迷宮演義   作:AD

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太師、オラリオに在り。

 

 

 

 長物の柄というからには円柱状の棒を予想していたが、良い意味でそれは裏切られた。私の手には少しばかり細くはあるものの、打撃にも利用できる六角柱状のものが出てきたのだから。

 こちらの言い方をするのならば2メドル程のそれは、細さに反して十分な強度も持っているように思う。

 許可を得て試しに振り回してみれば、その思いは更に増す事となった。

 

「お見事。なるほど、確かにそれだけ振り回せるのならば『頑丈な棒』が良いなどと言うのも頷ける。ダンジョンで今の軽い試技を披露してやれば、それだけで酷いミンチが量産される事だろうよ」

「ダンジョン内のモンスターにどこまで通じるものかは、やってみなければわからぬ。無論、やすやすとやられるつもりなど無いがな」

「それはそうだ、お主自身が実感としてその経験を得ぬ事には始まるまいよ。他人から受けた万の評判なんぞより、自身の実感一つが勝る事の何と多い事か」

「聞くより見よ、そしてやってみよ、だ。経験の伴わぬ技に意味など無い」

「言うものよな。 ……しかし、お主が今やって見せたように長刀の様に振り回すと言うのであれば、むしろ端に少しばかり幅を持たせた柄をあつらえてやった方が良いやもしれぬな?」

「鉄鞭か。そうであれば柄には硬皮を巻く程度で済むな」

「然り。まぁそれだけでは手前が満足せぬのだがな」

「何?」

「先にも言ったが、手前の主神殿が『駆け出し冒険者に手前を関わらせる』事など普段はありえぬのだ。ならばそのあり得ぬ体験をより楽しみたいと思うのは自然な事であろうに」

「酔狂な事だ」

「酔狂の一つもなしに鍛冶師などやっていられるものか。さもなくば皆同じ鉄の剣でも鍛えて、変わりばえのしない毎日を味わう事になる」

 

 その酔狂が過ぎれば、かつて目の当たりにしてきた奇天烈な宝貝作者共の様になるのだろうがな。形状と性能の乖離が激しい宝貝をいくつ見たことか。

 

「さぁ何ぞアイデアを寄越せ。今なら大盤振る舞いだぞ?」

「いや、遠慮しておこう。それでも納得せぬと言うのならば、もし何か思いついた時にまた頼むとする」

「そうなると手前は高いぞ? 伊達に鍛冶系のトップファミリア団長をやってはおらぬ」

「なれば、猶更だ。その業は安売りして良いものではない」

「――――ほう?」

「それを知った今、私がお前に頼るのは、私がお前に遠慮をする必要が無くなった(・・・・・・・・)時になるだろう」

「…………」

「あぁ、これは昔の部下に言われたのだが…………私の要求はハードルが高いらしい」

「はは、はははははは! 手前にそれ程の啖呵を切るとは!! 良いだろう、ああ良いだろうさ、その暁には是非とも無理難題をふっかけて貰おうではないか!!」

「ああ、そうさせて貰おう」

 

 抑えきれぬ笑いを隠そうともせずに、私が返した棒へ硬皮の柄をあつらえる様は異様なもののはずなのだが。

 何故だろうな、それに嫌悪感を抱かぬのは。

 

「そらできたぞ。残念ながら手前は裁縫が苦手でな。吊るすためのベルトなんぞは他所を当たってくれ」

「感謝する。丁度いい、皮の扱い方もそろそろパナケイア様へ教えるべきだろうからな」

「それは良い! さぞや愛のこもった逸品ができるだろうさ!」

「ここぞとばかりに怨念を込めて来そうでもあるがな」

「そうして作られた品を使ってやるのも眷族の度量よ。そら、私に遠慮なぞせぬ冒険者になるのだから(・・・・・・) まったく以って些細な事よなぁ?」

 

 言葉を返さず、口の端を持ち上げるだけの笑みを返す。ただそれだけで目の前の相手は心得たらしい。上背の差もあって随分と見上げるような形にはなったが、私の顔を覗き込んで獰猛に笑いかけてきた。

 

「よし、では戻るとしようか!」

「そうだな、今はもうここに用はない」

「さっさと用を作ってくれよ? なぁ聞仲殿!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 居を構えるには手持ちが足りぬ。そんなわかりきっていた事情を踏まえ、仮の拠点としてヘファイストス殿に紹介された手ごろな品の良い宿で荷ほどきを済ませた時だった。

 

「それじゃ聞仲君。――――しよっか?」

「前に押し付けてきたライトノベルとやらの台詞ですか。わかりました、そこへ正座なさい」

「わかっててこの扱い! まったく酷いったらありゃしない!」

「ならばわかりきった返答に憤慨するのはやめて頂きたいものです」

「へいへい、じゃあネタは置いといて本題だ。恩恵(ファルナ)を刻もうじゃないか。あぁそりゃあもうねっちょりと刻み込んでやるともさぁ……!」

 

 頬を染めながらわきわきといかがわしげに指をくねらせて私ににじり寄ってくる姿は、控えめに言っても鎮圧対象(説教もの)だが……あぁ全く、困ったものだ。

 少なからず私の境遇を知っている事もあってか、勢いを付けなければ言い出しづらいと感じていたのは分かっていた。だからと言って、何故そちら方面へと走るのか。

 まるでどこぞの道士を思い出させる言動は、褒められたものではない。

 

「やめろよぅ……その生暖かい視線は心に刺さるんだようぅ……」

「御託は結構」

 

 涙目になった彼女がちくしょーちくしょーとぶつぶつ呟きながら、背に恩恵を刻むための神血(イコル)を指先に用意しようとしたまでは良かった。ただし、問題は目測を誤った事だ。

 

「あんぎゃああああああ無駄にいってぇぇぇぇぇ!?」

「お静かに。他の客の迷惑になります」

「おっまえ、愛する主神の指先がパッカーいってんねんぞ!? ちったぁ心配せぇやアホォ!」

「継ぎ足しが必要無さそうで結構」

「おんどりゃあ覚えとれよ!? ゼータクに使われた神血の威力を思いしれやぁ!」

 

 左手に持った短剣で右の指を僅かに傷つけるだけで良いはずなのに、さくりと大きな傷を作ってしまったようだ。べちょり、とやけになったかのように背中へ小さな掌が叩きつけられたのを感じる。そうして背を伝う事になった血の感触は決して気持ちの良いものではないが、この神のものであるならば忌避するものではない。

 

「えーと、こっからどうすりゃいいんだっけ……何か絵でも描く? へのへの……むぅーりぃー、痛いぃ」

 

 ぐりぐりと言葉通りに描こうとしたのだろう。結局情けない声と共に断念したようだが。しかしながら神血、恩恵と大層な持ち上げようだった割にそういった実感は沸かない。

 むしろ、感じたのは暖かさ。こちらの心に触れて良いのか迷っているようで、そのうち爆発して突っ込んで来るかのような、そういう妙な暖かさが、今この胸の内にある。

 私の背で唸っている彼女を表しているかのようなその実感を、どこか心地がいいように思うあたり、私も毒されてきたか?

 

「お、できた? えーと、経験値(エクセリア)を引き上げて、文字にするんだったな」

 

 しかし、唸りつつもぺちぺち私の背を叩かなければ引き上げられないものなのだろうか。件のエクセリアとやらは。

 聞いた話では一滴垂らせば事足りるらしいのだが。

 

「おおおおおおキタキタキタキタ! これやな? これがええんやな!? やぁってやるともさぁ!」

 

 胸の内にあった暖かさが、まるで自爆でもしたかのようにぐっと熱を持った。

 逸り過ぎてやらかしてはおいででは無いでしょうな? そうであったならば、私としても考えねばならぬ事があるのですが。

 

「神とペン! じゃない、紙とペンを持てぃ! このあつぅいパトスを書き留めねばならぬ!!」

「では、こちらを」

「……いや、冷静すぎやしないかね、聞仲君」

「そうですね、背中で失敗をしているのではないかと」

「ヒヤヒヤしとるやないかーい! ってぇ、君がそんな冗談を言うなんて珍しいね?」

「冗談ではなく、本心なのですが」

「ぬぐっ!? ええい、見てろよ、やればデキル神だってのを再確認させてやるからさぁ…………んぁー。んぉー? ……おうっふ」

「妙な鳴き声をあげぬように」

「…………あるだろうとは思ってけど」

「やはり何か失敗をしていましたか。ですから日頃から言っている通り――――」

「失敗なんてしていないさ」

 

 一転して静かになったかと思えば、結果を書き留めていたらしい。無言で背中越しに差し出された紙を受け取って目を通してみれば、記載に時間をかけなかった割に、彼の神の本質(・・)を表したかのような、綺麗に整った文字で結果が記されていた。

 おかげでいくらか慣れたとはいえ、あくまでも異国の文字である共通語(コイネー)で書かれているにもかかわらず、目を通すにあたり困る事はなかった。

 

聞仲

レベル1

 

力 :I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

魔導:I0

 

スキル

 

【鋼の矜持】

・守るための戦闘において、肉体の耐久限界を超える行動が可能となる。

・矜持を捨てぬ限り、効果持続。

・力、耐久への超高補正。

 

 

魔法

 

【】

 

 

 テンプレートとやらがあるらしく、ほとんど神は似たような形式でこのステイタスを表すらしい。基礎的な身体能力の評価、己の在り方を示すに等しいスキル、そして魔法。私としては魔法などと言われて思い浮かぶのは仙術であるが。

 

「……スキルが最初から発現している子は珍しいって話は知ってるよね」

「そう聞いていますね」

「そういう珍しい子ってのはね、言うまでもなく何かしらのつよーい経験を貯め込んでいるから、発現するわけさぁ」

 

 今泣いた烏がもう笑うと言うのなら、その逆もまた然り。先刻までの異様な盛り上がり様が嘘であるかのように、まるで寄り添うかの如く背中へ小さな手が添えられるのを感じた。

 

「聞仲君、君は君でいい。そして私はそんな君でいい。だから、一つだけ約束してくれないかね」

「何でしょうか」

「守るべきものができたら。そう、何に代えても守るべきだと思えるものができたら、迷うな。何を犠牲にしてでも(・・・・・・・・・)守れ」

「……承知」

「あぁ、そうしてくれたまえよ。それが君のためだ」

 

 初めて作った自らの眷族へ向けるには、少々酷な言葉を紡がせてしまったか。なれば、それに応えぬのは武人として恥ずべき事。出会ってからそう長い月日を共にしたわけではない。だが、向けられた思いはそれを補うに足るものだと感じているのは間違いない。

 ……この神の心根が優しい事を私は知っている。ぐーたらしたいだとか鬼畜だとか散々騒ぎ立てるが、その本質は相手に寄り添うものである事も。癒しの女神というのは伊達ではない。

 

 私を形作っていたものは時の流れの中に消えた。……消えて、しまった。

 殷――――飛虎の居た、殷はもう無いのだと、そう実感するにつれて冷めていく感情に火を灯したのは誰か。怠惰で、口が悪く、何度教育係としてあった経験を生かしたかはわからぬが。――――だとしても。それを成したのは、今この時、我が背へ小さな手を預けたこの神であるのだ。

 

我が神よ(・・・・)、ご照覧あれ」

 

 この背に描かれた神の血による恩恵。

 

「貴女の目に映る背は、貴女を守るもの。貴女が手を添えた背は、その誓いを写すもの」

「ッ!?」

 

 殷の代替などと考えているのではない。それだけは考えてはならない。

 されど、今を生きる者として、再び矜持を抱かせてくれた神だからこそ、こう想うのだ。

 

「我が神よ、お言葉の通りに守らせていただこう」

「なっ……!」

 

 背に添えられた手が思わずといったように離れ、続いて響いたのは情けなく狼狽える声の音。

 

「うぁ、え、えぇー……? ちょっとお前さん、それは……はっ! 聞仲君がデレた! ついにスパルタからの脱却か!?」

 

 照れ隠しだというのは、この私でも分かる。だがそれにも限度というものが、ある。

 

「では、正座なさってください」

「ちょっと待てぃ、この流れでそれはないだろうに!?」

「正座です」

「待て、落ち着け、君は今冷静じゃないんだ!」

「聞こえませんでしたか?」

「……うぇーい」

「返事はハッキリとなさい!」

「はいぃっ!」

「よろしい。先のヘファイストス殿への挨拶に始まり、貴女は――――」

 

 

 見ているか、飛虎。立ち止まってばかりいるのは私らしくないと、お前なら言っただろうからな。今こうして私の前で正座に涙目で耐える姿は少しばかり情けないが――――我が神は、良き女神だ。私は私なりに、この女神と在ろうと思う。…………見ていて、くれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってくれ、せめて足を崩させろォ! もう君の声が頭に入ってすら来なくなってきたんだ!」

「ならば3分の休憩を挟みましょう」

「……その後は?」

「決まっているでしょう。正座です」

「ばぁぁぁぁぁるぅぅぅぅぅぅぅすぅぅぅぅぅぅぅ!!! 3分間待ってやるとか神の鉄板ネタやないねんぞ!?」

「それだけ叫べる気力があるのなら、このまま続けても一向に構いませんが」

「やめて! 私の気力(ライフ)はもうゼロよおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

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