エレベーターが止まり、ドアが開く。そこに広がっていた光景にナギは一瞬目を疑った。
「すげぇ……」
黄、青、紫、オレンジといった色とりどりの花、深緑の葉を茂らせた立派な樹、ガラス越しに見える青空。庭園と呼ばれるこの場所はナギにとって別世界のように思えた。
奥にある大きな樹の下に一人の男性がいた。ナギと同じ黒い腕輪を右腕につけていることからしてゴッドイーターであることは間違いないだろう。話しかけようと歩み寄る途中で目が合った。
「ああ……適合試験、お疲れ様。無事、終わって何よりだ」
ナギにとって聞き覚えのある声だった。
「あんた、試験のときにサラッと『適合失敗か?』って言った人だな?あれ聞いてすげぇ焦ったよ~」
「はは、すまないな。お前があまりにも苦しそうにしていたから、こちらも焦ってしまった」
会って間もないというのに二人はすぐに打ち解けたようだ。
「そういえば、まだ名乗っていなかったな。俺は、ジュリウス・ヴィスコンティ。これからお前が配属される、極地化技術開発局”ブラッド”の隊長を務めている」
目の前にいる人物が自分の上官にあたると理解するや否や、ナギは頭を下げた。
「……いきなり馴れ馴れしく喋って、すんません」
「あまり恐縮しなくていい。これから、よろしく頼む」
「こちらこそ」
その後ジュリウスは自分の休憩が終わったのか庭園を後にした。自分も出るか、と立ち上がったとき、ナギの携帯電話から着信音が聞こえた。画面には「淡島ナミ」と表示されている。
「姉さんからだ。……もしも~し」
『ナギ、神機使いになるって本当!?』
「ああ。っていうか、もうなった」
『なんでわたしに言わなかったの!?』
「あれ、言ってなかったっけ?」
『聞いてない!さっきサカキ博士から初めて聞いた!』
ナギ自身は姉のナミに伝えたつもりでいたが、実際は言い忘れていたらしい。一方で彼と直接的な関わりがほとんどない博士はなぜか知っていた。なんともおかしな話である。
「んじゃあ、改めて言っとく。俺はフライアってとこで神機に適合した。今まで守ってもらった分、しっかり働いてくるわ」
『はぁ……、そういう大事なことはしっかり伝えなさい』
「はいよ~」
ナミが取り乱していた理由はナギも分かっていた。数年前、二人は両親を亡くした。アラガミの襲撃によってだ。もう少し早く到着できていれば家族全員を救えた、と二人を救助してくれた神機使いが後悔していたことを鮮明に覚えている。
それから一年ほど経った頃だろうか、ナミが神機使いになった。
――何があっても守り抜いてみせるから――
腕輪を着けて帰ってきたあの日、彼女は笑顔でそう言った。当時のナギは分からなかった。これから命懸けの戦いが続くのになぜ笑っていられるのかが。
(今なら少しだけ分かったかもな……)
『ちょっと、聞いてる?』
「ん?ああ、悪い。聞いてなかった。そろそろ訓練行くわ」
『分かった。頑張ってね』
電話を切り、空を見上げる。心なしか先ほどより晴れているように見えた。
「行くか」
軽く深呼吸をしてから歩き出す。彼の新しい人生が本格的に動き始める。
『これより基礎訓練を行う』
「お願いしま~す」
訓練所に入ると、スピーカーを通してジュリウスの声が聞こえてきた。ここは適合試験を受けたときに使用した場所だ。壁や床には先人達に刻まれたのであろう傷痕が残っている。一際目立つのが、ナギが神機を床に突き刺した際にできた穴だ。
(なんとか抜けてよかった……)
自分の神機を見て思わず苦笑する。自力で引き抜けたのだが、あんな姿はもう二度と見られたくない。
ジュリウスの指示で訓練がスタートする。まずは体を動かすことからだ。神機使いは”神機というアラガミ”を制御するために、アラガミを形成している細胞――オラクル細胞を自らに移植している。その副次効果として身体能力が飛躍的に上昇する。それに慣れることから始めなければ戦闘などできない。
ある程度動いたところで訓練用ダミーアラガミが形成された。次はいよいよ神機を使った戦闘術についてだ。
「頼むぜ、相棒」
神機を構えながらつぶやく。ナギの神機は所々に赤い縁取りが施された黒色の神機だ。今は”チチリ”という銘のバスターブレードが姿をみせている。
(バスターは動作が遅くなる。闇雲に振るんじゃなく、隙を見つけてその都度攻撃したほうがいいな)
簡単な作戦を考え、ダミーの様子を観察する。その場から動かず遠距離攻撃を行う。それがこのダミーの特徴のようだ。
「一気に行くか!」
光弾を発射した直後、ナギはダミーへ接近する。神機のリーチを考えダミーの数歩前で力を溜め、上半身のひねりを利用し薙ぎ払う。続いて逆方向へもう一度薙ぎ払い。最後に一回転しながらとどめの一撃を放つ。
『次は銃身の練習だ』
「はいよ~」
ジュリウスの指示を受け、意識を神機に集中させる。すると刀身が縮小し、入れ替わるようにして銃身パーツが現れる。”タマホメ”と呼ばれるブラストだ。
「味方を巻き込む心配もない。派手にやるか」
ブラストの使い方は同じくブラスト使いであるナミからある程度は聞いてある。ブラスト使いが一番気をつけなければならないこと。それは誤射だ。ブラストは爆発系のバレットと相性がいい。しかし、それらは爆風の範囲が広く、味方を巻き込んでしまうことがよくある。そのため周囲の状況をよく見て攻撃する必要がある。
「喰らっとけ!」
放たれたバレットは放物線を描きながらダミーへ向かい、着弾と同時に爆発した。二発目、三発目も命中。標的が動かないということを考えれば当然だが。
『これで最後だ。各形態を駆使して戦ってみろ』
三体目のダミーは今までとは違った。二本足と大きな尻尾が特徴的だ。
「……動いてくるのは間違いなさそうだな」
先手を取るべく、ナギは剣形態へ移行し接近する。威嚇するダミーの顔に神機を叩きつけ、即座にダミーの右側へ回り込む。これに対しダミーは尻尾で全方位を薙ぎ払う。
「危ねっ!」
慌ててタワーシールド”ミツカケ”を展開して直撃を防いだ。様子見のために一度後退すると、今度は巨大な棘を飛ばしてきた。
「遠近どっちも対応可能ってか。ま、俺もだけど」
もう一度銃形態に切り替え、棘の射程圏外から追尾弾を連発する。無理やり接近しようとするダミーだが、ナギのもとへ辿り着く前に崩れ落ちた。
「とどめ、いくか!」
ナギからダミーまでの距離は刀身のリーチより少し遠い。それでもその差を埋める術をナギは知っている。剣形態の神機を担ぐように構え、神機に力を集中させる。少しの間をおいて長大なエネルギーの剣が形成された。
「おらよっと!!」
バスターブレードの奥義、チャージクラッシュ。勢いよく振り下ろされた一撃を受け、ダミーは動かなくなった。
『今日はここまでだ。慣れるのが早いな』
「まあ、激戦区の戦いを見てきましたからねぇ」
『そうか。これからも期待しているぞ』
「ど~も」
ナギ自身、初めての戦闘にしてはうまくいったと感じていた。今日の戦闘の流れを頭の中で確認しながら、ナギは訓練所を出た。
訓練を終えたナギは特にすることもなくフライアのロビーをぶらついていた。とりあえず座ろうとモニターの前にあるソファーを見ると、一人の少女が座ってパンを食べていた。目のやり場に困る。ナギが最初に抱いた感想だった。
「あ、お疲れ様―」
少女がナギに気づき手を振ってきた。
(この人も上官か?いや、歳近そうだけど……、いやいや、人を見かけで判断するのはよくない……)
隊長であるジュリウスにいきなり馴れ馴れしく話しかけてしまったことをまだ引きずっているナギは、どう返事するべきか非常に迷っていた。
「君もブラッドの新入生……じゃなくて、新入りの人だよね?」
「(よし、上官じゃない)ああ。今日入ったとこだ」
「私はナナ。同じく、ブラッドの新入りです!よろしくねー」
「俺はナギ。よろしく~」
「なんか名前似てるね!」
「そうか?」
しばらく話している内にナギはあるものが気になった。
「その袋……、全部パン?」
それはナナの横に置かれていた巨大な袋。その口からナナが食べているパンと同じものがいくつか見えたのだ。
「そうだよー。あ!そうだ!お近づきのしるしに……。はい、どうぞ。お母さん直伝!ナナ特製のおでんパン!すっごくおいしいから、良かったら食べてよー」
「お、おう。ありがとう」
今までに見たことのない組み合わせだった。もらったはいいが、食べるのに少し勇気が要りそうだ。
「おっと、私そろそろ訓練の時間だから、行ってきまーす」
そう言うとナナはおでんパンが詰め込まれた袋を担いで去って行った。
「……どうしよ、これ」
ずっとおでんパンを手に持っているわけにもいかず、試しに一口食べてみる。「不味くはない」と結論付け、そのまま完食したのだった。
ナギの神機の外見はRank7のクロガネ装備と同じです。