ひび割れた大地。破壊された建造物。この風景を言い表すにはこれだけで十分だ。生命の気配などどこからも感じられない。ただ時間だけが過ぎていく虚無の世界。
その静寂は突然破られた。ビルの残骸を飛び越え巨大な化物が姿を現す。この世の全てを喰らうもの――アラガミ。2060年代に突如として出現し、瞬く間に世界を破滅へと追い込んだ謎の生命体。「喰らう」というのは比喩ではない。文字通りなんでも食べる。そして補喰した対象の特性を取り込むことで多用な進化を遂げてきた。
今現れた個体はそのアラガミの中でも上位の存在であるヴァジュラ。強靭な四肢に鋭利な牙と爪。体の随所に見られる縞模様は虎を彷彿とさせる。だが、その脅威と迫力は虎などでは足元にも及ばない。
そのヴァジュラを追うようにしてもう一つの影が近づいていた。人間だ。二十代前半あたりと思われる女性。右の手首には赤い腕輪が装着されている。
彼女はただの人間ではない。”ゴッドイーター”だ。アラガミに対抗できる唯一の兵器、”神機”を操る人類最後の砦。彼女もその一員である。
咆哮をあげて威嚇するヴァジュラを無視し一気に間合いを詰めると、右手に持っていた剣をヴァジュラの顔へ向けて振り下ろした。一撃では終わらない。斬り上げ、突きを目にも止まらぬ速さで畳み掛ける。
連続攻撃に耐えかねたのか、ヴァジュラは後方に大きく跳躍し距離をとる。完全に間合いの外へ逃げられたが、彼女は追いかけない。
次の瞬間、彼女の剣が重砲に変形した。ヴァジュラが雷球を形成する早く、重砲から光弾が放たれ、着弾と同時に轟音を響かせながら爆ぜる。
再び剣へと変形し接近する。砲撃で前足が砕け、起き上がれないでいるヴァジュラへ刺突の嵐を見舞う。
なんとか立ち上がったヴァジュラに戦意は残っていなかった。彼女に背を向けて走り出した。だが、それは拒まれた。ヴァジュラの前に純白の大剣を構えた男が立ちふさがったのだ。
「消えろ」
紫のオーラを纏った大剣がヴァジュラを叩き斬り、戦いの幕は降ろされた。
フェンリル極東支部。かつて日本と呼ばれていた地域に所在する、ゴッドイーターを統括する組織フェンリルの直轄支部である。強力なアラガミが頻出する激戦地として有名であるここが二人の所属する支部だ。
そして、実力者がそろうこの支部の中でも、二人はトップクラスの神機使いだ。一人はソーマ・シックザール。人間離れした戦闘能力を持ち、彼が同行したミッションでは死者がでないと言われている。
もう一人は淡島ナミ。極東支部初の新型神機使いであり、短期間で数々の功績をあげたことで世界的に有名なゴッドイーターである。現在はソーマ達が所属する独立支援部隊クレイドルの隊長を務め、極東中を飛び回っている。
「サカキのおっさん、入るぞ。頼まれていた素材……またか」
「何したらこうなるの……」
支部長室に入ったソーマとナミが見たもの。それは膨大な量の資料の下敷きになっているペイラー・榊支部長の姿だった。
「ここに置いたぞ」
「それじゃ、失礼します」
「……帰る前に助けてくれないかい……?」
結局このまま見捨てるわけにもいかず、二人は資料を片付けることにした。量こそ多かったが、書かれている内容はどれも似たようなものだった。
「”赤い雨”に”感応種”、ですか……。最近、被害が増えてきたみたいですね」
人類とアラガミによる終わりの見えない闘争。最近になりその戦況に変化が現れた。触れた者に例外なく不治の病を発症させる”赤い雨”。神機に影響を与えゴッドイーターを無効化する”感応種”。どちらも人類にとって大きな脅威となっている。
「赤い雨については発生要因がなかなか特定できなくてね。感応種についても対抗手段がないのが現状なんだ」
「早くなんとかしないといけませんね……」
「そうだな。だからって一人で突っ走ったりするなよ?」
「うぅ、了解」
ナミが時々無茶な行動にでることをソーマはよく知っていた。彼女もその自覚があるのか、注意されてきまりが悪そうだった。
「俺はしばらく研究室にいるが、お前はどうする?」
「久しぶりに帰ってきたし、まずは弟のところに行こうかな」
彼女にとって唯一の肉親であり、何はあっても守りたい存在。そんな弟が外部居住区に住んでいる。はずなのだが――
「ナミ君は聞いてなかったのかい?彼なら今頃は独立機動支部フライアにいるよ」
期待、不安、緊張。様々な感情が彼の中で渦巻いていた。ベッドのような台の上で横になっている青年にとって、今日が人生の転換点になることは間違いないだろう。
『気を楽になさい。貴方はすでに選ばれてここにいるのです……』
(いや、分かってるけど)
スピーカーから聞こえる女性の声にツッコミを入れながら、彼はこの先のことを考える。これがゴッドイーターの適合試験だということは分かっている。ベッドの右側に現れた、神機の入ったケースを見れば誰でもわかる。
(バスターブレード、ブラスト、タワーシールドか。で、この腕輪を連結されたときがやばいんだよな……)
しかし、ここで躊躇していたら次へ進めない。恐る恐る神機の柄を握り、腕輪が繋がるのを待つ。ほどなくして真っ二つに分かれていた腕輪から黒い触手のようなものが伸び、腕を挟んで腕輪が連結された。
(…………痛くない?いや、多分遅れて痛みが……って、ちょっと待て。なんだあれ!?)
彼が目にしたのは天井から吊るされていた装置。それが展開され、ドリルのようなパーツが出て来たのだ。
『貴方に祝福があらん事を……』
「がぁぁぁぁああああああああああ!!」
想像を絶する痛みが彼を襲った。このまま死ぬのではないかとも思えてしまうほど強烈なものだった。とても堪えられるものではない。しばらく台の上で暴れた挙句、彼は床に
転げ落ちた。痛みはなおも続き彼の悲鳴は止まない。
「ぐっ……!ぉぉぉぉおおおおおおっ!」
痛みを誤魔化すべく、神機を床に思いきり突き刺す。ひどい表情をしてはいるが、腕輪は問題なく装着されている。
「成功、か……!?」
『おめでとう……これで貴方は神を喰らう者”ゴッドイーター”になりました』
適合試験を通過し、彼は守られる側から守る側になった。これから先、彼は命懸けで戦う日々を送ることになる。しかし、彼は落胆などしていない。
(姉さん……俺はあんたみたいな神機使いになってみせる。今度は俺が姉さんを支える番だ)
彼の名は淡島ナギ。後に彼が人類にとって重要な存在となることを、彼はまだ知らない。
「あの…………」
『どうしました?』
「神機が抜けません……」
『…………』