外部居住区にあるなんの変哲もないとある民家。ナギはその前に立っていた。表札には「淡島」の文字。ここはナギが生まれ育った家だ。
「ただいま~」
鍵を開けて中に入る。当然ながら誰もいない。ほとんど無音に近い静けさ。ナミが神機使いになってからは一人暮らしが多かったナギにとって、この静けさも懐かしいものだ。
「だいぶ埃かぶってるな」
まず向かったのは自分の部屋。しばらく誰も使っていなかったため棚の上などには埃がたまっていた。机と椅子、本棚、学生時代の制服。それらを見ているとナギがこの部屋を使っていたときの場景が記憶から蘇ってきた。
簡単に掃除をしている内に目に入ったのは一枚の写真。そこには幼い日のナギとナミ、そして今は亡き両親が写っていた。
「よう、久々に戻ってきたぜ。なんだかんだでブラッドの副隊長になっちまったわ。あとは……いろいろありすぎて話すと長くなるな。まあ、いつかそっちに行ったら全部話すわ。気長に待っててくれよ」
居住区にアラガミが侵入したあの日、ナギは全力で走り逃げ切った。しかし、両親と合流することはできなかった。ナギの知らないところで二人はアラガミの餌食となってしまった。
窓の外には見慣れた景色が広がっている。この景色を守るため、自分のような辛い経験を他の人にさせないため、自分は戦う。フライアに出発する日にそう決意したことを、ナギは思い出した。
自分の部屋を片付けた後、台所やリビングの掃除に取り掛かった。数か月前まではいつもやっていたことだが、なにか違和感があった。
「なんか、静か過ぎて落ち着かねえな」
いつも賑やかなアナグラに慣れたせいか、ここの静けさが気になり始めた。「前はいつもこんな感じだったのにな」と苦笑交じりにぼやく。知らず知らずの内に自分も変わっているようだ。
掃除を終え、しばらく使われていなかったソファーに腰掛ける。今日は休暇のため無理に任務に出る必要もない。何も考えずにただ座っているだけの時間。時計の秒針を刻む音だけが時間の経過を示していた。
「……とりあえず帰るか」
事前に考えていた用事は済み、ここに長居する必要はあまりない。電気や窓の鍵を確かめた後、ナギは玄関から外へ出た。自宅からどこかへ行くというのも懐かしく感じられる。
「ちょっとした気分転換になったかな。そんじゃ、行ってきま~す」
アナグラへ戻る途中、ナギは何人もの人とすれ違った。皆アラガミの脅威に怯えながらも懸命に今を生きている。そんな人達を守ることがゴッドイーターの使命。ナギはそれを今まで以上に実感した。
アナグラに向かって歩いている途中、後ろから来た車がナギの横で止まった。運転していたのはコウタだった。後ろの座席に神機を置いているということは任務の帰りだろうか。
「お疲れさん、コウタ隊長。任務の帰りか?」
「隊長はやめてくれよ。だいぶ前から仲いいだろ」
「じゃ、今まで通り呼び捨てで」
コウタはナミと全く同じ日に入隊したため、時間を共にすることが多かった。時にはコウタが淡島家に来ることおあり、そのためナギも彼と親交があった。
「ナギは休み?」
「ああ、今日明日とな。でも、家の片付けも終わったし正直やることないんだよな」
「そうか~。……そうだ!俺、今から家に帰るんだけど、ナギも来いよ!」
「いいのか?」
「おう!母さんもノゾミも喜ぶだろうし、ヒバリちゃんには俺から連絡しておくからさ」
「そんじゃ、お言葉に甘えて」
回数は多くないが、ナギもナミと一緒に藤木家を訪れたことがある。コウタの母も、妹のノゾミも暖かく二人を迎えてくれた。コウタは二人にナギが神機使いになったことを、ナギ本人に会わせるまで教えないつもりでいたらしい。アナグラに戻っても特にこれといってすることのないナギはコウタの車に乗った。
「なあ、ブラッドってアナグラじゃあどう思われてんだ?」
「んー、よく思ってる人とそうじゃない人で半々って感じかな。本部直属の精鋭部隊ってことで前から噂になってたし、俺は楽しみだったな。でも、『出番が減る』とか『あんな要塞作る資源があるならこっちにも回せ』とか言ってるやつもいるけどね」
「はは……。乗ってた俺が言うのもあれだが、資源分けろは正論だな」
極東支部も生活水準は向上してきたが、人口増加による資源の不足が大きな問題となっている。そんな時に巨大な移動拠点を見せられたら反感も抱くだろう。
「でも、今回は来てくれてホントよかったよ。赤い雨やら感応種やら、俺達だけじゃ解決できない問題が山積みだからな」
「どっちも放っておけない問題だしな。ま、俺はなんの解決策も思いついてないが」
「俺も頭使うのは苦手だわ。そっち方面は博士達に任せて、俺達はとにかくアラガミぶっ倒してりゃいいんじゃね?……っと、そろそろ着くぜ」
とある民家の前で車を止める。周りの家と外観はそれ程変わらない。ここがコウタの生まれ育った場所。何度か訪れたことのあるナギにとって懐かしい場所だった。コウタがインターホンを鳴らすと、ほどなくして中から誰かが駆け寄ってくる音がした。そして、ドアが開いたかと思うと少女が勢いよくコウタに抱き着いた。
「ただいま、ノゾミ!元気にしてたか?」
「お兄ちゃんお帰りー!」
少し遅れてコウタの母も出迎えにきた。息子が元気な様子を見て嬉しそうだ。
「そうそう。二人とも、今日はお客さんを連れてきたんだ!」
それを聞き二人の視線はコウタの後ろにいる青年に向けられる。どうやら一目見ただけでは分からないようだ。二人は黒い腕輪をつけた人物に会ったことはない。
「流石に覚えてないか?」
しかし、青年の声を聞いたことで思い出したようだ。
「あー!ナギさんだー!」
「ナギ君!少し見ない内にたくましくなったわね」
「ど~もお久しぶりです。見ての通りゴッドイーターになりました」
久々の再会に会話も弾む。適当なところで一旦区切りをつけ、四人は家の中へ入った。
藤木家に到着してからしばらく経ち、四人は食卓を囲んでいた。コウタが帰ってくる日のために備えてあったのか、そこそこの量の食事が準備されていた。
「それじゃ、みんな揃ったところで――」
「「いただきまーす!」」
「いただきま~す」
「ふふ、おあがりなさい」
焼き魚や味噌汁といった極東らしい料理が並び、どれも美味しいものだった。食事を終えるとコウタはノゾミに自分の戦闘の様子を得意げに語り始めた。コウタの母曰く、帰ってくると必ずするらしい。それを聞きながらナギはコウタの母と話していた。
「それにしても、姉弟揃ってゴッドイーターになるなんてねえ」
「いや~、自分でもびっくりですよ」
「お姉さんと一緒に仕事したりとかは?」
「まだですね。あの人、いろんなとこ回ってるみたいで。俺が思ってた以上にすごい人ですよ」
極東の神機使いと接する機会が増えてから、ナミがいかに偉大な人物かを思い知った。戦闘能力や周囲からの信頼。今や極東の支柱ともいえる存在だ。
「でもさ、ナギも入隊してすぐに副隊長って十分すげーよ」
「どうだかな。ま、その内お前を抜かしてやるよ」
「お、言ったなー!俺を旧型だからって甘く見ない方がいいぜ~?」
「二人とも頑張れー!」
もし両親が生きていたら、ナミを入れた四人でこのような会話ができたのだろうか。ナギは心の隅でそう思った。二人揃って腕輪を着けている姉弟を見て母は心配するだろうか。父は応援してくれるだろうか。実現するはずのない風景が頭に浮かんできた。
(……らしくねえな。とっくに吹っ切れただろ。それに、今はブラッドっていう新しい家族がいる)
ラケル博士が度々口にしていた「ブラッドは家族」という言葉。コウタ達を見ることで少し分かったかもしれない。喜怒哀楽を共有し、なによりも守りたいと思える存在。その意味では確かにブラッドは家族と言える。
「どうした?ボーっとして」
「ん?ああ、ボーっとしてんのはいつものことだ」
「ねえねえ、みんなでトランプしよ!」
「いいぞ~。コウタ、負けたら初恋ジュース一気飲みな」
「は!?いきなりすぎだろ!あとアレだけはマジでやめろ!!」
「なんだ、噂にしか聞いたことねえが相当やばいのか?」
この日は家族の大切さを再確認できた。辛い過去を少し思い出したが、ナギは笑顔で平和な一時を楽しんだ。
辺りはすっかり静まり返り、満天の星が輝いていた。ナギはコウタの部屋で寝ることになり、敷いた布団の上に寝転がっていた。
「今日の任務さ、ブラッドと合同だったんだ」
コウタはベッドで寝ているため、少し高い所から彼の声が聞こえてくる。
「ギルとシエルと一緒だったんだけど、二人ともすごいよな。ギルは任務中の作戦変更にもすんなり対応できるし、シエルは狙撃が上手いし」
「二人とも入隊前から優秀だしな」
自分のチームメイトが褒められて悪い気はしない。ナギは少し嬉しく思った。
「なあ、感応種って強い?」
「俺はマルドゥークってやつとしか戦ったことねえし、まだまだ経験が足りないが、強いと思うな。やっぱブラッド以外が対抗できないってのが辛いな。あの時はエリックさんとエミールさんもいたけど、すぐに撤退させなきゃいけなくなっちまったし」
「そっかー。やっぱりブラッド以外じゃ戦えないのか……」
そう言ったコウタは心から残念そうな様子だった。
「実はウチにも一人だけ感応種に対抗できるやつがいるんだよ」
「え!?」
「ソーマっていうやつでさ、まあ、いろいろ事情があって感応種に会っても神機が使えるだ。でもそのせいで最近あいつの出撃回数が倍増してんだよ。そのくせクレイドルの任務でいろんな所行ってるし、博士の研究を引き継ごうとしてるし……。なんとかあいつの負担を減らしたいとこだけど、今はブラッドに頼るしかないか」
「そうなのか……」
厳しい現状に直面しているのは一般人だけでなく、ゴッドイーターも同じのようだ。赤い雨と感応種というこちらを戦闘不能にする二つの要素。早々に対策を考えなければ被害が増える一方だ。
「今回の遠征、無駄にはできんな。俺もさっさと感応種とやり合えるぐらいに強くならないとな」
「俺もだ。なんたって極東の問題だからな。改めてよろしくな、ナギ!」
「こっちこそよろしく、コウタ」
その後もゴッドイーター関連の話から他愛もない世間話まで様々な会話が続き、眠りについたのはしばらく経ってからだった。