迷宮演義 作:AD
あの荒野から半月。
まぁ驚かされる事ばかりだった。
この子を単なる『人の子』と表していいものかはかーなーりー迷うところだけどさ?
薬で眠らせて一息つかせてからというもの、そりゃあもう、月並みに言うなら凄いの一言。
バリバリ、なんて擬音をつけてやりたいくらいに
オラリオまでの道のりで立ち寄ったいくつかの村や街で目にした人々の営みを見て、感じて、聞いて。目を覚ましたらそこは遥か未来、自分を知る者は誰一人として居ませんでしたなんて状況、そうそう受け入れる事ができるもんじゃない。
それでもこの子はそれができてしまう。いやぁ、強い子だ。
「ただの疲労だね。精の付く物を食べて2~3日ゆっくり休みな。不調のまま無理して仕事をするより、回復してから全力で取り組む方が君のためでも、周りのためでもある」
「いや、でも俺が抜けると他の奴らが!」
「気にしなくていいんだよ。あぁそうさな、力仕事だったね? 君の穴埋めに適任の子が居るから心配しなくていい。いやマジで」
「は?」
「日雇いの仕事で稼がないと、路銀がねぇ……」
「は、はぁ……?」
「てことでブンチュウ先生、出番デスヨ! あ、君は帰ってゆっくり休みな。お大事にー」
そして信じられない事に、この子ってば
モンスターを蹴散らした時にも思ってたけど、あのイカれた性能のパオペエ・きんべん? とやら抜きでも、まぁ強いこと強いこと。
数メドルの距離を一足で軽々跳躍するわ、道中で拾った錆びた剣で返り血ひとつ浴びずにモンスターの群れを始末するわ……これ何て言えばいいんだろうねぇ? 強くてニューゲーム?
道士とやらの性能はバケモノか!
「承知しました。――――が、私が傍を離れても、無駄遣いはなさらぬように!」
「うひゃい!?」
「過日のような『珍しい薬草あったから買っちゃったー』などと無計画な散財は困ります。分かっておいでですね?」
「いやでも、それで薬も作れるし「分かって、おいでですね?」その目はやめてってば、マジで、マジで心臓止まるからさぁ!?」
騒ぎにならぬようにと額の目は布で隠しているとはいえ、まぁ目力が3分の2になったところで怖いものは怖い。
『ギン!』とか『ギュピィン!!』とか擬音つけてやりたくなる眼光を神にぶん投げて来るのは流石にどうかと思う。
聞けば、イン王朝とやらで
さぞ厳しく叩きあげられたのだろうね、その王朝の王たちは。
「いや……たまには貴女も力仕事をするべきでしょうな。大体平坦な街道を歩いているだけで『疲れた、もう歩けない、おぶって?』とは何事ですか!」
「いやいやいやいや、私、医神よ? 力仕事だの体力だのは専門外! それにほら、神の体は成長しないし!」
「身体能力は変わらずとも、できる事はあります。動き方のコツを覚えればその限られた体力も有効に活用できるというもの」
「それちょっとちが……い、ません、はい、お手伝いさせていただきます」
これ、オラリオについてからこの子を眷族にしようかなって計画してたけど、見直すべきかもしれない。スパルタや、スパルタンやこの子。あかんわぁ、マジで。ロキ弁の感染確認してまう位にあかんわぁ。
自分にも他人にも厳しいタイプ。この私が見誤るとは、不覚である。ぐーたらしたい。
「丁度患者も途切れていますので良い頃合いでしょう」
「いやほら、お片付け……って終わってるゥ!」
「薬の処方も無いのですから、この程度は片手間で済ませておくべきでしょう」
「あふん……」
頭を抱えて苦悩していた隙に、綺麗に片づけてくれた事で。
私でも背負える程度の鞄から覗くのは一部の隙も許さぬとばかりに整理された中身の数々。
あれだね、この子の本質の一部、めっちゃ厳しい教育係だわ。
クソ真面目な一部の神であればこの上なく波長が合うのだろうけど、私のようなのんびり系でたとこ勝負神にはつらい。
マジでつらみ。
「今の患者は木こりを生業にしているとの事でしたな。であれば、丸太……は厳しいでしょう、端材の運搬からですか」
「神に丸太を運ばせようとしたの、もしかして君が初なんじゃない?」
「何でも結構。さぁ行きますよ」
「うぅ……やっぱり嫌だ! 私はここで患者を診るんだァ! ってドナドナァ!」
神が運ばれてゆーくーよー。
そりゃあこれでも女神だし、そう体重のある方じゃあないよ?
でもね、いくらこの着ているローブが頑丈な物であるとはいえ、首根っこを掴んでヒョイと持ち上げて連れて行くってどういう事?
これでローブが重さに耐えきれずに破ける音でもしたら女神としての尊厳が……ッ!
ピリ。
「…………神の体型が変わらぬ事が悔やまれますな」
「言うなよ馬鹿ァ!! 降ろせ! 公開処刑をされる位なら自分で歩く!!」
強い子だけど酷い子だよ、この子は!
女神を何だと思っているんだ!!
■
傷ついた。そりゃあもう女神のプライドに大きな傷がついた。
あんな連れ出し方さえされなければつかなかった、そりゃあもう大きな傷だ。
「私をキズモノにした責任、取って貰おうか!」
「良いでしょう。ではまずこの手ごろな丸太から運んでもらいましょうか」
「丸太はやめておこうって話だったじゃないか――――アッー!?」
「持てたではありませんか。ではその丸太はあちらの集積所へ」
「ま、待って、ま、ホァー!? ホァ!?」
覚えておきたまえよこの野郎!?
女神の細腕に丸太を持たせるなんて鬼畜な所業、仮にクソ爺や偉大なる我が父が許してもこの私は許さぬ!!
今度の食事にあの時の睡眠薬でも混ぜてやろうか!?
……って駄目じゃん、食事、この子が作ってくれてるんじゃん。
しかも私より上手い。あっ駄目、女神以前に女としてすっごい負けてる気がしてきた。
炊事洗濯掃除、さらに言うなら文武両道。アカン、冷静に考えなくてもこの子チートスペックや。
ただしスパルタである。
ただし、スパルタで、ある。
「どうやら余裕がありそうですな。ではこちらも」
「さらに積むんじゃない! お前、私に恨みでもあるのかねぇ!?」
「恩こそあれ、恨みはありませんな。あるのは怠惰に対する憤りでしょうか」
「格安診療所を開いてるだろうに! 私は癒しを司る女神! わかるか!? め・が・み!!」
「それだけ叫べるのならば、まだ余裕が「無いッ! ええいやればいいんだろう、やれば!!」――その意気です」
うむ、と満足げに頷くその顔だけ見れば、非情に癪ながら、これまた整っていると思う。おかげで一瞬『あぁそれも良いかな』と誤魔化されてやる程度には整っていると思う。
神とまではいかずとも、下界の子たちで言うところのエルフとかとタメを張れるんじゃないかね。
ただしコイツはアレだ、眼鏡をかけさせてやったら神々で言うところの『鬼畜眼鏡』属性持ちと見た。
傍から見ている分にはキャーキャー騒げる自信はあるが、自らが鬼畜っぷりを発揮される側になるのは御免被る!
「ぬ、ぅぅぅ……!」
「か、神様、それは俺たちが……」
「いや結構! これをこなさなかった暁には、あの子に更なるイニシアチブを握らせる事になってしまうのさぁ!!」
退く、媚びる、省みる! だがしかし、それをやれば追い詰められていくのはこちらである!!
あの子はそれを文字通り体に叩き込んで来るからね。
いや、理不尽な暴力なんぞは欠片も無い。
だがしかし、こちらの上限をきっちり見極めてギリギリのラインを攻めてくる。
更にはガス抜きのさせ方も心得ている。
くそう、くそう、あの鬼畜眼鏡予備軍めぇ……。
「……あー、旦那、良いんですかいアレ?」
「良いのだ。最低限の仕事をさせねば、あの神はひたすらに堕落する性質のようだからな」
「まぁ確かに、旦那程の偉丈夫がついてりゃ左うちわで楽できるでしょうが」
「させると思うか?」
「思いやせん。ま、何にせよ旦那方が手伝ってくれるおかげでこっちは仕事が早く終わりそうなんで万々歳でさぁ。その分、嫁と一緒に居られるんだから」
「そうか。ならば私も気合を入れるとしよう」
好き勝手言ってくれるな!?
ってぇ、ほわっつ?
あらためて思うけど、あの子ナニでできてんの、マジで。
大の大人がなんとか腕を回せるかな、っていう切り出したままの木を片手で担ぐとか何ぞ。
あの子の背中に恩恵がないとかギャグでしょ。
「ふむ、そちらも持って行こう」
「あいや、旦那……え、えぇー?」
木こり君、君はおかしくない、まったくもって正常だ。
追加でドン、とばかりにもう一本担いだその子がおかしいんだ。
しかも担いだ木を揺らしもせずに平然と歩きだすんだから。
見ろ、周りの木こりたち全員が目を丸くしているじゃないか。
「……運び終えたのであれば、次の物を運ぶように」
「アホォ!こっちはさっきので腕がもうぷるっぷるだよォ!?」
「ふむ、確かに震えていますな。しかし腕を持ち上げる事はできている。まだ行けます」
「アホォオオ! もう何て言うか、アホッ!!」
「心外な」
ズン、と二本の木を降ろしてこちらに向き直ったかと思いきや、心底心外であると言わんばかりに腰に手を当てての呆れ顔を披露してくれやがった。
こいつ、いつか執事服を着せて女神たちの集いへ放り込んでやる。
さぞや人気が出る事だろうさ!!
「腕の力だけで持とうとするからそうなるのです。重心を体に預けるようにして抱えれば、貴女の腕力でも先の丸太を運ぶのはそう難しい事ではない」
「……それ先に言えよぅ!?」
「それすらも知らぬとは思いませんでしたので」
この野郎、この野郎、この野郎!!
いけしゃあしゃあと言い放ちやがってなぁ!
そのくせなんだ、さあ次に行くぞとばかりに人の背を押しながら歩くとは!
「それ抜きで運べた辺り、頑張ったのは認めましょう。次です」
そこらの男がやったら問答無用にぶん殴りたくなる、口の端だけを持ち上げるような笑み。
それがまぁ様になる事。イケメンは得ですこと。
やっぱお前さん、鬼畜眼鏡の素養持ちだわ。
「なるほど、次はさらなる増量がお望みであると。いい心がけです」
「しれっと神の心を読むんじゃないよ、お前さん」
「それ程までにわかりやすく顔に出されては仕方がないでしょう」
出てるわけないだろうに。
なぁ木こりの諸君?
おい君ら、一斉に目を背けるんじゃないよ。
ぐるっと逆へ顔を向ければ、こちらも慌てて目を逸らしてくる有様。
おいそこの君、今の何が面白かった? 言ってみ? 神は好奇心旺盛だからね?
「場を和ませるのは大変結構。しかし、他者の仕事を邪魔しないように」
「今のは私のせいじゃないだろう!? なぁ君達!!」
そうやって周りへ再び目をやれば、思わず噴き出した子たちの数は知れず。
馬鹿な!
おのれブンチュウの罠か!