迷宮演義 作:AD
ダンジョンにて生まれたモンスターは、古代に外へ這い出て繁殖したモンスターよりも手強い。そう聞いていた。だがそもそも脆弱な基盤しか持たぬ上層のモンスターではその度合いも知れるというものだった。
「脆い。今日は様子見で済ますつもりであったとは言え、この有様ではな」
ヘファイストス殿のご厚意で頂く事になった鉄鞭を試しに全力で横薙ぎにしてやれば、そこに残ったのはただの肉塊だった。その肉塊とて、体内の魔石ごと砕かれた事により灰となって消えてゆくものでしかない。低層で収入としての魔石を手に入れるためには加減して頭を吹き飛ばしてやらねばならぬとは、何とも手間がかかるものだ。我が神にいつまでも宿暮らしなどさせるわけにはいかぬというのに、これでは我らの拠点を得るまでどれ程の時が費やされると言うのか。
先刻ギルドにて冒険者登録を済ませた際、どれほど
「ギルドは時に冒険者への強制依頼も出すという話だが、戦力分析が杜撰に過ぎる」
事務方であるため致し方のない事だなどと言うつもりか。ああいった仕事を生業とするのであれば、人を見る目こそが肝要だろう。名声でしか判断できぬ采配者など使いものにならぬ。
…………とは言え、パナケイア様とも様子見の約束を結んでしまっているのも事実。
「約定通りの5階層。ここまでとするべきか」
フロッグシューターの舌のつるべ撃ちが向けられたところで己が耐久を抜くことはできぬと確認できた。ダンジョンリザードの群れとて駆逐は既に済ませている。当初の目的は果たしたと見て問題ない。
無用の混乱を生むだろう禁鞭はなるべく使わぬようにと我が神より念を押されたが、この分であればその様な事態にもなるまい。
「魔石の換金比率に応じて計画を立て直さねばなるまいな……」
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「無理なんてしなくていいんだよ? あの宿は姐御が薦めてくれただけあって、店主の人柄も含めて居心地が良いし。てか初日からギルドの担当者をヘコませるあたり、流石聞仲君だと褒めるべきか、やっぱり聞仲君だと呆れるべきか。悩みどころだねぇ」
「最低限の要求をしたまでの事」
「君の最低限は一般人の熟練だからね? 300歳オーバーが20歳そこらの新人に観察眼についてのガチ説教なんて大人げない!」
「仕事に必要な技能を持たぬ事がそもそも問題なのです。そこに立つ以上、やらねばならぬ事」
「厳しいねぇ。で、君にしてみればヌルゲーも良い所だったようだけど、ダンジョンそのものの感想はどうだった?」
「集めた情報を加味した上で、上層であれば何ら問題は無いかと」
「私みたいな新米のファミリア主神であっても、言うべきは『レベル1の子が初日で言うセリフじゃない』ってところなんだろうけどさ……君の場合はそもそもスタートラインが違いすぎるからなぁ」
宿へ戻った途端に再び街へと連れ出された道中で、呆れたように我が神から投げかけられた言葉に物申したいところではある。――――だが、私の手を握りしめて先導するかのように楽しげに歩く姿に脱力させられてしまった事だ、今回は見逃すとしよう。
「ま、それは置いといてさ、パーっといこうじゃないか! 宿の奥さんから美味しい店を聞いといたんだ。褒めていいよ?」
「魔石の換金比率から見て、節約が必要な状況には変わりないのですが」
「それは安全マージンを取り過ぎた今日の成果だろう? オラリオに着くまで節約を重ねて来たんだ、ちょっとばかりハメを外したって良いじゃないか!」
「その言い様であれば、明日からは再び節約を始める事に否は無いと。良い心がけです」
「墓穴ったぁ!? ……いや、ほら、聞仲君の収入がアップしたんだから節約度合いは要相談じゃないカネ!」
「フッ」
引っ張っていた私の腕を、まるで手繰り寄せるかの様に抱き締めて訴える様は、まるで幼い子どもが親へ何かをねだるかのような仕草に見えた。そして、それは周りからもそう見えたのだろう。私とパナケイア様の髪色が似ている事も相俟ってか、微笑ましげな視線を向けられているのが分かる。更に言うならば、背丈も『大人と子ども』の差があるのだからなおさらだろうな。
「あ? あ、ああああ君、今の冗談か!? 私を弄んだな!?」
「人聞きの悪い事を叫ぶのはやめて頂きたい。いえ、そもそも街中でそのような大声をあげぬように。常々言っていますが――」
「やめろ! 街中でまで説教を始めるんじゃない!!」
「……そう思われるのであれば、相応の振る舞いがありましょう」
「うぃ、むっしゅ」
この自由さがあるからこそのパナケイア様だとは思う。ただ、そうやすやすと縛られてやらぬとばかりに気炎を上げては、
「それで、行先はどのような店なのですか?」
「街でも評判の食事処ですわ。そちらのパスタとサンドイッチがとても美味しいと耳にしましたの。ですから私、もう楽しみで!」
「どちらも注文して、いつぞやのように『もう無理、お腹いっぱい』などと言わぬように。結局私が2人前を食べる事になったのですから、無駄も良いところだったではありませんか」
「おい待て、まずはそこじゃなくて口調に突っ込むべきだろうに。君の要求に沿った言動だったろう、今の私は!」
「今その主張をしなければ合格点でした」
「ヴぁー……」
無言の主張とでもいうのか、握った私の手を振り回すのはやめて頂きたい。周囲からの微笑まし気な視線が増したではありませんか。デキル女神だろうなどと胸を張るのであれば、それを持続させて貰わねば。
「そういえば君がダンジョンに潜ってる間にさ、口に出すのも憚られる我が祖父のファミリアの噂を聞いたよ。あぁ、まったく胸糞悪い」
「はしたない言葉は使わぬように。どこで誰が聞いているとも知れぬのですから」
「使いたくもなるさ。そこそこ大きなファミリアを形作っているというから少しはマシになったかと思っていたら、相変わらず腐臭すら感じる有様だというんだから!」
「貴女がそれほどまでに言うとは、よほどですか」
「よほどさ!」
アポロンとやらは困った事をしてくれる。好色な神だと聞いているが、私が窘めたのをおしてまで我が神がこれ程までに嫌うとは。嫌悪を向けていたのはこれまでの道中でも察して余りある程だったが、こうして近くに存在してしまった事でそれが否応なしに増してしまったと言ったところか。漏れ聞こえてくる性質は趙公明に近いようにも思えるが。
「自分が気に入った子が居れば、夜討ち朝駆けで嫌がらせの襲撃をかけてまで眷族にしようとするっていうんだ。今回その標的になったのが私の知神のたった一人の子だって言うんだから更に胸糞悪い! しかも冒険者になりたてだっていうんだよ、その子は!?」
「ほう」
いや、趙公明の方がマシか? あれは手段を選ばぬところは多々あれど、自身の美学とやらのために芯が通っていた。それが好ましいかと言えば、問答無用で否ではあるが。どちらにせよ、どこにでも似たような手合いは居るものだ。
そして気になるのはそれを言い出した我が神の顔だ。宿に戻ったばかりの私を連れ出した時点でどこか様子がおかしいとは思っていたが。
「よくできた神格者なんだよ、ヘスティア姉さんは。私も大層可愛がって貰った。ただし見た目はロリロリしいけどさぁ」
「最後が余計でしたな」
「姉さんには悪いが事実だ! 大変立派なお胸はされているがね!! そして待て、ステイ! ゲンコツはステイ!!」
「タイミングを読めるようになってきましたか。では次はそういった機会を作らぬようにしていただきましょう」
「正直すまなかった」
この流れであれば、何かしらの手助けをしたいが言いだしにくいとでも思っているのだろう。先ほどから何かを言いかけてはやめる、の繰り返しだ。その度に軽口を叩いては勢いをつけようとしているのがわかる。
自身は新米の主神であり、私も新米の冒険者でしかない状況だからと躊躇しているといったところだろうか。
「……そこで、モノは相談だ」
「薬を用立てますか?」
「許してくれるかね?」
「当然でしょう。そのような事情であれば、浪費ではありません。義理を通すとは良い心がけです」
「そ、そっか、許してくれるのか!」
「では食事の後に薬草などを仕入れましょう。宿の主人にも調剤の許可を貰わねばなりません」
「荷物持ちは任せたよ!」
「丸太担ぎの応用です。嵩張りはしますがそう重いものではありません。重心を意識すれば大丈夫でしょう」
「ヘイ君ィ。私、女神。君、冒険者。オーケー? 何度でも言うが、力仕事を女神にさせようとするんじゃないっ!」
「できる事はご自分でなさるべきです。必要とあらば手は出しましょう」
「ぬふぅ」
友を想い、慮り、必要な物を贈る。私はそれを浪費だとは思わない。そして、そのような想いを抱いて無茶な真似をするでなく、自分のしてよい事の範疇を超えない範囲で手助けをしようとする在り方は好ましいとも思う。怒られるかもしれないという考えの上で、このパナケイア様がそれを口に出したのだ。私なりに応えるのは当然の事。
「戦闘に関しては私は素人だ。君、どういう種類の物が良いと思う?」
「その前にまず、表立った協力をするのか否かによります」
表立って協力すると言うのであれば、まずは情報共有をせねば話にならない。この様子であれば、そうはしないのだろうが。
「……今はまだ裏からこっそり、だね」
「では、私が頂いたような数種類のポーションを一まとめにしたポーチを複数個。また、使った分を拠点にて補充できる体制作りが必要となるでしょう」
「さらりと具体策が出て来るね、君……ってそうか、君はそれが本業だったか」
「規模こそ違えど、やる事は同じ。であればできぬ道理はありません」
本来であれば、必要な物資は多岐に渡るが、本格的な支援をすると言うわけではない現状であればこの程度に留めるべきだろう。
「むしろ問題となるのは、こうした支援を行う事によって貴女にまでその矛先が向く危険性です」
「そこまでしてくるかね、あのクソ爺は」
「仮に肉親の情でそうまでせずとも、その眷族の暴走はありえる事です。命令の伝達ミス、曲解などはあるものとして考えるべきです」
「…………」
「怖くなりましたか?」
「違う」
そうだろうな。今の逡巡は自己保身の類ではなく、むしろ私に対してなされたものであると感じた。こちらは実情はどうあれど、あくまでも駆け出しが二人だ。自分のわがままが発端で私に怒られるだけで済んだこれまでの道中とは違い、今回のような状況であれば
「見くびるなよ、聞仲君。私は確かに退くし媚びるし省みる。むしろぐーたらこそが理想だとも思ってもいる」
「胸を張って言う事ではありません」
「まぁ聞け。その眼光はやめろ、下腹部のあたりがヒュンッてするから。……あぁもう、わかったよ! こう言えばいいんだろう!?」
私の正面へ向き直って、精一杯の覚悟を示すかのように見上げて来る様を見て、決心したのだと感じ取れた。幸いにして今この場は往来から少しばかり外れた横道であるため、人目も少ない。
「
「承知しました。痴れ者は存分に打ち据えて御覧にいれましょう」
「あ、まて、そこそこ、そこそこでいいんだからな!?」
「そこそこに守るなどと半端な真似をすればつけこまれるだけです。やるのなら徹底しなければ意味は無い」
「あ、やっべぇ私やらかしたか……?」
ようやく言えたか。それで良い。それでこそ
「…………ご飯、食べに行こうか。噂の店、すぐそこのハズだから」
「ご自身の限度を見誤る事の無いように」
「やぁ、たった今見誤った感がハンパないんだけどね……はっはっはぁ……」