迷宮演義   作:AD

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太師、見誤る。

 

 

 

 矢の雨を払うだけであれば力加減など気にせず狙うだけで済むが、冒険者相手ではそうもいかん。ただ排除するだけであれば容易いが、無駄に命を散らせば我らのファミリアの行動に支障が出よう。何しろパナケイア様は癒しの女神(・・・・・)だ。降りかかる火の粉を払う程度に留めねば、その名に傷を残す事になる。

 

「手足のみを砕き戦闘不能にするというのは、中々難しいものだな」

 

 しかし、これは開戦前に想定した冒険者の質について再考が必要だな。存外に脆い。

 これほど加減し、狙いを絞った振るい方をしたというのに、既に城壁上に立っている者は一人として居はしない。

 ダンジョンで出会ったあの串焼きの冒険者とまでは言わずとも、少しはできる者が居ると思ったのだが。払うなり避けるなりして、私がここに辿り着くまでそこそこ残ると踏んでいたのだが――――残っていたのは腰を抜かしていた事で私の視界から外れていた、たった一人の冒険者のみ。

 

 これでは内部での戦闘においても、いたずらに振るえば相手へ想定外の被害を出しかねんな。いっそ籠城に意味など無いと知らしめてやる方が話は早いか?

 

 

 

 …………これ程とは想定外だったのだ。仕方あるまい。

 

 

 

「アポロン・ソーマ両ファミリアの冒険者に告ぐ! 無意味な籠城はやめよ! さもなくば貴様らの冒険の道はここで途絶えると知れ!!」

 

 城壁上に転がっている冒険者の反応からして、食らいついてでも私を打倒しようという気概を欠片でも持つ者が居るかどうか。それすら怪しいものだ。

 かつての戦の最中、私が崑崙山へ乗り込んだ際に立ち向かってきた仙道たちは、弱卒ながらも命を賭けて私へ挑んで来た。だが、これでは比べる方が間違っていると言わざるをえない。

 実力は言わずもがな、精神においてもこのレベルでは話にならん。

 私自身が力を振るった戦の中でも、こうまで加減してやらねば成立すらしない戦というのは初めての経験となるな。ままならないものだ。

 

「ふむ」

 

 籠城の無意味さを示すために冒険者の居ない箇所の城壁を打ち崩してやった途端、城内より聞こえてくる喧噪には呆れさせられる。

 ……各々が好き放題叫ぶだけではな。これでは烏合の衆と評する他あるまい。

 

「この人数の統率すらできず、ファミリアとは良く言ったものだ」

 

 結論を待つ事しばし。私の居る城壁とは逆方向の扉が開け放たれ、冒険者の集団が城から出たのだろう。ただがむしゃらに叫んでいるだけだと手に取るように分かる叫び声が聞こえてきた。

 

 ――――脅しが過ぎたか?

 いや、あちらにはヘスティアファミリアの者たちが居る。そちらだけでも撃破を目論んだか?

 どちらにせよ、ヘスティアファミリアの方へ向かっている事に違いは無い。

 やぶれかぶれで、周囲の者へ害をなす。これでは賊の集団と何が違うというのか。

 

 いや……取り方によっては、私の勧告通りに籠城をやめたと言えなくもないが。

 しかし、そちらがそう出るのなら、こちらもそう動くとしよう。

 

打って出た(・・・・・)ならば、仕方あるまい」

 

 城壁から古城の尖塔へ禁鞭を振るい、巻きつけ、引く。この規模の古城において、逆方向の扉などその程度の意味しか持たない。

 ――――空中へ躍り出て、眼下に蠢く冒険者の群れへと狙いを定め、振るう。それだけだ。

 

「む?」

 

 城門の外にて叩き伏せた冒険者の集団のただ中へ着地したところで、またしても視界の外にただ一人だけ残っているとは。

 開かれた城門の下で、ただ茫然と立ち尽くす男。見覚えがあるな、アレは。アポロンファミリアの団長だったか?

 倒れ伏した冒険者たちとの距離、自らの位置取り、気配からして高みの見物のつもりだったのだろう。

 

 …………ふむ、その程度の輩、か。

 

「ベル・クラネル」

 

 人数からして将狙いだっただろう者たちが、目の前に居る。

 そしてこの場で立っている敵対冒険者はたった一人、その将だけ。

 

 私が名を呼んだ事の意味を察したのだろう。驚きに染まっていた目の色が変わった。

 

「やれるか?」

「やります!」

 

 この動きの激しい状況下に於いて自らの役割を理解し、即座に返答できるのは良いことだ。だが、そうではない。

 

「ベル・クラネル。私はやれるか(・・・・)と言ったのだ」

「――――やれます!!」

「ならばやって見せるがいい」

「はい!!」

 

 事前に収集した情報からして、レベルの違いによる地力の差はあるだろう。

 だが見比べるに、この程度の差ならばやってやれない事もあるまい。

 そもそも男が覚悟を決めてやれると宣言したのだ。自分の言動には責任を持たねばな。

 

 さて、私も始末をつけて来るとしよう。再度の勧告、しかる後に古城の破壊……ますます趙公明じみた行動だな、これは。

 まったく、気が重い。

 この私があの目立ちたがりの愉快犯と同じ行動を取るのだから、黒麒麟や四聖が見たとしたらどのような顔をされるのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これが冒険者なりたて? アホ抜かすな』

 

 オラリオでの勢力図から言うて、この場ではウチがそう問い詰めるべきなんやろうけどな?

 

「…………」

 

 神の鏡から目を逸らさずに、悟ったような顔しとる姿を見たら答えなんてわかりきっとる。『やっちゃったよ……』なんて考えが透けて見えるわ。あれがあの冒険者のありのままなんやろ。

 この反応からして、パナたん的にはああまでして欲しくは無かったんやろなぁ。

 

 パナたんが良い子ちゃんなんはファイたんからも聞いとったし、あのドアホ(アポロン)みたいな手段を選ばんような子やないんはよう分かる。それこそ戦争遊戯が始まる前の会話で本質も大方掴めた。

 むかーし口八丁で戦争引き起こしたんは伊達やないわ。この子はそういう腹芸はできん。断言してもええ。

 

 しっかしアポロンのアホがやらかしたあの瞬間の気配で、何となく察しはしとったけど、これ程かい。

 開始前に開き直ったとばかりにウチと話しとったパナたんの表情が凍り付いて、あんな顔になるまでどんだけの時間がかかったんやろか。

 あの痛快な宣言、目を疑う攻城開始、そしてその結末。

 一般人が騒ぐのはまだええわ。問題は目ぇ輝かせてはしゃいどるアホな男神どもや。気持ちはわかるけど、今後あんまり妙な手ぇ出さんとええけど……。

 

 まぁ頭のネジがそもそも無い系統のアホでもない限り、ウチが仲良うして(気に入って)可愛がる姿を見せた子に手ぇ出す輩はそうそうおらんやろうけど。

 おまけにファイたんやらデメテルみたいな常識神かつ影響力のある女神たちが可愛がっとるんも知られとんのや。探索系、鍛冶系のトップグループを敵に回してまでやるか言われたら、大体んとこは尻込みするやろ。

 それを押してもやる、いう輩はたとえ何があってもやる輩や。そこ気にし始めたらしゃーないわ。

 

「えー、これは……どう表現すれば良いのでしょうか!? パナケイアファミリア団長ブンチュウ氏が、鞭……ほんとに鞭か、あれ……? あー、鞭(仮)で城壁上に陣取っていた両ファミリアの弓隊を制圧しました! 圧倒的と言う他ありません! 他に何て言えってんだコンチキショー!?」

 

 ……実況しとるガネーシャんとこの子、ようやるわ。とりあえず喋っとけみたいなヤケクソ感があるけどな。

 この混沌とした空気ん中で喋れとるだけいいモン持っとる。

 

「おっとブンチュウ氏、降伏勧告でしょうか!? あれを見せられて籠城をやめろとは、お前ら一列に並べ、首を出せィ! と言っているようなものです! さあ防衛のファミリア連合、どうするー!?」

 

 あかんわ、もう。城内の映像を見たら誰にだってわかる答えが出とる。あれが直接自分に振るわれたわけやなくとも、折れとるわ。

 

 ――って。

 

「ッちょお待たんかい! ほんま何やあれ!?」

 

 あの鞭っぽい何か。あんな何気なく振るうただけで一辺分の城壁を木っ端微塵とか何や!?

 魔剣みたいに炎が出るとかそんなもんやない、あの吹き飛び方は純粋な物理攻撃やぞ!? 何か? あんな片手間なんが分かる程度に振るうただけであの範囲をあの威力で吹き飛ばす武器言うんか? アホな、そんな武器が下界にあってたまるかい!

 

「あんなんアリか!?」

「いやいやいや実況的には嬉しい反応ありがとうございますロキ様! いやほんと! しかしながらアリもナシも、現実として起こっちゃってるわけでして! 防衛側の城内、凍り付いたぁ!! おおおおおアポロンファミリア団長ヒュアキントス、男を見せたぞ! 後ろへ向かって突撃指令!! でーすーよーねー!!!」

 

 ある意味初心に戻ったとも言えるっちゃあ言えるけどなぁ……ないわ。これアレや、あからさまに無駄な被害を増やすだけの流れやん。

 付き合わされる子らが不憫やなぁ。アポロンとこに入ったのが運の尽き言うたらそれまでやけど。

 

「あ、この状況で叫び声上げちゃう? 心なしかブンチュウ氏呆れてるように見えますが……」

 

打って出た(・・・・・)ならば、仕方あるまい』

 

「アッハイ…………あーあーあー、はい……はい! グッドラック!」

 

 ……せやな。確かに籠城はやめて打って出たなぁ、後ろ向きに。

 あの堂々とした勧告の前ならまだしも、この状況が出そろった中でこれやってもうたら、後ろからやられた所で『禁止事項の共闘である』なんて言い訳はできんわ。『共闘ではない。追撃である』で楽にゴリ押しできるんやから。

 そら実況も察して敬礼までするわ。ついでに空気を読んだ悪ノリ好きの男神共も。

 

「――――おうっふワザマエッ!? ブンチュウ氏見事な鞭捌きから大ジャーンプッ! ……かーらーのー、オタッシャデー!! 叫ばなければワンチャンあった!! ……かもしれない! 多分!! もしかしたら!!!」

「それ無いって言うとるようなもんや」

「ロキ様からの『呆れた視線』頂きました! ……えっと、こっちに視線向けてるんですよね?」

「糸目馬鹿にすんなやワレェ! オゥ!?」

「申し訳ありませんでしたァ!!」

 

 この実況やりおるわ。この状況で私にネタ振ってくるんかい。

 そして何よりもジャンピング土下座がこなれすぎやろ、なんやその無駄に見事なフォーム。周りのアホ神共が思わずスタンディングオベーションやないかい!

 

「あー…………何にせよ終わったなぁ、これは」

「終わっちゃいましたねぇ、コレ。実況あんまり喋ってないんですが」

「しゃーないわなぁ、こんなん見せられたら。…………あん?」

「お?」

 

『ならばやって見せるがいい』

 

 うーわー、やりおったわアイツ。

 

「おおおおおおおおアポロンファミリア団長ヒュアキントス氏の処遇をブン投げたァァァァァ!! さぁどうするヘスティアファミリア団長ベル・クラネル氏! レベル差をちゃぶ台返しするジャイアントキリングを見せるかぁ!?」

 

 消化試合なんは知れとるけど、こらアレやで?『自分とこの団長やっとる子を眼中にすら入れて貰えんかった』っちゅー事やぞ? 新参の、結成したばかりのファミリアの子から。

 名実ともに終わりやわ、あのドアホ。(アポロン)

 

 まぁアイツに先があるかは果てしなく怪しいもんやけどな。あの宴でパナたんとこの子が見せた目ぇからして、パナたんを守る(自分の目的の)ためならなんぼでも殺すぞ、あれは。

 筋は通す系統のガッチガチな武神ばりの気配出しとったからなぁ……あの三つ目といい、ほんまに子か? 気配も何か違和感あったし。

 

「馬鹿ぁ! 最後までちゃんと君がやりたまえよ!? ベル君に万が一があったらどうするつもりだァァァ!!」

 

 お気楽やなぁオイ、このドチビ。

 

「……というかこれ、ジャイアントキリングが成ったらオッズ一番人気の『パナケイアファミリアが全部持ってく』はどうなるんでしょう? ある意味持って行った(事後)とは思いますが」

 

 

 

 

 

『――――アッ』

 

 

 

 

 

 


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