体中に激痛を覚え、目が覚める。視界には先ほどと変わらないオレンジ色の空が広がっている。ルフス・カリギュラの気配はかなり遠くにある。ギルは自分がどんな状況にいるのか分からなかった。無理やり体を起こすと、本来いるはずのない、ナギの姿があった。
「少しは回復したみたいだな。よかったよかった」
「……なんでここにいる」
「増援だよ。ギルさんが一人で――」
「帰ってくれ。これは俺の問題だ。あんたには関係ない」
予想以上に冷たいギルの言葉に、ナギは戸惑いを隠せない。敵討ちに執着しているギルにとってナギは部外者でしかない。帽子のつばに隠れて表情はうかがえないが、声色にそのような思いが見え隠れしている。
「ギ~ル~?命の恩人にそれはないだろ。副隊長さんが命懸けで囮になってくれたからこそ助かったんだぜ?」
離れたところで標的の様子見をしているハルオミが声をかける。
「アイツが相手じゃ俺もギルも冷静さなんて消えちまう。そんな俺達を止めるストッパーが要るだろ?」
「だからってなぜ新兵を連れて来たんですか!?ナギもナギでなんでわざわざ来た。アイツはそこらのアラガミとは全然違う。今のお前が勝てる相手じゃない!」
「なんでって、ギルさんが心配だからに決まってるだろ」
「俺が死のうが生きようが、あんたには関係ない……!」
声を荒げるギル。ルフス・カリギュラへの憎悪、ケイトを死へと追いやった怒り、未だに手も足も出ない自分の悔しさ。様々な感情がギルの中で渦巻いているのだろう。
「人には独断で無茶をするなって言っておいて、自分は死のうが関係ない?面白いこと言うな」
ナギには珍しい、煽るような口調。いつもと違う彼の雰囲気を感じ、ギルは思わず顔を上げた。ナギの表情は普段と変わらない。だが、彼の瞳には力がこもっていた。
「俺に言ったろ?誰かが死んだとき、残された者は一生その命を背負い続けるって。俺はギルさんが入隊した日に上官殺しのことを知った。ラケル博士に聞きに行ってな。過去を知ってるのに動かなかったら、俺は一生後悔することになる。そうはなりたくなかった」
かつてギルがナギにかけた言葉。それを逆にかけられている。ギルは黙りこんでしまった。
「ギル、三人で戦おう。これは俺の問題でもあるんだ。お前、俺が一人で突っ込んでたら黙って見てられるか?」
ハルオミが歩み寄り声をかける。彼もまたルフス・カリギュラ討伐を強く望んでいる。そのために今まで多くの支部を渡り歩いてきた。
「……すんません、一人で先走っちまって」
「いいってことよ、似た者同士だ。さて、そろそろ行こうか」
差しのべられたハルオミの手を取り、ギルは立ち上がる。精神的にも少し余裕ができたように見えた。
「副隊長、すまない。アイツに会って、頭に血がのぼってたみたいだ」
「焦ると失敗するからな。じっくり、確実に、だな」
遠くからルフス・カリギュラの鳴き声が聞こえる。この場が気に入ったのだろうか、移動する様子はない。ここ愚者の空母にて、三年に渡る因縁に決着がつこうとしていた。
再び戦闘エリアに足を踏み入れた三人。標的はエリアの端に立っている。まだこちらに気づいていない。
「さて、副隊長さん、どう動こうかな?」
「あれ、そういうのは隊長の仕事じゃ?」
「ここは今んとこ一番冷静なお前さんが適任だろう」
「そうですか。じゃあ……」
前回の反省、三人のコンディションを踏まえて方針を決める。要求されるのはハイスピードな戦闘への対応。ある程度考えがまとまったところでナギは口を開いた。
「まずはハルさんの狙撃でこっちに呼びましょうか。わざわざこっちから近づくのは面倒だ。ギルさんは銃撃でブースターを狙ってくれ。俺とハルさんはヒットアンドアウェイ中心で。まずはアイツのスピードに慣れましょう」
「了解だ」
「あいよ」
一発の銃声を機に、戦いが始まった。
「グオオオオオオ!」
ルフス・カリギュラがこちらを捕捉し、標的を排除せんと走り出す。相変わらず凄まじい速度だ。敵が充分に近づいたところでギルとハルオミは左右に散開。ナギは装甲を展開しブレードを受け止めた。
「なかなか重いな……!」
改めてその強さを実感したナギ。その隙にハルオミは標的の背後に回っていた。長い尾もブレードも届かない後ろ足を斬る。同時にギルの射撃がブースターへ降り注ぐ。二方向からの同時攻撃を受け、ルフス・カリギュラは後方へ大きく跳躍して振りきった。
「すばしっこい奴だ!」
「おっと、焦るなよ、ギル。ああやって副隊長さんみたいにどっしり構えてりゃいい」
ハルオミの言ったとおり、ナギはルフス・カリギュラを追いかけずにその場で立っている。ルフス・カリギュラの主な遠距離攻撃は冷気球。距離をとっていれば回避は難しくない。ナギは闇雲に追いかけずに自分のペースを保つように行動していた。
ルフス・カリギュラ二度目の急接近。ナギはこれに合わせてパリングアッパーで反撃。神機を振り上げ標的の頭部を打ち上げた。初戦のように速さに翻弄されることはなくなった。
ギルとハルオミも安定した立ち回りを見せている。ギルの射撃が隙を作り、ハルオミが神機を叩きつける。ハルオミが狙われれば、ギルがそれをそらす。グラスゴー支部で培った連携が惜しみなく発揮されていた。
「さっさと砕けろ!」
激しく動き回るルフス・カリギュラに手こずりながらも、ギルはブースターへ集中砲火。遂にブースターが音をたてて砕け散った。
「ゴアアアアアアアア!?」
自分達の攻撃が効いているという実感が湧く。討伐完了まではまだまだだが、三人に小さな希望が生まれた。
「さて、ここから気をつけないとな」
「ああ。手強くなるぞ」
口から溢れる極寒の冷気。怒りに満ち紅く輝く眼。活性化が始まった今、ルフス・カリギュラの真の力が襲い掛かる。
活性化したルフス・カリギュラ。真紅の眼光を残像のようにたなびかせ、三人に迫りくる。攻撃速度も上昇し、そう簡単には隙を見せない。
「こっちも攻勢にでるか。ギルさん、前衛いけるか?」
「任せておけ。充分に回復したからな!」
神機を近接武器形態へ変形し、ギルはルフス・カリギュラへ肉薄する。ハルオミに向けて冷気球を放った後の硬直。そこを狙い、ルフス・カリギュラの顔面に槍を突き刺した。
「ゴオオッ!?」
ルフス・カリギュラが大きくのけ反る。ダメージが蓄積されている証拠だ。
「右のブレードは壊してある。次は左を壊すぞ」
「了解!」
ハルオミが銃を構え、ギルが突進する。鞭のように振るわれたルフス・カリギュラの尾を上に跳んで躱し、落ちるとともに左腕に神機をねじ込んだ。ギルを振り払わんと振り上げた右腕を、ハルオミの狙撃が撃ち抜く。その隙にギルは神機を引き抜き後退していた。
「懐かしいな、こうやって共闘するのも」
「思い出に浸ってる場合じゃありませんよ」
「そんだけ余裕があるってことだよ。これも副隊長さんのおかげかねえ」
ハルオミは後方にいるナギを一瞥した。冷静に戦況を判断し、臨機応変に細かな指示を出している。その姿に懐かしい面影が重なった。
「やっぱりケイトに似てるな、あいつは」
「そうっすね。呆れるくらいお節介で、いつも前を見ている。そんなやつです」
「いい上官を持ったな。部下のためにここまで体張ってくれてんだ、絶対勝つぞ!」
「はい!!」
(いい感じだ)
アラガミの活性化に対し、年数を重ねて鍛えあげた二人の連携をあてたナギ。スピードに翻弄されながらも被害は最小限に抑えられていた。
「俺もついていかないとな!」
ロケット弾を装填し、標的の顔に向けて放つ。小さめの頭部に当てるのは難しいが、首に着弾した後、轟音とともに爆風が頭部を襲った。
「でかいの、いくぜ!」
続けて別のバレットを装填。今度は空を目掛けてトリガーを引く。撃ちだされたバレットは放物線を描き、徐々に巨大化しながら落下。強大なエネルギー弾がルフス・カリギュラを爆破した。ブラッドバレット反重力弾。移動量に応じて威力が増加する特殊なバレットだ。
強力な砲撃を警戒してなのか、ルフス・カリギュラはギルとハルオミを振りきってナギに飛び掛かる。慌てることなく前転でこれを躱し、バスターブレードへ変形させ薙ぎ払う。
その間もギルとハルオミの援護射撃がルフス・カリギュラを撃ち抜く。怯んだルフス・カリギュラに、連射しながら接近したギルが神機の捕喰口を伸ばす。噛み砕かれた後ろ足から血が噴き出す。
「おおおおおおおお!!」
気合の雄叫びをあげ神機を突きだす。バーストの恩恵を受け威力を増した刺突が後ろ足を貫いた。そして、ルフス・カリギュラが倒れこんだ。
「いけそうだな!」
「いいねー佳境だねー!」
この機を逃さんと一斉に攻め掛かる。ナギとハルオミが頭部の前に立ちチャージクラッシュの体勢にはいり、ギルはひび割れた右腕に何度も神機を突き刺す。
「はああああああああ!!」
「どりゃああああああ!!」
ナギのCCディバイダーとハルオミのチャージクラッシュがルフス・カリギュラの頭部に直撃。二人の渾身の攻撃を受け、ルフス・カリギュラは大きく伸びあがった。
「ゴアアアアアアアアアア!?」
のけ反った体を支える力はなく、ルフス・カリギュラは糸の切れた人形のように血溜まりへ沈んだ。
緊張を含んだ静寂。それを破ったのはルフス・カリギュラだった。両腕に力を込め再び立ち上がったのだ。
「グゥ……ォォオオオオ!」
「まじか……。こいつはしつこいやつだぜ」
そして、立ち上がった直後。どこにそんな力が残っていたのか、一瞬でギルに迫り彼を薙ぎ払った。
「がああっ!?」
「ギルさん!!」
「追撃!来るぞ!」
勢いよく壁に打ち付けられたギル。だが、彼のもとへ向かう余裕はない。既にルフス・カリギュラはナギに狙いを定めていた。壊れたブースターで無理やり飛び上がり、ナギに向かって急降下。ナギが前回くらった技だ。しかし――
「な……、電気、だと……!?」
着地と同時に電流が走り、ナギの自由を奪ったのだ。動けないナギにルフス・カリギュラの拳が迫る。無防備なところに強力な一撃を受け、ナギもまた盛大に吹き飛ばされた。
「ぐ……ぁ……」
全身に異常な衝撃が走る。ゴッドイーターでなければ体が引き千切れていただろう。起き上がろうとしても全身に力が入らず、ナギは身動きがとれなかった。
「副隊長!!」
ルフス・カリギュラは完全にナギを標的にしている。必死に注意をはがそうと攻撃するハルオミを無視し、冷気球を形成し始めた。
(俺はまた誰も守れないのか……!?)
ギルの脳裏に最悪の光景がよぎった。あの時から何も変わっていない。五年の経験を積んでも、第三世代型神機に更新しても、自分は弱いまま。深い絶望が彼を支配した。
(いや……!)
神機を持つ手に力をこめ、ギルは立ち上がった。ナギはギルのために身の丈以上の危険に飛び込み、彼を救ってくれた。そんなナギがここで死ぬのを黙って見ていられるはずがない。
「ここで、諦めるわけには!いかねえんだよおおおおおおおおっ!!」
神機を銃形態にしてひたすら乱射する。そのいくつかがケイトの神機が刺さる右肩に当たった。
「ギャアアアアアア!?」
ケイトの神機は何年もの間ルフス・カリギュラを蝕んでいた。その傷口をえぐる銃撃にルフス・カリギュラは悲鳴をあげた。
「そうだよギル。それでいい!」
ハルオミが飛び上がり、刀身の腹でケイトの神機を叩きつけた。ただでさえ深く刺さっていた神機がさらに深くねじ込まれた。あまりの激痛にルフス・カリギュラはたまらず倒れ込んだ。
止めを刺そうと槍を構えたギル。ルフス・カリギュラが立ち上がる前に決めたいところだが、足がうまく動かない。そこへ、無数の回復弾がギルに当たった。偏食因子で強化されていた自然治癒能力が更に活性され、ボロボロだった体が回復していく。撃ちだされた方を見ると、立膝で神機を構えたナギがいた。
「副隊長!」
「最後は主役が決めないとな」
仲間から最大の激励を受けギルは走り出す。神機が大気中のオラクルを吸収し、エネルギーが渦を巻く。ルフス・カリギュラもよろよろと立ち上がった。砕けたブレードを展開し威嚇の咆哮をあげるが、その程度ではギルは止まらない。
(ケイトさん、俺はいろんな人に支えられてここまで来ました。だから、今度は俺が皆を支えたい……!)
愛する妻を失なっても変わらずに接してくれたハルオミ。たまには衝突しながらも共に戦ってくれるブラッドのメンバー達。彼らを守り、支えていきたい。
その強い思いが血の力を呼び覚ました。
「届けええええええええええっ!!」
紅き光をまとった槍がルフス・カリギュラへと突き進む。それは過去の呪縛を振り切り進みだしたギルそのものにも見えた。
ブラッドアーツ”バンガードグライド”。覚醒したギルの新たな力はルフス・カリギュラの胴体を穿ち、因縁の敵を葬り去った。
警戒を続ける三人。しかし、ルフス・カリギュラが動く気配はない。遂にその体を形成するオラクル細胞が霧散し、ケイトの神機だけがそこに残った。
「ふ~!これでめでたしめでたし、だな」
地面に大の字で寝そべっているナギが一番に口を開いた。
「まだ動けないのか?」
「いや。疲れただけ。回復錠使ったし大丈夫だ」
会話しているギルは憑き物が落ちたような、穏やかな表情をしていた。ハルオミはケイトの神機の隣に座りその様子を見ていた。
彼の心にあるのは大願を果たした達成感だろうか。はたまた、ケイトは戻ってこないという不変の事実への虚しさか。どちらにせよこの一戦で彼の人生は変わっていくだろう。
「お疲れ様です」
いつの間にかナギがハルオミの前に来ていた。ギルは迎えを呼んでいる。勝手な行動を咎められたのか、謝罪のような言葉が聞こえてくる。
「今回はありがとな。お前さんのおかげで俺も前に進めそうだ。ギルには偉そうにいろいろ言っといて、結局俺も止まったままだったんだな」
嬉しさと寂しさが混じったような声色。なんと声をかけようか迷ったナギだが、すぐにいつものハルオミに戻った。
「さて、帰るか!こいつの供養もしないとな」
最愛の人の神機を手に取り、ハルオミは立ち上がる。それぞれの未練を断ち切ったグラスゴーの二人。三年に渡る因縁にようやく終止符がついた。