 故に、思うところは多々あれど、此度の戦争遊戯は本気でかからねばならん。

 

「あのような目をした若人たちの成長機会を奪うのは本意ではないが、致し方あるまい」

 

 ヘスティア殿は当初、パナケイア様一人に重荷を背負わせてしまったと感じてはいても、己がたった一人の眷族を想って参戦の意思を固められなかったらしい。それを決断させたのは、他ならぬベル・クラネルだったとパナケイア様を介して聞いた。これを若さゆえの青臭い視野狭窄と取るか、それとも情に厚いと取るかは人によるだろうが。

 取り決めがあるゆえに共闘こそできぬとは言え、同じ敵を持つ者としての確認のために敢えて同じ馬車へ乗る事にしたあの時。それとなく会話をした上での結論として、考えていた人物像については後者寄りであるように思えた。とはいえ、前者の要素が無いかと問われれば否と答えるが。

 いまだ若く、至らぬと感じる所は多々あれど、私に対して萎縮の空気をにじませながらもしっかりと目を見て会話をしようという気概は感じ取れた。このまま真っすぐに成長すれば良い男になれるだろう。

 ……ここで同乗者との会話からヘスティア殿の眷族が増えていたのを知ることになり、少々驚かされたが。ベル・クラネル当人はあのパーティーで顔だけは見ていたのですぐにそれと知れたが、他の三名は初の顔合わせとなったのだ、仕方があるまい。

 

「ヘスティアファミリアは戦力として心もとない。悪いが、この状況を利用させて貰おう」

 

 こちらにはこちらの事情がある。出立の前に様子を確認したが、このオラリオの空気から予想していた通り、大がかりな賭け事が行われていた。この戦争遊戯が賭け事として扱われる事に思うところはあるが、周囲の心情を推し量る参考とするには丁度いい。その中でヘスティアファミリアはオッズだけで言うなら二番手であり、次いでアポロンファミリアが三番手、ソーマファミリア四番手だった。

 ――しかし狙っていた通りの結果とはいえ、一番人気が他を寄せ付けぬ勢いで私達パナケイアファミリアであった事をどう捉えるべきか、若干悩ましい所ではある。あれでは二番手ですら大穴の扱いだ。未だ私が戦場へ立つ姿すら目にしていないというのに、あれほどのオッズの差は如何なることか。

 

 ……本来であれば只人を相手取って禁鞭を振るうつもりはないが、今回の相手は全員が冒険者だ。神の恩恵を受けた冒険者として少なからず活動している以上、只人とは一線を画す存在である事は間違いない。中にはランクアップを果たしてそれに拍車がかかっている者も居る。

 そのような存在がああも醜悪な振る舞いをしているこの状況に対して、禁鞭を振るう事に否はない。今回の戦争遊戯に関わった敵ファミリアの性質は、殷の世を乱した悪しき仙道と変わらぬと知れている。

 無論、中にはあのダンジョンで出会った冒険者のように、気骨のある者も居るだろう事は承知している。だが、主神に始まり、街中で難癖をつけてきた眷族を擁するアポロンファミリアは言わずもがな、当初は巻き込まれただけかと思っていたソーマファミリアも、僅かな時間であったとはいえ聞き込みをしてみれば、拍子抜けする程にすぐさま素性が知れたのだ。

 彼の神々が腹の中で何を考えているかは知る由もないが、そもそも眷族の暴走を止める事ができていない事は主神として大いに問題がある。そして組織としてそういった行いを看過している時点で言い訳はできん。

 

「……始まったか」

 

 つらつらと現状の確認を済ませていた中で、遠くの丘より響く銅鑼の音が聞こえる。

 ならば、それに伴って神の力による映像配信も始まったはずだ。

 

 ――――趙公明の様に無駄な演出をするつもりは無いが、私を抑止力として扱わせる(・・・・)条件が揃っているこの状況、利用しない手はあるまい。……柄ではないが。

 

「命まで取るつもりはないが、覚悟するがいい」

 

 酷く目立つとパナケイア様から指摘され、これまで仕舞っていたマント。

 人の目に触れる場所で外すのは初となる額当て。

 パナケイア様の前でしか振るって見せたことのない禁鞭。

 

 私へ注目を集めさせるには十分だろう。

 

「古城の攻略期限とされた三日もかけるつもりはない。アポロン、そしてソーマよ。私が本気を出すこの日、お前たちのファミリアは終焉を迎えると知れ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか一日目のしょっぱなから仕掛けられるとは思っていなかった。いくら例の冒険者であっても、最初くらいは様子見をするだろうと、そう思っていた。

 そんな考えが頭にあったからこそ、最初は何かの見間違いかと己が目を疑った。例の冒険者がゆっくりと、何一つ気負うところなどないとばかりに堂々と、真正面から歩いて距離を詰めてきたのだから。

 

「狙え、放てェ!!」

 

 あれじゃあただ的になりに来ただけじゃないか、何を考えているんだ。

 ――――古城の城壁上に陣取った俺たち弓隊にそんな感想が許されたのは、ほんの僅かな間だけだった。

 風に揺られて大きく翻ったマントに、右手には一本の鞭のような物が握られているだけ。魔剣を持っている風でもない。十分な高さと堅固な足場、そして距離の三つが揃った状況の俺たちに、そんな装備で何ができるというのか。

 

 俺たちは、そう思ったんだ。

 

「お前ら何やってんだよ!? 当てろ! 当てろぉ!!」

「何だよあれ!?」

「聞いてない! こんなの聞いてない!!」

 

 その思いが崩れていく音が聞こえてくるようだった。

 俺たちがどれだけ必死になって撃てども、十分に引き付けたはずの相手へ矢が届くことは無かったのだから。

 あの冒険者が手に持つ太い鞭のような物を振るったかと思えば、全ての矢が叩き落とされているという悪い夢のような光景が続く。皆が皆、矢筒の中身が空になるまで狂ったかように射かけ続けたというのに、あの冒険者に届いた矢は一本たりとも存在しない。足元に置かれていた矢束すらも尽きた。ならばその射かけた矢はどこに行ったのかといえば、相手の遥か手前で無残にもへし折れた残骸が散らばるばかりだった。その状況の中で、あの冒険者はもう終わりかとばかりに三つの目(・・・・)でこちらを見据えていた。

 ――――辺りを見回せば、矢筒が空になった事にも気づかずに必死に手を伸ばし続ける者や、ただ茫然とその有様を見ているだけの者……中には脇目も振らず、逃げ出した者まで居る。

 ついさっきまであれほど頼り甲斐があると思っていた城壁という堅固な足場が、まるで薄氷のように頼りなく感じるようになるなんて思ってもみなかった。

 

「……話にならんな」

「ひっ!?」

 

 弓を扱う者として自慢だった視力をこうも呪わしく感じさせられたのは初めてだった。音として聞こえずとも、あの冒険者の口がそう動いたのがはっきりと見えてしまったのだから。

 

 そうして思わず一歩、二歩と後ずさった瞬間だった。鈍い音と共に、隣に立っていたヤツの手足が曲がっちゃいけない方向へ一斉に曲がったのは。ぐにゃぐにゃと、まるで骨なんて最初から無かったかのように投げ出された手足を見てしまった瞬間、理解させられた。射かけられた矢を悉く撃ち落としたアレが、今度は的を変えて俺たちに向けられたのだと。

 

 そこで腰が抜けて、無様にも尻もちをついてしまったのは幸運だったのか、俺にはわからない。

 そう、城壁という薄氷の高さが俺の姿を隠してはくれた。だがその先にあったのは、現実離れした、まるで出来の悪い悪夢のような光景を眺めさせられるという結果だったのだから。

 

 

 

「母さん! 母さぁん!! 助けてよ、ねえ!」

 

 一言目には金、二言目にも金。何を言うにも金、金、金とうるさかった濁った目のソーマファミリアの男が、恥も外聞も無く『母さん』と叫び続ける姿。

 それを馬鹿にできた者は居なかった。

 

 

 

「あ? あ、ああ? ああああああああああああああああ!?」

 

 レベル2になったからと威張り散らしていたあのいけ好かないクソ野郎が、現実を直視できずにひたすら叫び続けて、砕けた手足を引きずりながら必死で這いまわる姿。

 それを嘲った者は居なかった。

 

 

 

「俺の腕、腕がああああ!!」

 

 弓の腕もいい、気風もいい、そして何より持ってる(・・・・)奴だった。あいつの弓はいつだって困難な状況を打破してくれた。でも、もうこの場では叶わない。

 それを悲しむ者は居なかった。

 

 

 

 ――――城壁を巻き込みながら、そしてその城壁をものともせずに手足を砕かれていく奴らの中で、俺だけが未だに無傷だったのだから。

 

 俺たちにアレが向けられてからほんの数秒で、城壁の上に立っている奴はだれ一人居なくなってしまった。現実逃避の乾いた笑いが自分の口からとめどなく溢れてくるのを聞きながら、そこで俺は意識を失うべきだったんだ。

 

 

 

「ここはお前で最後か」

 

 

 

 そうしていれば、俺だけは無傷のままでいられたかもしれなかったんだ!

 

 

 

 

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