迷宮演義 作:AD
私の状況を説明しよう。オラリオでの正装を見事に着こなした聞仲君の腕の中だ。もっと正確に言うなら、お米様だっこではなく、お姫様だっこで逞しい腕の中にIN! して非常に恥ずかしい。周りの女神様たちの黄色い声がその恥ずかしさを後押ししてくれていやがるのも非常にポイントが低い! あぁもう、クソ爺はやっぱりどこまで行ってもクソ爺だった。招待状が届いてしまったからといって、のこのことクソ爺主催のパーティーに出るべきじゃなかった。知神の姉さん方の傍に居れば大丈夫だろうなんて楽観的に思ったのは一体誰だよ! 私だよ! アーハーン!?
「我が神への侮辱について、ご説明頂こう」
「おや、神へ随分と生意気な口を叩いたものだね。我が孫を可愛がってやっただけじゃないか」
「ほう……」
うわっはー……この至近距離に居るせいで嫌ってくらいにわかるけど、びしりと聞仲君の周りの空気が凍る音が聞こえてきたわ。それもこれも姉さんを馬鹿にされたのが頭に来て、つい売り言葉に買い言葉なんてしちゃったのが運の尽き。血縁である事も相俟って、遠慮のえの字も無いクソ爺による数々の暴言の末、姉さんがこの場で戦争遊戯を申し入れられた瞬間に、私が隣に聞仲君が居た事を忘れる程に腹を立ててしまった事。これが最大の原因だった。たかが孫ごときが噛みついた事に腹を立てたクソ爺が投げてよこした、ワインが注がれていたゴブレットと、ついてきた耳に入れたくもない暴言の数々。あの時、私を守ってくれると言った聞仲君からすれば、己の逆鱗の上でタップダンスを踊ってくれやがったようなものだろうさ。
まぁその結果が、飛んできたゴブレットとそれに付随するワインの着弾地点から私を引っこ抜いた末の現状なわけで。
君、女神たちの中で一時期流行った乙女なゲームに出てきそうな事をやってくれやがったね?
「なればその返礼として、そちらがヘスティアファミリアへ行った戦争遊戯の申し入れを踏まえた上で、同時に私達パナケイアファミリアよりアポロンファミリアへ行わせていただく」
「受ける謂れはないな。分を弁えるべきだね、君は」
アホ、マジでアホ! 煽るなよクソ爺ィ!! てか空気読め。無駄にビキビキと青筋立ててないで、周りに居る他の神々の眷族たちの反応を見れ! お前んとこの団員よりレベルの高い子らが揃って戦闘態勢取ってるだろうに、それが見えないかねぇ!? 私ですらわかるぞ、あの子らが冷や汗流してんの! もうアホ! アホォ!! 聞仲君にこんな事をさせやがってさぁ!
「弁えているとも。下種如きが我が主神を侮辱したのだ。せめて形だけでもと申し入れたこの状況を、弁えていると言わずして何と言う」
「……何?」
「この瞬間、お前が天界へ還っていないのはパナケイア様の温情と知れ」
あんまり事を荒立てないでねって聞仲君に言っておいたパーティー前の私、ファインプレイやぞ。聞仲君の逆鱗の上に薄皮一枚くらいのクッションは敷けたんじゃないかな! やったぞ! 即死無効効果があった!
色んな意味で聞仲君とクソ爺がどうやっても反りが合わないのは分かっていたけど、実際に顔を合わせたらコレだ。
「……レベル1の新人冒険者ごときが言うじゃないか。いいだろう、受けてやる!」
やだ、私のクソ爺、煽られ耐性低すぎ……? あいや、そりゃあ低いか。クソ爺だからね、仕方ないね。オワタ。どっちがとは言わぬが華。いやほら、私なりにレベルと力量の目安くらいは情報収集したんだよ? 結果、資料をブン投げたけど。
あの禁鞭一つあれば事足りるって結論しか出なかったんだもの。……出せなかったんだもの。
実演と解説を要求した時の『小細工無しのガチンコ仕様です、ドヤァ!』と言わんばかりのあの武器をどうしろと。ついでに聞仲君自身も中身まで余すところ無くガチンコ仕様。色んな事情を加味しても仕様が酷い。
「負けるのが分かって挑んだお前たちへのせめてもの温情だ。パナケイアは天界へ送還しないでおいてやろう。あぁそうさな、私のファミリアの傘下に入ってもらうとしようか。そいつは私の下で薬でも作っているのがお似合いだろうよ!」
火に油ァ! 太陽神だから炎がお好きとでも言うのかね!? あぁもう、聞仲君の顔を見上げるのが怖い。正座でお説教3時間コースの方がまだマシだ! 地獄やぞアレ!
「私の要求はただ一つで良い」
「聞いてやろうじゃないか!」
「我が神の前にその姿を見せないで貰おう」
――――永遠に。そうはっきりと聞こえてきたよ、私や他の神々には。見ろよ、周りを。悪ノリ好きな男神共が示し合わせたようにオワタポーズを取ってるじゃないか。……ああもう、馬鹿、私の馬鹿。聞仲君の気配に当てられて無駄な現実逃避を展開してる場合じゃない!
今ならまだ取り消せる! 聞仲君の主神である私が同意していないんだ!
「ご安心を、パナケイア様」
「ぅぁい!?」
うわぁぁぁぁちょお待てやぁお前さん!? その顔、その声でその台詞はアカン! 周りの女神の姉さん方を見ろ!『んまぁ! 若いっていいわぁ!!』みたいな目ぇしてんよ!?
男神共は『イケメンはぜろ!』とか『ウホッ……良い男』とか騒いでるしさぁ……待て、ウホッたの誰?
「よし、パナケイアたんがご安心めされた事で合意がなされたと見ていいな!」
「ならば勝負形式は俺たちが預かった! 任せなパナたん!」
「ちなみにお前ら何にするつもり?」
『総力戦!』『……デスヨネー!!』
「選ぶ余地がねぇー!!」
アホどもめ、ノリに乗ってんじゃない!
ってやめて姉さん方、可愛い可愛いって頭撫でてくれるのはありがたいけど、それどこじゃないんだよ!
まだ断れるんだよ、まだァ!!
■
「姐御ォ……聞仲君の愛が鉄壁すぎてつらい……」
「あれからの噂は聞いてるわよ? 特に女神たちが『彼に執事喫茶を任せましょう、通うわ(真顔)』だとか『パナケイアにも春が来たのね!』なんて騒いでたもの」
「……私が今何て呼ばれてると思う?『
「ご愁傷様」
ヘスティアの子に関わるいざこざに巻き込まれる形になったのを目の当たりにして、この子たちの行く末を案じたのも今は昔。今じゃヘスティアへ戦争遊戯を申し込んだ所を横から見事にインターセプトされたアポロンへ
数多の神々の中でも、アポロンは『そう』思ったら『そうとしか』思わない傾向がとりわけ強いからね。空気が読める神なら間違っても踏まないような地雷をあっさり踏み抜いてしまうのは流石にどうかと思うけど、今更変わりようもない。
今回アポロンが開催したパーティーで『眷族同伴』なんて言い出さなければそんな悲劇は起こりえなかったのに。
――――好奇心旺盛な神々にとっては喜劇でしかないけどね。
「あんなスタイリッシュ宣戦布告を誰がやれと言ったのさぁ!? 私は『守ってくれ』と言ったんだよォ!!」
「祖父を見誤った貴女にも責任があるわよ。あのアポロンが孫だからと言って自分の欲望を飲み込むわけがないじゃない」
「ぐぬううう!」
綺麗な真っ白い指で頭を抱えて悶える様は、事情さえ知らなければそれなりに絵になったわね。淡い金糸のような透き通った長髪に、大輪の華が咲き誇る間際の美と言わんばかりの容姿は、静かにさえしていればなるほど、あのアポロンやアルテミスの血縁なだけはあると思うもの。でも事情を加味した途端に、凡ミスをやらかして自爆したお馬鹿でしかなくなるけど。
「天界で世話になった知神へ味方した程度の事で、あそこまでするか!?」
言い分は分かるわ。常識神であればあの程度の事に腹を立てるわけがない。ただ、相手はあのアポロンよ? あの不義を見て見ぬふりができなかった、実直なヘリオスならまだしも、同じ太陽神であるのが不思議な程のアポロンよ? 見通しが甘いとしか言い様がないわ。祖父の爛れたやり口に辟易として耳を塞いでいたのが仇になったわね。ついでに、この子を可愛がっていた女神たちが神格者であった事もあるかもしれないけれど。醜聞を耳に入れないように皆が気を回してたもの。
「うあああああどうすんだよコレェ……! あの子がマジでマジの全力なんて出してみろ、少し目を離しただけで更地が一つ出来上がってたって驚かないぞ、私は!?」
「いや、いくらあの子でもそれはないでしょうに」
「あるんだなぁ、コレが! ちょっと気合を込めただけでクレーターを作るんだよ? グッとガッツポなんてするまでもなくズゴーンってさぁ!!」
「はぁ?」
「いやマジで。路銀をちょろまかして甘い物を買ったのがバレた瞬間にね? 物理的威力のある気合って何だよ一体!? ……ちなみにここだけの話、ちょっと粗相をしちゃったくらいに怖かったとも!」
「しかも理由がくだらないじゃない。何してるのよ、あなた達」
「仕方ないじゃないか! 聞仲君が気落ちしてるみたいだったから、甘い物でも食べさせれば幸せになれるだろうって気づかいだったんだよ!? むしろ褒めろよぉ!! 事情を説明したらゲンコツは免除されたけどさぁ!」
天界でやってた事を下界でもやろうとして失敗したのね。この祖父のせいでいらない苦労をさせられてます、みたいないい意味で素直な子が一生懸命考えてくれたものだからって、大喜びして機嫌を直してた私達にも責任があるのかしら。
…………いや、でも仕方ないじゃない。相手が気落ちしているのを察しようものならすぐさま『これで元気出して』なんて、傷だらけになりながら珍しい果実をとって来たり、他の女神に教わって作ったハーブティーなんかを持ってくるのよ? 出来はお察しでも、あの馬鹿共が勢ぞろいの中で、そんな小さくとも温かい心遣いをしてくれる子を可愛がらないわけがないじゃない。デメテルなんて本気で『うちの子になりなさい』なんて発言しちゃったからね。おおらかさは誰もが知る所ではあれ、あの子煩悩を地で行く女神にそれを言わせただけで大概だわ。
「しかし今回の件はマズいわね。面白がってる神々が多すぎる」
「聞仲君のアホー! 君が真っ先に矢面に立つ事ないじゃないかぁ!!」
「あぁもう、落ち着きなさい」
抱き締めてぐしぐしと頭を撫でてやれば大人しくなるのは昔とちっとも変わらないんだから。毒気を抜かれるにも程があるわ。
胸に顔を埋めてからちょっと残念そうな顔をするのはどうかと思うけど。失礼な。デメテルやヘスティア程ではないにせよ、そこそこはあるわよ。
「……どうしよう。あの子を矢面に立たせたくなんて無かったのに」
私の部屋のソファに並んで座っていたのは良かったかもしれないわ。この子を抱きしめてやるのに困らないから。ちょっとお馬鹿な子に育っちゃったのは頭の痛い所ではあるけれど、本質は何も変わっちゃいない。あの頃の優しい子のままだもの。
でも思っていたより根が深そうだわ。これほど静かに後悔を滲ませるなんていつ以来かしら。
…………あぁ、そうか、あの
初めての眷族には思い入れが強くなるものとはいえ、あれだけ立派な子を眷族に選んだのは慧眼でもあるし、愉快犯どもの目に映る火種を灯したとも言える。
そんな気を揉んでいたであろう所にアレだ。
「まったく、私の胸で落ち着くのなんて貴女くらいのものよ? どうせ埋もれるならデメテルの方が落ち着くでしょうに」
「デメテル様に迷惑かけたくない」
「あら、私ならいいの?」
んー、流石はデメテル。あのロキですら白旗を上げたおおらかさ、この分だとこの子の中で神聖視すらされてても驚かないわ。その次に来るのが私だというのは喜ぶべきかしら? ヘスティアはどちらかと言えば年の離れた遊び相手くらいのノリだったように思うし。こんな状況でこう思うのはちょっと悪いけれど、照れくさいわね。
「あ、こら、鼻水をつけるんじゃないわよ!?」
「……ズビー」
「口で言っても変わらないわ!」
むにー、と頬を引っ張ってやるとまぁ伸びる伸びる。もっちもちの肌は指に心地良い。
「
「駄々っ子をやめたら考えてあげるわ」
「
「相変わらず触り心地が良いわね、あなたのほっぺた」
「
むいー、むいーと引っ張って遊ぶのが楽しくなってきちゃったわ。
何よりも、この子が出していた空気が少し軽くなったんだもの。これなら後はいつも通りあやしてやれば、元の調子に戻るのも時間の問題でしょう。
「姐御にキズモノにされた!!」
「あ、こら人聞きの悪い!」
「聞いたぞ主神殿、聞仲殿の主に手を上げるとは何たる事か! これは責任を取って手前を派遣するが良いと見た!!」
「勝手な事を言うんじゃないの! それに貴女、団長ともあろう者が聞き耳を立てていたなんて他の子たちに示しがつかないでしょう!」
「細かい事は気にしないでいいではないか。ほれ、聞仲殿が本気で振るうのがあんな棒一本では恰好がつくまい? ……な?」
「だ・め・よ!」
「ケチ臭いぞ、主神殿!」
「鍛冶系トップファミリア団長っていう自覚を持ちなさいって言ってるの!」
「そーだそーだ! 自覚を持った上で聞仲君にイイ物を打ってやるんだ!」
「貴女はお黙りなさい!」
「むぁー!?」
あぁもう、何よこの空気! 椿も随分と聞仲君の事を気に入ってしまったみたいだし、どうしようかしら。流石に無償で武器を打たせてやるわけにはいかないもの。
「なぁパナケイア殿、物は相談だが……」
「おーけー! やってくれたまえよ椿君ッ!」
「おお、話が早いな!」
「やめなさいって言ってるでしょう!? パナケイアも内容を聞かないで二つ返事をしない!」
『横暴だぞー』
「黙らっしゃい!!」
随分と息が合ったものね!? ちょっとデメテル、今すぐここに来てくれないかしら。貴女くらいしかこの空気を抑え込めないわ。