新種のアラガミ、ルフス・カリギュラの襲撃。その話はすぐにアナグラ中に広まった。医務室にいたコウタとサコンのもとにはあらゆる人が代わる代わる見舞いに来ていた。今もアヤメが二人の様子を見に来ていた。
「二人とも大丈夫?」
「そこまで重傷じゃないし、すぐに復帰できると思うぜ」
「まだ腕の痺れが少し残ってますがね。冷気攻撃を受けすぎたようです」
「サコン、ずっと敵に張り付いてたしな。負担かけてごめんな」
「いえ、全然気にしてませんよ」
想定外の襲撃にもかかわらず被害は少なかったことはさすが第一部隊といったところか。二人は順調に回復しているようだった。
「ナギ君は?」
「博士んとこじゃないかな。報告に行くって言ってたし。……そういえばあいつ、任務終わってからいつもとちょっと違う感じだったな」
「ずっと考え事をしているような感じでしたね。それよりも気になるのがハルさんです。あれほど敵意を剥き出しにした姿は見たことありません」
二人とも気になったのがハルオミの豹変ぶりだった。普段は余裕を持って任務をこなしていく彼が、激昂して攻め立てていた。
「それは気になるね~。いつものハルさんといえばセクハラだったり意味深な発言したりだもんね」
「アヤメ、お前ハルさんに恨みでもあんのか?」
「ないよ?」
「とりあえず、あのアラガミとハルさんに少なからず関係があるとみてよさそうですね。肩に突き刺さっていた神機もそうかもしれません」
サコンの言葉にコウタは耳を疑った。
「神機?」
「ええ。ルフス・カリギュラの右肩に第二世代型の神機が刺さっていました。装甲は破壊されていましたが」
「まじか、気づかなかった」
少しずつ分かり始めたハルオミとルフス・カリギュラとの関係。しかし、真相は謎に包まれたままだ。考え続けるあまり、コウタとサコンは無言になってしまった。
「ねえねえ、一旦この話止めにしない?二人とも暗すぎるって。それにハルさんなら大丈夫でしょ、ベテランだし」
「……そうですね。いくら悩んでも憶測しかでませんね。でも、ルフス・カリギュラの対策は考えておかなければなりません」
再戦の可能性を考え先の戦闘を振り返るサコンと、まだ見ぬ強敵との戦いに意欲を見せるアヤメ。どちらも大きな脅威に萎縮している様子は全くなく、むしろ闘志を燃やしている。そんな隊員を見て、コウタは隊長として誇らしく感じた。
(……やっぱりナギがちょっと気になるな。深刻そうな顔してるようにも見えたし、どうしたんだろ?)
その頃ナギはサカキ博士への報告を終わらせたところだった。任務が終わってからずっと気になっていたのはルフス・カリギュラのこと、そしてギルのことだった。
(ギルさん、任務中ってことはまだ知らないかな。でも、もうみんな知ってるしすぐ伝わるんだろうな~。一応ブラッドだけにでもアレのこと言わないように伝えとこうか。いや、それもそれでなんかなあ……)
いつの間にかエレベーターは自室のあるフロアに到着し、ドアが開いた。すると、ナギの部屋の前に誰かの後ろ姿が見えた。
「エリナ?」
「え!?」
ナギは部屋にいると思っていたのだろうか。後ろから聞こえた彼の声にかなり驚いているようだった。
「俺に用でもあったのか?」
「……さっきは、ありがと」
最後の方が聞き取り辛い。
「え?」
「だから、……ありがと。助けてくれてさ」
どうやらルフス・カリギュラ襲撃の際に庇ってくれたことに礼を言いに来ていたようだ。
「ああ、あん時のか。そこまで気にすることもないだろ。って、そのためだけに来たのか?」
「うん」
「真面目なもんだな。俺も見習うべきか」
ナギとしては素直に褒めたつもりだったが、エリナはあまり快く思っていないようだった。初対面のときからどうもエリナはナギに距離をおいているようだ。
「ねえ、あなたって神機使いになってからあんまり経ってないんでしょ?」
「そうだな」
少しの沈黙の後、エリナが問いかけた。
「どんな訓練とかしてきたの?」
「ん~。訓練らしい訓練ってのはあんまりしてない気もするな。基本中の基本を教わって、実戦でいろいろ試してたような。あ、なんか気になったこととかあったのか?」
「その……思ってたより強かったから、どんなことしてきたのかなって」
ナギはエリナが自分のことを少しは認めているということが少し意外だった。同時に彼女の強くなろうとしている意志も感じとれた。
「さっきの任務、わたしはどうだった?」
「装甲使おうぜ」
「うっ……。だ、だって攻め続けた方が早く終わるじゃん。長引いたら不利になるし」
やはりナギの思った通り、勝ちを急ぐことによる焦りが原因だった。経験を積んだ者なら敵の体力、戦闘の終わりなどがなんとなく分かるかもしれない。だが、新兵には難しい。そのため、なかなか終わりが見えず焦ってしまうのだろう。
「だったら、コンボ捕喰だな」
「攻撃の途中で捕喰するやつ?」
「ああ。あれな、装甲を解除するときも使えるぜ」
「ほんとに!?」
「ジュリウス隊長とかギルさんが使ってるとこを見たな。でも、二人ともかなりの上級者だし参考になるかどうか……」
「なにそれ、わたしにはできないってこと?」
「いや、そんなつもりは……」
とりあえずコウタから任せられていた仕事は終わった。そう思ったときだった。
『副隊長、至急エントランスに来てくれ』
ジュリウスからの通信。彼の声はいつもよりトーンが低く、緊張感を帯びていた。一体何があったのか。ナギはエントランスへ向かった。
エレベーターから出るとカウンターの前にブラッドのメンバーがそろっていた。任務中のギルはいない。ナナ、シエル、ロミオの三人は呼び出された理由が分かっていない様子だ。ナギが到着したところでジュリウスは口を開いた。
「……ギルがルフス・カリギュラと一人で交戦している」
「!?」
全員に衝撃が走る。ギルが強力なアラガミと単独で戦っている。ナギ以外の認識はこのようなものだろう。しかし、実際はそれ以上に深刻な状況なのだ。
「ギルバードさんは空母エリアでの単独任務を任されていました。ですが、達成後にルフス・カリギュラが乱入。現在、状況を確認していますが、『増援はいらない』と言われたきり通信が繋がらなくて……」
(ギルさん、一人で倒すつもりか……!)
遂にルフス・カリギュラを見つけたギルは仇を討つことに執着している。いくらギルが経験を積んだ神機使いだとしても、ナギは不安でしかたなかった。
「隊長、ルフス・カリギュラは危険なアラガミ。増援の派遣は必要ではないでしょうか」
「シエルの言うとおりだ!コウタさんやサコンさんも勝てなかったんだぜ!?」
「早く行かないとギルが――!」
「待て」
今すぐにでも飛び出して行きそうなロミオ達を止めたジュリウス。なぜ止めるのか?三人ともそう言いたそうに彼を見ている。
「ナギ、この件はお前に任せる」
「へ?」
突然の指名。ナギは困惑した。隊長がいるにもかかわらず、わざわざ副隊長の自分に指揮を任せる理由がわからない。しかし――
(隊長……ギルさんのことも、俺が上官殺しのことを知ってるってことも、全部知ってるのか?)
そうだとしたら理解できる。ジュリウスならラケル博士を通じて聞いている可能性もある。
「分かりました」
「頼んだぞ」
ナギの返事にジュリウスが少し満足しているように見えた。出撃を待ちわびるブラッドのメンバーを視界の隅にとらえながら、ナギはヒバリに向き直る。
「ヒバリさん、救援には俺とハルさんで行く」
「はい。至急ハルオミ隊長に連絡します」
「え?おいナギ、どーゆーことだよ!?」
ロミオが驚くのも無理はない。ブラッドで出撃すると思っていたところに呼ばれたのはハルオミ。さらに、出撃枠はあと一つ空いている。
「悪いな、ロミオさん。でも、話すと長くなる。絶対アイツを倒して帰ってくるから信じてくれ」
足早に皆から離れ、多くは語らずにエレベーターへ乗り込んだナギ。メンバーの表情を確認することもなくエントランスを後にした。
(ちょっと我がまますぎたか)
本来ならばルフス・カリギュラはギルとハルオミが討伐するべきだろう。ブラッドのメンバーが入る余地はない。当然ナギもだ。だが、ナギはなんとしてもこの任務に参加したかった。
(事情知ってんのに、指くわえて見てるだけなんてできない。すまんな、みんな。今回は俺にやらせてくれ)
ナギらしくない半ば強引な出撃。だからこそ失敗は許されない。圧倒的な差を見せ付けられた前回の映像が頭をよぎる。それでも、ナギの意思は揺るがなかった。
夕日に照らされた戦艦の残骸。愚者の空母と呼ばれるこのエリアは、かつてアラガミ出現の混乱に乗じて略奪行為をはたらいていた一派が拠点としていた場所だ。その後、一派とその反対組織が争いを繰り広げたが、アラガミの乱入により闘争は終わった。
そんな人の愚かさを象徴する空母の上で、ギルは因縁の敵と戦っていた。ところどころに傷があるがその強靭な肉体は紅く輝き、左腕のブレードも切れ味は全く落ちていない。
「お前が……お前がいなければ……!」
ギルの視線の先、ルフス・カリギュラの右肩には壊れた神機が突き刺さっていた。その神機の持ち主こそ、ギルの上官だったケイトだ。
「うおおおおぉぉぉぉ!!」
雄叫びをあげ自分を奮い立たせ、ギルはルフス・カリギュラへと猛進。怒りをのせた一撃がルフス・カリギュラへ突き刺さる――はずだった。
「ちっ!」
ルフス・カリギュラは持ち前の身体能力で難なくこれを回避。ギルを飛び越え背後に降り立った。
「グオオァ!」
「ぐ……!」
休む暇などない。ルフス・カリギュラはすぐに攻撃に転ずる。他のアラガミを凌駕するスピードで突進すると、左腕のブレードで斬りかかった。なんとかシールドで受け止めたギルだが、あまりの強さに大きく後ろへ飛ばされた。
攻撃はまだ終わらない。装甲を閉じ再び接近しようとした矢先、今度は冷気をまとったエネルギー弾がギルを襲う。
「くそっ!」
身を投げだすことでなんとか避けられたものの、冷気をあびたことで体の動きが鈍る。スピード自慢の相手を前に機動力を失うのは致命的だ。
「まだだ……、こんなとこで終われるかああああああ!!」
すでにギルは満身創痍だった。神機は土や埃にまみれ、服のいたるところに血痕が見られる。それでも、彼は止まらない。あふれ出る憤怒と復讐心を原動力に、もう一度ルフス・カリギュラへ槍を向ける。
再び距離を詰める二つの影。風を切り迫りくる尾を飛び越え、ギルはルフス・カリギュラの背中のブースターへ神機を突き刺した。
「うおおおおおおおお!!」
一度では終わらない。何度も何度も。噴出す返り血を避けもせず突き刺した。だが、冷静さを失ったギルは引き際を誤った。しばらくルフス・カリギュラの動きが止まったのはギルの攻撃が効いたからではない。次の攻撃への準備だった。
「グオオオオオオアアアア!」
そして、ルフス・カリギュラを冷気の嵐が包み、ギルを一瞬で吹き飛ばした。
「がはっ……!」
受身をとることもできずギルは壁に叩きつけられた。口の中が血で溢れた。もう立ち上がることもできない。完全に力尽きてしまった。
(俺は……死ぬのか……)
止めを刺さんとルフス・カリギュラが走りだす。死の足音が近づくのを感じながら、ギルの意識は闇の中へと沈んでいった。